〜 NYで働くママになった私 〜  

〜 NYで働くママになった私 〜  

人生、笑う門には福来たる! No day but today         

Amebaでブログを始めよう!


息子が生まれてから3ヶ月が経った10月から、
まずは週1日だけオフィスへ仕事復帰をしました。

自宅でできる仕事は自宅で仕事をさせてもらいながら、
12月の繁忙期に向けてウォーミングアップもかねて
少しずつ仕事に戻ることにしました。

12月に入って、ありがたいことに日本から母が来てくれて
息子のベビーシッターをしてくれることになり、
その間だけフルタイムで仕事復帰。

久しぶりに毎日仕事へ行く日々。
しかし仕事は超繁忙期で目がまわる毎日。

身軽になって妊娠前に戻ったかのような気持ちになりながらも、
私の知らないところでどんどん成長していく息子。

仰向きからの寝返りしかできなかったはずなのに、
気づいたらうつ伏せからも寝返りができるようになったり、
ほふく前進してどんどん動けるようになったり、
そんな成長を見逃してしまうことが悲しく、
今しかないこの時間の大切さが胸に突き刺さりました。

駆け抜けた師走もようやく落ち着き、
1月からの働き方もあれこれ考えて、
やっぱりまだ小さい息子。
理解のある会社で働き方も希望を聞いてもらえるという
選択肢のあるありがたい環境。

その環境をありがたく受け入れ、
もうしばらくはスローダウンして働かせてもらおうと決めました。

あとで後悔しても取り返しのつかないだろうこの息子との時間。
ちゃんと大切にしていきたいと思ったのでした。

こればっかりは人それぞれ、考えや思いや
性格や向き不向きがあるし、
一概にどうした方がいいとかはないし、
自分たちの環境や持てる選択肢はそれぞれで、
すべてが自分たちの思う通りの形にはならないし、
希望と違ってそうせざるを得ないことだっていっぱいあるし、
だからやっぱり他人とは比べないようにだけ、それだけです。

*日々のことはtwitterでちょこちょこつぶやいています。
出産の日のこと、パート5です。

「さあ、もういきんでいいわよ」とドクター。

息を吸って、止めて、「プッシュ!」を10秒、そして息を吐き出す、
これが1セットで
3セットやったら、また次の陣痛が来るまで休憩。

何度目かのときに、先生に「頭が見えたわよ!」と言われたかと思うと
すかさず「Wow、髪の毛フサフサよ!」と先生。

何度も何度も
「髪の毛フサフサよ~、あらすごいわ」と言うものだから、
「どれだけフサフサなんだろう」と
ちょっと心配というか興味をそそられるも、
いきむのに精一杯でお股をのぞきこんだり、触ったりする余裕はなし。

「もう頭が見えているなら、次のプッシュで産もう!」
「早くこの子を楽にしてあげよう!」
という気持ちでまたプッシュ、プッシュ。

いきむのは想像以上に体力を使って、
呼吸もゼーゼーハーハーどんどん荒くなってきて、
ナースが酸素マスクをつけてくれました。
ただ、不思議といきむ段階では全然痛みは感じませんでした。

何セットやったのかわからないけれど、
いきみだしてから産まれるまでは30分~1時間くらいだったでしょうか、
「よし、次で産もう!」と思ってから3度目の正直(くらいで)、
スルスルスルーっと赤ちゃんが生まれでた感覚が。
そして次の瞬間、

オギャー
ギャーギャー!

と元気に泣く声とともに、目の前に赤ちゃんの姿が。
そのまま私の胸の上においてくれて、おっぱいを吸わせての
いわゆるカンガルーケア。

「あぁ無事に生まれた!よかったぁぁぁ。」と
もうただその気持ちだけ。

そして旦那も母ももちろんそうだけど、
「You are amazing! You are doing great!」と褒めて励ましてくれて
この出産をサポートしてくれたドクターやナースに
感謝の気持ちでいっぱいになって
「サンキュー、サンキュー、エブリワン!」という言葉が
自然に口からあふれてきました。

16:31分、3530グラム、51センチの元気な男の子でした。
必死でおっぱいを探して吸おうとしている息子の姿は
何とも愛おしく、胸に抱いた息子の体の温かさは忘れられません。
「あぁ、何て温かいんだろう」って。

目に涙を浮かべた旦那がベッド脇で、
「ありがとう」
って言ってくれた姿は一生忘れることはないと思います。

陣痛開始から12時間、
3500グラム以上と大きかったこと、
へその緒が首にからまっていたこと、
赤ちゃんが顔を上に向けていて出にくかったこと、
と少し大変なこともありましたが、
それでも安産で無事に産まれてきてくれたこと、
それだけでもう十分で、
すべてが終わって、
何とも清々しく晴れ晴れとした気持ちで私の胸はいっぱいでした。

そして、息子が生まれ出てこようと一生懸命がんばってくれたこと、
そのことを思うとさらに胸がいっぱいになります。

生まれて来てくれてありがとう。本当にありがとう。

出産の日のこと、パート4です。

14時30分(たぶん。もう時間の感覚なんてなくなっていました。)

子宮口は6.5センチくらい開いてきているものの、
破水もしてなくて赤ちゃんも下に降りて来ていないからと
先生から「人工破水させますね」と言われ、
陣痛で苦しみながら「はい」とうなずいた次の瞬間、

パッシャーーン!!

生温かい羊水が音をたてて流れ出て、
ベッドも床もびしゃびしゃ、
側にいた旦那や母のもとにもパシャーンとかかりそうになるほど。

「あったかい!これが赤ちゃんを守ってた羊水なのか!」
と心の中で思うまもなく、今まで以上の激しい痛みがお腹を襲う。

このときのギューーと絞られるような、
腰が砕けるような激痛、忘れられません。

その後、陣痛はどんどん強くなっていき、痛みで身体は震え、
「品よく静かに」なんて思っていたけど、
自分でもコントロールできずに叫び声というか苦しみ声をあげ、
どうやったらこの痛みをかわせるの?と思いながら、
とにかく息を吐く、吐く、吐くことに集中。

途中、今までいなかったベテランナースがやってきて、
「姿勢を変えたら楽になるかも。
赤ちゃんも早く下に降りてこられるかもしれないから、
ちょっと立ったり椅子に座ったりしてみなさいよ」なんて言われ、
「いや、無理です。この態勢からもう動けません(涙)」って言ってるのに、
あまりにもしつこいもんだから、
「わかった、1度トライしてみよう」と思って立ち上がってみるものの、
次の陣痛に襲われ、耐えきれずすぐさまベッドに逆戻り。

そうこうしているうちに、
ドクターがやってきて診てもらうと、ついに子宮口が全開に!

「さあ、もういきんでいいわよ!」

と言われ、私も「ついにこれで終わるのか」と
出口が見えかけて気持ちがふっと楽になり、
そのまま流れに身を任せて、「プッシュ、プッシュ、プッシュ」へ。

つづく。

出産の日のこと、パート3です。

お昼12時、LDRへ移動。
陣痛・分娩・回復のすべてを過ごせる部屋です。

LDRへは2人まで立ち会いができるので、
ここからは日本から来てくれている母も一緒に立ち会い。

まさか母に立ち会ってもらうなんて予想もしていなかったけれど、
予定日から9日遅れだったのでこんな展開に。
異国の地での出産、母と旦那の2人のサポートは強力でした。

一生懸命、背中や腰をさすりながら
「痛いね、もうちょっとだよー。」
「赤ちゃんもがんばってるからね」
「そう、その調子、その調子。ゆっくり息吐いてねぇ。」
とたくさん励ましの声をかけてくれました。


陣痛もどんどん強くなってきて、
ベッド脇の手すりにしがみついて、
さらには頭をこすりつけて、必死で耐える。

妊娠中に出産のイメージトレーニングにと
ネットでいろんな人の出産体験記を読んでたのですが、
その中でも何度も読み直したのがこの方の体験記。

「陣痛には波がある!おだやかに陣痛を乗り越える方法」
http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n66066

そうして「静かに品よく、体力温存!」を自分のキーワードに
頭の中で何度も繰り返しながら、
とにかく「息を吐く」ことだけに集中、集中。

でも、とてもじゃないけど「品よく」なんてできなくなったのが
人工破水をしてからでした。

つづく。


出産の日のこと、パート2です。

朝10時、病院に到着。
今回私が産んだのはセントラルパークからすぐ近くの
Roosevelt Hospital Center。

12階にあがって受付。
5分間隔で陣痛がきていて痛みも強くなってきてるのに、まずは書類の記入から。

痛みに顔をゆがめていたら、
ナース:「あなた初めての出産?呼吸、呼吸。吐いてー、吐いてー」
と優しくフォローしてくれました。

電話で話したドクターから話がいっていたみたいで
NSTで陣痛の様子をモニターするため、入院着に着替えて隣りの部屋へ。

ここで何人かナースがやってきて、問診でいろいろ聞かれたり
点滴をさされたりしてしばらく様子を観察。

私の分娩担当になったナース、まだ新人さんのようで
先輩ナースが側についてあれこれ指導・フォローしながらの作業。
点滴用の注射も失敗して2度さされる始末。

そんな新人さんに不安を感じつつ、でも分娩方法について聞かれ
私:「無痛分娩じゃなくて自然分娩でがんばって産むつもり!」と答えたら、
なんと無痛分娩主流のアメリカでは珍しく、
新人ナース:「私も自然分娩だったのよ。いいサポートができると思うわ!」とニッコリ。

この言葉に「よかったかも、このナースさんで!」と心の中で思う私。

結果、ブロンドでキュートなこのナースさんの優しいフォローや励ましに
分娩中何度も助けられたのでした。

つづく。