サラリーマン時代、前オーナー時代、そして現在と良く知る人達から
言われる言葉に「どんな時も前向きですよねぇ」というのがあります。
自分で意識したことは一度もありませんが、改めて考えてみると多分
母親の存在を知らずに5歳まで過ごした事や、中学三年で家業が倒産
してからの人生で、自己防衛として自然に身についたものでしょう。
「可愛い子には旅をさせろ」と言いますが、家業倒産した以降は全く
違う人生と成ったことで、社会の辛さや厳しさを経験することになる
のですから、何が幸いするか分かりません。
生きていれば誰でも紆余曲折はあるし、その流れがあって今の自分が
存在しているのですから、僕にとっては必要悪だったと思います。
『若い時の苦労は買ってでもせよ』大変な事は率先して行えって事で
しょうが、こんな感覚は持ち合わせてません。
目標や目的があり、その前に立ち塞がるものがあれば、排除するなり
乗り越えるのは当然ですが、出来れば楽が良いと考える人間です。
僕の著書三冊全てに「人は執着を捨てれば楽に生きられる」裏表紙に
書いてあるこの言葉が、経験から得た前向きに生きる思考法だから、
文内でなく裏表紙に書いてるのです。
倒産が地元紙に掲載されたり、高校生の姉は当時お嬢様学校と言われ
た、隣接市の私立女子高にクラウンで送り迎え、これだけでも相当な
坊ちゃん育ちだったは、お分かり頂けるでしょう。
周辺のお店には、お金を持たずに行けば品物は渡してくれ、大人達が
子供に気を使ってくれるような生活が、一夜にして変化するのが倒産
という出来事です。
倒産後は道を歩くと、大人がヒソヒソ話しをしながら僕のほうを見る
のが何より嫌でした。 ほどなく結構離れた地域で、家賃4.500円の
県営住宅に祖父母と三人で転居しましたが、僕を知らない人達ばかり
ですから、余計な神経は使わずに済んだ経験が「人は執着を捨てれば
楽に生きられる」に繋がってるように思えます。
今は無き・スーパー〇〇の息子 ・お金持ちの家の子、そこからくる
プライドだったり、強い自我があると虚栄心のようなものが湧き出て
張り子の虎的に、虚勢を張るようになっても不思議ではありません。
実は母親がそうでした。
祖父母と一緒に生活をしていた僕は、滅多に母親や姉妹とは逢わなく
なりましたが、たまに逢うと彼女の口から出るのは、倒産前の自分の
姿や、あの倒産さえ無ければという類の言葉ばかり・・・
姉妹は毎日のように聞かされ、ある種の洗脳を受けてたようですが、
僕には耳障りな言葉ばかりでした。 話しの中で蒸発した父親の事が
出てくるもの嫌でした。 父親に対し恨みつらみを持たずに生きてこ
れたのは、母親のお蔭かもしれません。
客観的に母親を見る僕が学んだのが「人は執着を捨てれば楽に生きら
れる」という事なんだと思います。
お金が無いなら「無い」と言えばいいし、自分の欠点を指摘されたら
反発するより「そうなんだよね」と受け入れるほうが楽だし、もっと
言うと、自分の欠点は人から言われる前に自分で言ったほうが楽です。
それでも、若い頃は「俺はもっと能力のある人間だ」「小学生の頃は
学校で一番でも当然な知能指数だと言われたんだ」みたいな、虚栄心
だったり過去への執着もありましたが、年齢を重ね生きてきた人生の
結果を見れば、大したこともなく極々普通の人と認めるしか無い現実
ばかり・・・ようやく余分な執着が捨てられる事になりました。
一番分からないのが自分と言われますが、それは子供が空を飛びたい
って思う幼き感覚が残っている人か、他人から見た自分への評価って
ことだと思う。 でも普通の神経を持ってる人なら、自分がどれほど
才能があるか無いか、能力があるか無いかは分かってるはずです。
その現実を受け入れ、虚栄の無い素の自分で生きたほうが楽なんだと
強制的に教えられた事が、今となっては凄く良かったと思います。
ついでと言ってはなんですが、お金が無い人の心境も経験できたし、
自分の人生は自分で創り上げるものと経験が教えてくれました。
虚栄は決して受け入れられません。
執着の大半は自分の価値を下げることに繋がります。
(但し前向きな執着は別物です)
人生どんなに頑張っても100年、何でも自分で出来るのはせいぜい
頑張っても80歳・・・は難しい人のほうが多いのです。
ならば、毎日を喧嘩腰で生きたり、見栄を張って生きるより、心から
笑顔で暮らせる家庭や日々のほうが楽しい人生だと思うのです。
「人は執着を捨てれば楽に生きられる」
一度今の自分に問いかけてみては如何ですか?
なんだ、こんな小さな事に執着してたんだって思うかもしれません。
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