葬儀について・・・我想う
葬儀について・・・我想う
あんしんサポート設立時から更なる前進への基とし、
進むべき道への指針とすべき葬儀実践日誌
良くも悪くもあるがままの出来事、費用、内容を書き記すものなり


         

 平成30年09月03日・リニューアル
  • 13Dec
    • 1864. お山の大将だからできる支援活動

      世の中には『牽引車』と『荷台車』の2タイプがいる。牽引車は文字通り引っ張っていく人、或いは自力だけで走っていく人、荷台車は引っ張られる人、誰かについていく人なのは分るでしょう。でも今の時代、経営者=牽引車ではありません。誰でも分かるのは、コンビニの経営者は本部の決めた事だけをし、自らの発想は不要とされる経営者です。例えば弁当の賞味期限が切れそうな物は、買う側からも半額とかで販売してくれたら、助かる人は沢山いるのに本部の命令で割引販売出来ない。確かセブンイレブンがそうだったと思う・・・同じような規制を受けるのが、サラリーマン社長も同様、ゼネコン傘下の経営者も同じ、ホテル仕事が主力の業者、上からの絶対命令が存在する経営者は全て同じです。実は僕の同級生と従妹が県内は誰でも知ってるし、全国レベルの会社の社長を経験してますが、僕が思っていたより権限は無かった印象を受けました。その意味では包括の寺も同じです。(本山のある寺は包括・独自の寺は単立と呼びます)教員や勤務医師もそう、勿論サラリーマンは絶対です。きっと僕みたいな発想を持つ葬儀社の社員はいるはず。もっと家族の目線で葬儀したいと思っても、上から指示されるのは利益第一主義の発想だろうし、家族から見ていい担当者は、会社から見ると問題社員の可能性もあり飛ばされちゃうかもしれないね。間違っても僕が我慢して勤めるのは無理でーす。上司は勿論、社長とだって主張は曲げないだろう。以前の会社もそうでしたが、結果さえ出せば文句を言われないし、社長から「その営業方法を教えてくれ」って言ってくれるような社長だったから勤められました。余談ですが、僕みたいなタイプの社員がいた時は、敵にするより味方にしたほうが経営者は利口です。基本的な思考が利用者や客目線であり、次は会社です。個人の収入や利益など優先する事はありません。お客様が喜べば、我が社で購入するし、我が社が潤えば社員への還元もされる結果となり、家族も喜んでくれるこの順番が変わることはないからです。但し、会社が社員の事を考えなければ、諸刃の刃となる可能性を持ってるだけに怖い存在ともいえます。前々職の役員を退職し、起業する時、社長が一番恐れていたのは僕が独立して商売敵になることでした。お世話になった会社に後足で砂をかけるような事は絶対しませんから、その点だけは明確に伝えておきました。きっとサラリーマンに向いて無いから、経営者なのかもしれませんね。出勤すれば給料貰える訳じゃなく、利益が無ければ貯金崩しても会社を守り、借入金は自分の土地屋敷を担保にしているはず、これが社長と役員の決定的な違いです。安定を最優先する御仁に経営者は向いてない。けど、先人のいない新たな開拓、僕みたいに業界の常識など無視した家族目線の事業など、好き勝手できるのが経営者最大の魅力なんだと思う。僕と同じように葬儀業界にも経営者は一杯いる。ただ何故、先人者と同じ道を、後ろから遅足で真似して着いて行くのか理解できない。それならサラリーマンのほうが良いんじゃねぇ!?零細企業の経営者ってさ、年金も含め老後保障の全てを自分で積み上げなければ年金ゼロだってあるわけです。毎月の収入だって不安定だし、ボーナスなんて無いのが普通だろうと思う。 そんなリスクの多い経営者なのにサラリーマンと同じ発想じゃ駄目だろ!?商売やってりゃ食える時代でもない・・・年老いて引退したら収入は無く、退職金だってない・・あんしんサポート事業は、月や年間の特定期間の経営として見れば、マイナス要素が大きく、税理士など机上でものを考える人達には経営不可能とさえ思えるだろう。そんな事業でも、毎月の家賃を払い、借金は一切せずに10年間食ってきた。 それが先見性であったり、机上では計算できない机上と現実の違いです。かつて美容室の開店を数百件コンサルティングして来たものが役に立ったのだと思う。経営者の中には、税理士さんに経営相談すると言う人が結構いますが、ハッキリ言います。税理士に経営は分りません。 分かるのは結果に対して出た数字の読み方であって、その先にある経営手法など分るはずがありません。 本当にその実力があるなら、税理士などせず商売をしたほうが利口でしょ・・・零細企業の経営者は、良くも悪くも「お山の大将」です何をするのも自由、好き勝手できるのが最大メリットでそのかわり儲けるも、借金背負うも、倒産や廃業までも全て自己責任だってことです。んとね・・・今が大した事が無い現実なら、動かなければ後退する。その先にあるのは衰退と廃業しかないだろう。時間を掛けて衰退や廃業するから借金まみれになる。なら、誰が何と言おうと、信念が持てる方向へと走ったほうが成功への扉は開くんじゃねぇ・・・それと、将来も大切だけど、それ以上に今を充実して生きる事のほうが大事だと思う。葬儀してりゃ将来なんて分らない事くらい分るだろ・・僕の場合「葬儀は借金して行う事業じゃない」と思った「駄目なら、いつでも止められる状態を維持」する事が「精神的に追い込まれない唯一の方法」だと思った。更に「人生の終幕は分らない、明日かもしれない」って思わせてくれる仕事ですから、まずは「毎日を楽しんで、生き甲斐をもって、胸を張っていきる」が大前提。あとは先のブログで書いたように「目的から逆算をして歩んでる道なら、無理せずとも必ず将来は見えてくる」はずと思ってきた。本音は全国全県に1ケ所でも良いから、同じ支援活動をする事業所があったらと思ったけど、やりたい人が無いなら無理して広げるべきでないと考えました。えっと・・・200ヤードが最長飛距離なのに、300ヤード先まで1打で飛ばそうと思うからミスがでる。それも致命的なミスになる可能性もある・・・なら、150ヤードを2回打って乗せる事を考えるべき100ヤードなら3回、もし今10ヤードしか飛ばないなら10回打てば届くじゃんと思えばいい。大事な事は急ぐ事でなく、自分達の力量で無理をせずに胸を張って、堂々と、楽しみながら、着実に進歩する事それが持続させる秘訣だと思ってる。何たって会員さんが一番気になるのは「持続」だからね。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配する事なく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えてたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 12Dec
    • 1863. 消防団があるなら、葬儀団があってもいい

      群馬県に住んでる人で我々の存在を知ってる人は、多少他県より葬儀費用は安心かもしれないし、他県でも我々同様の考え方、料金設定が成されてるなら、同様安心できる可能性は高くなると思う。でも大多数の地域で死後費用の安心感は難しいだろう。更に我々の活動が全国に広がる可能性は、極めて低いと断言できるほどの10年間でした。ただ、本格的に葬儀支援を必要とする人が急増するのは、団塊世代が終幕期に入る5年~10年先になります。うちの場合、これから最大の問題は後継者問題です。そりゃそうだよね、10年間で4日間の休み、365日24時間無休なら、旅行も行けない、酒も飲めない仕事なんて誰だって嫌だもんなぁ・・・普通に考えれば、何をどう考えても広がるはずはない。でも2030年を挟んで前後5~10年間は、我々と同じ立ち位置での支援希望者が急増するのも間違いない。全国全県で葬儀支援を可能にするには、どうしたらいいかって、クラシックを聴きながら病室で考えてみた。まずは『俺は何で葬儀支援やってるんだろう』と思った。親父逝去の一報から始まったのは確か、でもそれだけで10年以上先人の無い道を開拓するか? NO・・・って考えてたら『明日は我が身』ってのが根底にあると改めて思ったわけです・・・結局は自分達の為だったり子供達の為だったりだから、人間は自分や家族の為ならそれなりに動くんじゃねぇか・・・って思えた。だとしたら、明日は我が身を実現すりゃあいい・・・出来るだけ費用は抑えて、お値段以上の葬儀をするのが将来の自分達の為になる方法を考えてみた。でね、大抵の地域に消防団ってあるでしょ。なら同じように葬儀団造りゃ良いんじゃねぇか・・・もう少し突っ込んで言うと、我々を一番必要とする人が集まってるのは、大都市なんだけど、全国全県を対象とするなら、多分公営住宅団地が集中的に対象者が住んでいる地区だと思う。公営住宅とは、前橋で言うと市営住宅、県営住宅、公団住宅とがあって市、県、公団の順で家賃が高くなってるはずで、市営と県営は収入の下限と上限があると思う。分かり易く言えば、高額所得者は公営住宅に入れない。僕自身、結婚してから20年近く県営住宅に住んでましたから、大きく変更して無ければ合ってると思う。ならさ、公営住宅の住人だけの自治会がある地域ならば自治会の中で、葬儀団を作っても良いんじゃないかな。僕の知る限りだけど、自治会と民生委員の半数は名誉職なのか?って感じた事と、わりと富裕層の人も多い。出来れば同じような生活水準の人だけのほうが良い。間違いなくスムースに話しが進むだろう。最初は有志でも良いけど、できれば1年間とか2年間の交代制で全戸が関わるのがベストでしょう。寝台車、霊柩車、棺、安置など揃える費用はどうする?って思うだろうけど、あんしんサポートの出発と一緒でまずは理解を示してくれる葬儀社探しから始める。個別に折衝するのは面倒だから、全葬儀社に声掛けして自分達の意見や本音をストレートにぶつければいい。地元の葬儀社が駄目なら、次の手を考えればいいだけ。大事なのはつまらん妥協はしないこと。個の利益など考えず、地域全体で考えること。葬儀団を造ることが目的ではなく、住民が葬儀費用とか死後費用の心配を、しなくて良い時代を創り上げるのが目的であり、その流れを次世代、次世代と受け継ぐ事で40代以降の人達が『老後住みたい街』になればいい。活動が本格化すれば行政も動かせるし、人によって生き甲斐や、遣り甲斐を感じられる人もいるはずです。また動いた時は、それなりの収入も得られる。その先は医療や施設との連携も創り易いでしょう。全国のモデルケースが出来上がれば、メディアも黙っていませんから、相乗効果は計り知れない。当然、墓の問題まで行くことになるだろう。団地の人達は、そまま墓友ってのもありだよね。誰かがやってくれるのを待っても、誰もしてくれない。なら自分達で始めて、最初は誰かに頼ろうとしないこと、勿論、僕も含め様々な力になってくれる人達は絶対いるから、立ち上がりはさほど難しい活動とは思えない。人生最後のセレモニーを起点に、老人の多い団地等では小さなスーパーの閉鎖も相次いでいるはずで、自動車の無い老人は日々の買い物も簡単ではないでしょう。病院、娯楽、諸々の課題があるはずだけど、その全てが明日は我が身なのだから、ひとつひとつ手を打っていき自分達がその世代になっても大丈夫にしておく事です。若者や支援に頼るだけでなく、自分達で住み易い環境を創り出す動きは、きっと全国全県の地域や行政や国から注目されることでしょう。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配する事なく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えてたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 11Dec
    • 1862. 一生懸命やれば何とか・・・ならない

      一生懸命頑張れば何とかなったのは、遠い昔の話です。頑張って何とかなるなら潰れる会社はない・・・自覚は無かったけど、きっと仕事人生の中で感じてた事なんだろうが、その感覚が明確になったのは36才から始めたゴルフでした。ゴルフを始めたのは、ホテルの婚礼美粧を手掛けた時で毎年、取引業者で組織された共栄会の旅行があった。最初の年は何も分らず観光組に参加したら、そこは老人ばかりの敬老会・・・35才の僕にはちと辛かった。来年からはゴルフ組にしようと始めたわけです。練習を始めて数か月後、最初のラウンドが共栄会でした。111が初ラウンドのスコア、確かダブルリペア方式のコンペだったと思いますが、ラッキーな事に優勝でした。それから10年近くゴルフにのめり込みました。ゴルフ仲間もできましたが、70台前半で回る人がいるかと思えば、何年やっても100が切れない人もいる。当時の僕はようやく100を切った程度だと思う。ある時一緒にラウンドした時、両者の違いを意識した。するとある事が分った。100が切れない人は、1打目はドライバーで思いきり叩くのに対し、シングルの人はミドルホールでも1打目アイアンで打つ事もあり、良く見るとドライバーで叩くのは数ホールだけでした。理由は2打目が打ちやすい場所に運び、2オンの確率を上げる為の1打という事のようです。またミスをしても取り返そうとせず、ボーギーを狙ってクラブ選択するの対し、100が切れない人はミスると取り返そうと無理をして墓穴を掘る・・・昼食の時、シングルの人に話しを聞いてみる。するとグリーンから話しが始まった・・・??・グリーンはどんな形でも真ん中を狙い旗は狙わず・2打目は残り100ヤード残しが基本(得意な距離)・1打目は残り100ヤードを残せるクラブ選択なるほどぉ・・・言われてみれば納得の話しです。次のランウドで僕がやったのは、グリーン以外は全打を7番アイアン1本で回ることでした。ミドルアイアンで一番得意だし、ずっと同じクラブならミスも減るはず・・・と考えたからでした。案の定、初めて90を切る結果となりました。僕の経営に対する考え方は、これとほぼ一緒です。最終目的を明確にし、その為にすべき事、更にその為にすべき事と逆算すると、最後は今すべき事に到達します。それを実践さえ出来れば、当然求める結果に近づくのは必然となるはずです。 勿論、時代の流れが早いですから、修整、調整に関して迷う事なく、例え朝令暮改になっても決行します。僕の目的は結果であり、面子ではありません。当然、世間体だの、見栄など論外でしかありません。自分に自信があれば世間体も無いし、見栄も無用です。勘違いしないでね。自分に自信は自分の考え方に対してって事で、武井自身という事ではありません(この点はいつもの凡人です)我々が目指すのは次の2大理念であり、その理由です『誰もが死後費用の心配をせずに生きられる世の中』・死後費用の心配が無ければ、自分の人生を楽しめる・生を受けた最大の目的は己が人生を楽しんで生きる事『葬儀は大事だが、それ以上に残る家族の生活は大事』・こんなの説明無用、普通の神経持ってりゃ分ること・家族の負担にならなきゃ対象者も気が楽になるわな・家族にとっても最後まで優しいままで過ごせるでしょつーわけで、つまらん見栄も要らん、業者と坊主の為の葬儀も要らん、だって信仰心なんて持ってない人が殆どなんだから、死ぬ時だけの信仰なんて要らん。葬儀でも布施でも、その使い道を考えれば分かるだろ。大半は給与と利益、もしくは僧侶の生活費でしかない。上納金とて同じ、自分が生きる為の金でしかない。宗教と訴えるならお金を絡せるべきでない。それも決して少額でなく、年金暮らしなら大金だからね。死後の世界!? 霊は写真にも写るから否定はしないし全て科学で分るとも思えないから、霊の存在は肯定だし霊界があっても不思議だとは思わない。でも、それと今の葬儀が別物なのは間違いない。不鮮明な部分より、今生きている事、出来れば生きてて良かったと思えたり、もっと頑張って生きようと思える日々を過ごして欲しいと思う。その大きな障害のひとつがお金の問題なのも間違いない。そんな終幕期を過ごして貰えるよう、逆算して伝えてくのが、これからの10年間すべき事に思える。こう書くと、多くの皆さんは良い人とか、人助けだって言ってくるれるし、間違ってはないだろうけど、本音で言えば『明日は我が身』だからです。人様はこうだけど、僕は違うなんてこたぁ絶対ない。10年後に命があるなら74才、ね、そんな年でしょ。まずは手探りのアドバイスから始まるだろうけど、何人何十人、何百人とアドバイスしてれば、よりベターなる方法論が必ず見えてくるものです。自分達がその時になったら、その経験を活かせば良い。他人の役に立ちながら、自分達の将来も見据えられると思えば苦にはならない・・・そう考えると、今の仕事自体、僕にとっては終活って事なのかもしれません・・・にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配する事なく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えてたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 10Dec
    • 1861. 10年前は業界、これからは個々への一石

      今の仕事を始めてから最長の休養期間となりました。10年間で4日間の休日でしたから、8日間の入院なら20年分を一度にとった計算になります。今回は入院ですから時間は、やたらあるわけで、時間があれば色々考えることもできます。我々が立ち上がったきっかけは親父の死から、弱者中心とした独居老人の孤独死や葬儀費用の心配などでした。誰もが感じてはいても、誰も口に出さないのをいい事にやりたい放題の葬儀社と宗教者に対し、人の死を儲ける為だけの道具とする葬儀悪の根源と、一石を投じたのが最初ですから、色々言われもしたし、信じて貰えないし、千明の友人すら、僕に騙されてると言う始末でした。でも僕の中では明確な道筋と、揺るぎない理念があったからでしょうか、誰が何を言おうと自分の主張は絶対と言えるほど間違って無い自信がありました。勿論、同じように考えてた人達は沢山いたでしょう。それが僕らの発言で一気に噴出したんだと思う。あれから10年の時が経ち、今では直葬も市民権を得て昔ながらの馬鹿っ高い葬儀に疑問を持つ人が増え、葬儀する側も低料金化が進みました。葬儀屋の中には、単純に安ければ依頼があるかも、、ってのが多いだろうけど、余裕の無い家族の助けになるなら全く問題はない。 大事なのは結果だからです。残る家族の生活が守れる事、極論を言えば、それ以上も、それ以下もない・・・但し問題は絶対に起きてるはず。それは嘘つき商売をしてる葬儀屋が増えてるはずです。ちょっと見は安そうな表現をし、実際は追加、追加って事になり終わってみれば、何処が安いねんってね。また葬儀屋選びもそうだけど、やたらと時間のある中で考えるのは、独居老人の生活と終幕についてでした。NHKで放送してくれた時のテロップに65才以上の老人と呼ばれる独居者は平成元年160万人、平成22年は500万人とありますが、平成30年では600万人は超え700万人に近い数字だろうと思える。全国6番目に多い千葉県が620万人、5番目の埼玉が730万人ですから、少なくとも7番目の兵庫県540万人より多い独居老人が全国にいるってことです。でね、生まれてずっと独身を通してきた人って、何事も自分で決め、自分でするのが当り前だと思うんだけどさ、年老いてから配偶者を亡くした人達が問題・・・それも仕事馬鹿で働く事しか知らない男性が、一人残されるのが一番課題が多いと思う。僕が子供の頃は、三世代が一緒に住んで普通だったけど今は親子別居が普通だし、ずっと別居してたら配偶者が亡くなったからと一緒には住めないのも納得です。今まで全て奥さん任せだから、どうしても甘えがある。誰かがやってくれるんじゃねぇ・・・ってとこかな。ところが今は誰もやってくれない・・・うちの会員さん親子の会話でも「迷惑掛けたくない」というのは分るけど「迷惑かけないでね」って子供に言われちゃったと言う人がとにかく多い。僕らが葬儀支援をするのは、死後費用の心配などせずに、自分なりの人生を精一杯楽しもうってのが根底だからさ、死後費用だけじゃなく、死後までの過程の全て済ませてからじやないと、心から楽しむなんて無理なわけよ。ちゅーことで、過去は業界への苦言として一石を投じてきましたが、これから個々の独居老人を中心とした弱者への一石を投じる時なんだろうと思った。『自分なりの人生を楽しむ為にしておくべき事』って感じの一石を投じるべきかなぁ・・・考え方の基本は、ゴールからスタート地点に逆算をして手を打って行くのが武井流です。暫く・・・10年もしてないけど、ゴルフで言うならね、グリーンの整備はある程度済んだ、これからは二打地点対策をし、最後はティーショット対策だね。ゴルフしない人には意味不明だろうけど、この辺りことについては次回にでも書きたいと思います。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配する事なく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えてたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 09Dec
    • 1860.  今回の経験は非常に有意義で大きい

      今回の入院は手術翌日からブログに掲載しました。目的は2つ『大袈裟な噂の防止』と『実践記』です。毎年受けてる健康診断ですが、胃カメラだけ予約が9月になると言われ、会員さんから上手だと聞かされていた病院で初めて検査をしたのが始まりです。今時予約の無い珍しい病院ですが、10月26日朝8時行ってもみると結構な混雑だし、今時靴を脱いで入ると思わず、靴のまま入ったら千明に注意された。なんで内視鏡室がいくつもあるんだ? と思いましたがそれもそのはず、消化器系の専門病院だと分りました。結局終ったのは午前11時30分を過ぎてからです。担当医が気になると言う部位の胃壁を、2ケ所摘んでの病理検査、2週間待ち癌細胞レベル5の判定ってことは癌の宣告を受けたということです。(ステージではありません。ステージは4が最高です)(クラス5:悪性と断定できる異型細胞がある)(去年の検査時でも癌があった可能性は高いと思う)(内視鏡での早期発見は専門医以外では難しいと思う)更に10日間待って11月16日、口からの胃カメラで再検診と3カ所の細胞を採取して病理検査をする。でも初期癌で内視鏡治療が可能だと思うと言われる。最初の宣告を受けた時点で事前予約した11月26日の誕生日が癌の治療となり、忘れられない日となる。前日の夕食を済ませて入院、26日午後2時頃に担当医から再度説明があり、署名等して4時頃から治療と聞いて、午後1時に奥さんが病室に来るが3時間半待った。外来の患者が全て終わってからの治療だから仕方ない。治療時間は約1時間の予定で、30分ほど遅れての開始、結果は3時間近く掛って無事終了、予想以上に時間が掛ったのは、以前の潰瘍部分が固く、胃の壁面は3mmと薄い為、力が入り過ぎると胃に穴を開ける可能性もあり、慎重に行ったからと主治医に聞かされる。その日に勤務してる専属医全員の診療が済んで、全員が集まっての治療(手術)と聞きその点も心強いと思った。言われてみれば2度目内視鏡検査の時は、医院長もいて切除範囲を話し合ってました。26日は勿論、27日も点滴のみ、28日1日は重湯で29日3分粥、30日5分粥、1日7分粥、2日は全粥、3日になってようやくご飯となりましたが、内視鏡の為朝は食べず、午前9時過ぎに内視鏡検査、周囲が赤くはなっているが出血は無いと退院、切り取った部位の検査でも癌ではあるが進行癌では無かったようです。現場仕事は出来ずとも、遺影作成、故人を偲ぶ、更には会員管理の再入力と、すべき仕事はありましたから最初から主治医にその旨を伝え、個室をお願いしました。高額医療の手続きも事前に済ませ、手術費用、個室利用、食事、更に1ヶ月後検診する1月7日までの投薬も全て含めて185.000円ほどだったと思います。これだけ具体的に書けば、尾ひれのついた噂に成るのを避けられるでしょう。じゃないと「末期の癌だってよ」「あと数か月だってよ」くらいの事は言われるからね。また癌の告知をされた心境や、待ってる期間の事、更に内視鏡治療の現実や費用も伝えられます。これが『噂の防止』と『実践記』ということです。患者の立場になると、一番辛いのは癌であるか、違うか結果が分るまでの2週間や、次の検査までの10日間や手術までの10日間といった待機期間だと分りました。勿論、個々の性格によって違うでしょうが、僕の場合は『まな板の上の鯉』感覚が一番ピッタリだった。それと『クラス5の癌宣告』でも、他の病院を紹介され開腹や腹腔鏡手術でなく、検査した病院で内視鏡治療が可能と聞いた時の安心感は、とても大きく一緒に話しを聞いてた奥さんも同じ心境だったみたい。仮に開腹や腹腔鏡手術だったとしても、癌の治療自体はさほど驚かなかっただろうと思う。その時は、僕が完全復帰するまで数か月、仕事の体制をどうするかが一番の悩みとなっただろうな。ぶっちゃけた話、癌の治療に関しては自分が信頼できる医者をセカンド、サード、フォースオピニオンしてでも探して任せるしかありませんが、問題はメンタルだろう。多分、医療とメンタルって別物じゃないかって思う。ってゆーか、現実のシビアな判断を必要とする主治医が患者のメンタルケアなど、できなくて当然の気がする。僕みたいに短期の入院で済み、社会復帰できる人になら「暫く休め」で済むけど、数か月、半年、或いは数年と入院生活を送る患者もいるし、終期癌で緩和ケアに入院してる患者さんもいます。そう考えると緩和ケアの患者は、家族がメンタル緩和は難しいんじゃないかな・・・近しい人過ぎて患者は、イライラをぶつけるだけに成り兼ねないし、家族は費用の問題も抱えるわけで、いつも笑顔で接し続けるのも難しいのが現実だろう。かといって看護師さん達は仕事を抱えてるから、個々の患者の都合で長々と話しを聞くなんて無理でしょ。これは我々も無理、我々ができるのは残る家族の生活が守れる葬儀を提案、施行するだけです。それでも、葬儀の高額な費用部分だけでも解消できたら、家族の大きな負担のひとつは解消してあげられる。そう考えると、こんな時こそ宗教者の出番じゃねぇ・・但し布教じゃなく、宗教観を話す事でもなく、その日の、その時の、今の患者の思いや本音を、優しい眼差しと、人間愛で穏やかに聞いてあげる事が大事かもしれない。だってさぁ、患者の立場で考えてみてよ。「治って社会復帰することはない」「痛い、辛い、起きられない、そんな日々を送るだけ」「結局は死を待つだけの日々ってことよ・・・」「まぁ自殺したくなっても不思議じゃないよ」自分だったら元気な笑顔で生きられる? 冷静に考えれば誰もが同じ答え・・・無理だよ・・家族の前で笑顔でいるのは気を遣ってるからだよ。今回の経験は、対象者自身にも、家族にも、僕が実際に体験した話だから、家族と同じ目線で話しができる礎になってくれそうな気がしてる。つーかさぁ・・・俺の人生って、馬鹿息子の時は稼業倒産で、舐めた人生を戒められ、金は親が持ってるもんじゃなくて、自分で稼ぐもんだと教わり、サラリーマン役員で偉そうにしていた時は、会社を作っちゃう人がいて、僕自身も入院で考える時間があり、経営者を経験させられ、親父の死で葬儀の仕事を始め、10年後には自分が癌になり患者の心境や費用や家族の事も経験として学ばせられる・・・なんかさぁ、俺の人生って、全ての決断を自分でしてるのは間違い無いんだけど、自分自身でさえ、本当に俺の意思かなぁって思ったりする。誰かに線路引かれてねぇか・・・って思った事が何度もあるし、進む方向が決まってるようにさえ感じる・・・ま、実際がどうであれ、人生の中で今が一番充実してるのは確かだし、今が一番堂々と胸を張り、誇りを持って生きてるのは確かだから、それだけで良いんだけどね。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配する事なく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えてたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 08Dec
    • 1859.  おっし、言いたい事は自分の言葉で書こう

      文章は書き慣れると口語では無くなる・・・のか?最初に書いた著書「一銭も要らないお葬式」を入院中はとにかく暇だから、ペラペラと捲ったわけよ。そしたら今の文章とはかなり違う事に気づいた。普段しゃべってるまんまが文字になってた。自分じゃ分らないけど群馬弁丸だしなんだろうと思う。けどさぁ、文字がそのまま映像として浮かんでくる。自分で自分の本読んで泣いちゃったよ・・・アホかところが長期間、毎回長い文章をブログを書き続けたからか、口語でなく文章、文章してきたのは間違いない。まぁ方言が減る分、読み易いとも言えるけど、その反面迫力とリアリティが無くなってる気がする。ついでに温もりってのも減ってるんだろうと思う。それにしても1800話以上って普通に考えて凄くねぇ!?毎日書いても5年以上書き続けてるってことよ。小中学校の頃、夏休みの日記でさえ、まともに書いた事など無かった奴なのに、この持続力は我ながら驚きだわ。やっぱさぁ、書く目的を明確するのって大事だね。冬休みも読書感想文ってあんのかな・・読書はした事なかったけど、感想文は得意な奴でしたよ。『前書き』と『あとがき』を読み、主要ページだけ読みあとは、自分との比較や、自分ならと変化させてくだけ。これで大抵、〇〇賞くらいは貰える。 子供や孫の感想文でやってみるといい30分で終わるよ。才能は無いけど、合理的な思考だけは良いんだろうな、子供の頃で言うと、毎日2時間は勉強なんて到底無理。間違いなく睡魔が襲ってくるだろうし、それ以前に机の前に座ることはない・・・基本勉強嫌いだし、字を書くのも下手で力が入り過ぎて文字書き続けたら手が痛くなっちゃう。パソコンは俺の為に発明されたようなもんだと思ってる。でね、綺麗な(とても綺麗な文章ではないが)文章ってのは、表現も穏やかになる傾向があるらしい・・・だから会員さんと話す時に口が悪いって書くけど、それ自体も読んでる人は理解できないんじゃないかなぁ。くちが悪い? 何処がぁ? 普通だと思うよってね。でね、書き方が自分の素じゃないと、文字にも現れるんだろうけど、2冊目の本は自分で言うのも何だけどさぁ内容は中々じゃんって思っても、最初の本のような感動ってのが無いんだよね・・・涙なんて出ません・・・で、思ったわけよ。俺は俺の言葉で書くから『我想う』なんだよってね。今は誰からも異論が来なくなったけど、書き始めた頃は坊さんの悪口書けば、住職と名乗る人から苦情がきた。「なんて傲慢な人だ」ってね。傲慢って、おごりたかぶって人を見下すことでしょ。そこで、こんな風に返信しました。「ほぉ、傲慢ですか? ならどちらが傲慢か読者に問い」「正してみましょう。 但し僕は名前は勿論、顔写真も」「堂々と出して書いてますから、あなたも何処の誰かを」「明確にした上なら、いくらでもお相手しますよ」「名無しのゴンべと話しすつもりはありませんけどね」と書いて送ったら、それ以降は音沙汰無しでした。馬鹿っ高い布施を要求する人と、残る家族の生活を守るって言ってる人の勝敗なんて明らかです。普通の神経さえ持ってれば、9割以上は僕の味方です。ただ今より尖ってたんだろうな・・・きっと。あえて尖る必要はないけど、オブラートで包むと本来の意味が伝わらないこともあります。あんしんサポートが対象者や非対象者を、より明確にし振り分けに入った今、僕も素の自分に戻す時期がきたという事なのでしょう。一般葬儀社と同じ事を言い、同じことをしてたら意味が無いわけで、それなら全国何処にでもあるわけです。俺じゃ無ければできない相談を受け、依頼を受けるから我々が存在する意味がある・・・でしょ!?10年が過ぎ、新たな法人になり、僕自身も胃癌を取って新たな健康を手に入れた今、平成最後の年31年元旦を機に初心に戻る時なんだろう。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配する事なく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えてたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 07Dec
    • 1858.  年末年始の逝去があり得る家族へ

      昨日は予定通り冷たい小雨の中、散骨を済ませ午前中に持ち込んだ寝台車は、スタッドレスに履き替えて、降雪対策も済みました。この事前対策は、タイヤだけの問題でなく、時間がある時に出来る事は全てしておく事ですが、皆さんが思っている以上に我々の仕事では大事です。電話1本入れば動く仕事、一日に数件重なるのも普通の仕事ですから、明日で良いかの甘えが予定期日内に出来ない事にも成り兼ねません。雪が降ってしまえば、年内はおろか来春まで散骨できない事もあり得るし、夜中の搬送だからと打合せを翌朝にしたら友引が入り、2日間延びてしまう事もあります。その費用は全て家族の負担になるのです。だから『備えよ常に』は大切な行動指針のひとつです。と同じように・・・家族の終幕が年末年始になる可能性があるなら、今からいくつか準備をしておいたほうが無難です。転ばぬ先の杖・・・ですね。》自宅療養の対象者がいる年末年始は休日をとる医者のほうが多いですから、もしその間に逝去した場合、どうすれば良いか確認します。「何時でも電話してくれたら来るよ」と言ってくれたら問題ありませんが、総合病院のような病院が主治医なら絶対に来てくれる事はありません。その場合、主治医にもしもの時の対応を確認し、休日の時は警察に電話してくれと言われたら、すぐに死亡診断して貰える医師を探しましょう。警察が入ると、警察が依頼した医師が検案書を書く事になり、検案書費用も数万から10万円掛るケースもあるのが現実です。 通常なら死亡診断(警察が入れば検案書と名前が変わる)書は5千円から7千円程度です。死亡診断は医師又は歯科医師にしかできません自宅安置が長引くと比例して掛るのが、ドライアイスの費用です。1回1万円~が多く残量で追加をするのではなく1日1回は入れ替える葬儀社のほうが多いです。5日間の安置で5万円~6万円の加算は馬鹿にならない。そこで少し賢い対応を考えましょう。・第一にドライアイスは小さくなってもドライです(溶けると氷になるわけではありません)・毎日替える事より、無くなったら入れるものです。(遺体は凍結しており、多少の時間差は問題ありません)(腹部、胸部が凍結してれば数時間は全く問題ない)(ドライが残っていたら遠慮せず使って貰いましょう)・自宅は温かいですから保温シートを利用しましょう(100円ショップで購入できる物で充分です)(敷布団と搬送シートの間に保温シートを敷きます)(掛布団と遺体の間に保温シートを掛けます)(出来れば遺体のある部屋は閉め煖房は切っておきます)・頭部腐敗の悪臭を避ける(安定枕の凹部分にドライを割りV字形敷き頭を置く)(頭部が腐敗すると顔は黒くなる為、早い段階で死化粧)この程度の知識あって当然だと思うのですが、葬儀社の人達は思ってるより知識はありません。 先輩から教えられたことを、何も考えずにしている人のほうが多いのでしょう。 ならば家族が知識を持ち対応する方法もあるのです。》依頼する葬儀社への事前確認年末年始は依頼を受けない葬儀社もあります。依頼する葬儀社が決まっているなら、年末年始に掛った場合は、どうすれば良いか具体的に聞いておきましょう。まだ葬儀社を決めてないなら、出来れば事前相談等して決めておかれるほうが無難です。ひとつには特別な時期に突然の依頼では、いつも以上に高額な料金もあり得るし、引き受けて貰えない可能性もあるのが年末年始という特殊な期間です。》火葬場の休日を把握しておく年末年始は、12月28日と1月3日が友引です。全国的に友引休場の火葬場が多く、前橋市なら大晦日も火葬しますが、いつもの年は元旦、2日は休場です。しかし来年は3日友引ですから4日が年明け最初の火葬となるし、年末29日以降の逝去は4日以降の可能性が大きくなる年回りです。数年前も3日が友引の年があり、あんしん館のご安置は元旦で5名いた記憶があります。更に年明けの火葬は5日が最初でしたから、1週間以上安置する結果だったと思います。正月は家族が集まる時でもありますから、その点も全て踏まえて安置方法や場所は考えましょう。葬儀社は24時間365日営業してると勝手に思い込むのは間違いです。 かかり付けの医者も同じです。よく考えてみてください。正月は家族が集まり、酒を飲む人達のほうが多いです。これは医者も葬儀屋も同じだと思ってください。電話が鳴っても出なければ、そこまでなのです。・・・なはず、・・・だと思うでは駄目なんです。だから事前にしっかり確認する必要があるわけです。勿論、準備をせずとも、問題なく過ぎて行く事のほうが多いですが、ラッキーだし精神的にも楽に過ごせるはずですから、何事も備えよ常にの精神は持つべきです。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配する事なく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えてたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 06Dec
    • 1857.  安心感を与えられるスキル

      6日(友引)の前橋は冷たい小雨模様です。15日以降2柱の散骨は確定しているのですが、その間にも雪が降ったら暫く散骨は出来なくなります。そこで友引を利用して3柱の散骨だけ済ませておこうと本日は散骨に行ってきます。 それと、、降雪に備えて散骨に向かう前に、寝台車をオートバックスに持込んで戻って来るまでにスタッドレスに交換して貰うつもり。前橋は滅多に雪は降りませんが、搬送先が山間部って事だってありますからね。 昨日は暖かかったのに今日は冬の様相の前橋です。さて、一番必要なスキルは安心を持たせられる事かもなと昨日書きました。 人の事は分りませんが、僕は初めて逢った人を全面信頼などできません。 どんな人物なのか客観的に見ようとするだけです。もし僕が入会に来て、葬儀業界を知らない頃だったなら、現実離れした料金体系なだけに綺麗事ばかり言ってたら嘘くせぇーって思うだろうなぁ・・・でもお互いの信頼感が得られるまで、何か月もの期間を、費やすことなど出来ません。 だから僕は独特の方法で互いの本音を出す手法を用いてます。》初めて逢って10分間が勝負です》最初から本音をぶつけます》受けるべき相手か否かを見極めるのが最優先》葬儀に対する根本が違えばお帰り願います》綺麗事は言いません。現実的な話しに絞ります》駄目なものは駄目、できない事はできないと言うこうする目的は上辺を気にする人か、話しの中身を重視する人か分るからで、話し始めて長くても30分以内に結論を出し、受けるべきで無い人はお帰り願います。『来館者全員に入会して欲しいと思っていません』『誰の紹介でも関係ありません。その人次第です』『嫌な印象なら相手も同様です。入会受けません』葬祭業はサービス業ですから、お客様の言う事は何でも笑顔で聞き、反論はせず、気分良く過ごして貰い、その代わり高い料金を請求するのが普通でしょうが、我々がしている支援活動は、表面的に見れば同じにしか思えなくても当事者にとっては全く違うものなのです。後の生活が最重要課題ですから、駄目なものは駄目だと言うし、笑顔どころか時には叱咤もされるのですから、利用者自身もお客様とは思わないでしょう。但し、敵のような親戚からは守ってくれ、料金の安さは嘘のような本当だし、個々の家族で葬儀後に必要な事は数時間掛けても教えてくれる・・・利用した家族にしか分らないことだと思います。再入会率が非常に高いのも、この辺りかもしれません。入院直前の葬儀は、千明が高校生時代に仲良くしていた同級生の母親でした。葬儀の事は殆ど分らない同級生は、千明が葬儀の仕事をしていると聞いていたらしく、電話をしたそうです。ホームページを見て、兄妹で相談して必要なら連絡してくるよう伝えたと報告を受けました。結局うちで施行することになり、あんしん館に安置して打合せを始めると、お兄さんは口数が少ないけど頑固な印象を受けました。 一線を引いて構えてる感じです。でも面倒ですから、いつものままの僕で通します。親族葬までの数日間で、お兄さんの印象、、ってゆーか態度が大きく変りました。葬儀当日前には僕の言う事を素直に聞き、分らない事はすぐに質問して来られ、とにかく笑顔が増えました。葬儀翌日には入院でしたから、その後の流れは全て千明任せでしたが、退院した夕方、同僚への返礼品を取りに来た妹さんから報告があったそうです。「あの代表あっての、あんしんサポートなんだろうな」「あそこに頼んで本当に良かったよ」「って、あの堅物な兄貴が言ったから驚いちゃった」ありがたい評価、頑張りが報われる評価です。人は信頼に足る人物だと分れば、頑固な人も素直になり全てがスムースに流れる・・・その根底にあるのは信頼であり、そこから生まれる安心感でしょう。葬儀経営者の誰もが、自分は相手の事を考えてると思いうちの葬儀は良いと思い、料金も安いと思ってるらしくこの辺りの感覚のずれは、いかんともし難いものです。大事なのは経営者がどう思うかでなく、利用した家族がどう感じたかで、その結果が紹介数と思えば間違いないでしょう。 入院患者同士の話しでも、評判の良さとそこから生れる安心感は大きな支えになっていました。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配する事なく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えてたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 05Dec
    • 1856.  一番必要なスキルは『安心感』かもなぁ

      4日午前にも車で1時間30分ほど掛る市に入院してるお爺ちゃんの姉妹から電話で、対象者が危篤状態になり、もしもの時はどうすれば良いかの確認がありました。勿論24時間、事が起きたらいつでも電話してください。と千明は言ってましたが、電話を切った後で、その時はおれが行くと言ったら「止めてください」と叱られた。とにかく2週間は搬送はさせたくないようです。もし吐血って事になったら再入院です。 絶対にそれは避けたいと思っての言葉ですから・・・当然です。入院期間中に入った葬儀は、搬送から集金までの全てを仕切り、誰にも相談できずなら精神的にも、肉体的にも疲れ切ったのでしょう。 申し訳ないことです・・・病院で看護師さんに言われた通りで、外観では傷が見えないだけに無理して再入院するのは、比較的若い人達と言われました。 僕の場合、年齢より病室で仕事をしていたのを知ってるからの注意であり、警告でしょう。現場では役に立たなくても、事務所にいるだけで少しは安心できるようです。 この安心、、僕が考えてたより大きなものだと患者になって初めて分りました。すこし前のブログで、癌の告知を受けても待ってた時の不安のほうが大きく、入院先で治療ができると思うって聞かされた時は、とにかくホッとしたと書きました。普通に考えれば、癌が確定してない時より、癌と分った時のほうが安心できるなんて変でしょ?その時の僕の心境を説明すると・・・切開が必要な癌だったら、現場への復帰は早くて数か月って事になるでしょうから、今の体制のまま続けるのは無理があるし、増員すれば料金の改定が必要になる。自分が引っ張ってきた支援活動なのに、自分がお荷物になることもあり得ると思ったのです。しかし入院先で治療ができれば、癌部位の切除をしても10日後には退院できるし、年末までには夜間であったとしても、今まで通りの支援活動が可能です。更に転移の可能性も極端に減るし、これから先の人生も今まで通りに近い生活が送れます。この安心感は予想以上に大きなものでした。この安心感の中心にあるのは担当医なのです。ハッキリ言う医師軍団だけに、100%は無いけど99%は大丈夫だと思うと言われたら、ホッ・・・でしょ。病気や手術って、数十万から数百万円が当り前のように掛ると思っていましたが、本当だと分ったし、僕の場合わずか8日間で退院しましたけど、何か月も入院したら家計に及ぼす影響は相当なものになるでしょう。我々のしてきた主張が間違ってないのも分りました。先進医療で生存できても、普通の生活に戻れなければ、或いは何年もの入院生活が続いたら・・・生きて欲しい心と、費用の重圧の狭間に家族は置かれるだろうと思います。 その挙句の葬儀で金は出さずくちだけ出す親戚の存在など、どう考えても許せません。家族は生きるも地獄、死ぬも地獄、が本音だっとしてもちっとも不思議ではありません。どんな葬儀だとしても、葬儀が済んで、あんしん館から出ていく時「本当に助かりました」の言葉と深々と頭を下げて帰る家族の心境が、少し分ったような気がします。また事前相談で、くちの悪い僕の話しを聞き涙を流して「来て本当に良かった」と言う家族の心境も、少しだけ分ったような気がする入院でした。あんしんサポートに最も必要なスキルは、会員さん達が僕らを見たり、話しをして得られる『安心感』なのかもしれないと思えた入院でもありましたにほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配する事なく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えてたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 04Dec
    • 1855.  どんな職業、商売も個々に全て違う

      昨日は午後2時過ぎて、主治医から話しがあって退院となりました。 切除した周囲に赤みがあるけど、出血はしてないのと、病理検査の結果も出て癌だけど、進行性等の心配は無さそうと言われました。来年1月初めに1ヶ月内視鏡、更に2ヶ月後に内視鏡でその後は半年毎に内視鏡検査を受け続けるそうです。食べられない物も多く、基本の外食が少し変化します炭酸飲料は駄目、ゼロコーラも駄目でした。初めの2週間が大事だと看護師さんに言われました。よく噛んで、ゆっくり食べる事には気を付けます。あと重い物を持つのも良くないそうですが、昨夜12時過ぎて自宅逝去の搬送があり、息子が千明と行ってくれましたが、自宅に戻ったのは午前4時近かったようです。今回の入院では良く考えれば当たり前の事だけど、その現実を改めて感じた事がありました。入院日数は平均より短く8日間、術後1週間目での退院となりましたが、期間中は1日だけ入院、2日間だけの入院と引っ切り無しに入院患者がいました。少数でしたが、僕が話した方々の中に、地元前橋の人は1人もいませんでした。隣接市の高崎の人が一番多く、県境の町から来られてた方もいるのが分り、その全員が地元の病院や総合病院の紹介で来られた方々です。正確には分りませんが、県内では相当評価の高い病院であろうことは分ります。 まぁ内視鏡の専門医が5名のいる病院はそうそうありません。また術後について、例えば大腸ポリープの切除だったらそのまま帰される病院のほうが多いんじゃないかなぁ、でも1晩だけでも入院させられます。もし術後や夜間に出血があっても、すぐに対処できるという事のようで、紹介した医師からすれば安心です。病状については結構ハッキリ言いますが、この点も感じたのは僕だけでなく皆さん同意見でした。正解は分りませんが、自信の裏付けともとれます。僕らは仕事柄、搬送で病院に行きますが、治療や技術のスキルレベルなど全く分りません。 各病院のレベルもあるし、更には個々の医師によっても全てが違うであろう事を改めて感じました。良く考えれば当然の事、当たり前の事なのに、医者だと聞けば何でも知ってたり、みんな同じような技術を取得していると思ってしまう部分があります。これは医師だけでなく、魚屋でも、八百屋でも、肉屋も或いは葬儀屋に於いても全ての職業に言えることです。開店直後は別として、長年続ければ好評でも、悪評でも無評価でも、多かれ少なかれ、そこの評判は出来上がりますが、当の本人に伝わり難いのが問題です。しかし、どんな評価か察知する方法はあります。それが『紹介率』と『利用者数』の変化です。紹介で来る人が増え、利用者(会員)が増え続けてれば、好評価されていると判断できます。うちの場合で言えばNHKで放送された直後、入会者は急増しましたが、少し経てば紹介は減るのが普通です。幸いにも、その後も紹介による入会が一番多い結果ですから、紹介に値する施行にはなっているようです。また今回のように利用者側の立場で言うなら、医者なら何処でもいい訳では無さそうで、発見できるだけの目というか経験や性格もありそうです。それって魚屋でも、八百屋でも、肉屋でも、葬儀屋でも自分の価値観に近い店に行かなきゃ満足はできないって事ですから、相手の価値観を正確に知るのが先決です。医者の場合、第一条件は治せる事ですが、病院によって治療費、入院費がバラバラで相当な差があるようです。また料金が高いから好評という訳でも無さそうです。僕が調べた範囲でしかありませんが、今回の治療費用が一番安いんじゃない・・・って感じです。されど、県内の病院からの信頼は高いわけです。いつもは施行側ですが、こうして利用者側の立場に立つ機会が与えられた経験は大きいです。今は葬儀が仕事ですから、葬儀で言うなら自分の歩んできた葬儀屋としての考え方、仕事の仕方、考え方が普通だと思い込んでる葬儀屋さんは多いでしょう。しかし、それらを学んだ葬儀社は、今でも高評価で利用する人達が増え続け、利用者は満足をし、紹介する人も多いでしょうか?またかつては通用した商売も、過当競争や利用者が賢くなった事で通用しない事もあるし、時代の流れで変化をさせるしかない事もあるでしょう。何度も言うように僕は凡人ですから、何にも無い所から発明ができる能力は持っていません。しかし利用者の声を聞く姿勢と、利用者の要望を形あるものへとする事ならできると、10年間活動してきた訳ですから、最も簡単な手法であり、的を外さない手法であるとも言えるし、これしかできません・・・自分達の使命を明確に提示し、理念に自信持って対応し、理不尽な相手には強く、尚且つ傲慢にならず、弱者には優しい、そんな支援活動なら最高の支援道でしょう。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配する事なく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えてたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 03Dec
    • 1854.  病理検査結果と内視鏡検査で退院が決まる

      おはようございます。12月3日午前6時30分です。26日に切り離した病巣の病理検査の結果と、内視鏡で切除部分の検査結果と、退院か入院継続か、或いは外科手術が必要か決まる日です。午前中には内視鏡検査は済むと言ってました。ただ切除部位の病理検査は、後日来院して説明を受ける可能性のほうが高いでしょう。(金曜までに到着してなければ月曜に届かないらしい)退院にはなると思いますが、病理検査結果の判断次第で年末年始や、これからが大きく違ってきます。出来れば開腹手術は避けたいものですが、こればかりは今のところどちらとも言えません。今回の入院で一応完治すれば1ヶ月後、3か月後そして6ヶ月後に内視鏡の検査で済みます。たしか、、癌はその後5年間の再発検査だったと思う。今回10月の内視鏡検査で、細胞検査をしたわけですが一番辛いのは『結果を待ってる期間』です。》細胞を摘み検査に回してから2週間ほど掛ります》検査結果を伝えられ、10日後に家族同伴での再検査》更に10日後が内視鏡手術(最初の段階で仮予約)この1ヶ月強の期間、僕は結果を待つ期間が一番しんどかったです。 癌だとしても結果が判明した時のほうが精神的にはずっと楽でした。今回の退院に向け看護師さんから「外からは見えませんけど、お腹の中には大きな傷があること忘れないで」と言われましたが、まさにその通りです。人は目に見える傷なら、自分だけでなく周囲も労わってくれますが、見ない部分はさほど気になりません聞いた話しによると、今年再入院した方がいるそうです。70代のお爺ちゃんだそうですが、退院してすぐに畑の仕事をしたようです。 するとトイレで吐血・・・トイレは殺人現場のよっうだったそうです。トイレも風呂場も水がある場所で出血は、見た目が凄くなる傾向があるのは知っています。それを見たお婆ちゃんは、すぐに救急車を呼んだようで何ヶ所かの病院を回って、辿り着いたようです。言われてみれば、この病院救急ではないと思ったな・・重い物を持ちあげて胃に負担が掛り、切り取った部分が出血したようです。 また1週間の入院かな?という話しを聞いたわけですが、腹の中は見えないって事です・・・って当然だろって思いましたか?僕はちょっと違った感覚を持ちました。この話しは治療後のことですが、これって潰瘍だったり癌ができて増殖する時も同じでしょ?もっと噛み砕いて言うと自覚症状が出てからでは、間に合わない確率が急激に上がるって事です。癌で亡くなる方の中には、検査も受けず生活を続けてるうちにお腹の具合が悪くなり、胃腸薬を飲んだり、内科などに行っても投薬で暫く様子をみる・・・それでも治らず、いよいよ検査をしたらステージ4診断結局入院し手術しても再発とか、中には開腹はしたけど手術できる状態でなく縫合し、入院されての逝去・・・こんな流れが考えられます。僕は無自覚の状態での検診で発覚しました。って事は最低でも毎年内視鏡検査をする必要があるって事と、居住地の中でも専門として評判の良い、患者数の多い専門医での検査が望ましいという事です。面倒だけど、検査内容毎に違う病院で検査するのもありだなぁ・・・ってつくづく感じます。食生活での予防は沢山言われてますが、どんなに身体に良い抗癌食だとしても、癌にならない保証はありません。食生活や生活習慣も大事ですが、僕のような仕事だったなら『規則正しい生活』など誰が考えても無理です。身体のほうが大事だろって言われても、仕事をしなきゃ食ってけないだろって人だって大勢います。だから暴飲暴食ではなく、好きな物を美味しく食べたり飲んだりしてストレス無く生活し、年に2回はしっかり検査を受けるってのも有りな気がします。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配する事なく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えてたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 02Dec
    • 1853. いゃあ、、俺に隠居は向いてねぇな

      病院の朝は早い・・・午前6時になると体温計を持って看護師さんが来る。暫くすると血圧を測って体温確認と昨夜の事を聞く。午前6時起床は当然の人も多いでしょうが、我々は時間問わずの仕事だし、うちは午前10時開館ですから起床午前9時、シャワーを浴びて支度して出発、あんしん館到着は9時50分頃がいつものパターンなだけに6時に起こされるのは搬送の時だけです。25日夜に入院し、26日は手術したり、27日夜まで鼻から胃までゴム管が通って、ちと辛い感じもしましたけど、あんしんサポート設立から10年間の休日よりも長い一週間の休日をとった事になります。26日から1日まで6日間に4件の葬儀と、お手伝いはしてくれても肝心な部分は全て自分一人ですから、千明には精神的に大変な一週間だったことでしょう。それに引き換え入院してる僕は申し訳ないほど暇です。痛かったり、手術したり、後処置の時点なら、さほどは感じませんが、術後の経過を見たり、回復を図るための休養期に入ると、まぁ暇で暇で・・・パソコンを持ち込んで出来る仕事はしていますが、無理するなと、術後2日は看護師さんにも言われました。過去に1度だけ34才の時かなぁ、腹痛で緊急入院した事があり、検査、検査で結果1ヶ月の入院でしたが良く考えると5日目から仕事に行ったのを思い出します。入院から3日間は点滴、点滴の連続でしたが、4日目に入ると午前中に1本だけの点滴で、あとは寝てるだけ、、そこで主治医に話し、消灯の午後9時までに戻る約束で1ヶ月過ごした為、殆ど入院してた感覚がありません。今回も入院前、術後は仕事に行って良いか聞きましたが即答で「ダメ」と言われ、指示通り良い子にしてました。まぁ自宅での隠居とは違いますが、リタイヤした人達の生活と大差ねぇなぁって思う。好きな時間に起きて、用意してくれた飯を食って、その後は時間を潰し夜に成ったら寝る・・・俺には無理病室にテレビもありますが、入院してから一度も画面のスイッチさえ入れてません。 1日中テレビを見ながら過ごすなんてのは到底無理です。ゆったり、ゆっくり、日がな一日を過ごすのを好む方もいるでしょうが、僕には到底無理なことです。暇な時もあれば、死にそうなほど忙しかったり、寝不足だったり、バテバテになったりする日々だったとしても、現場で動き回ってるほうが僕には合ってます。病院で待ってた会員さんから「あれ代表は?」と言われ搬送で行った病院からも「武井さんは?」と言われ斎場職員にも「あれ武井さんは?」と言われたそうです。一度行かないだけでも、そう言って貰えるのって嬉しいじゃないですか・・・4日以降は現場に戻ります。そうそう、僕の言葉の中にこんなのがあります。『旅行はなんで楽しいか分りますか?』・観光名所に行ったり、景色を眺められるから?・名物や料理を食べたり、地元の人と交流できるから?・気の合う仲間と過ごせるから・・・等々あるでしょうこれらの答えが間違ってる訳ではありませんが、もっと突き詰めれば、違う回答が出てくるはずです。旅行が楽しい決定的な理由は・・・『帰る家があるから』だと僕は思っています毎日が同じように日々の繰返しで、つまらないかもしれないけど、平穏な日常があるから、非日常的な旅行等が楽しく感じられるのだと思います。帰る家がなく放浪の旅だったら楽しいでしょうか・・・戦時下だったら旅行など考えるでしょうか・・・自分が生死を彷徨う状態や不安ばかりならどうでしょう。同じような発想で人生を捉えると、いつか終幕が来ると分っているから精一杯生きられるのだと思う。もし不老不死なら人は誰も頑張ることはないだろう。今回の入院で、まだ最終的な検査結果は分っていませんけど、完全な引継ぎができるまで、あと10年は今まで通り現場で頑張ると決めてました。って事は最低でも10年間は元気で生きるって事です。10年後も、見た目が会員さんから見て不安にさせない若さを無くさず現役を続けたいものです。その為には、6年続けた肝機能、血糖値の検査に、今回癌検診が加わりましたから、あとは脳検査ですかね。生涯現役を貫き、会員さんの要望に応え続けるためにも肝機能と血糖値は毎月、癌検診と脳ドックは半年に1度くらいのペースで続けようと思っています。ご心配頂いた会員さんもおられるでしょうが、ことわざにもあるように『憎まれっ子、世にはばかる』が如くにまだまだ元気で過ごしますからご安心ください。もっと長い入院だろうと想定してましたから、その時は3冊目の執筆でもするつもりでしたが、幸いにも執筆をするほどの時間は無くラッキーでした。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配する事なく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えてたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 01Dec
    • 1852. やっぱツイてる奴だと感じます

      今日から12月、今年もあと1ヶ月で終わりですね。いやぁ、今年は色んな事があった年でした。NPO法人閉鎖、法人設立、移転問題、そして癌の手術と新たな1年のスタートを切るため、10年間で溜まったものを全て洗い流すような年です。昨日主治医から3日に内視鏡検査して退院予定と言われましたから、昨日退院された方より3日ほど早いです。切り取った病巣の検査結果が届いてないらしく、土日を挟むため、後日検査結果を聞きに来るようです。まだ退院もしてないのに時期尚早ですが、本ブログでも何度か書いたように、やっぱツイてる奴だと感じます。正確に言うと『先に恵まれてる人生』ですかね。今回の胃癌発見を結果論で言うと、毎年受けてる爽やか検診を6月に受診しましたが、時たま内視鏡だけが9月予約だった為、内視鏡が上手だと会員さんから聞かされてた病院で看て貰うことにしました。胃腸専門の病院で、早期の胃癌を発見して貰えたけっかとして、わずか一週間ほどの入院で済むはずです。同じような経験は『肝機能』と『血糖値』でもあります。受診内容は忘れましたが、時たま行った泌尿器科で血液検査をした結果、肝機能数値が悪すぎると、日赤病院を紹介され、日赤ではその前に血糖値が高過ぎると言われ入院も投薬もせず、運動と食事で6年が過ぎています。人間長く生きてれば、故障も出るでしょうし、病気にもなるでしょう。 時々病院に行った事が無いと自慢する人もおられますが、ある程度の年齢になったら、故障があるのに分らず走り続けているようで怖い気がします。病は完全に防げるものではありませんから、防衛も大事ですが、余りに窮屈な生活を続けるより、ある程度好き勝手しながらも、病気と上手に付き合って生きるほうが利口だと思っています。6年間以上、毎月のように血液と尿検査を続けることで、自分の身体の数値と健康とのバランスが分ってきました。僕の場合で言うと体重が66kg前後なら肝機能は多分正常値に戻り、血糖値も空腹時なら100を切ることもあり得るくらいまで下がります。体力的な面や風邪なども抵抗力のある状態です。しかし65kgを切ると、肝機能、血糖値は良くなりはしますが体力が落ちるのか、抵抗力が低下するらしくて風邪をひき易く、長引く傾向になります。理想と言われる体重より少し重いと思います。個体差はあって当然ですから、普段の自分を知っておくことが大事だと感じます。ちなみに血圧は上が110台~120台と至って良好です。今回、胃癌の切除を行い、再発すると進行癌の可能性もあるでしょうから、半年に1度くらいのペースで内視鏡検査を続けることになるでしょう(くちからの内視鏡)今まで肝機能、血糖値と2つでしたが今度は3つです。この先も増えるかもしれませんが、いくつになったとしても増やせばいいだけの事です。『先に恵まれてる人生』と感じるのは、家業の倒産から始まり、倒産自体は決して良い事ではありませんけど、倒産を経験して、今の僕が存在しているのは間違いありませんし、肝機能も血糖値も胃癌も、診察を受ける前に倒れたり、手遅れだったとしても不思議ではありません。ひとつひとつは決して良い事ではありませんが、それが後々には幸運として繋がっている事ばかりです。大事になる前に判明し、治療を受けられ、普通の生活が送れるのは、ツキがある証拠だと勝手に思っています。肝機能、血糖値は、あんしんサポート設立間もない時期だし、胃癌は10年後で、あと10年間は現役で頑張ると考えた矢先ですから、もし神がいるとしたら・・・『まだお前の果たすべき使命は終わってないよ』『お前を頼りにしてる会員さんは沢山いるのだから』『しっかり後継ぎができあがるまで、あと10年間は』『頑張れるようにしてあげるよ』って言われてるような気さえします。また入院して仕事が出来なくなっても、安心して任せられる千明はいるし、それを補助してくれる息子や知り合いもいるし、入院に必要な物は奥さんが準備してくれる。入院、手術、それ自体は決して良い事ではありませんが、それをカバーするように団結してくれる周囲がいる。今回の胃癌騒動が、これで終息し忙しくなる1月、2月には万全の体調で迎えたいと思う。来年正月の千明家は、いつも集まる人数より、更に4人増え11名分のおせちを造ることになります。千明の家族が遠慮せず食べられる量と、喜んでくれるような、おせつ料理を造ってあげたいと思います。また、今回の詳細を書いている理由の一つは、会員さん向けであり、つまらん噂にならない為です。結構な人数の会員さんが、読んでくださっているらしくたった2人の超零細企業ですから、僕が癌で入院したと聞けば不安になるでしょうから、真実のまま書けば安心できる会員さんが増えるでしょう。また病気が病気だけに適当に書けば憶測が入ります。噂とはえてして悪く、悪く広がるものです。なら事実をそのまま書いたほうが安心できるはず・・・と考えての執筆です。看護師さんに聞くと2kg~3kgは体重が落ちるようですと言われ期待してましたが、今のところ体重計に乗ってみても減っていません。十数年ぶりで65kgを切るかも、、、と期待してたのに・・・なんでだろ。 退院したら自宅でも計ってみます。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配する事なく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えてたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 30Nov
    • 1851. 入院から癌切除とその後

      11月25日は病室に持ち込む物など準備をして、午後3時病院に入りました。 日曜日で受付も待合室も暗く2階へ行き、看護師さんに名前を告げると病室へと案内してくれます。ネットは繋がらなくてもパソコン仕事はできると思って、入院説明を受けた時点で、他の患者さんに迷惑が掛からないよう個室を予約しておきました。家族葬や親族葬が入ったら、遺影を作る必要があります。今のところ遺影は僕しか作れませんからね。それと門標も作る必要があるわけで、術後数日が経てば会員の顔写真作業もできます。無理はしませんけど、出来る事はしておけば後が楽です。病室の準備が終わると、そのまま病院食は嫌でしたから下剤を飲まされた後、一旦外出して午後4時過ぎに食事をしました。午後7時に戻るといよいよ入院です。初めての病室は冷蔵庫の音はするし、色んな雑音が聞こえるし、暖房で空気は乾燥してるしで中々寝付けません。朝6時、体温計を持って看護師さん登場・・・早い、、点滴を受けたり仕事をし、午後1時過ぎ奥さんが来る。予定では午後4時から1時間弱の予定との事でしたから久しぶりにゆっくり話しをしました。午後4時前から少しづつ準備は始まりますが、予定した患者さんの治療が終わらないようで、午後4時30分にようやく階下の診療室に降ります。ベッドで横向きに寝てると、鼻に酸素吸入器を差し込み暫くすると意識は無くなってたようです。1時間弱の予定でしたが、実際は3時間近く掛ったそうで、途中で奥さんは看護室に聞きに行ったようです。目が覚めると全て終わってて、執刀医が切り取った患部なのでしょう。 虫ピンで広げたような患部を見せてくれたのですが、ボーッとしてよく覚えていません。 その場に奥さんもいたそうで、5cmほどの円形状だと言ってました。術後、胃にはさして神経が無いのか、痛さはさほど感じませんでしたが、胃液で傷口を傷めないよう胃液を出す為に鼻から胃にゴム菅が通してあり、ゴクンてする度に痛いし、苦しいしでしたが、翌27日夜に抜いて貰えてホッとしました。 暫く喉は痛かったですが、大分良くなりました。胃の中を切り取ったのですから潰瘍になるはずです。かつて潰瘍の経験はありますから、その時の痛みを思い出しましたが、時期が来れば治るはずと思っています。僕の考え方は、痛いとか、辛いとか、身体的な事ばかりでなく、大変だったり、苦しい時は、いつも同じように考えるようです。この大変さは、いつか必ず無くなる・・・永久に続く事など絶対にない、今は通り過ぎるのを待つのが最善策、明日はきっと今日より楽になっている。『止まない雨は無い』って心境です術後の26日夜から3日半経って何度か熱は出ましたが今のところ順調に回復しています。無理して吐血などすれば、入院日数が倍になりますから、その点だけは注意しています。また食べるのが人一倍早いですが、昨日から良く噛んで胃への負担を最小限にするよう食べてるせいか、食事を終えるのが一番遅いです。 今日は一日5分粥です。入院から3日目で3件の葬儀が入ったようです。親族葬、ぱっく60、親族葬と湯かん納棺が2度あるため千明は緊張しているようですが、すでに1度は済んでる事だし、2軒目の親族葬は過去に2回葬儀した家族ですから、僕が入院してると正直に言えば問題ないでしょう。当の千明は大変でしょうが、3件入っても葬儀に関して言うなら全く心配も不安もありません。心配なのは、千明が無理して自分の身体を壊さないよう息子や手伝いを上手く使って乗り切ることです。退院まで踏ん張ったら、大きな自信になるでしょう。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配する事なく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えてたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 29Nov
    • 1850.  癌の精密検査

      胃癌が分ったのが11月の初め、16日は胃カメラでの再検査でしたが、家族同伴で奥さんに来て貰いました。11時30分の予約でしたが1時間ほど待って喉の麻酔とか、久しぶりに筋肉注射もして待機、担当医の身体が空くと内視鏡検査ですが、担当医だけでなく他の医師も一緒に立ち会ってくれての精密検査です。何処から、何処まで切除するか等胃カメラを覗きながら話し合うのですが、それが全て聞こえるのが少し不安な気もしますが、何も知らされず進めるより安心です。今回は3カ所を摘んで検査したようです。内視鏡手術が可能だと思えるとの事で、奥さんと一緒に主治医の話しを聞き、承諾書を貰い、前回予約した11月26日の誕生日に手術することになりました。前回の検査で癌だと分った時、奥さんと息子のに話しをしましたが、最初は「なんで笑って言えるの」と息子は言ってましたが、病気って本人も辛いですが、周囲とか家族のほうが精神的に辛いこともあると思っています。24才の時一度に4カ所の胃潰瘍が出来た時、思ってたより衝撃を受けなかったのは今回も一緒でした。病気が判明したら、まな板の上の鯉・・・って感覚です。順調に行けば、1週間から10日間ほどの入院だと聞かされ、手続きや処置があるので出来れば25日に入院をして欲しいと言われました。勿論、予想より深くまで癌があったり、小さくても癌の種類によっては転移している可能性もあります。そうなったら、改めて大きな病院で切開手術って事なのだろうと思いますが、29日午前8時の時点では、その旨の報告はありません。今月は忙しくもなく、どうにもならない状況では無いと分っていたので、葬儀が入った場合の対処方法と必要な事項確認や作業を千明に伝える準備をしました。夜の9時~朝6時までの搬送は息子に頼んで、他の時間帯は手伝って貰ってる葬儀屋さんにお願いしました。ただ癌だと言うと面倒ですから、10日間ほど検査入院だと伝えてあります。実際は27日午前2時過ぎに搬送依頼が入り、28日の午後2時から湯かん納棺を済ませ、本日29日の午前が親族葬、更に昨夜搬送があり11月1日は、ぱっく60と聞いてますが、散骨は僕が退院後になるでしょう。入院中の搬送、相談、葬儀、千明は大変だろうと思いますが、前回書いたように非常にいい経験だと思います。事前相談も僕がいれば、100%僕が話しを進めますし横で聞いているだけになりますから、数年前から事前の相談は僕の同席を極端に減らしました。居なければ自分で話しを進めるしかありません。多少の事は経験が補ってくれるものです。時に判断に困る事があると、事務所に居る僕に声を掛けその後は同席することもありますが、今では事前相談も全く問題なくこなしますし、僕より対応は柔らかいですから相談者も気楽でしょう。今回の湯かん経験で、千明が納棺師役を務められるようになれば、またひとつ前進します。葬儀に関しては何の心配もしていません。舞い上がりさえしなければ全く問題ないでしょう。そうそう昨日から食事が出て「重湯」「具無しみそ汁」「ヤクルトジュース」が三食続き、今日1日は三分粥で、明日は5分粥、7分粥、全粥と続くそうです。重湯っておかゆのうわづみ液なんですね。旨くない・・今朝は三分粥と、細かく刻んで煮込んだおかずが少しとジャガイモが細かく切った具の入った味噌汁でした。25日午後5時から何も食べていませんから3日半ぶりだからでしょうか、ほんの少しの食事でもお腹は一杯になるんですね。入院とは関係なく肝機能と血糖値の数値改善で、体重は72kgから67kgまで落としてましたが、この分でいくと65kgくらいまで落ちるかもですね。そこまでいけば肝機能は正常値、血糖値も境界値くらいまで下がってくれるでしょう。こんな機会は滅多にありませんから活かさなきゃです。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配する事なく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えてたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 28Nov
    • 1849. 『餅は餅屋』は医者にも言える気がする

      『餅は餅屋』ということわざ聞いた事があると思います。何事においても、それぞれの専門家にまかせるのが一番良いということのたとえですが、今回の治療をしてみて医者にも言えるなぁって思います。毎年、国民健康保険で行う健康診断を受けていますが、今年も6月に検査を受けました。しかし内視鏡での胃の検査だけは、予約が9月になるとの事、なら以前に会員さんから内視鏡なら、ここが上手だと勧められてた所で診て貰おうという事になりました。法人閉鎖、移転問題、法令試験などあって、中々行けず結局10月に入ってから内視鏡の検査に行きました。初めて行く病院で予約はなく受付順のようです。行って分ったのは胃腸の専門医院だということです。常勤医師は5名、全て内視鏡のスペシャリストと言える医師軍団のようです。毎年、鼻からの内視鏡でしたから今回も同じです。内視鏡で診察が始まると、最初は綺麗だねと言ってましたが、そのうち「ちょっと気になる場所がある」と言う少し考えてたようですが、胃の組織を2カ所ほど採取し検査に回しました。担当医から「鼻の内視鏡は分かり難いんですよ。胃カメラのほうが分かり易いですね」と言われました。検査が済んで暫く待ってると呼ばれました。「今回の検査、結果は5分、5分です」「2週間後の午前11時30分に来てください」と言われましたが、この2週間が長い、長い・・・予約日時に行くと暫く待って説明がありました。癌検査には1~5段階があるようです。1は癌じゃないよって事でしょうが、5は確定ではないけど、まず癌である可能性が高いって事のようです。診断は『5』・・・ありゃ癌じゃん・・・一緒に来てた千明を呼び、一緒に話しを聞きます。いずれにしても、入院はあると考え、ならどんな状況か千明も一緒に確認しておくべきと思ったからです。もう一度、くちからの内視鏡で検査し組織も採取すると言われたのが11月16の予定、更に内視鏡で手術可能なら26日ならできますが、仮予約しておきますか?と言われ「26日は誕生日です」と言いました。この時点で癌は確定したわけですが、最初の内視鏡検査の段階で、見過ごしてたらそれまでです。憶測でしかありませんが、去年の検査時点で癌は有った可能性は高く「胃潰瘍の跡はあるけど大丈夫でしょう」と言われたのですが、全て医師の判断次第です。今回は時たま、内視鏡の予約が9月になると言われた為、初めての場所で内視鏡検査を受け、癌が発見された訳でラッキーとしか思えません。健康診断にはいくつも検査項目はありますが、専門医で受けられる健康診断は、専門医で受けるべきでしょう。どうしても一度に全て受診できる総合病院に行きたくはなりますが、今回の僕のようなケースもあるのです。看護師さんと雑談の中でも、僕はラッキーだったと思うと話しをすると・・・「やっぱ餅は餅屋なんでしょうね」「病院の平均癌発見率より、うちは発見率が高いです」と言ってましたが、毎日、毎日同じような事をし続けているのですから、ちょっとした変化にも目が留まるってことなのだと思います。我々が、亡くなり方、亡くなった時期、ご遺体の状況によって対処方法を変えるのも、色んなケースのご遺体の処置を経験して得られる知識ですから、年数より実際の経験数が大きくものを言うのと一緒でしょう。初めての検査で組織を採取された時、家族にこんな風に伝えておきました。 「もし、今回の検査で癌が分ったら、ツキがあるって」「事は間違いない、当然早期発見となるはずだからね」突然「癌」だと言われるより、心構えはできますからね。結果その通りでしたし、何でも無かったとしても安心はできます。 家族でも、ちょっとした心遣いは大事です。皆さんも健康診断は一度見直す価値はあるでしょう。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配する事なく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えてたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 27Nov
    • 1848.  誕生日祝いは『これからも動ける健康』

      このブログは病室で書いています。昨日26日は64才の誕生日でした。が、前日から入院で誕生日を迎えたのは病院でした。病名は胃癌です。うちの家族は癌家系で、お婆ちゃん以外は全て癌で亡くなってますし、姉は46才でスキルス胃癌でした。26日午後4時半頃から手術、1時間ほどの予定と聞かされていましたが、3時間ほど掛かったようです。僕自身は意識もなく全く分りませんが、病室で待ってた奥さんは不安だった事でしょう。手術が終わり目が覚めると簡易ベッドで病室まで運ばれる途中で、5cmほどの切り取った患部を見せて貰ったのですが、頭がボーッとしてよく覚えていません。切り取った部位の検査をして、どんな癌かが分るのだと思いますが、担当医の話しでは進行癌ではないと思うといってました。本日午後12時、鼻から胃に入ってたチューブを抜いて貰い楽になりましたが、25日夕方が最後の食事で昨日今日は全く食事は取れず、チューブを抜いてからお水は飲んで良いと言われました。何事も無ければ明日は重湯から始まるそうです。今朝あんしん館に電話をすると、夜中の2時頃に搬送があったそうで、親族葬だと言ってました。夜中の搬送は息子が対応してくれる事になっているから心配はありませんが、僕のいない親族葬は初めてです。でもいい経験になると思います。難関は湯かん納棺の儀でしょうが、僕の真似をする必要など無いわけで、普通の葬儀社と同じような湯かんなら千明でも問題なくできるでしょう。遺影の作成などは病室でもできます。葬儀当日まではドキドキするでしょうが、始まってしまえば身体が勝手に動くことでしょう。それにしても誕生日に手術って中々無いですよね。手術前に担当医から説明を受けた時に言いました。「誕生日プレゼントは健康な身体ですね」隣で看護師さんが「なるほどぉ」と言ってました。今回の癌は10月の健康診断で分ったものですが、今回市や健康保険の診断を受ける際、漠然と受診するよりも少し考えたほうが良いと思える事がありました。次回に書いてみたいと思います。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配する事なく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えてたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 25Nov
    • 1847.  『医は食から』・・・確かに

      この仕事は天職だと思うと書いた理由の1つに、自分の身体を気遣うようになった事もあります。自分のお馬鹿さをさらけ出せば、、中学2年の時には、普通に堂々とタバコを吸ってような奴ですから、どんな中学生か分るでしょうし、タバコを止めようなど一度も考えたことすらありませんでした。この仕事を始める前は、仕事を終えて家に帰れば大抵は午前様でしたが、布団に入ると500mlのコーラ2本と湖池屋ポテトチップス大袋1袋とか、サラミソーセージ1本を食べながらテレビを見てると、いつの間にか寝ている・・・それが普通の生活でした。子供の頃から何を食べても、どれだけ食べても、太った経験がなかったせいか・・・ちゅうか、痩せてた頃って食に関心がなく、食べるなら寝るって感じでした。好きな物を好きなだけ、好きな時間に食べ続けたのですから、そりゃ病気にもなるわいな・・自業自得です。転換期は、あんしんサポート設立から3年目、いまから8年前のこと、設立から3年掛け、ようやく5万円火葬支援パックができた頃だったと思います。元々トイレが近い人ではないのですが、やたらトイレに行きたくなるのと、ある日の朝、目が覚めたらメマイがしてる・・・少し経って起きると治ってましたが、それから何度か経験した時、自分だけなら良いけど、これが運転している最中だったら、時間帯によっては小学生の登校列に突っ込む可能性もあるわけで、これはいかん、メニエールかと耳鼻科に行きました。すると脳外科を勧められ行くと、CTを見た医師からは「タバコを止めて、水を飲めば治るよ」と言われる。ついでに泌尿器科を受診すると前立腺肥大の診断、ただその前に肝機能数値が悪すぎると、日赤病院を紹介され受診すると、肝機能より血糖値が高過ぎると言われる。ガンマGTP、血糖値どちらも300代後半の数値でした。何の知識も無い為、さして緊張感も無く聞きます。「どうすればいいですか?」「まずは食生活に注意して、運動かな」「2~3ヶ月様子をみて再診してみましょう」事務所に戻って数値を調べると、どちらも「おぃおぃ」と言われそうな数値と分りましたが、そのとき頭の中をよぎったのが我々を信じて入会した会員さん達でした。当時まだ100名にも満たない会員数だったと思う。それから2ヶ月、夜の暴飲暴食は止め、タバコも止めたとくちにしてから現在まで1本も吸っていません。更に毎日1万歩の早歩きを続けました。2ヶ月後の血糖値は120まで下がっていました。すると医師が言います「すげー、俺にはできねぇな」と笑っていました。それを機に思ったことがあります。肝機能でも、血糖値でも、体重でも一定の基準は確かにありますが、個体差があって当然です。とすれば自分の体調を知っておく必要があります。そこで糖尿病、肝機能は確定ですから保険が効くわけで血液検査と尿検査は毎月受け、年に一度はもっと精密な検査を受けることにしました。もう6年以上続けてるでしょうか・・・肝機能は体重が66キロ台になれば正常値に戻ります。血糖値も空腹時なら100を切ることもあります。最近少し食べ過ぎで70キロを超えてましたが、案の定数値は正直です、そこで1ヶ月1キロ程度を目安にして9月から落とし始め、今日時点の体重は67キロです。今はちょっと色々ありますが、好き勝手に食べてた奴が実質4000名を超える会員さん達の事を考えると、まだ健康で頑張らなきゃって、思わせてもくれるのですからこれも天職と思うひとつなのです。また『医は食から』確かになぁ、実感として思う。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配する事なく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えてたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 24Nov
    • 1846.  谷川岳が雪景色

      今朝、家を出てあんしん館に向かう途中、遠くに見える谷川岳が雪化粧しているのに驚きました。思えば、あと1ヶ月と1週間で2018年から2019年へと年が替わるのですね。 そりゃ寒くもなるわな・・・今年は4月末の決算でNPO法人閉鎖と清算から始まり、最終段階で駄目になりましたが、あんしん館移転問題や、一般貨物自動車運送事業の譲渡、譲受の手続きと横浜の関東陸運局まで法令試験を受けに行ったり、個人事業の開始、来年から始動する合同会社の設立などなど、法人岐路になる来年に向け慌ただしい1年間でした。来年は、あんしんサポートも、武井自身も新たになって次の10年間を目指す年になるでしょう。春夏秋冬、四季は毎年繰り返されますし、人生の1年や10年も、成長したり齢を重ねはしますが季節同様いつも繰り返されると思ってきました。しかし来年からの10年が人生の最終章となるでしょう。終幕を迎えるって事ではありません。 まぁ、10年間のうちに人生が終わるかもしれませんが、それは年齢に関係なく誰にもあり得ることで、そういう意味でなく仕事人生の最終章となるでしょう。僕には人生の終わり方の理想があります。《生涯現役です》事業で一番難しいのは引継ぎであり、引き際だと思う。10年後なら世代交代できる見込みはあります。それまでは現役で頑張り続ける。そう思わせてくれる会員さん達がいる・・・千明がいる・・・そして家族がいる・・・肉体的な不安は確かにあるけど、同年代の人達は運動をしたり、ウォーキングをして体力の維持を図ってますが僕は昼夜問わず、休日も無い仕事への緊張感と責任感と達成感が生き甲斐になり、体力、精神力ともに鍛えられていると思ってます。これから人生の秋に入るのだと思う。冬に備える時期ですが、同時に実りの秋でもあります。人の終幕後に接する事で、我が身の健康に感謝できるし仕事は自己満足ですが結果として、人の役にも立てるし感謝される事が、我が生き甲斐にも繋がる・・・・俺の人生、褒められたり、自慢できるものでは無いけど先に恵まれ、同年代の中でも、幸せな人生を歩んでいる部類なのは間違いないと思う。15才の時、家業の倒産で蒸発した父親が37年の時を経て八王子裁判所から、逝去の一報が届いた事から始まったあんしんサポートでしたが「これがお前の天職だよ」と父親が導いてくれたようだと感じたのは、どうやら間違いでは無かったようです。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配する事なく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えてたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 23Nov
    • 1845.  子供すら信用できない時代なのか・・・

      耳を疑うような話しがありました。群馬県北部に自宅を建て、県外から転居して暮らしてた老夫婦がおり、2年ほど前お婆ちゃんの具合が悪くなり完全委託で入会していました。今年10月、お爺ちゃんのほうが先に逝去され、依頼されてる通りに火葬、散骨を済ませましたが、火葬から少しして娘さんと名乗る方から電話で、母親は北関東ですが他県にある自分の家に連れていきますと言われました。うちは事前預かりしても利用前なら全額返金します。ただお爺さんと同じ場所に散骨して欲しいからと、散骨費用だけは残し、後日振込先を連絡してくる事になっていましたが、連絡が無いまま2週間が過ぎました。昨日は朝から親族葬儀を行い、午後2時から事前相談と入会の手続きをしている時、お婆ちゃんの世話をしてくれてた近所の人から電話が入った。電話を聞いた千明は一瞬意味が分らず聞き返します。県外に行ったお婆ちゃんは、預貯金の全てを娘の口座に振替えられ、一銭も持たされず帰ってきたという・・・そこで心配になり、事前に預かったお婆ちゃんの葬儀と散骨代だけでも、娘に返金する前に連絡して確保しなければと思ったようです。事前に預かった老夫婦の葬儀代は、当方で確保してありまだ返金してませんから、お婆ちゃんにもしものときはお迎えから火葬、散骨まで全て可能だと伝えました。こんな話が現実にある・・・信じられますか?認知の入った母親の貯金を、全て自分のものにする為に半月ほど引き取り、全ての手続きが終わったら老夫婦が住んでいた誰もいない他県の小さな家に送り返す・・・昨日葬儀した家族は、皆で温かく母親を送ってただけに、鬼のような事ができる子供がいる事さえ、信じられないのが本音ですが・・・どうも真実のようです。この夫婦、入会に前橋あんしん館まで来館するのが難しいのと、我々が散骨に行った時なら決して遠くはないと、自宅まで伺い入会された方でしたが、訪問時に家族の事など当然聞いているはずです。しかし言われてみれば、娘の話しなど全く出なかったと千明が言ってました。確か、、この婆ちゃん年金も無かったと思います。家があるから生活保護も難しいでしょう。あとで面倒を看てくれてる方にでも連絡はしてみますが、自宅の名義変更は終わってないだろうと思います。何とか自分達でできれば、費用は固定資産税の4/1000、登録免許税だけで済みます。小さな家ですが、土地建物を担保に入れての施設入居も可能だと思います。 それなら家の価値以上になったら生活保護も受けられますからね。そんなアドバイスをするつもりです。葬儀後に分かったのですが、お爺ちゃんは一部を手元で供養したいと言ってたから、その旨をお婆ちゃんに伝えると、全散骨して欲しいと言われました。しかし、その翌日には「遺骨いつ来るのかね」と言ってたそうですから痴呆が入ってるようです。痴呆が進む前に手続きを済ませる必要もあるようです。親子関係が希薄になっているのは確かですが、年老いて認知の入った母親の預貯金を取って、ほっぽりだす、、到底理解できませんが、お婆ちゃんの年齢から考えても娘は50代~60代だろうと思う・・・ありえねぇ・・そんな奴、人間じゃねぇ・・・にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配する事なく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えてたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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プロフィール

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性別:
男性
お住まいの地域:
群馬県

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『突然の手紙 』
それは平成19年9月のある日 八王子裁判所から父の死を知らせる一通の手紙が届いたことから始まった。。38年前に家業倒産により生き別れた父親が亡くなり遺書があるので開封に同席を・・・ という内容でしたが 仕事の都合で休みが取れず妹に行って貰い後日 妹から話を聞くと 父親の遺言で一緒に住んでいた女性が遺骨はハワイの海に撒いてくれたのだと言う。。「へぇー散骨って本当にあるんだな。。ハワイの海かぁ 良いかもな」「ところで、その女性には子供が居るの?」 「ううん 居ないみたい」うむ、、父親は75才だったと思うから、、、70才を超えるお婆さんが一人になったって事か?!・・・

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