葬儀について・・・我想う
葬儀について・・・我想う
あんしんサポート設立時から更なる前進への基とし、
進むべき道への指針とすべき葬儀実践日誌
良くも悪くもあるがままの出来事、費用、内容を書き記すものなり

2018年用に変更完了しました
 
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NPOあんしんサポート・ホームページ


  • 22May
    • 1733. 寿命は天寿、生き方は自己実現

      人の死は担当する医師でさえも分らないのが現実です。「まだすぐではないよ」と言われた家族が入会相談して帰り、わずか30分後に逝去の一報が入ることもあるし、余命一週間と言われて3年後のこともあるのが現実です。老衰だけでなく、病死でも、事故死でも自分で命を絶つ人以外は、年令に関係なく『天寿』なのだろうと思う。健康診断、食生活に注意、毎朝の散歩、規則正しい生活だからと長生きする訳でもなく、タバコを吸い続けても肺癌になるわけでもなく、暴飲暴食でも長生きする人もいるのだから、寿命に関しては『神のみぞ知る』です。しかし生き方については、全て自己実現であり、自分の思うように生きられるはずです。身体的な理由で、思うにならない事も確かにありますが、脳障害以外は与えられた人生の中なら、自分の思うよう生きることは可能なはずです。ところが、事前相談で来館する人達は二種類に大別することができます。『前向きで積極的で肯定的な明るい性格』『後ろ向きで消極的で否定的な暗い性格』両者の説明は不要でしょう。少し話しをすればすぐに分かるはずです。僕は前者ですから、後者の人と話すのは疲れるし、暫し話しをしていると面倒にさえ感じます。多分・・・後者の人達は前者の人達と比べると、かなり損な人生を過ごしているだろうとさえ感じます。僕の座右の銘のひとつに(自分の言葉ですが)『人は執着を捨てれば楽に生きられる』が、ありますが、悲観的、消極的、否定的な事を指している訳でなく『過去の栄光や自我に拘るな』が真意です。『前向きで積極的で肯定的な明るい性格』これは、あんしんサポートそのものです。代表の僕は63才、千明は50台半ばですから、改めて年令を見て貰えば分ります。一般論では、お爺さんとお婆さんで経営している事業と思われても不思議ではありません。こんな年代の人間が24時間体制で増員せずに踏ん張る。これだけで『前向きで積極的で肯定的な明るい性格』であることは分るでしょう。今日の法要後、お手伝いして貰っている住職が言います。「人を入れたほうが良いよ、忙しくて死んじゃうよ」「我々だって友引は休むんだからさ」「だよね、でも料金上げたくないからさ」「うちを頼りに生きている会員さんも沢山いるからね」こんな会話の前提にあるのは、自分達を年寄りと思ってない自覚の無さがそう言わせるのです。いつ天寿が訪れ、自分の人生の終幕になるかは、誰にも全く分りませんが、どんな生き方をしたいか、するかは自分達で決めた通りに生きられるのです。同じ人生なら、明るく前向きに生きたほうが良いですよ。お金があろうと無かろうと、病気があろうと無かろうと、苦難や面倒なことがあったとしても、止まない雨はない、何事も一歩一歩と歩を進めればいつかゴールする。高速で移動すれば早いけど、道端に咲く花は見えない、、一歩一歩の遅い歩みにも、ちゃんといい所もあるのです。今の自分に与えられた、今の人生を否定せず肯定する事、今の人生を楽しもうとする意識が大事です。『年寄りの冷や水』と言いますが『老木に花』とも言う。考え方の違いは見た目の老若にも、大きく影響するのは間違いありません。年寄りと呼ばれる年代なのに、なんで若く見えるか、、簡単です。 自分を年寄りだとは思っていないからです。年寄りなのに若く見える人と話しをすれば分ります。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 20May
    • 1732. 差別化は料金やサービスだけではない

      かつて美容室の経営指導をし、その後、美容室を経営しご存知のように現在は葬儀支援を行っていますが、多分、圧倒的多数の方は、普通の葬儀屋と思っているでしょう。直接来館され我々と話しをした方々は、普通の葬儀屋と違うと分るでしょうが、名前を知ってる程度の人が極々普通の小さな葬儀屋だと思うのは当然です。また葬儀の話題など普通はしませんし、関東圏では高額自慢はしても低額自慢はしませんから、多くの消費者が認知をしてくれるまでは、普通の商売の何倍もの時間が掛かって当然ですから、市内の葬儀屋でも余り知らないのが極々普通の人でしょう。でも1年、3年、10年と事業を続けていると、どんな事業でも同じですが、年々企業イメージが明確になるし、良くも悪くも利用者の言葉が世間に浸透してきます。『あんしんサポートのイメージ』が出来ていくわけです。葬儀屋で不親切と言われたら終わりです。どこの葬儀屋も親切が当たり前だし、腰も低いのが普通、無駄口は叩かず、淡々と作業を進めるのが葬儀屋です。葬儀屋、葬儀社に最も近いのはホテル業です。親切で身だしなみはビシッとして、言葉遣いは敬語だし腰は低いし、口ごたえもしない。正にお客様は神様です・・・か、お客様はお金ですってのが徹底されているのでしょう。(書いてると僕とは全く違うのだけは分かる・・^-^;)ただ、その全てが請求書に記載されてくるようなもので、典型的なサービス業です。 葬儀社はサービス業の区分だし、利用者もサービス業と思っているでしょうからね。あんしんサポートは、このサービス業の土俵に上がらず10年間事業を続けてきました。当初は仮に「うちは葬儀屋じゃない」と言ってみた所で誰も理解できないし、前例もありませんから無駄なのは分かっていましたから、必要な知識やスキルを吸収しながら、反面教師も含め葬儀屋さんの手を借りての数年を過ごした後、あんしん館の設立と同時に世間に対しての自己主張を強く打ち出したのです。》利用者は会員であってお客様だと思ったこともない》頭も下げない、対等に話しはするし、腰も低くない》時には利用者が叱咤されることすらある》嫌な人なら入会を許可しない》基本逝去後の依頼は受けない》世間の悪習慣は悪習だと主張する》お金を取る以上、宗教者もいち業者と考えるあはは、こうして書き出してみると「何て奴だ!」って思われて当然だろうなって感じます。では最後に上記の箇条書きに詳細を書き足してみます。》利用者は会員であってお客様だと思ったこともない・料金、内容を冷静に判断すれば支援なのは分かるはず・だから会員ではあるが、お客ではない・この点は利用者にも自覚して貰う必要があるからです・お客様に成りたいなら、一般葬儀社に行けばいい・料金は数倍になるでしょうが、お客様扱いしてくれる》頭も下げない、対等に話しはするし、腰も低くない・大事なのは我々に対し家族が本音を語れる事です・卑屈にならずに対等に自分の言葉で語れること・お友達感覚で話しができる空気は大事です》時には利用者が叱咤されることすらある・家族の逝去で舞い上がってしまう人もいます・自分の許容範囲以上のことをしたいと思う人もいる・時に財布以上の事をさせたがる親戚も少なくない・そんな家族を冷静に客観視して問題があれば指摘する》嫌な人なら入会を許可しない・葬儀支援は労働量に対する収益は非常に低くなります・お金の為にしているのでなく、それほどの利益もない・『この家族の為に頑張ろう』と思えなければ無理です》基本逝去後の依頼は受けない・突然の逝去以外は、事前に想定できることです・人がいつ死ぬか分らないのは誰でも分かっていること・なのに手をうたない家族の手助けは要らない・会員依頼は絶対に受けるための措置でもあります・一般葬儀社なら、いつでも快く受けてくれます》世間の悪習慣は悪習だと主張する・葬儀に限らず昔からの悪習はいくらでもあります・人の死は特別な事ではありません自然の摂理です・後に残る家族の生活より大事な葬儀はあってはならん・信仰心のさして無い日本人には霊感商法が多すぎる》高額を取る以上、宗教者もいち業者と考える・子供が生まれると多くは神社にお参りします・七五三も子供の手を引き神社にいきます・最近の人達は教会で結婚式をします・死して初めて寺の出番、寺の多くは葬儀屋です・数十万の布施は布施の範囲を超えています・低謝礼でも施行数が増えれば結果として潤いますこうして10年間続けてきた本音を書くと、拒絶される方もいれば、同調される方もいるでしょう。過去の慣習を良しとし、拒絶される方を対象にしていませんし、うちには来ないでしょう。また同調される方は、自分と同じ感覚の葬儀屋に初めて出会ったと来館し入会されるでしょう。拒絶でも、同調でも、これだけハッキリしていることが差別化と言えます。嫌な人は足を運ばずに済みますし、同調する方は探って話しをする必要はなく最初から本音で語れます。我々が経営理念や自己主張を明確にすることで、無駄な事前相談などが省けます。時々勘違いされる方がいますが、我々のしている葬儀の支援事業が良いと言っているのではありません。家族の価値観合せた葬儀をすれば良いのです。ただ現行葬儀の流れでは、費用的に無理な人達が増えている現実の中、低料金、高品質の葬儀支援を行う場所があれば、死後の不安なく今の人生を生きられる手助けになるし、明日は我が身であると考えるからです。誰でも、いつでも引き受けますよ・・・の葬儀屋が多いのには驚きますが、全ての人が利用者にはなりません。『事前相談重視』心に余裕のある時に本音で考え、我々の考え方も理解ができるか否かを確認する大切な時間です。だから『会員優先制』をとっているのです。初めて会った人が何を考えているなど分かりません。価値観も分かりませんし、性格も分かりません。その人が満足できる葬儀などできるはずがありません。入会を認める以上は、依頼を受ける以上は、葬儀発生の時点で、家族が抱える実情の中で、最善と思える葬儀の企画をし施行できるのが葬儀支援センターだと思う。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 19May
    • 1731. 今日成すべきことを明日に延ばすな

      『今日成すべきことを明日に延ばすな』30年前に役員として勤務していた会社の社訓のひとつで、当時は何も考えず、毎朝の朝礼で最後に唱える言葉でしかありませんでしたし、言葉の意味さえ考えたこともない。本人に聞いたことはありませんが、ブログでも何度か書き記し、昨年亡くなった社長の言葉なのだと思う。あれから30年の時が流れた今の僕は、正にこの心境なのですから、時代は流れても仕事をする人間が成すべき事の基本は変わらないのかもしれません。我々の仕事は『一寸先は闇』で、どんなに眠くても、どんなに忙しくても、どんなに疲れていても、何の前触れもなく、突然1本の電話が入れば、葬儀が済むまでの数日間は昼夜問わず仕事になります。「明日やればいいんじゃねぇ」これが通用しない代表的な仕事のひとつでしょう。設立当初は暇でしたから、そんな事も考えませんでしたが、この5年ほどは、時間が空いたらできる事をしておくのが、動きの基本になっています。昨日一日の動きをおさらいしてみます。・朝9時に出勤(自宅~あんしん館は車で20分)・霊柩車の洗車・僕は隣接市までの霊柩搬送準備と棺の搬入・千明は陸運で使用する書類を市役所に取りに行く・午前10時、隣接市斎場に向けあんしん館出棺・炉前経のあと、火葬、家族親族は待合所にて待機・火葬中に集金と葬儀後に積費用な手続きの説明・午後12時30分、火葬終了すると斎場出発・戻ると陸運局に行き用事を済ませる・午後2時過ぎ、散骨場に向け、あんしん館出発・途中の車中で朝食兼昼食を交代で澄ませる・午後3時40分散骨場到着・午後4時10分散骨場出発・山道を通って永代供養墓まで90分走る・午後5時50分永代供養墓到着・午後6時、納永代供養墓への納骨完了・永代供養墓から、前橋あんしんまで50分走行・午後7時過ぎ、本日の予定は全て完了しました・1日の移動距離は200kmを超えています途中で搬送依頼の電話も入らず、何とか予定通りに動けたことで、いつ搬送依頼が入っても対応できるし、予定した用事が後回しになることもありません。昨日の流れは決して特別な日ではありません。暇な日もありますが、バタバタと過ごす日も普通です。分かっている事は、時間が空いたらやっておく・・・いつでも時間を空けられるよう行動しておくのが、いつの間にか当たり前になりました。数年前までは、ほんの少しでも時間が空けば、やるべき事があれば、迅速に動く僕に付き合う千明は驚いていました。でもそれが結局は、自分達にとっても幸いすると分ったのでしょう・・・今では何も言わずに従ってくれます。ちなみに友引の今日は、午前午後と3件の事前相談入会が入っており、午後3時終了、千明は自宅祭壇の引き取りに向いました。 葬儀が無くても雑用はあるものです。面倒なこと、大変なことは尚更の事、後回しにしたくなりますが、面倒なことから片付ける習慣が身に付くと日々の仕事がスムースに流れるようになるし、慌てることがなくなります。30年の時を経て、かつて勤務した会社の社訓を実行している自分がいる・・・『なるほどなぁ』って改めてかつて勤めた社訓に納得する今日この頃です。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 18May
    • 1730. 待合にいる僧侶人数が葬儀数の3倍

      今日は隣接市での火葬に行ってきました。昨日、あんしん館式場でお別れをした家族と親族18名が待っており、お別れの室で読経すると、火葬炉に入って90分間は待合所で待ちました。待合所の端で必要事項を家族に伝え、集金が済み周囲を見回すとやたら僧侶が目につきます。ん!? なんだ・・・5人グループの僧侶軍団、3人グループの僧侶団と2件だけでも8名の僧侶がいるではありませんか・・・最近の前橋では見なくなった光景のひとつです。葬儀を依頼した寺の住職だけでなく、『脇』と呼ばれる僧侶が4名の葬儀と2名の葬儀だったのだと思う。皆さんも見たことがあるかもしれません。複数名の僧侶が読経を唱える葬儀です。簡単に言うと僧侶のアルバイトです。複数名の葬儀ですから、葬儀を依頼した僧侶への布施は信士信女でなく、最低でも居士・大姉戒名でしょうから、最低でも40万円~だろうと想像できます。更に脇僧侶には一人に付き5万円程度は包みますから、5名の場合、最低で60万円、3名が50万円ですかね。あくまで最低の布施ですから、実際はもっと高額です。これは僧侶グループ内で、お互い様アルバイトです。A寺、B寺、C寺、3件のグループなら、A寺が導師を勤め(B寺、C寺は脇につきます)B寺が導師の時は(A寺、C寺は脇につきます)C寺が導師の時は(A寺、B寺は脇につきます)脇付の葬儀をと家族が頼んだのなら、好きにすれば良いことだし、それが自己満足なら言うことはありません。ところが大抵の場合、これを寺が半ば強制することです。なんで葬儀で菩提寺でもない寺にまでアルバイトをさせなければならんの・・・あり得ねぇ・・・寺は痛くも痒くもありませんが、家族は迷惑千万です。僧侶が身銭を切って脇を置くなら問題ありませんけど、まぁ100%あり得ません。全額家族払いです。あるとしたら住職が病気などで葬儀がまともにできない状況下だけでしょう。家族が依頼せず、別途費用が掛かる複数名の僧侶が入る葬儀を強要する人を宗教者とは呼べません。檀家離れで経営が大変な寺は多いでしょうが、この行為自体が自殺行為だと気付かないのでしょうか・・・葬儀業界であれ、宗教界であれ、それらを支えてるのは、一般人であり同業者ではありません。今の飯は食えても、将来の飯が食えない考え方・・・・決して利口でないのは、多くの人が感じるでしょう。今の収入を抑えることで評判を上げ、依頼者数を増やすことで将来も食えるよう種蒔きをするのが普通です。されど、今行っている現実を例えるなら・・・将来の収穫用に保存してある種イモを、植えずに食べているようなものです。 今は食えますが近い将来、間違いなく食えなくなります。こんな当たり前の事が分らず、人に説法など、臍が茶を沸かすとはこの事です。極力檀家に迷惑を掛けず、檀家の役に立てる宗教者でなければ檀家でいる必要がありません。だから檀家離れが進んでいるのに、まだわからないとは宗教者とは、どれだけ世間からずれているのでしょう。檀家を財布としか見てないような宗教者から、純粋ではあるし、気弱でもあり、人が良くて無知な家族の生活を守るのも葬儀支援です。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 17May
    • 1729.  今の僕にとって最大の敵は寝不足

      昨日午後、先日親戚の方が入会を済ませてあった家族が事前相談で午後1時来館してくれました。 相談内容とは・・》寺内に墓があるが、娘しかおらずどうすべきかの相談》対象者は余命一週間と宣告を受けたとのこと寺の墓については、墓閉じ前提で話しを進め、まず墓の撤去、遺骨供養で掛かる費用を見積ることにしました。丁度いい機会ですから、皆さんも墓閉じの基本的な料金設定というか、費用の掛かり方を覚えておいてください。① 当然使用している石の量によって料金が変化します② 墓の基礎打ちが、家のようにしっかりだと高くなる③ クレーン車が停められる場所から墓までの距離で違う④ 墓の通路がしっかりないと高額になる⑤ 道路の傍にありクレーンで吊れる位置の墓が安くなる⑥ 納骨してある遺骨数によって散骨、供養料金が異なる⑦ 遺骨を納めるカロートを埋める土量により料金異なるうちの場合、1万円の見積料を預かり、墓撤去、遺骨の供養、更に閉眼供養など全ての費用を算出、その料金で墓閉じ可能ならGOを掛け、見積料1万円は差し引きをしてくれますが、STOPが掛かった場合、1万円は石屋に支払う事になっています。余命宣告を受けた対象者の葬儀をどうするかは、いつも通り残る配偶者の生活を最優先と伝え、家族達は納得をして午後4時過ぎ、隣接市まで帰っていかれました。17日の家族葬の準備を整えると、5月は施行だけではなく、色々と疲れる日々が続いており、少し頭を休めに行こうとスロットに出掛けました。そろそろ帰ろうかと思いはじめた10時前、本日相談に来た家族から対象者逝去の一報です。病院の都合で死亡診断に少し時間が掛かり、搬送時間の指定も決して早くはありませんでした。結局は・・・安置、最終的な打合せと全てが終わってみると、日付はとうに替わって午前2時50分・・・自宅に戻って足を洗い、布団に入ったのは午前3時半になっていました。本日は午前8時過ぎに、仕事に入らないと間に合わない日でしたから、午前7時には起床し、シャワーを浴びていつもの流れで動いてはいますが、前頭部が重いというのか、痛いというか、そんな一日でした。午後4時から、明日火葬の家族が最後のお別れに集まり、故人が好きだった酒、タバコ、洋服を入れ、生花を胸部から上に敷き詰め、思い出話しや、悪口を言いながらも笑ったり、泣いたりの時間を過ごし、さきほど家族達は帰りました。これから自宅で、故人の好きだった即席ラーメンを食べながら、写真を広げて夜まで語るそうです。内容的には、ぱっく60の火葬葬儀ですが、時間を気にすることなくワイワイ言いながら、故人と過ごすこの時間何度も経験してもいい葬儀だと思います。お金を掛ければ豪華な葬儀はできますが、いい葬儀にはならない事のほうが多いのに、費用は抑えてもいつもの家族・・・普段の自分達のままの家族で過ごせるのってやっぱいいよなぁ・・・って思わせてくれます。家族が僕に話しをしてくれる様子からも、納得しているのが分るし『良かった』と思ってくれているのも伝わる。これが本来あるべき葬儀の姿に思えます。現在時刻午後6時40分、今でもボーッとしてます。葬儀の仕事の中で、今の僕にとって一番の大敵が寝不足、睡眠不足の壁です。 どんなに書いたところで、この仕事を続ける限り変わる訳ではありませんけど、無謀にならない程度に、いつまでも頑張りたいものです。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 15May
    • 1728.  パソコン修復から学ぶ賢い経営者道

      暫くブログのアップができませんでした。実は少し前から、パソコンの調子が悪いとは感じていましたが、突然ホームページが表示されなくなったようで、メール等のハイパーリンク表示されず、パソコンの動きそのものが停止状態・・・されど仕事で手が付けられず、昨日早朝の搬送後、早速修理にとりかかりました。《ハイパーリンクとは》普段はリンクと呼ぶほうが多く、ホームページやメールなど、青文字で書かれている部分をクリックすると他の場所に飛んで行ったり、画像をクリックすると別の場所へと移動したりすることです。(メールはMicrosoft Outlook 2010)パソコンでリンク先が開かないのは致命的です。ただメールは全滅ですが、サイトは表示されたり、されなかったり・・・あんしんサポートホームページは表示されない状態でしたが、いつからか分かりません。「このコンピューターに設定されている制約のため、この操作は中止されました。システム管理者に問い合わせてください。」と表示されます。最初に疑ったのは現在使用しているFierfoxブラウザです。確か数日前にアップデートした記憶があったからです。単純に『既定のブラウザ』に設定すれば直ると思っていたのですが、それほど単純ではありませんでした。まずはブラウザの《完全》アンインストールの実行です。通常コントロールパネルから削除してもデータが残ります以下の流れで完全削除をしました。・PCスタートからファイル名を指定して実行をクリック・名前の欄に %AppData%\ と入力してOKをクリック・表示されたMozilla(Fierfoxの事)フォルダごと削除以上を行った上で『既定のブラウザ』に設定しましたが全く変化がありません・・・・(-_-;)次にブラウザをInternet Explorer『既定のブラウザ』にしてみましたが、相変わらず「このコンピューターに・・の文字が出るだけで全く機能しません。そこで最後の手段としてレジストリの変更に挑みました。アップデートした際、レジストリが書き変えられたかもしれないと思ったからです。結果報告からすると、大正解だったのですが、これってブラウザを複数インストールすればあり得る事だと思う。そんな訳でハイパーリンクが開かなくなり使用しているブラウザを『既定のブラウザ』に設定しても直らない時があったら、僕の行った手順を書きますから参考にしてみてください。(但しあくまで自己責任でね)僕が使用しているOSはWindows10proです1 スタート上で右クリック2 [ファイル名を指定して実行] をクリック3 検索欄に「regedit」と入力して[OK]クリック4 ユーザーアカウント制御の画面で[はい] クリック5 レジストリエディタが起動6 「HKEY_CLASSES_ROOT」をダブルクリック7 「.htm」フォルダクリック8 (既定) REG_SZ FirefoxHTMLになっているのを確認9 「.htm」フォルダ右クリック、エクスポートクリック10 デスクトップに名前を付けて保存(バックアップ用)11 [7]をもう一度実行12 既定の項目をダブルクリック13 文字列の編集の値のデータ FirefoxHTML 文字削除14 htmlfile の文字を入れ[OK]クリック15 (既定) REG_SZ htmlfileに変更を確認16 念の為「.html」の項目を同様の手順で変更17 PC再起動後 Outlook内のハイパーリンクをクリック18 WEBサイトが開けたら成功19 デスクトップに保存した2つのリジストリ削除(削除する時レジストリを実行しないよう注意)とまぁ、こんな感じで何とかメールは修復できました。ホームページの無表示については、内容変更のために作成中のサイトを、使用しているサーバーに転送することで解決しました。但し転送したサイトは完成しておらずでしたから、転送後に慌てて完成させて、更に転送し表示させましたから正確にホームページが出来上がっているか分かりません。表示や内容で修整が必要な部分を発見された方は、恐れ要りますが教えてください。今回ホームページが表示されてないと教えてくれたのは『お葬式のアデュー 和歌山・永山代表』でした。コメント見て、慌て僕のPCで確認すると無表示・・・そこで千明のPCでも確認して貰うと無表示でした。一瞬、以前に一度サーバーレンタル料金未払いで表示がされなかったのを思い出し、すぐにアクセスしましたが、あと数年先まで支払いがしてありました。今回の件は、予想外であり突然のことでしたが、仕事をしている全ての人に共通するかもなって感じました。自分では正しい、間違ってない、正道を歩んでいるはずだと思い込んでも、他者からは違う印象だったり、時に自分が間違ってることだってある・・・経営者として四半世紀以上を過ごしましたが、経営者はお山の大将であり、一歩間違うと裸の王様になります。そんな時、それを指摘し合えて客観的に見られる存在は必要だよなぁ・・・ってね。僕の場合、ちぎらがいますが同じ車両に乗って行動していますから、見える景色も同じなはずです。としたら同じように間違う可能性は高いですからね。間違いは誰でもあるし、いつでも起き得る事です。間違いが良いとは言いませんが、間違ったことより大事なのが、間違いに気付かない事、方向修正が遅れる事のほうが大問題です。気付いたら最善と思える方法を迅速にできるか否かが、成功者への道と敗者への道の分岐点かもしれません。それが互いにできる仲間は経営者にとって神器を得たようなものかもしれません。神器と書くくらい得るのは難しい存在ですけど・・・にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 11May
    • 1727.  まず無理の無い葬儀から

      5月は真夏のように暑いかと思えば、3月に戻ったように寒かったりで、体調管理が難しい前橋になっていますが、簡単に着たり、脱いだりできる上着で対応しましょう。だからかなぁ・・・5月は何となく暇なイメージを持っていましたが、今年はいつものような流れで現時点で6~7件ほどの施行です。これまたいつものように、家族の出費を抑える葬儀を提案し続けている事で、売上金額は下降しますが、入会相談である程度の事は話しをしてあっても、実際に理解している家族のほうが少なく、いざ葬儀になってみると感じるのは、『何が分らないかさえ、分らない家族』です。逝去時は病院から親族も一緒にくることも多く、打合せも同席すると親戚の手前中々本音が言えない家族もいます。回りくどい言い方はせず、最善と思われるパックなり葬儀内容の提案から打ち合わせに入ることで、最初にイメージする葬儀が豪華な内容で無いことを親族に刷り込みます。できるだけの事はしてあげたい家族は、もう少し高額パックが・・・と言われる方もいますし、金は出さず口を出す親戚は当然賛同します。 家族の気持ちは分ります。されど後の生活は葬儀直後から始まるわけで、実際の生活では誰も助けてはくれないのです。そこで役に立つのが事前相談時の記録です。僕は事前相談記録を見て勧めていますから、財布事情だけでなく、葬儀後に掛る費用なども分かって話しをしてます。葬儀だけでなく、遺骨の問題、墓の問題、更には収入とか年金の金額なども全て把握しているわけです。親戚には分らない部分の多い内容となります。それらの点をひとつ、ひとつ家族自身が冷静になり、思い出すまで話していくと何処かで我に返って気づくものです。そこまで行ったら、費用を掛けるべき優先順位を考えます。余裕の無い家族の心にこんな思いが残ります。『もう少しちゃんとしてあげたかった・・・』でも、これで良いんんです。目一杯無理をしたら後が続きません。『葬儀で無理するんじゃなかった』と思ったら最悪です。故人のせいにも成り兼ねませんし、葬儀が済めばあとは、何もしない家族に成るかもしれません。だから、こんな風に言います。『もう少ししてあげたいって思うよね』『でもそれで良いんです。その思いがあれば良いんです』『今回の葬儀では今できる事、すべき事だけをしますが』『新盆もあるし、一年忌を始めとした法要もあります』『それに49日忌明けだってあります』『仏は結婚式と違って、あとが長いんです』『余裕が出来たら、今の思いを実行しましょう』『今は後に残る家族の生活が守れる葬儀をすることです』『これが支援センターとして出来る最大のアドバイスです』『僕の言ってる事を良く考えれば分ります』『普通の葬儀屋さんが、こんな事を言うでしょうか?』『わざわざ料金を下げろって言うと思いますか?』『わざわざ来館し、あかの他人である僕に家族の内情を』『こと細かな話してくれたから我々は入会を許可しました』『入会を許可した以上、我々は家族を守る立場に立ちます』『今は家族に最善な方法を、一番冷静に判断できるのが』『我々であり、それを唯一可能にできるのも我々です』僕の言う無理の無い葬儀とは、単純に安いだけの事でなく今の生活を守り、尚且つ後日に家族の思いを実現出来るようアドバイスし葬儀後の遺骨供養、盆法要、各年忌法要に至るまでの全てを支援できる体制にあるから言える事です。今月の葬儀は半数が、この話しに近い対象でした。多分、余裕の無い利用する家族にとっては悪い事ではなく結果としたら『良かった』と思われる事のほうが多いとは思いますが、あんしんサポートの経営として見ると、必ずしも良いとは言えません。経営者としたら『馬っ鹿じゃねぇの』と言われかねない。そが分っていながらも、その道を突き進んで10年です。ってゆーか、普通の葬儀屋をしてたら、もう辞めていることでしょう。 葬儀屋がしたい訳ではないですからね。この部分は一般消費者では説明しても分らない部分です。実際に経験した家族にしか分からないことでしょう。なら、こんな人間は日本で僕だけか・・・嫌、違う・・・決して多くはありませんが、葬儀屋として仕事をしている人の中に、少数ですがいるはずです。話しをした人達の中に、そんな印象を持った方もいます。でも長期目線でみると、個々では何もできないでしょうし、多少忙しいと思う時期があったとしても、刹那的なことでしかないでしょう。こんなの世の中を見れば一目瞭然です。『あなたが子供頃から現在までずっと繁盛し続けている』『地元商店が何軒ありますか?』圧倒的多数はゼロと回答するはずです。まさに諸行無常なんですよ。ただ葬儀の仕事の最盛期は10数年先ですから、今に満足せず、社会や地域の弱い立場の人達に貢献できる葬儀社の共同体か協同体を目指すのも、生き残り手法のひとつです。今回は無理をさせない葬儀の具体例を書きました。この感覚が理解納得できて実践されている葬儀屋さんは、僕と似たような感覚の持ち主だと思う。だとすれば、料金的にも高くはないでしょう。ってことは決して経営は楽ではないでしょう。でも10年間続けてこられ、相変わらず会員数は増え続けている『あんしんサポート』のような前例もあります。我々同様の姿勢で、他の地域で活動される方が居なければ、その地域の人達は葬儀支援の恩恵が受けられません。余裕のある人は問題ありませんが、何らかの都合で余裕の無い時に葬儀が重なったら死活問題にも成り得ます。全国全県で同じような活動をされる人が増えてくれる事を願うと同時に、活動する者同士が助け合える事が、将来に於いての永続へと繋がる結果となるでしょう。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 09May
    • 1726.  あんしんサポートで学んだ事は多い

      10年前の5月、NPO法人申請後の縦覧期間でした。この10年は僕の人生の中でも、あっという間の10年であり、まともに休むことも無かったからか充実してた年月でもあるし、学びの多い期間でもありました。10年前も含め30年近く、社長業で過ごしてきた事もあって、自分で何かをすることはあまり無かった。机の上にある電話で指示を出せば、大抵のことは部下である誰かがしてくれたし、携帯はドコモの所長が全機種持参して進められる物を選べば良いし、パソコンも同様だったし、車はディーラーの営業が勧める物を購入する。全て人がしてくれるとは、便利だけど高額になります。初めての携帯電話は10万円以上して、確か電話料金も月によっては10万円ほど掛かった。パソコンも数十万、自動車は600万円だもんな・・・ガソリンスタンドに行けば手洗いで、ハイオク100円ちょっとの時代で毎回1万円払ってたと思う。仕事の結果が気に入らなければ、納得できるまで自分でする奴ではありましたが、基本現場にはいません。経理だけはしてましたが、後はゴルフの練習やコースに行ったり、余り好きではないお付き合いをしてたと思う。こうして書いてみると『ろくなもんじゃねぇ時期』だと我ながら苦笑します。が・・・そんな生活が好きでは無かったのも事実です。多少の金はあったし、少しのぼせてたと思うけど、でも俺本来の姿じゃねぇな・・・とは思っていました。そんな52才の僕を戒めてくれたのが父親の死でしょう。不思議な出会いや、不思議な流れの中、僕の意思というより勝手に進み始めた10年間だったように思えます。でも、この10年間で学んだ事、経験させて貰った事は僕の人生で最高に意味、意義のあることばかりでした。この先は分りませんが良い事も、悪しき事も、それらの全てが結果としては良い方向へと向ってくれた10年と言えるでしょう。》人の死について考える機会を得られた》人任せでなく、全て自分でする事を教えられた》金が無いのはスキルアップの妙薬だと知る》金が無くても事業はできると教えられる》世の常識が正しいとは限らないと知る》自分より弱き人に手を差し伸べるは当然の事と教わる》どんな結果も全て自分の鏡だと教えられる》人間、本音で生きるべきと教えられる》人は誰かに必要とされながら生きるべきと教わる》何事も明日は我が身の心で接すべしと教わる》忙しく休みなく動き回るが若さ維持の極意と知る》相手の立場に立てば、相手は素直に聞くと知る》相手の地位や金を見ず、人だけを見るべしと知るこれらは、あんしんサポートに携わった事で学べた訳でさらに現行葬儀の在り方や問題点、人が生きる上で本来重点をおくべき点など、考えたというより、依頼された家族に教えられたのが本当のところでしょう。『葬儀は死後でなく医師がサジを投げた時から』『葬儀より残る家族の生活のほうが絶対に大事』『人間、生きていれば金の無い時だってあるさ』『自分が助けられる時は躊躇せず助ければ良い』『助けて貰ったら、いつか誰かを助ければ良い』『人生最大の目的は我が人生を精一杯楽しむ事』『死んで騒ぐな、騒ぐなら生きてるうちに騒げ』そして今回の最後にひとつ・・・山登りでも、マラソンでも、それが勉強だったとしても傍から見ている人は『なんで大変な事をするの・・・』って思うでしょうが、当の本人は『楽しいからやる』ということなのだと思う。仕事も同じようです。まず第一に、自分の仕事が楽しくなければ、当然成功はしないでしょうし、仕事が楽しく出来るか、できないかってのは、職種よりも仕事の仕方なんだと思う。まずは自分の仕事、日々の生活を楽しくする事です。僕は得意な部分ですが、もしかしたら一般的には仕事を楽しむ方法・・・が難しいのかな?にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 08May
    • 1725.  逝去前に考えておこうよ・・・

      今日は隣接市の斎場に行ってきましたが、搬送依頼は昨日の午前1時半頃、自宅に戻れたのは午前5時過ぎ、少し寝ましたが眠くて、眠くていつもより早く自宅に戻って寝ようと、午後7時には岐路に着きました。自宅まであと1kmほど所で携帯が鳴る・・・嫌な予感・・・案の定的中・・・ すぐに戻って搬送準備を整え、指定先施設までお迎え、あんしん館安置してから、自宅に戻ってしっかり寝ました。徹夜に関しては年々辛くなっているのが現実です。今朝は午前9時過ぎ、あんしん館に出勤すると千明はすでに来ており報告を受けます。『実は昨日搬送後、布団に入ったら電話が鳴って搬送』『依頼でしたが、非会員さんだから受けませんでした』『あの状態で受けたら倒れちゃいますからね』『会員さんなら絶対受けるから、今頃大変でしたよ』こんな会話が年間20回以上あります。依頼が重なったり、今回のように我々の体力が限界にきている時、非会員依頼は受けていません。それにしても不思議に思うのが、家族の終幕が迫っているのに、何の手も打たず、何も調べずにいる家族の家族心理が理解できません。電話をくれたのは女性だったようですが・・・『母親が自宅で亡くなったのでお願いします』という電話だったようです。知り合いからうちの事を聞いていたとも言ってたようですが、なら、何故事前に連絡をしておかないの!?葬儀屋は亡くなってから、初めて連絡をする場所だと思っているのでしょうか・・・或いは会員優先って書いてあっても、電話さえすれば引受けると思っているのでしょうか・・・あんしんサポートが会員優先制としているのは、単に会員集めで行っている訳ではありません。過去10年間で、ほんの数件だけ、揉めはしませんが、何となく後味の悪い葬儀をした経験があります。この全てが事前相談をせず引受けた家族限定なのです。この経験則から事前相談が大前提となり、基本は会員優先制としたわけです。お陰様で、事前に家族と本音相談がしてあるからこそ家族も我々も嫌な思いをせず、温かく送れるわけです。パンフレットにも、ホームページにも、会員優先とは書いてあるのですが・・・もっと大きく、すぐに分かるように書いておかないと読まないのかな・・・ってゆーかね、何の事前相談もせず、家族目線の性格だとか考え方も全く分からず、家族目線の葬儀なんてできるはずが無いんです。少なくとも僕の能力では無理です。ま、初めて会った人の真の姿など分かるはずがない。いずれにせよ終幕間近の人がいるなら、もしもの時はどうするか・・・くらいは考えておこうよ。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 07May
    • 1724. 臨機応変な迅速対応も零細企業の利点

      あんしんサポートは4月決算ですから、6月末が税務署への申告期限であり、会計ソフトも使用しており、昨日6日の夜12時には決算ができあがりました。あとは税務署から届く申告用紙に記入さえすれば、税務申告が完了するとホットとして午前1時過ぎ帰宅・・・風呂場で足を洗って2階寝室に行き、パジャマに着替え布団に入ったところで携帯が鳴りました。午前3時、隣接市の老健施設へのお迎えと聞かされる。内心『嫌なんですけど・・・』と思いながら着替えるとまだ通って30分も経ってない道路を、あくびしながらあんしん館まで逆走する。隣接市在住の家族ですが、故人の姪が前橋市民だと聞き、ならば前橋斎場で火葬のほうが移動が無いし、前橋市は6親等以内の親族が申請者になれば、全国どこの人でも火葬料は掛らない旨を伝え前橋火葬と決まった。当初親族葬と言ってたが、信仰心や本音を聞くとうちの湯かん葬パックで、戒名を付けて貰えば充分なのではと思えたのと、できれば友引前に葬儀したい家族の希望もあって8日の湯かん、火葬と決まった。ただ従妹の住所や本籍など不明の為、火葬予約だけしておき、朝確認をし午前中には来館して貰う事にした。午前5時過ぎ、一旦自宅に戻り寝て、午前9時過ぎ起床午前10時には、あんしん館に到着すると、千明からの報告で朝8時過ぎに電話があり、従妹は前橋市民でなかった為、市民外火葬料63.000円掛かっても良いから火葬での移動はせず、あんしん館で湯かん納棺後、前橋火葬でお願いしたいとの連絡でしたと報告を受ける。それを聞き、申請者である娘さんは何時に来館するかと聞くと午後1時だというので、12時に来てくれるよう連絡をさせると、保冷剤、果物、生花など準備を整えて午後12時申請者の来館を待った。来館するとこんな話しをしました。『ねぇ、お母さんの湯かんは絶対にしたい!?』『いえ、そんな事はないですけど・・・』『だと思った。 話しをしてて、それほどの拘りはない』『人達だと感じたから、あんしん館でなく地元斎場での』『待ち合せにしてはどうかと、少し早く来て貰った次第』『どう考えても前橋での市民外火葬63.000円は高いよ』『棺に入れたい物は入れて地元の斎場で待ち合せれば』『火葬料は不要だから、そのほうが良いんじゃない?』『浮いた費用で火葬後に皆さんで食事したほうが良い』『もし、もっとしてあげたかったら、その時は忌明けの』『法要もできるし8月には新盆法要もできるからさ・・』『分りました。 お任せします』『なら、すぐにご主人に確認しましょう』確認で了承を得ると、すぐに前橋火葬予約をキャンセル、隣接市の火葬予約をすると、死亡届出書に記入して貰い隣接市市役所へと走った。費用面では当初予定した葬儀の半額に落ち着きました。当初の親族葬は宗教者謝礼も含め200万円ほど掛るのが大手葬儀社の群馬県相場に近く、一般葬儀社の場合ならその半額くらいで何とかなるんじゃないかな。うちの場合、更にその三分の一で済みますが、世間相場などどうでも良い事です。 大事なのは家族の財布事情と価値観次第です。葬儀への拘りがあれば話しは違ってきますが、それほど拘りの無い家族にとってはベターな選択となりました。わずか数時間の中で火葬場も変更、内容も変更できる。それもより家族目線に叶った方向への変更であり、その変更は家族からでなく、我々からの申し出なのが大きい。最善の方法を迅速に導き出し企画立案できるのも、零細企業の強みのひとつだと思うし、それが葬儀支援本来の考え方であるとも思う。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 06May
    • 1723. 狭い路地もいつか大通りになる

      前回最後に生涯現役で過ごしたいと書きました。そう思う理由の1つが年令であり老化が現実のものになってきた実感があるからです。単刀直入に言えば、心身の若さの維持です。同年代の人は見た目で20年の差があります。同級生と話すとその差は更に広がるように感じます。前向きで向上心のある発言をする人もいれば、悟ったような事を言いますが、後ろ向きな出来ない自慢!?ばかりをする人も結構いる現実、若干驚きを覚えますが、冷静に両者を比較するとその違いが分ります。向上心のある前向きな発言をする人達から感じる若さとは『挑戦する意欲』だと思います。きっと70代でも80代でも挑戦し続けられる人達は一生が青春なのかも・・・見習いたいものです。挑戦と言えば、あんしんサポート葬儀支援事業は正に『挑戦』からのスタートでした。》国保の葬祭費5万円だけで可能な葬儀を目指した挑戦に妥協はありません。国保葬祭費が5万円(設立当時7万円)に減額されるなら、5万円で可能な葬儀を創り出せば良い。凄いですね・・素晴らしいですね・・素人ですね・・怖いですね・・無鉄砲ですね・・でも家族目線ですね間違いなく、ど素人だからできた発想でしょう。周囲からは100%無理だと言われましたが、僕の中では初めて空を飛んだライト兄弟を始め、いつの世もできない、無理だと言われたことを可能にした人達が沢山いるわけで、できる前は変人や馬鹿呼ばわりされたとしても、出来上がれば称賛されるのが世の常です。称賛される必要はありませんが、20代の時ある社長から言われた言葉を思い出します。『武井君は若い頃の僕と良く似てて、能力はあるけど』『壁に突き当たると、面倒だからと逃げてしまう』『壁に突き当たったら逃げずに、穴を掘り続けてみろ』『もう駄目だと思ってから、もうひとかきしてみろ』『割と簡単に壁は抜けられるぞ』『もし壁の中で力尽きても、前に進んだじゃないか』『次の壁は簡単に抜けられるようになってるよ』この言葉を聞かされてから、諸問題から逃げることが減ったのは確か、赤の他人なのに有難いことです。10年前の僕は2030年代、過去最高数の葬儀時代日本になるのは明白だし、年金が減り続けるのも明白、医療費負担は増え、家族は施設費用が増えるのも明白、だからこそ葬祭費5万円葬儀は必要になると思った。当時は考えもしませんでしたが、直葬は20万円位が相場だったように記憶しています。その時代に5万円ですから、異常なほどに安いわけで無理だと言われても当然でしょう。当時最大の不安は、時代の流れに間に合うかであって儲かるとか、儲からないとか、可能、不可能など考えなかったことが良かったのでしょう。時代の流れに間に合うかとは・・・葬儀の性質上、とくに関東で安かった自慢は考え難いですし、当初世話になった葬儀屋さんが10年経営をしているにも関わらず、さしたる知名度も無かった。ある程度の知名度ができ、世の中への影響力が出ない限り、井の中の蛙になるのは分っていました。世間への影響力が出るのと、時代が進み、その時代の葬儀概念が定着するのと、どちらが早いかです。しかし一歩が無ければ、ゴールに辿り着く事は絶対に無いと、無謀と言われながらも走り始めました。設立から2年経った頃、10万円を切ることができませんでしたが、89.000円の料金を打ち出しました。設立から2年・・・そろそろ諦めたくなる時期だったからの措置でしたが、その結果が5万円を可能にする引き金になったと思います。陰で小馬鹿にしていた人も影を潜め、世間も少しづつ認めてくれたり、会員数が増え始めると、一気に変化し始めた感があります。大河も一滴の雫から始まっている訳で、僅かな湧水が源流であることも珍しくありません。葬儀支援という言葉や実態・・・まだ路地の域を脱してはいませんが、いつか大通りになる時、成らざるを得ない時が来ると思っています。結果はどっちでも良いのですが、自分が創めた小さな小さな動きが、いつか大動脈のようになると思えたら『よし!』って頑張れるでしょ・・・その恩恵として心身の若さが付いて来れば最高でしょ。表面的な若さでなく、内面の若さであり、前例の無い未知の発想であり、ある意味パイオニアでもある訳で創造という楽しさもあります。『小さな流れも大河となる』これが今の僕ですね。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 04May
    • 1722. 葬儀支援の道を歩めて良かった

      ゴールデンウィークの最中って人も多いですが、我々はいつもと同じような日々の時間で、午前6時に起きての搬送後、朝一までの空いた時間にブログ書きです。客観的に見ると休日もなく、24時間仕事のような毎日で死人を相手にする仕事だから大変さもあるだろう・・・嫌だなって思う人は多いでしょうね。10年前の僕も全く同じように考えてたし、葬儀の仕事そのものにも偏見を持っていた人間でした。それが葬儀屋でなく葬儀支援を始めるきっかけになったことも少し前に書きました。全くのど素人が異世界に飛び込んだからこそ、葬儀屋の感覚でなく利用する素人感覚のほうが大事と、暗中模索しながら素人には分かり難い、闇の部分に光を当てたり変だと思うことは変だと言い、高いものは高いと言って10年の時が過ぎると正確な知識と経験も増えていた。今の僕が傍からどう見えるか分かりませんが、葬儀支援という先人の無い道に入って良かったと感じています。元々が夜鷹みたいな生活のほうが楽な人だし、決まった時間に食事、仕事、睡眠・・・なんてのは苦手な奴だし、ゴールデンウィークや盆休みのような、混雑の中を外出するのは嫌いで、仕事が趣味のような奴ですから365日仕事でも苦にはならないのです。僕らの年代は一度退社して嘱託で勤務してたり、仕事を替えてパートやアルバイトをしている人達も多いです。その意味では、人に頼られ、人に感謝されながら毎日を過ごせる道に進んだ事は、偶然とはいえラッキーでした。世の中には上手に遊んで暮らせる人もいますが、どうも僕には出来ない芸当のようだし、寝る時間も含めて日々追われながらの生活のほうが、性に合っていると思う。生い立ちから少年期を考えると、結構な坊ちゃん育ちのように思うのですが、残念ながらブルジョワの感覚など全く分からず、庶民の感覚しか分かりません。ってゆーか懐が寂しい人の気持ちは普通に分かるのです。だから高額で見栄の葬儀より、残る家族の生活が大事と考える葬儀支援は素の自分でできる事でした。世の中には数えきれないほどの職種があるのに、その中から自然の流れで始まった葬儀の仕事・・・『自分が誰かに何かをする。 『それを喜んでくれる人を見ると自分も嬉しくなる』そんな性格の僕にとって、最適な仕事の1つだと思う。最初の本にも書きましたが、中学3年生の稼業倒産時に蒸発した父親の逝去から始まった葬儀支援の仕事・・・『お前が一生を掛けてすべき天職だよ』父親が親として、僕を導いてくれた仕事としか思えない流れの始まりでしたが、僕もそんな気がします。そう考えると、老いてなお、少しでも人の役に立ち乍ら飯が食えるのは、幸せな人間の部類だろうと思えます。さらに心身が健康でさえあれば定年もないのです。60代の生き方のひとつとしてサンプルになるでしょう。60代だから葬儀支援の必要性が本当に分かるし、将来とか、病気とか、死後費用の心配も現実として分かる。僕が会員さん達から信頼されるのは、特別な人間だからではなく、会員さん達と全く同じ目線だからです。そんな人達が全国で立ち上がってくれたら・・・そして葬儀支援をしたいと思う人が次世代、、次世代と続いてくれたら、全国の年老いた人達、これから老人になる人達にとって、死後費用の心配をせず生きられる。これからの人生は、葬儀支援は勿論ですが、葬儀支援ができる人達を生み出す種蒔きもできたら良いですね。人生の終幕がいつ訪れるか分かりませんが、その時までずっと目標を持って活動し続けられる事が願いです。生涯現役で過ごしたいですね。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 03May
    • 1721. 健康は運任せ・・・なんだよなぁ

      5月3日現在、体重が72kgまで増えてます。血糖値、肝機能の数値悪化は間違いないでしょう。会員さんからは、いつも健康に注意してください・・・って言われますが、健康の基本である規則正しい生活はどう考えても『無理』な仕事です。個人経営レベルで葬儀の仕事をし日々規則正しい生活を送っているとしたら、相当暇な葬儀屋ってことでしょう。ただ規則正しい生活ですから、肉体的には良いかもしれませんが、精神的には決して良い状況には無いでしょう。葬儀が入ってなくて、散骨や法要もなく、片付など全て済んでいれば実質休めますが、ゴールデンウィークだとしても、正月元旦だとしても、完全休養はできません。これは一日24時間の中でも一緒です。食事時間は搬送や葬儀の合間にとりますから、不規則は当り前ですし、睡眠時間や起こされる時間も全く予想はできず、寝ようと思った矢先に搬送依頼の電話が入るといったことも良くあります。食べるスピードも早いからか、食べる量も増えるようで、普通に食べれば63才の今でも普通の人より量は多いです。たまに同級生と食事をすると食べるのは遅いし、食べる量は僕の半分以下で驚きます。でも食べる量が少ない同級生は老けています・・・所作もゆっくりと鈍い感じで老人そのものの印象です。とはいえ・・・172cmの身長ですから、せめて66kg台の体重で抑えたいのが本音です。肝機能の数値は正常値の近くまで改善するし、血糖値も抑えられるのが分かっているからです。時間から時間で仕事をしている人達には、理解のし難いことでしょうが、曜日の感覚や時間の感覚はさほどなく目が覚めるか、起こされれば、あんしん館に来る・・・葬儀だけでなく事務仕事もありますから、帰るのは大抵午前零時頃で、寝るのは午前1時前後が多いです。夜になると、何か食べたくなるしな・・・『あ、あぶない、そのひと口が豚になる』健康なら、どんなに太っても良いんだけど・・・僕の場合、太ったら数値が悪化は分ってますからね。うちのかみさんの優しさなんだけど、枕元には大きな袋いっぱい菓子類が入ってて・・・「ほら 食べて」って言われてるようで・・・ついつい・・が駄目なんですね。このまま増えると、間違いなく健康に影響が出ますから、そうなったら、あんしんサポート事業に影響がでます。我々の存在があるから、毎日を安心して過ごしてる方も沢山いらっしゃいますからね。 そこで・・・8月頃を目安に66kg台の体重を目指さなあかん・・・人の支援をするには、自身が健全な精神と肉体を備えてなければできない事ですから、痩せすぎも決して健康的とは思えませんから、適度に頑張ってみますかね。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 02May
    • 1720.  宗教者の入らない家族親族で送る葬儀

      4日ぶりの更新、僕のブログでは久しぶりに感じるのかこの数日に来館された会員さん達から、ブログの更新が暫くされてないと言われたようです。結構な人数の会員さんが見てくれているようで、嬉しいのは確かですが、改めて数えるとわずか4日なのです・・それでも暫く・・・って思われるみたいです。^-^;世間はゴールデンウィークですね。我々のような超零細企業は、年末年始、GW、お盆等は一切関係なく、365日いつも同じ時間が流れています。今日は昨日湯かんをした家族の火葬、午後からは法務局、社会保険事務所、市役所と周って戻ってきました。この1年間ほど、ずっ考えていた葬儀があります。それは『宗教者の入らない家族葬』を創り出すことです。その理由はいくつかあります。》年々費用を抑えたい家族が増えている》日本人はさしたる信仰心はもってない》葬儀費用は抑えても宗教者謝礼が高い》家族を中心に温かく送ってあげられる葬儀昨年10月には、新たな葬儀を考え、バイキング形式の食事を用意、食事を入れる器類、トング類など全て揃え最近葬儀をされた会員さんの中から、10名ほどにお願いして提案や試食もしましたが、いまいちパッとしません。GOサインも出せぬまま半年が過ぎました。ところが改めて創り出さずとも、現在あるパックで充分対応できていることが、ようやく分りました。それは『湯かん葬・149.000円+税』だったのです。・病院、施設等へのお迎え搬送・あんしん館個室ベッド安置(48時間保冷剤込)・安置後は末期の水をとり線香を供えます・枕生花、白木膳一式・果物盛一皿・役所、斎場手続きは全て代行・あんしん館式場で湯かん納棺の儀(約2時間)・白装束一式、六尺白布棺一式・霊柩車にて火葬場搬送・火葬中は待合所待機・拾骨用七寸白骨壺、銀張箱付 以上全て料金内です。少し余裕があるなら、斎場待合室を借りたり、火葬後に安置する自宅後飾り祭壇(3.000円+税)を追加すれば食事もできるし、火葬中は乾物と飲み物で待機もできる。また後から自宅に来てくれる人達に線香を供えて貰える。安置後の打合せで家族は一般葬を考えているようでした。過去にうちで葬儀をされた家族だった事もあり、家族の現在の内情を本音で聞かせて貰えました。そこで僕が勧めたのが『湯かん葬』でした。葬儀について若干の不安はあったようですが、費用面を考えると仕方ないと判断されたようでした。湯かんの直前、新たな搬送依頼が入りましたが、連絡をくれた施設は何度もうちを利用しており、故人の腹部を氷で冷やしておくよう伝え、2時間後に出発するからと湯かん納棺を始めたのです。搬送が入ったからと手を抜けば、家族の中にある不安が現実のものとなる事もあり得ます。2時間を掛け、武井独演会の湯かん納棺を終えた喪主は出発準備をする僕の所に来て深々と頭を下げ言いました。「出席したみんなが、良いお葬式だったと喜んでくれました。 本当にありがとうございました」怪我の功名・・・ですかね。喪主家族の感じた不安が現実にならないようせねば・・・ただ、そけだけの為の熱演2時間だっのです。湯かん後、お迎えの車中、ちぎらに言われました。「笑いもあって、和やかで、本当に良い葬儀ですよね」「代表が乗ってくれば、何時間でも飽きないですからね」出席者全員が2時間飽きる事なく、過ごせる湯かん納棺、確かに誰にでもできる事ではないでしょう。でも現実に可能だってことです。宗教者不在でも・・・って言うか意味の解らない読経を聞かされ眠くなるより、自分達家族全員が参加して笑いあり、時に涙ありの中で温かく送れる葬儀になるのです。改めて家族に教えられました。これからは、宗教者不在で温かく送りたい家族の依頼は湯かん葬を勧めます。 但し2時間の余裕が必要です。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 28Apr
    • 1719.  久しぶりに講演会依頼引き受ける

      数年前までは『2030年に向けての葬儀』的な講演会を毎年行っていましたが、2年ほど前から予定が組めなくなった事で講演会や勉強会は避けてきました。ただ葬儀や事前相談をする中で、家族の生活水準を無視した『葬儀は金が掛かるもの』的な悪習がいまだにある現実や『表向き料金は安く請求は高くの嘘つき商法』が当り前のようにある業界の問題は感じてきました。最近は2030年代の最大葬儀施行数到来に向け、新規で聞いたことの無い葬儀社も増えています。葬儀社過剰時代に入れば、どんな業界でも値引き合戦や過剰サービス合戦、更には二極分化が進むことは歴史が教えてくれています。その結果増長されるのが、霊感商法、詐欺商法、嘘つき商法の類ですが、対処方法を知らない家族は、相変わらず言いなりだったり、安く済むと思い込んでいた葬儀が、請求書を見てあまりの高額に驚くような現実が、全国で日々繰り返されるはずです。ならどうしたら良いかですが、例えばキューピーマヨネーズのようなナショナルブランドなら、何処で買おうと品質は同じですから、単純に価格競争だけの話しです。しかし葬儀は『直葬』『家族葬』と文字は全く同じでも内容に於いてはピンキリで全ての葬儀社で違います。使用する葬儀用品、安置、祭壇、建物、流れ、さらには保冷剤から人間性やスキルに至るまで全てが違います。例えば良く比較に使われる『棺』ひとつをとってみてもほぼ同じ物で19.000円~150.000円もの差があります。『湯かん』と書いても10分ほどで終わる葬儀社もあれば1時間以上かける葬儀社もあるし、内容の濃淡もある。また料金体系の全てを明らかにしている所はありません。と言っても過言じゃないと思うけどな・・・特に追加や加算部分に於いては、殆ど触れていません。この現実の中で葬儀社選択をするのは、確かに難しいと思うし、だから葬儀後に後悔する人が後を絶たないってことに繋がるんだろうと思う。とはいえ、全て自分で準備をして自分で行うというのは、特殊な専用品の使用が多い葬儀では、現実的ではないし結果的に高くつくとしか思えない。じゃなかったら、自分達家族で行う葬儀が行われているはずですが、10年間で水子や死産など以外は見たことさえないし、多分斎場でも極々稀な事でしょう。結局のところ、個々の家族事情の中で考えるしかないし、家族がどんな事を考え依頼をしても、施行する葬儀社がそのまま受けてくれるとは思えない。極端な話しをすれば、あんしんサポートでは依頼を受けられない地域の人が、うちの内容を見て近隣の葬儀社に同じ料金で同じ内容で・・・と言っても無意味です。ただし葬儀社選びの参考には非常に役立つはずです。そう思うとブログを始めとしたネットの中だけではなく、ネット無縁の人達の為にも、リアルの講演会、勉強会や相談会はできる限り行うべきと思えます。良く「友引なら良いですか」と言われますが、友引でも人は亡くなりますし搬送はあるのです。時間が空いた時に散骨に行ったり、パンフレットの作成床磨き、経理等々・・・全てを2人だけで行っていますから、なんやかんやと時間が空きません。なら増員すれば良いわけですが、増員をしたら現行料金では続けられませんから値上げすることになります。2人だけで行う中での値上げは仕方ない事ですが、増員しての値上げに対して抵抗しているわけです。いつか体力的な限界が来るのは分っていますが、それを承知の上で続けるのは・・・ 多分、家族と膝を交えて話しをし、家族の本音を聞き続けているからでしょう。家族は我々の身体を心配してくれますし、本音を言えばいつまで続けられるのか、僕にもしもの事があった時の将来のほうが心配でしょうが、僕らが居なくても問題の無い体制にすると、直葬69.000円は169.000円程度まで値上げしないと合わない試算です。ハッキリ言って、そんな料金の葬儀社なら全国何処でもいくらでもあり、あんしんサポートである必要もない。会員さん達は、そこまで値上げしない程度に・・・って思ってるのでしょうけど、我々のような経営者側の人間以外が24時間体制で働くのは法的に許されません。また1名増える程度では、楽になる部分もあるでしょうけど、増員分の増収にはなりません。ちと横道に外れ始めていますから軌道修正します。ようは個々の家族毎に本音相談をしなければ無理です。それも『家族』対『施工業者』での本音相談です。そう考えると講演会等で、僕から話しをする時間よりも質疑応答中心の講演会が望ましいかもしれません。聞いている人にも参考になるし、その場で話せない事は講演会後や後日、個別相談をすれば良いわけです。あ、そうかぁ・・・・なるほどぉ・・・ここまで書いて初めて気がつきました。うちの事前相談は最期の個別相談そのままなんです。設立当初は経営してた美容室の2階にある事務所からのスタートで、店舗の裏の鉄の扉を開け、うす暗い階段を上がった狭い事務所の片隅にある応接椅子での事前相談でしたから、うさん臭いし、僕はど素人ですから専門家みたいな綺麗事も言えず、ならと最初から本音で話しをしたのが、今に至っている原点なのです。今では家族目線と言っていますが、最初はうさん臭さの解消と、素人だったからの家族目線が出発点のようです。久しぶりに2時間ほどの講演依頼を引き受けましたから、質疑応答を基軸にし、質問の関連事項等の話しをさせて貰おうかと考えています。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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      2
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  • 22Apr
    • 1718.  葬儀支援センターとしての絶対条件

      『葬儀社』と『葬儀支援センター』との大枠での違いを前回書きましたが、葬儀支援センターと消費者に訴えるには絶対条件があります。僕の言う葬儀支援センターは、葬儀社からマージン搾取する葬儀社紹介ブローカーの事ではありません。以前書いたように紹介業者を仲介するより、直接依頼をしたほうが安い葬儀社もある・・・というより現実にはそのほうが多いだろうと思います。紹介業者の仕事をせずとも問題ない葬儀社は、わざわざ将来自分の首を絞めるブローカー登録する必要は無いし、十数万円から数万円ものバックマージンをブローカーに支払っても問題ないとしたら、通常の料金設定がもっと安いからか、マージンを支払い、ブローカーの言いなりでも葬儀が欲しい暇な葬儀社ってことになる。数年、数十年と仕事を続けて尚、紹介も無い葬儀社ならブローカーのほうが家族目線の葬儀をさせるだろう。業者に対しては上から目線というか、家族が喜んでくれそうな内容にして、業者は一定の紹介料金さえ貰えればそれで良いし、葬儀屋などいくらでもあると考えているのがブローカーの本音でしょう。紹介料を利用した家族に還元するなり、広告宣伝に使用するなり、値引きか品質向上に使えば、将来の種蒔きにはなると思うのですが・・・ブローカーの葬儀はいくらやっても、将来の種蒔きには絶対にならず、真綿で自分の首を絞めているとしか思えないけどな・・・と、このまま話しを続けると本題に入れず終了って事になりそうですから、本日のテーマに戻ります。自社で葬儀施行もでき、葬儀関連事項まで面倒看られる葬儀支援センターとしての絶対条件についての話です。実は昨日、返礼品の業者さんが納品に来てくれたときに暫し立ち話しをして気づいたことです。民間葬儀支援センターの絶対条件とは・・・『経営が安泰であり、日々の活動に不安が無いこと』サラッと書きましたが、経営者の誰もが望むことであり非常に難しいことのひとつでもあります。しかし現実として、この部分が達成されないと民間での葬儀支援は非常に難しいものとなります。本気の家族目線で葬儀支援をすれば分りますが、葬儀支援とは自身の経営を圧迫することばかりなのです。・葬儀料金はブローカーでは真似のできない超低料金・直葬パックは追加不要の超低料金パックは必須です・されど使用品や内容の品質は数倍料金の葬儀社より上・返礼品、生花、料理等の全てに於いて低料金で高品質・葬儀だけでなく、遺骨、墓、法要の全て低料金で対応まず第一に葬儀支援が必要な家族とは、葬儀発生時点で余裕の無い家族限定で必要な支援だということです。葬儀後の生活に問題無い余裕のある家族なら、葬儀支援など必要ではありませんから、対象者は限定されます。残る家族の生活に、余裕が無いからの葬儀支援ですから、「故人の為・・・」という発想自体がナンセンスです。あくまで残る家族の生活が守れる葬儀・・・となります。但し安かろう、悪かろうでは家族に後悔が残りますからそれだけは避けねばなりません。使用品、内容どれをとっても家族が違和感を感じる事はなく、予想以上に良い品質や内容である事も大事です。内容に関しては人間性も大きく影響しますから、実際の僕を知らない人達に説明しても理解し難いでしょう。でも使用品については、説明だけでも分かると思います。『お迎えは基本2名で向かいます』『安定枕付の搬送シート使用』『お迎えはワンボックで患者さんが見ても気付かない』『早朝、夜間、深夜でも一切加算なし』『同地域内であれば走行距離不問』『納棺安置は供物で飾ってある祭壇前で末期の水をとる』『ドライアイス安置、又は遺体用冷蔵庫安置』『棺は山型フタ付6尺布棺使用』『手続きは全て当方で行う』『火葬場へは黒のフォード霊柩車使用』『銀貼箱入り白7寸骨壺』各単価はホームページに全て記載してあります。違いが明確なのは棺でしょうか・・・『山型フタ付6尺布棺・・・19.000円+税』です。いかがでしょうか?葬儀支援とは経営を圧迫することばかりだと言ったのがご理解頂けたでしょうか?言葉だけの葬儀支援なら、誰でもできますが現実の葬儀支援とは、商売の王道の考え方と良く似ています。商売の王道とは『より良い物をより安く』です。問題はこの感覚をいつでも実行し続けられるかです。経営が大変なら、少しでも利益を増やしたいと思うのが人の心ですが、それでは葬儀支援でなく、葬儀社支援と言われても不思議ではありません。簡単ではないかもしれませんが・・・『経営が安泰であり、日々の活動に不安が無いこと』この現実が無いと出来ないし、続かないのが民間が行う葬儀支援です。 行政がやれば話しは別ですが・・・にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 20Apr
    • 1717. 葬儀社と葬儀支援センターの違い

      先日の葬儀で家族から『葬儀社』と『葬儀支援センター』との違いを聞かれました。料金の違いは一目瞭然だから「料金の違いですか?」と聞かれました。 見える部分では確かに、その通りだと思いますが、そこまでの過程とか、考え方の根底が違うという事を話すと「なるほど」と納得していました。言われてみれば、その点については改めて書いた記憶がありませんから、書いてみたいと思います。まぁ、1700話以上ですから何処かで触れている可能性はありますが・・・『葬儀社』・利益追求が主目的で完全なる商売です・これ以上でも、これ以下でもありません『葬儀支援センター』(一般論でなく武井の理念です)大基本理念『葬儀は大事、でも残る家族の生活はもっと大事』『誰もが死後費用の心配をせずに済む世の中にしたい』》主目的は葬儀でなく、家族の生活を守ること》家族の生活が守れる葬儀を家族毎に設定しています・家族毎に持つ条件は全て違います・その家族の本音で葬儀を組み立てるのが基本です・家族に合わせたイージーオーダーの葬儀が主流です》無理をさせない葬儀の設定と施行を行っています・追加一切不要で69.000円+税、直葬から可能です・直葬+遺骨供養=10万円+税(無料で永代供養納骨)》無理をさせない葬儀料金の設定は絶対条件です・葬儀支援を必要とする余裕の無い家族が最優先です・能書きより現実の料金設定が最優先です・香典返礼品は25%割引で提供(自宅置き分も同様)》一般の葬儀社より優れた内容と使用品・安かろう悪かろうでは意味がありません・6.9万円でも安置祭壇は30万円の供物が載り豪華です・全てのパックは追加は一切不要で設定・夜間早朝加算等は一切ありません・葬儀品の選択は一切ありません・全品、全項目単価記載(誤魔化しはできません)・安そうに見せて追加必須パックは一切ありません》基本理念の違いは葬儀期間中に分るはずです・口は出すけど金出さずの親戚等から家族を守ります・一から十まで全て我々2人が対応で抜群の安心感・無駄な毎日ドライアイスの追加など絶対ありません・年金、相続、葬祭費等の知識スキルは高いです・葬儀後、各年忌法要、盆法要等の全てに対応・永代供養墓では33回忌まで納骨一切無料(2018現在)・墓閉じ、建墓も圧倒的低予算で可能・納骨墓誌彫りは相場の半額、税込27.000円で対応・葬儀の宗教者は居士大姉戒名付きで謝礼7万円のみ根底の考え方が、弱者を始めとした家族の目線ですから利用家族から見れば料金は勿論、全てに於いて一般葬儀社よりスキルは高くなって当然と言えます。パンフレット制作、遺影写真作成、霊柩車運転、葬儀後の掃除に至るまで、最初から最後まで全て自分達で行う事で料金を抑え、当然スキルは相当高くなります。あとは我々の体力と気力が何処まで持つかですが・・・『お化けは出たら驚けば良い』と考えるタイプですから走りながら考えるが基本で10年間走ってきました。あんしんサポートで葬儀した家族が温かく送れたと思え、葬儀費用も安かったと思え、葬儀後の家族の生活が守れ、家族が笑顔で過ごせれば最高の葬儀だったと考えます。こんな風に書くと、凄い善人のように思われそうですが我々もちゃんと代償を得ているから出来ることです。『利用者からの感謝の念』・多分これが一番の活力源となっているものだと思う『使命と生き甲斐と遣り甲斐』・休日もなく、昼夜問わず、酒も飲めずそれでも頑張る・それが使命と感じ、生き甲斐になっているからだろう『活力と若さ』・利用者にとって施行する側である僕の年齢は関係ありません・いつも固定概念の無い家族目線の発想ができる・話しのテンポが速く、行動が迅速である・結果として若く見えるのだと思う『普通に飯が食える』・労働時間からすれば低賃金だが普通に飯が食えるまた千明は10年間を一言で表すと・・・「自分の人生で一番、胸を張って堂々と生きている」と言ってますから、僕だけではないようです。それとですね・・・設立当初の僕は、葬儀の仕事を忌み嫌っていましたから、既存の葬儀社とは、一線を画したい気持ちが強く、葬儀支援を行うNPOだと自分に言い聞かせてたと思う。事ある毎に、それをくちにし続けた事で潜在意識の中に刷り込まれ、日に日に葬儀支援の意識が強くなった結果、現在のあんしんサポートが出来上がったように思う。『冗談から駒がでる』いった感じでしょうか。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 16Apr
    • 1716.  傲慢な寺の檀家は散財させられる

      最近は減ってきましたが、いまだに傲慢な寺もあります。墓が寺の墓所にある檀家は、人質でもとっているつもりなのか、檀家の減ってる寺だろうなと思う。今回、故人となった対象者の息子は、昨年あんしん館に訪れ、うちが施行し両親を送った近所の家と同じように、最期は隣保の人達に見送って貰いたいと思ったそうです。近所の家の葬儀とは・・・自宅で納棺安置をして、火葬当日の出棺は隣保の人達にお手伝いして貰い、家族が挨拶をして火葬場に向かうといった流れの直葬でした。来館入会から数か月後の夜中、対象者逝去の一報が入り指定先病院までお迎え、自宅の部屋は物が溢れるほどで何とか場所を確保し納棺安置を済ませました。前橋市民の親族がおり、数名での火葬で待合室を使わず済むため、火葬は前橋と入会の時から言っていました。遺骨はどうするのか聞くと、火葬後は菩提寺に行き拝んで貰う予定との事でしたから、徹夜の午前6時あんしん館に戻ると自宅に帰る時間の余裕はなく、事務所で少しウトウトし始めた午前7時30分頃電話が鳴った。電話に出た千明が「少しお待ちください」と電話を僕に渡すと相手は菩提寺の住職でした。なぜ火葬が前橋なのか聞かれ、前橋なら無料で待機できるからだと伝えると、訳の分からんことを少し言ってたようですが、どうも火葬より葬儀が先だという事らしい。まぁ一般的にはそのほうが多いのは確かですが、火葬後葬儀をする地域はいくらでもあるし、前橋を始めとした都市部でもいくらでもある事で、特別珍しい事ではないのは、いくら暇な寺の住職だって分かっているはず・・結局、何が言いたいのか分らないまま、さして反論することもなく電話を切りました。その後、仮眠をとり午前9時過ぎ、少し心配でしたから喪主である息子に電話をすると、寺から葬儀屋を自分が紹介するから変更するよう言われたという。『やっぱなぁ』思ったとおりだ。この息子は優柔不断で、強く言われたら言いなりになるタイプの人だったからです。息子と言っても40代にはなっている人ですが・・・そこで僕が強く言ったら困るのは喪主の息子さんです。ただパックの中途で解約すれば全て単価合計で支払って貰う事になることだけは伝えておきました。結局はパックより、ほんの少し安いだけの金額を支払うことになり紹介した葬儀社はその地域で一番高い所です。うちの料金の数倍は掛るはずです。プラス、うちの掛った料金の単価合計が余分に掛かる。故人は腹水が溜まり、病院でも看護師さんから「かなり綿を詰めましたが、横になったりすれば出てきます」と言われてましたから、納棺した時すでに口の中に見える綿は真っ赤だったのを思い出しました。僕らは最初から聞かされていますが、交代した葬儀屋の人は当然分りませんから、溢れ出したら口元を拭きふき火葬まで過ごすことになります。そこで枕飾りの線香具一式等の引き上げと、使用品等の料金支払いもあり、どうせ家に行くならと安置使用したドライアイスの他、更に15kgのドライアイスを持って自宅に向いました。自宅に到着すると喪主と数人の親族から何度も「申し訳ありません」と頭を下げられましたが「世の中には変な奴はいくらでもいるもんですよ」と笑って答え、持って行ったドライアイスを要所に当て言いました。「喉元と食道が凍結するようドライアイスを当てました。これで凍結してくれたら、口から血水を流さず済みます。今回のドライアイスの料金は要りませんから、安心してください」と言って自宅をあとにしました。もしかしたら、事前に寺と相談をしていなかったのかもしれませんが、だからといって何をしても良いわけではありませんし、費用を払わせ変更させるなどあり得ない。喪主は優柔不断ではありますが、人が悪いわけではなく、決断力が無いだけで、どちらかと言えば人は良いのです。これで僕が彼を責めたら可哀相です。檀家の財布を心配する事も出来ず、決して珍しくも無い遺骨での葬儀を、檀家に費用を払わせて変更など傲慢と呼ぶにもほどがあるほど怒りを覚えます。更に葬儀費用はうちの7倍近いはずです。寺は何をやっても良いわけではありません。こんな寺があるから檀家制度が崩壊したのです。人の気持ち、それも檀家の気持ちさえ理解することなく、何倍もの費用を支払わせて自我を押し通すのは宗教者の歩むべき道でなく、邪道でしかありません。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 12Apr
    • 1715.  長期自宅介護をした家族の本音

      10年間葬儀を続けてきた中で、僕が思っていた感覚と家族の感覚が違うものもある。その代表的なのが長期自宅介護をした家族の感覚です。多くの方は病院か施設で終幕を迎えますが、自宅介護をされ亡くなった方は、今年も数名いらっしゃいます。少し前のブログに、老々介護で疲れ果てたご主人の事を書きましたが、自宅介護ではつきもんのようです。部外者に言わせれば不謹慎かもしれませんが、介護した人達の意見は概ね共通しています。『悲しみより、ホッとした安堵感のほうが強い』他人事として聞けば、冷たい家族のように聞こえますが自宅を見て、介護してきた家族の話しを聞けば、ホッとしたというのも頷けます。それとお金の問題も抱えている事が多いです。ちょっと考えれば分りますが、介護している人は仕事もできませんから、当然収入は減ります。しかし介護者には医療費、介護用具など費用は掛ります。まぁ、お金のある家なら、さして問題ではないかもしれませんが、我々が入会を認めている家族の大半は決して裕福では無い家族も多いですからね。もし我が家だったらと考えると、恐ろしいことです。時々言うように、明日は我が身だなぁ・・・だからこそ、家族目線を貫き通したいと思う。助けてくださいと来館し、入会された家族の生活を守る事が僕の最大使命ですから、家族の生活が守れる葬儀を提案し続けているわけです。千明が持つ不安要素のひとつがこれです。もし僕がいなくなったら、家族毎に違う各々の家庭内の内情を本音で話してくれるだろうか・・・内情を聞いた直後に最善策を提案できるだろうか・・・この部分について、僕らは親戚より遥かに家族目線での対応をし、家族より低費用の葬儀を提案するのも普通のことですから、あんしんサポートの門を叩いた人達なら安心していられますが『最期ですから葬儀社』だったら格好の餌食にされるわけです。そう考えると施設や病院のソーシャルワーカーの役割が大事になってくるのは間違いありません。現時点では施設や病院の利益になる葬儀社を紹介してる所が多いようですが、個々の家族目線で葬儀相談できる程度のスキルは必須となります。その意味では、葬儀とは何なのか?どんな葬儀が存在するのか?葬儀に掛る諸々の費用は分っているのか?何処の葬儀社が、どんな葬儀が出来るのか?最低限でもこのくらいの知識は必要でしょう。その中で最も大切なのは、建前でなく残る家族の生活が守ってあげられる事であり、葬儀社や宗教者のことなど全て後回しで良いという事です。問題は・・・こんな発想の葬儀社が日本にどれだけあるかです。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 11Apr
    • 1714.  10年間の思い出深い葬儀で初心に帰る

      年間施行3件から始まり、6年間は倍々ゲームのように増え続け、会員数も当初は予想しなかった人数になった。当時の千明は、現行葬儀に対する僕の考え方を、何度も聞き、納得すればするほど、8年間が無意味であったと痛感し、今の自分が利用者を騙している気がして葬儀の営業が出来なくなったと言い、誰もが納得できる葬儀社開設を僕に勧めたのも千明でした。当時の僕は事業もしており、葬儀屋に興味はなく、ただ利用者目線で、現行の葬儀を否定する発言をしただけの事でしたが、仕事の意欲を奪う結果となった事に責任を感じ設立したのが、あんしんサポート葬儀支援センターという・・・僕からすれば青天の霹靂的存在でした。この立ち位置のまま設立に至った事が、葬儀社と一線を隔した『葬儀支援センター』として進む事になりました。今から思えば不思議ですが、経営や利益など考えることなく、国保からの葬祭費5万円で可能な葬儀を創りたい一心で動いてたし、食えもしないのに毎月50万円以上維持費だけで掛かる『あんしん館』も開設するのだから博打そのものだし、あんしん館を開設した月から食えるようになったのは不思議です。葬儀屋に興味はなく、何となく忌み嫌ってきた事もありそれが葬儀屋ではなく、葬儀支援を全面に出すことへの引き金のひとつだったと思う。結果的には利用する家族毎の家族目線葬儀へと繋がったわけで、事ある毎に葬儀支援だ、家族目線だと口に出し続けたことが、僕だけでなく千明の潜在意識にも鮮明に刷り込まれるのだから、何が幸いするか分りません。資金の余裕は全くなく、あるのは時間と自分達の労力とアイデアだけですから、葬儀依頼が入ると掛け値なしの完全家族目線で全力投球してきました。その具体化した家族目線のひとつひとつが、一軒一軒の紹介に繋がり、ネズミ算のように紹介会員が増える事になったのでしょうから、無謀から始まった事業でしたが、人生なにが幸いするか分からないものです。また、あれだけ忌み嫌ってた葬儀の仕事も含め、生れて初めて天性の仕事とまで思えたのも不思議、考えようによっては天性だからの流れなのか!? さとえ思える。若い頃からずっと感じてきた事のひとつに、僕の人生は先に恵まれていると思えることです。始まりは決して良い状況で無いとしても、結果としては良かったと思える事が多いのが、僕の人生のようです。天性の仕事かもなと思わせてくれるのは、利用する家族であり、家族の反応がそう思わせてくれるのです。家族目線を貫き続けた10年間の中に、今は当たり前になってる事もあれば、今は出来なくなった事もあります。それらを最初に行った葬儀もあるわけです。最初の執筆本には、いくつか葬儀体験談として掲載してあるのですが、改めて読み直してみたり、その後に経験した思い出深い葬儀もあるはずです。家族との関係の中で、何が新たな事を生み出すきっかけだったのか、どんな葬儀を経験した事で後々に繋がっているのか等々を、文字に起こしてみようと思っています。新たな発想のきっかけとなった出来事、そこから生れたアイデアと、そのアイデアに至るまでの思考回路なども参考書となるでしょう。新たなアイデアは突然、何も無い所から湧き出る訳ではありません。 現実の中から生まれるものです。その発想が出来るか、否かは経営に大きく影響します。その辺りが書き出せれば良いですね。また諸行無常は当然僕にもあります。10年前と2018年の僕は違っているはずです。良い意味で変化している部分もあれば、家族目線でなく業者目線になっている部分があるかもしれません。その意味では、自身への戒めにもなることでしょう。早い段階で執筆を始めたいと思う。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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プロフィール

『突然の手紙 』
それは平成19年9月のある日 八王子裁判所から父の死を知らせる一通の手紙が届いたことから始まった。。38年前に家業倒産により生き別れた父親が亡くなり遺書があるので開封に同席を・・・ という内容でしたが 仕事の都合で休みが取れず妹に行って貰い後日 妹から話を聞くと 父親の遺言で一緒に住んでいた女性が遺骨はハワイの海に撒いてくれたのだと言う。。「へぇー散骨って本当にあるんだな。。ハワイの海かぁ 良いかもな」「ところで、その女性には子供が居るの?」 「ううん 居ないみたい」うむ、、父親は75才だったと思うから、、、70才を超えるお婆さんが一人になったって事か?!・・・

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