今朝の前橋は、日陰に薄っすらと雪がある寒い日です。
多分ですが、赤城山の反対側は昨夜大雪で、強風に吹か
れた雪が舞ったのだろうと思う。

昨日午後葬儀した家族と、本日火葬後に納骨する家族が
朝一番の火葬で2件、午前9時30分から法要と朝一は
バタバタと汗をかきながら走り回りました。
あんしん館は前橋斎場から車で1分ほどの距離ですから
こんな時はピストン出来るのが便利です。

午前11時過ぎ、バタバタも終わり、12時に散骨する
遺骨数柱を持ってこられる家族が済むと、本日の予定は
完了、新しく買ったFAX複合機をセットします。

もちろん本日の2家族とも手で拾骨してました。
1軒は20名ほどいましたが全員手の拾骨でした。

さて本日も前回に続き焼骨の話しをしたいと思う。
全国的に拾骨は箸を使うと思いますが、うちで葬儀した
家族の100%近くが拾骨は手で行います。

あんしんサポート設立から数年経った頃、お手伝いして
くれる寺が増えつつある頃でした。

ある寺の住職が、葬儀のあとでこう言いました。

「皆さん拾骨は箸ですると思いますが、あれは土葬から
火葬に替わった時に、誰かが語呂合わせで、この世から
あの世への橋渡しと言ったことから始まったものです。
実際には箸で渡す意味はありません。
拾骨は故人と最後のお別れですから、出来れば「ありが
とう」の言葉を添え手で入れてあげて欲しい・・・」

この言葉を聞いて、改めて考えると納得できます。

1. 元々土葬ですから、遺骨の橋渡しなどありません
2. 古い火葬場は熱いまま拾骨の為、火傷防止の箸です
(棺を置いた台車のまま焼骨が出て来る火葬場です)

橋渡しは後からこじ付けた理屈なのが明白です。

群馬県の場合、伊勢崎、境、渋川、沼田は熱いまま出て
くる斎場ですから、くちにしませんが、それ以外の斎場
では一旦ステンレスのトレーに取り出した焼骨を、拾骨
する為、ある程度冷めており、火傷をするような熱さで
はなく、素手で持てる温度になっていますから、拾骨は
箸で無く素手でしたいと、意味も含め伝えます。

特に配偶者や家族には手を勧め、家族以外の人達や遺骨
そのものが生理的に駄目な人は、遠慮なく箸で行うよう
話してから拾骨します。

素手の拾骨は少なくとも5年以上前からですが、前橋の
斎場では、あんしんサポートが手で拾骨するのは当然と
なっていますし、最近は手で拾骨する業者さんが増えて
いると言ってました。

11年間の中で2名だけ、拾骨室で頭蓋骨を食べた人が
いますが、これはちょっとやり過ぎです。

お2人とも配偶者ではありましたが、それほどに愛して
いたなら、人のいない所でくちにすれば良いことです。
わざわざ人前でくちにするのは、パフォーマンスとしか
思えないし、決して綺麗な行為ではありません。
ちなみに、お2人とも「苦い」と言ってました。



拾骨ひとつをとっても、この辺りが一般葬儀屋との決定
的に違う部分でしょう。 葬儀屋さんは慣例を最優先し
宗教儀式の色濃い葬儀をしますが、我々は最初の事前相
談から、最後まで全て『家族である故人を温かく送る事』
だけを考えてます。

故人の為というより、後に残る家族の心が温かくなる事
葬儀後も故人に対し、温かい心が残ることだけ考えます。

勿論、慣習や建前等が大事な人は、それをとやかく言う
気も無いし、それで良いと思うし、何処の葬儀社に依頼
しても全く問題なく、疑問も無く進行するでしょう。

ただ、我々のような感覚で送りたい家族だけは、事前に
しっかり葬儀社の姿勢や考え方を確認しておかなければ
絶体にできない葬儀だと思って欲しい・・・

この辺りの感覚の違いは葬儀社自体が理解してません。
葬儀はどこも大差無いと思ってるし、搬送から始まって
拾骨までが仕事だと思ってるようです。
この辺りのことは次回に書いてみようと思う。


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