今日の前橋も寒いです。
午前火葬が済み、食事をして、午後3時隣接市斎場に出発
する1時30分まで休憩の合い間に書いてます。

さて本日は『葬儀(家族の死)を考える』です。
あんしんサポートの存在理由とも言える部分です。
現行葬儀の考え方在り方は、全国民が受け入れられる事で
無く、特に高額費用の掛る葬儀、残る家族の生活を脅かす
葬儀など問題があり過ぎる事から、あんしんサポート葬儀
支援センターが誕生したわけです。

厚い信仰のある方々が、宗教儀式としての葬儀を行うのは
当然と思いますが、特に信仰を持たない人達まで宗教儀式
としての葬儀をしている現実はどう考えても変です。

なら葬儀の原点は何処にあるのでしょう。
あんしんサポートは宗教儀式でなく『家族が家族との別れ
を受入れるための時間』が葬儀と考えてます。 

前回ブログを読み返して貰えば『葬儀は終わってます』と
書いた理由が、これで理解できるでしょう。

圧倒的多数の日本人がとる行動を考えてみましょう。

》子供が生れると最初に連れて行くのは神社です
》七五三も手を引いて行くのは神社です
》成人式の日に行くとしたら、これも神社です
》結婚式で一番多いのは教会式(キリスト教)です
》その夫婦に子供が生れたら、やっぱ神社に行きます
》そして、年老いて終幕が訪れると初めて寺の出番です

これが極々普通の日本人の感覚ですから、信仰でない宗教
儀式の葬儀は慣習やイベントと言えます。

信仰でも無いのに『葬儀費用が馬鹿高いのが問題』です。
信仰が無ければ最後まで、その姿勢を貫けば良いのです。
にわか信仰を持つ必要などありません。

僕は無信仰だし、葬儀を生業とする人は特定宗教専門以外
なら無信仰であるべきだと思っています。

無信仰ですから、どんな宗教の人でも色メガネを掛ける事
なく家族目線だけで葬儀を見ることができます。

もう少し言うと、宗教が生れる前から人の死は存在したし、
宗教で考えると、日本の歴史から言えば神国ですから仏式
でなく神式で、天皇家の葬儀を見れば分かる通りです。

また宗教とは葬儀でなく、生きる指針なはずです。
日々何を考え、どう生きるべきかを教えてくれるのが宗教
であり、葬儀は人生の延長戦上にあるだけの事です。

寺や神社で生きる指針を教えて貰い学び、日々生活してる
人達がどれだけいます?

今の日本に士農工商など階級制度はありません。
なのに戒名にランクがあること自体が問題でしょ!?
さらに戒名が数十万円などあり得ないことです。

僕は64年間生きてますが、個人的な過去に於いて坊さん
の世話になった記憶など一度もありません。
皆さんはありますか?
そんな人に布施をする必要があるのでしょうか??
それなら、いつもお世話になってる近所や介護してくれる
人達に何かすべきだと思うけどなぁ・・・

今回言いたいのは『葬儀』と『宗教儀式』は別物って事が
理解して貰えばいい、本音を言えば、残る家族の生活さえ
脅かす葬儀なんて絶対にする必要は無いし、そんなの宗教
じゃなく、淘汰されても仕方ないとさえ思うわけです。

今の日本各地で起きている現実を直視し、冷静に考えれば、
僕の言ってる事が当然だと理解、納得できる人だって結構
いるんじゃないかな。

ついでに言っておくと厚い信仰心を持ってる人達は、その
信仰に沿って行なえばいいと思う(人を傷つける以外なら)
仏教、神道、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教等々
信仰のある人達は堂々と主張し胸を張って生きれば良い。
と同じように特定の信仰が無くても堂々とすれば良い。

11年間、弱者を中心とした金銭的余裕の無い家族の葬儀
支援してきて、現行での葬儀の在り方は肯定する部分より、
否定したくなる部分のほうが多いのが現実です。

但し、読経や祝詞やお祈り、更に戒名を有難いと思ったり
過去の慣習から、満足する人がいても不思議ではありませ
んから、家族目線を前提とした時、会員さんの要望に応え
るため対応しますし、その点も理解され超低料金でも快く
受けてくれる住職もいる訳ですから、議員も、教職員でも、
警察官でも、葬儀屋でも、そして宗教者でも、職業でなく
個々それぞれだって事です。

相談に来た個々の家族が持つ条件毎に、家族目線だけでの
対応ができるのは、自社利益や利害関係を考慮しないから
ですが、資金繰りをする千明は大変な時もあるでしょう。
しかし家族には心強いはずです。

誕生、七五三、入学、結婚などで親戚が口を出す事はない
はずですが、何故葬儀だけ口を出すのでしょう。
お金を出すなら問題ありませんが、口だけ出すから問題で
本日葬儀した家族も言ってました。

「普段は来た事も無い叔父達が来て、葬儀に口を出す・・」

この悪習慣だけは止めて欲しいものです。
自分の家の葬儀で、親戚に何か言われても何も感じないの
でしょうか・・・ そんな事は無いはずです。
自分が家族の立場だったらと考えれば済むことです。

『葬儀とはなんぞや』と徹底的に考え、家族の実情も考え
た上で何か言うならまだしも、軽口は叩かないほうが利口
だと覚えておいて欲しいものです。

僕がいる場なら、間違いなく僕に反論されます。

「家族が生活に困ったら援助するんですね!?」
「口を出すなら費用は出すんですね!?」
「貴方は普段から毎日のように行き来してたんですか!?」

現行で行われてる葬儀は、高額な出費を伴います。
その費用を負担する覚悟が無いなら黙っていることです。

『葬儀とはなんぞや』が、貴方と同じとは限りません。
例えて言うなら、キリスト教の家に行き、仏教葬儀を主張
するようなものです。 そんな馬鹿みたいな事をしている
自覚が無いから問題なのです。

貴方が仏教徒で、他の宗教を信仰する人達が葬儀のことを
あーだ、こーだと言ったら、貴方は従いますか!?

当然「いいえ」でしょう。
しかし、貴方が親戚にしている事は全く同じ事なのです。
全ての責任が取れないなら『くちは禍のもと』なのです。
家族から相談されて初めて口を開くのが基本です。


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