昨日9日(火)は午前9時前橋を出発、車で1時間の
距離にある群馬県北部の市まで直葬に行ってきました。

2年ほど前だったでしょうか、県内北部の老人が入会
したいと電話がありましたが、移動手段がなく散骨に
行った際、自宅で入会手続きを済ませ、2人分の費用
まで預かっていました。

当時はお婆ちゃんの具合が悪く、もしもの時を考えた
お爺ちゃんがうちを探し出したようでした。

10月7日(日)午前の火葬が済むと午後1時過ぎから
のんびりとした時間になった。 夕方はスロットでも
行くかと午後4時過ぎスロットを始めて30分もしない
4時25分、別の台で打ってたはずの千明から声が掛る。

「〇〇市の中央病院まで搬送です」
「えっ随分遠いけど誰!?」
「ほら、前に散骨に行った時自宅で入会した老夫婦の」
「お爺ちゃんが亡くなった知らせです」
「ん!? お婆ちゃんでなく、お爺ちゃんなの!?」
「うん、そうらしいです」
「到着時間は!?」
「2時間みてくださいって言ってあります」

すぐに止め、あんしん館に戻って搬送準備に入ります。
電話を貰って20分後の出発、幸いにも反対車線は行楽
帰りの車で渋滞してますが、山に向かう車線は空いて
おり、午後6時前指定先の病院に到着しました。

3階のHCU室までお迎えに向かいます。
知り合いに乗せてきた貰ったお婆ちゃんは、車椅子を
杖代わりに押して移動していました。

翌々日9日火葬も終わり、お爺ちゃんについては無事
希望通り完了しましたが、問題は残されたお婆ちゃん
だろうと思えます。

・杖で歩くのがやっと
・自分で車で移動できません
・全ての買い物は歩いて行ける場所にありません
・総合病院まで自宅から車で30分はあります
・居住地にそれほど親しい人は多くありません

お婆ちゃんを病院まで乗せてきてくれた女性がいまし
たから、付き合いのある人はいるようですが、それに
しても、この先を考えると大変だろうと思う。

今回のケースで考えると、お婆ちゃんにもしもの時が
来たら『死亡届申請者』にさえ困ることになります。
うちの会員ですから、その時は死亡先の医院長に依頼
するしかないでしょう。
もし自宅逝去なら福祉課に掛け合って民生委員等での
対応をお願いするしかないかな・・・
その点だけは、うちが動けば何とかなるでしょう。

それでも自宅の処分や、家財道具などもありますから
今回の依頼は火葬、遺骨処理まで完了すれば報告して
終わりなのですが、できるだけ事前に対処しておける
よう紙面に書いて届てあげるつもりです。

直接会って話せば、紙面より理解できますからね。

全国で移住者の誘致をしていますが、甘い言葉だけで
済まないのが現実だろうと思います。

元気で動ける時は良いけど、年老いてからの事も想定
されての移住を決断すべきでしょう。

田舎の人達に溶け込むのは簡単ではありません。
閉鎖的な感覚は強いし、何処かよそ者感覚もあります。
移住者同士のほうが簡単だろうと思います。

夫婦揃っている内は何とかなっても、動いたり、移動
するのさえ大変な状態になる事も想定しておくべきで
以下の方法を検討してみて欲しい。

》地域の包括支援センターに相談しましょう
》元気な時から家族同士お互い様感覚の付き合い
》そう考えると近所付き合いは必要かもしれない

こうして考えると、老人施設が増え続けるのが分る・・
施設へのお迎えも多く、意志を持たず、言われた事を
しているだけの老人に見えますし、楽しく無いだろう
とは思いますが、今回のようなケースの先行きを考え
ると、衣食住の対応をして貰えるだけでも幸せかもな
って思えてくる・・・

僕が子供の頃、何処の家にも老人がいて、働き盛りの
人達がいて、子供達がいた・・・
働き盛りの人達は働き、子供達の面倒は老人がみたり
一緒に遊んだり、食事の用意をして三世代が暮らして
いるのが当たり前だった・・・



経済面や物質面は、今ほど豊かな時代で無かったけど、
心は今より豊かだし、人々の心にも温もりがあった。

経済成長とは、良い面は沢山あるけど、その反面では
人の持つ人間らしさ、最小単位である家族愛など最も
大切な部分を失っているように思える・・・

そんな時代を懐かしく思い出す人達は沢山いるだろう。
そう考えると、我々の年代は『最高の時代を生きた』
のかもしれないとさえ思う。


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