『流れに沿って流されながら何を示唆しているか考える』
聞きようによっては、消極的な発想と思われるかもしれませんし、
イケイケで事業を進める方もおられるでしょう。

経営者には様々な考え方があるでしょう。
でも原点は事業の存続であり、その舵取り能力が第一だと思う。
一か八かの勝負をするのが経営者だと思っていません。

一時は羽振りの良い人もいましたが、今は影も形も無い経営者は
数えたらきりがないほどいます。 約30年間も倒産する事なく
これたのは、この考え方だったからでしょう。

考え方の基本は僕自身の経験則から来ています。
多くの方も同じような経験をしてきた人生だろうと思います。

代表的なものとして子供の頃の歯医者がそうです。
歯医者は嫌な音と痛いですから、行きたくない・・・
夏休みに入ると歯医者に行かされますが、嫌だから行かない。
当然そのうち歯痛になりますが、薬を飲んで痛みが治まる・・・
痛くなくなれば歯医者に行かず済ませる・・・

こんな事を繰り返し、重症の虫歯になって初めて歯医者に行くの
ですから治療も痛いし、日数も掛かるに決まっています。
こんな事を繰返した子供時代でした。

この流れを冷静に分析してみましょう。

歯痛があったら、すぐに歯医者に行き治療し、その後は3ヶ月か
半年に一度検査して貰えば、痛みが出る前に治療もできるし抜歯
することもなく、健康的な歯を保って大人に成れたでしょう。

残念ながら、それに気付いたのが30代になってからでした。
それまでは同じレベルの失敗を繰り返した人生でした。

「医者に行くと病気が発見されたら怖いから行かない」

こんな人って周囲にいませんか?

病気なら一刻も早く発見し治療したほうが、より早く治る確率が
高いのは誰でも分かる事ですが、そんな単純な事でさえいまだに
気づかない大人ってことです。

歯痛に限らず、勉強も、仕事も同じレベルの失敗を何度も重ねて
きたのが僕の人生ですから、段々先が読めるようになる訳です。

世の中には偶然、突発、運、不運等はありますが、多くの場合は
流れがあっての結果となっているはずです。

葬儀の仕事を始めたきっかけは父親逝去の一報でしたが、父親の
最期を看取ってくれたのがお婆さんだと思い込み、これから先の
人生で僕に何かできる事があればと、引越し先の鎌倉まで逢いに
行かなかったら・・・葬儀の事など考えもしないですから、今の
僕は絶対に存在していません。

あんしんサポート誕生は以下の流れで始まったのです。
『稼業倒産時、38才で蒸発した父親でした(僕は15才)』
『37年後、父親逝去一報が裁判所から届く』
『指定日に裁判所で遺書開封立ち合い』
『僕は行けず全てを妹に委任した』
『妹から最後を看取ってくれた女性がいると聞かされる』
『看取ってくれた女性が、お婆さんだと思い込む』
『息子としてその人に何かすべき事はないかと考える』
『女性の転居先、鎌倉まで逢いに行く』
『葬儀とはなんぞやと考える』

どの時点の、どの部分が示唆となるか、或いは示唆と感じるかは
個々の性格や考え方で異なるから人生も違ってくるのだと思う。



僕の場合は限定で言うなら、僕だけが感じているのかもしれない
けど、チャンスはある日突然、目の前に現れるが決して良い事で
なく、むしろ良くない事や予想外の事態として現れる事が多い。

中には最悪の事態すらあります。

でもそこから逃げず、前向きに走り続けるしかできません。

その結果として『あれが転機だった』『チャンスだった』と思う

ことは何度も経験しています。


また僕限定でしかありませんが、私欲を持たず動いた時のほうが

好結果に繋がっているように思えますけど、この点については、

感覚でしかありませんし、定かではありません。


あんしんサポートの設立から10年間も正にそうでした。
勿論、あんしんサポートを設立せず、以前の経営者を続ける選択
だってありますが『if』の人生は考えても仕方ありません。
僕にとっては今の人生選択が正しかったと思います。

みなさんも自分の人生を振り返ってみると良いですよ。
今は結果の出たことを、さかのぼってみれば全ての流れが見える
でしょうから、結果は成功でも失敗でも分岐点も分るでしょうし
先行きの示唆だったポイントも見えているでしょう。


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