「なんで先が読めるの?」

未来予測はどうすれば出来るのかってことらしい。
前にも書いたことがあるような、無いようなで覚えては
いませんが、よく会員さんにも聞かれるので、僕なりの
未来予測の仕方を書きますから、同じように「どうして」
って思う方は参考になるかもしれません。



んと、、例えば昨年から聞く言葉で『送骨』があります。
寺に数万円と焼骨を送って供養して貰うというものです。

これを、皆さんはどう読みとりますか?
僕はこんな風に考えます。

『家族の本音』
・火葬まではしたが遺骨が自宅にある
・遺骨は自宅でも法的問題は無いが精神的には苦痛
・後を継ぐ者も無い
・墓を建てるには高額な費用が掛かり、管理費も掛る
・遺骨を処分して貰いたいのが本音
・寺に送れば供養して貰える気がするし料金も安い

『寺の本音』
・檀家も減り、墓を建てる人も減り、墓閉じは増えた
・寺の存続、自分達の生活も先が見えない
・しかし散骨、樹木葬は増えているようだ
・永代供養の簡易版を作ればいい
・ゆうパックなら遺骨も送れるから利用できる
 (宗教者ですから遺骨供養の心は当然あるでしょう)

以上が本音に近い部分の羅列です。
更にこの中から真髄を絞り出してみます。
少し過激な言い方になりますがご了承ください。

『家族の真髄』
・遺骨を低料金で処分して貰えば助かるわ
・供養して貰えるなら尚良いし

『寺の真髄』
・一柱3万円×一日3柱=9万円は大きい収入になる
・月に270万円、年間3.240万円 檀家不要の収入

極端な言い方ではありますが、綺麗事ばかりではない。
家族と寺の思惑が一致した典型的な例でしょう。

送骨システムや、実施する寺に関しては簡単です。
追随する寺は沢山出てくるでしょう。
送骨を始める葬儀社や団体も出てくるでしょう。
値引き合戦も始まるでしょう。
例え1万円になったとしても、寺からみれば何も無い
より良いので問題はありません。
遺骨の収納場を作れば良いだけの事です。
時代の流れの先を読んで成功した典型的な例です。

この部分までは『散骨場の所有』『永代供養墓建立』と
7年前から実施してきた通りで、うちでも読めています。

問題はこの先です。
家族の真髄より更に奥に、こんな感覚があるのでは?

『本当は墓に入れたいし、自分も墓に入りたいけど』
『それが出来ないから、仕方なく選択したのよ』

葬儀の仕事をして感じるのは、遺骨になったら墓に入る
のが極々当たり前の感覚だということです。

散骨を始めて、永代供養墓を建て分ったことです。
うちの永代供養墓には花が無いことがありません。
個々の家族が命日に墓参に来て花を供えるからです。
彼岸や盆には12個ある花立では足りません。
多くの人達が供養の心は持っているのです。

永代供養墓を建立した寺の住職も言います
「武井さん所の墓はいつも人が来て線香供えてるよ」
「色んな事情があって葬儀は出来なかったけど」
「墓のある人達より供養の心はあるかもしれないね」

供養の心が無くなった訳では無いのです。
多くの人の心には、故人を偲ぶ心がしっかりあるのです。
問題はたったひとつです。

『生活費と費用の問題、ようはお金の問題』だけです

さぁ ここまで読んで どう思いますか?

当然違う考え方もあるでしょうが、今回は未来予測です
から、その辺りは省きます。

この先をどう考えますか? この先は出てきませんか?



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