今回のブログは、あんしんサポートを受け継ぐ人達に向けた
葬儀の一例として残しておくものです。
昨日まで普通に生活していた人、それも33才の若き母親が
自宅で亡くなった状態で発見される。
自殺や他殺で無い事は病理解剖で証明されました。
葬儀までの経緯は前のブログを読んで頂ければと思います。
午後2時から紹介僧侶による枕経を唱えた後、祭壇に対して
垂直に棺を置き、10数名の列席者一人一人が生花、折鶴、
食べ物、洋服、そして家族は全員が手紙を書いて入れます。
午後4時、いくつかの話しをした後、夜まで一緒に過ごして
あげてくださいと、棺のフタは開けたまま、式場と待合室を
自由に使って貰いました。
ほんの数時間ですが、化粧して、生花に埋まって、いつもの
寝顔で横たわる故人と子供達が初めてゆっくり会います。
泣いたり、笑ったりしながら、気遣う人のいない、いつもの
家族の空気の中で過ごした事で、少し落ち着いたようでした。
翌日の火葬は朝一番を予約しました。
朝一火葬は人も少なく、色んな意味で精神的負担は軽減する
のが第一の要素です。
火葬に入り、火が入る瞬間が悲しい事は前日に伝えておき、
少しでもショックを和らげる事に神経を使いました。
また子供達以外の家族には、その瞬間は子供達を抱きしめて
あげていて欲しい・・・とも伝えておきました。
午前9時30分過ぎ、火葬炉の火が入ると子供達を後ろから
抱きしめて泣いている家族の姿がありました。
その後、少し子供達の様子を見るつもりでしたが、施設への
搬送依頼が入り、拾骨には戻ってくると伝え出発です。
あんしん館まで搬送し個室安置が済むと、死亡届出書記入を
千明に任せ拾骨に向かいます。
到着すると、斎場担当者が「ちょうど拾骨になる所です」と
伝えてくれ拾骨室に入ります。
「手で拾骨する人はどうぞ・・・」と伝える。
火葬に立ち会った家族5人全員が手で拾骨をしました。
あんしんサポートで葬儀した家族の多くは手で拾骨します。
以前も書きましたが『箸渡し』なる言葉は単なる語呂合わせ
であり、宗教的な意味の無い事もありますが、家族と最後の
お別れになるのが拾骨です。
骨が生理的に駄目で無かったら、手で入れてあげたいと思う
のが僕の感覚であり、うちを手伝ってくれる僧侶の感覚でも
あります。
拾骨後、あんしん館に寄って貰い、長男が作った焼骨を入れ
られる容器に子供達が好きなだけ取分け、真綿で包み容器に
入れて持ち帰るよう勧めてありました。
大きな骨壺では精神的負担になりますが、可愛い容器に焼骨
を入れて写真と一緒に置くことで、いつでも話しかけられる
と考えたからでした。
容器を抱えた子供達は笑顔で帰っていきました。
きっと昨晩は2人とも布団の中で泣いたでしょう。
暫くは立ち直れないかもしれません。
でも最後は自分自身で立ち直るしか方法はありません。
前日棺を囲んで話しをした際、子供達にしか出来ない最高の
供養を話しておきました。
少し悲しみが癒えた頃・・・僕の話しを思い出してくれたら
『笑顔で元気に生きよう」って思ってくれるかもしれません。
帰り際に家族が言います。
「本当にここに頼んで良かったです。有難うございました」
何度も何度も頭を下げて帰られました。
誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい
創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります