葬儀日誌として、後世への参考書として書き続けたブログも
1350話を超えましたが、予想外の展開に向けて新たなる
1ページが開けそうな流れになってきました。
群馬県以外の他県でも、同じように葬儀支援をしようと志す
人達が現れ始めたことです。 本音では諦めていました。
NHKで関東、全国と8分30秒も放送してくれた3年前、
番組を見た全国の視聴者の方々からは、沢山の問い合わせが
ありましたが、葬儀社からの問い合わせは皆無でした。
県内にはいなくても、全国なら同じような思いを持つ葬儀屋
さんもあるのでは? と思っていただけに残念でしたが考え
てみれば、一般の商売より遥かに儲けを追求するのが葬儀屋
なのですから、当然と言えば当然にも思えました。
と同時に全国で同じような・・・の希望も捨てました。
経営して分った事があり、会社を大きくすると自社のマスメ
リットは上がりますが、利用者のメリットは減るのです。
多店舗展開すれば、あらゆる地域で同社を利用する事はでき
ますが、赤字経営の営業所もある、、というか赤字のほうが
多く、黒字の営業所が補填する事になるのです。
また経営陣が現場に出ず高給を取れば、そのつけは利用者の
料金に跳ね返るのです。 葬儀の仕事は工場等とは生産性が
全く違います。ある種アナログの手仕事要素が濃くあります。
結局は一件当たりの葬儀から高額な利益を得ることになり、
葬儀は高額化するのが現実です。
大手で低料金葬儀が無いのを見れば、その現実が分ります。
全国からの反応もなく、規模を拡大すると利用者にとっては
デメリットのほうが強くなる現実が分った時点で、自分達の
中にある思いを、自分達でできる範囲で続ける事が最善だと
考えた言動を続けてきました。
しかし、どう考えても自分が特殊とは考え難いのも本音では
ありましたから、全国の葬儀屋さんや、葬儀屋を始めたいと
考えている人達へのメッセージだけは、期待せず、駄目元で
流し続けようと書き続けた3年間でした。
その流れに変化があった最初のきっかけは、福岡県北九州市
で想送メモリアルを経営する立石さんが、今年春1100km
を運転して来県してくれた事からです。
それからわずか半年後の今、わずか5名ほどですが、自分の
住む町で葬儀支援をしたいと名乗りを挙げた人達がいる。
その理由は自社経営が思わしくないからだとしても、或いは
別の理由だとしても、きっかけなど何でも良いのです。
もっと言えば、自分で経営してみたら思ったようにいかない
現実を経験した人のほうが真剣に取り組めるかもしれない。
今月で言えば、うちが今現在15件ほどの葬儀ですから月末
には20件ほどの施行となっているでしょう。
多分、立石さん経営の想送メモリアルも、うちと同じくらい
の施行数じゃないかと思います。
この件数が全国的にみて多いのか、少ないのか分りません。
しかし食っていける数字である事は間違いありません。
また立石さんも僕も、当初は食えない経験をしていますから、
参考にできる部分は山ほどあるでしょう。
そこで『ドラえもん』のような体形ですが、とにかく迅速な
動きの立石さんに音頭取りをお願いする事にしました。
また理由のひとつに、参加表明している方々全員が何故だか
西日本の人ばかりなのもあります。
勿論、あんしんサポートのノウハウ、僕のオリジナルである
湯かん後、利用者の腰が低くなる納棺師などの全てを伝える
つもりでいます。 但し簡単ではありませんけど・・・
でもね、、立石さんも、僕も、個々の感覚で事業をしてきた
結果として、そこそこの繁盛はしているのです。
その両方が同時に学べて、同じ事ができたら・・・
群馬だから、福岡だから依頼がある訳ではないのです。
日本全国の何処でも依頼が増え、繁盛して自分達も食える。
この方程式は成立して当然だと思うのですが・・・
全国の個人葬儀経営者の方で、参加を希望する人がいるなら
早急に意思表示をしてください。
一緒に走りださないと、同じようには走れないですからね。
経営塾では無いですから、とりあえず同じことを何度もする
気はありませんし、正直、本音では面倒なだけですからね。
誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい
創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります