葬儀は県内でも地域毎に違って普通ですが、家族毎に葬儀に
対する感覚も色々だし、この10年間で大きく変化している
のも強く感じます。

NPO法人設立前から始まった初年度は一般葬と家族葬だけ
直葬を初めて行ったのは設立から3年目でした。

当時は一般葬が当たり前の時代、喪主の奥さんは喪服を着て
いるのも普通でしたが、元々ホテルの婚礼美粧をしてた事も
あるし、僕自身が紋服の着付けをしてきた事もあって、普段
着物を着ない人は大変だからと洋服を勧め続けました。
うちの葬儀は99%洋服ですが、最近では斎場でも喪服姿を
見なくなりましたから、全体的に変化しているのでしょう。

変化で感じるのは家族の感覚でしょうか、当時は人が来ると
無理矢理!? 悲しそうな顔をする家族に違和感を感じたり
我々の思う感覚と家族は違う事も多いと、その度に感じてた
のを思い出します。

『100才以上の長寿だった故人の例』
100才まで生きてくれた長寿の家族の死、悲しいだろうが
ある意味めでたい感覚もあるだろうから、盛大な葬儀をする
のかもなぁ・・・何て単純に思っていました。
しかし家族にとっては施設生活が長年続き、家族の生活にも
大きな負担が掛り大変だった・・・ 不謹慎ではあるけれど
ホッとしたのが正直なところ、と聞かされ『なるほどぉ』と
納得したのを思い出します。
当時は老人破産についても、今ほど厳密には考えて無かった
わけで、その第一弾の経験をさせて貰えた葬儀でした。

『自分で命を絶った人達の家族』
「なんで!? どうして?」心を乱す家族もいれば、事前に
分ってたかのように冷静沈着に対応する家族もいるし、家族
間でも個人差が大きく違う反応をする亡くなり方です。
中には事業が上手く行かず、生命保険を残す為・・・としか
思えない方もいらっしゃる現実は、事業経営者として複雑な
心持ちになります。

90才を超え平均寿命より長生きし、家族も納得だろう葬儀
でも号泣し続ける事もあれば、亡くなり方や逝去年齢からも
我々が驚くほど、あっけらかんとしている葬儀もある。

葬儀とは地域の慣習が違うばかりでなく、家族毎にも違うし
誰の葬儀かでも違うし、生前の状況によっても変化してくる
ものであると、ようやく分ってきました。

僕が評論家に苦言を呈すのは、この辺を理解して言っている
のか、ちょっと葬儀の事をかじった、以前葬儀の仕事をして
いた、葬儀とはこうあるべきと自分は思う等、家族の現実を
知らないくせに自分の倫理観を押し付けるからです。
葬儀のマナーなど殆ど最悪で『小さな親切大きな迷惑』です
マナーとは人に迷惑を掛けなきゃ良いんです。 
このマナー感覚が旧態依然の悪習葬儀を擁護しているのです。

本日葬儀した家族は、最初から最後まであっけらかんとして
生前「坊主に拝んで欲しくない、葬儀なんてするな」と言い
続けていたお爺ちゃんだったそうで、家族も同じように考え
69.000円+税の直葬をされました。

故人に対する家族の思い、故人の意思、生前の流れや様子と
同じ家族であっても葬儀は全てにおいて異なるのです。

誰かに言われた葬儀でなく、地域の慣習でなく、家族同士で
あっても違うでしょうから、内容、費用について各自が納得
できる葬儀をする・・・ できる葬儀社を探しましょう。

ひとつの目安として・・・
葬儀はこれが普通、一般的には、こうすべき、供養だから、
それと正確な見積りは、その時にならないと出せません。
こんな事を言う葬儀社は信頼できないと思って良い。

上の言葉群を改めて読めば分ります。
あなたや家族の事は一切気にせず、心配もしてないでしょ?
これが普通と言いながら、葬儀費用の値上げをしたいだけの
言葉だって見え見えでしょ? 

前回、前々回で書いたように、人は言葉や態度の中に自分の
本音を出しているものです。 それが直球か変化球か、時に
隠し玉であるかの手法さえ見抜ければ良いのですが、難しい
なら自分達家族の総意で行える葬儀をすれば良いのです。


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