旅行は帰る家があるから楽しめて、人生も同じ終わりがあるから

頑張ったり、楽しんだりできるんだと思うと昨日書きました。

10代は生きる為に必要な知識や体力を得る為の期間・・・

20代は失敗を恐れずガムシャラに何かしてみる期間・・・

30代は家庭を持ち家族の為に頑張る喜びを知る期間・・・

40代は己の力量を知り子供の為、と老後の為に備える期間・・・

50代は60代以降に備え、目標、生き甲斐を探す期間・・・

60代以降は自分なりの生き甲斐と社会への還元を行う期間・・・

僕の個人的な感覚でしたが、60才を過ぎて今は少し違う。

『頑張るとか、努力って辛くねぇか? 一度の人生、頑張るよか

楽しんだほうが良いんじゃねぇ』


この楽しむ、、ってのがちょっと、分り難い部分だと

思うけど、良くテレビでアスリートの人達が「試合や競技を楽し

んできます」って言うでしょ? あんな感覚の事だと思って。

山頂からの絶景や達成感を得る為、嶮しい山道を登るのって多分

その人にとっては、登山も楽しみの一部なんだと思う。

同じ時間を過ごすなら楽しめる時間にって言いたい言葉だと思う。

それと・・・次の2つの言葉

『60才過ぎても相変わらず、年を取ったら旅行にでも、、、何て

言ってる年じゃねぇぞ 行くなら今だ』

『気がつけば夫婦揃って老人に、最高に幸せだと気づくのが、配

偶者が居なくなってからじゃ間に合わんよ、、後悔しなさんな』


上の言葉は『今度』とか『いつか』なんちゅうお化けは出たため

しがない多少無理しても行けるなら、それが『行きどき』いつか

じゃなくて今行けって事、次の言葉は何十年も夫婦をしていると

空気のような存在になって、隣にいて当然と思ってしまうらしい

けど、いつか、どちらかが居なくなる日が必ず来る・・・

一緒にいる時は、喧しい、うっとおしいと思った配偶者だったと

しても夫婦仲が悪くないなら、居なくなったら分る・・・

一緒に過ごせた時間が、どれほど大切なものだったかがね・・・

今回の3つ言葉をまとめると・・・

夫婦揃っていられる今のうちに、旅行でも、趣味でも、食事でも

できる事は、後回しにせず全てをしておく事が後悔を防ぐ唯一の

方法だと分ってからでは遅いと伝えたかったのでしょう。

その時間や費用を作りだす為に頑張る事があるなら、それは単に

頑張るではなく、人生を楽しむ為、謳歌する為であり、その時間

さえ楽しいものとなってくれるのでは? 

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