お盆休みでのんびりしている人もいれば、人ごみの中で行列してる

人もいるだろうし、観光地の渋滞や、実家の家族と過ごしてる人も

いるでしょうね。 超零細企業の僕らは盆も正月もなく年間通して

仕事をしていますが、好きでやっているので苦にはなりません。

お盆かぁ・・・って思ったら遠い昔の自分に思いを馳せていました。

商売屋で育ったから夏休みも泊りでの家族旅行は経験がありません。

夏休みは近所から聞こえる「新しい朝が来た~♪」の音楽で起きて

首からスタンプカード下げ、午前6時のラジオ体操に行かされる事

から一日が始まり一旦家に戻ると直食を食べ、歯医者さんへ行くの

だが、これが嫌で嫌で・・・行ったふりしていかない事が多かった。

そのせいで60才になっても時々歯医者に通っている・・・

子供の時に行っておけば良かったと心から思う、時すでに遅しだ。

近所の友達がゴム草履、半ズボン、ランニングシャツ姿で、片手に

味噌おにぎり、片手にナスの漬物1本を持って「トシちゃん遊ぼ」

って来ると同じ物が食べたくて、お店に働きにきていた叔母さんに

頼む「僕も味噌のおにぎりとナスの漬物ちょうだい」「あいよ」と

作ってくれるが漬物は切ってお皿に出してくれる・・・「違うよ、

切ってない漬物」と言うのだが、何故かそいつはナスでもキュウリ

でも一本のまま持ってきたのを覚えている。

ランニングは持って無かったから、半袖の肌着にサンダルを履いて

出掛けようとすると、母親に見つかりポロシャツ?のようなものを

着せられ靴下を履かされ、靴を履いてくよう言われて、しかたなく

従ったのも思い出し、フッと笑いが出てくる。

お爺ちゃん、お婆ちゃん、両親、姉、妹と僕の7人家族でした。

母親VS祖父母の戦いはありましたが、今では全て懐かしい思い出

うちがテレビを買うと金曜の夜は近所のお父さん達が集まってきて

部屋の電気を消してプロレスを見ていた時代でした。

とにかく人との接触が多い時代、子供達も沢山いたし、その子供を

面倒みてくれる子供会役員の小父さん達もいて、夏休みは映画会や

スイカ割り大会、盆踊り、夜になると小父さん小母さんが自宅前の

縁台に座って夕涼みをしているのが当たり前の時代でした。

夏は毎日のように夕立があって、停電をして、ろうそくの火で少し

過ごしていたように思います。 そうそう寝るときは部屋に蚊帳を

張ってウチワで仰いでから急いで蚊帳の中に入る・・・

朝起きると、ゆだれで顔に蚊帳の緑色が着いてた・・なんて事も。

遠い昔の場面に出てきた人物で今も生存しているのは、友達と妹と

自分だけ・・・後は姉を含めて全て他界しました。

一人づつ自分の周囲からいなくなる・・・けど自分もその一人・・

若い頃、小父さんや小母さんがくちにした「昔は良かった」という

言葉が今はよーく分ります。

家族がいて、ともに働く仲間達がいて、平和があって、自分を必要

としてくれる人達がいて、飯が食えて、普通に過ごせる健康がある

先に逝った家族のように、いつか自分も逝きますが、それまでは、

何気ないけど、真の幸せをできるだけ感じながら過ごしたいと思う。

みなさんも、自分の幸せに・・・気づいてますか?

↓↓↓↓
  
にほんブログ村


ひとつひとつの葬儀を確認・反省・向上する為に書く実践日誌でもあり、

これから葬儀を
経験される方々が後悔しない為に役に立てたらとの


思いを込めて書いています。 宜しければクリックをお願いします