昨日突然の搬送依頼で安置したのは、痴呆の進んだお婆ちゃんですが
別の施設に、妹よりも軽度の痴呆を患った兄のお爺ちゃんがいます。
別の施設に、妹よりも軽度の痴呆を患った兄のお爺ちゃんがいます。
安置されてから1時間ほど経った頃、親戚に連れられてお兄ちゃんが
あんしん館に来ました。 親戚に言われるままに末期の水をとって、
線香をあげましたが、すぐに妹の名前を呼びます。
「れいちゃん! 俺だよ。 れいちゃん!」何十回と呼びかけ続け、
待合室に移動しましたが、すぐに妹さんのところに行き名前を呼ぶ。
昨年12月、この兄妹の真ん中に当るお爺ちゃんが亡くなった時も、
後見人さんからの依頼で、あんしんサポートで火葬式を行いましたが
その時3兄妹で長男と長女は凄く仲が良いと聞かされていました。
その妹が突然亡くなったと聞かされたのですから、本人のショックは
大変なものでしょう。 ベットにご安置されている妹の顔を見下ろし
声を掛け続ける姿を見ると胸を打たれます。
そして今朝、9時30分に火葬場に入り、最後のお別れをする兄から
出るのはやはり「れいちゃん!れいちゃん!」と棺を覗き込んでは
何十回も大きな声を掛け「あっ!今くちが動いた」とも言いました。
声を掛けているお爺ちゃんは小さな人で、温厚で穏やかな人なだけに
単純に痴呆だから、、、ボケでいるからで、笑って済まされる姿では
ありません・・・見ている我々が涙するほどです。
その姿を見てフッと思ったのは、痴呆があるからこそ自分の気持ちに
正直に素直に表現しているはず・・・本当に愛していたんですね。
今の日本は家族関係が希薄になっており、子供はいるのに80代や、
90代の両親でも老人二人だけの生活や、配偶者が亡くなれば一人で
暮らす独居老人が増え続けています。
親でさえそうなのですから、兄弟姉妹は推して知るべしです。
いつからなのでしょう・・・僕らが子供の頃は三世代で一緒に暮らす
なんて当たり前のようにあったし、貧しくても子供を沢山産んで育て
親が老いれば、子供が親の面倒を見るのは当たり前が変わったのは?
家族みんなで働いても食うのが精一杯の時代、みんなで頑張って少し
でも楽な生活ができるようにと一致団結する家族、醤油が無い味噌が
無い時はお隣さんに「味噌貸してくれる!?」と本音が言えた時代。
家族だけでなく、隣近所で助け合ってきたのが日本だったはず・・・
たった50年ほで大きく変わったのは、経済や世の中だけてなく人の
心や家族関係や、家族愛も大きく変わってしまったようです。
しかし今、20年間で独居老人が3倍以上の500万世帯にまで増え
続けているのですから、孤独死の問題は避けて通れません。
昔を思い出して、隣近所の人達がせめて朝晩の挨拶や、時々でも声を
掛けあうくらいの交流は必要になっています。 ただどんな時代でも
どんな地域でも変わり者や偏屈者はいますから、例外に捕らわれずに
前向きな人達から隣近所の交流を進めて欲しいものです。
『遠くの親戚より近くの他人』このことわざを復活させませんか?
何のためらいもなく、何の建前もなく、何一つ打算も無く妹の亡骸に
向かって名前を呼び続ける兄の姿は、なぜか遠い昔の日本人の心をも
思い出させてくれるものでした。
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