朝8時40分棺を積んで霊柩車で出発、午前10時火葬場に入ります。
少し待つと親戚という人達が現れ、火葬が始まると待合椅子で話しが
始まります。 ようは故人が残した金はいくらあるのか? それが貰え
るなら墓に入れてやっても良い・・・という事のようです。
時々あるケースですが、生前は全く音信不通で一度も見舞いにも行く
ことが無かった人達が、遺産をくれ、、という事なのでしょう。
見ていて呆れて言葉もでませんが、保佐人が勢いに押されているので
一言だけ「仮に財産があったとしても皆さんは法定相続人ではないし、
法定相続人は別にいますので、その方々が相続される事になります。
だから皆さんの手にお金が入ることはありませんので、その点は初め
から理解しておかれたほうが良いですよ」と伝えて帰ってきました。
後見人が必要になる人は、自分を大切にしてくれた人や、寄付をする
など遺言書を作っておいたほうが納得できるんじゃないかな。
午後から寺の墓を退去される方から散骨をしたいと、石屋さんが墓を
開けて遺骨を出してくれる事になっているので前橋に戻ります。
前橋まで戻る途中、頼まれていた弓張り提灯の集金に寄った家から
新盆供養の布施について寺から手紙が送られてきて、新盆供養を
寺で行い5万円、さらに自宅に行って拝むので1万円だと言う。
新盆でお坊さんに6万円ってことです。 すごいですね、、高いですね。
家族はあまりに高いので、どこかに投書したいと言っていました。
帰りの車中『お金は残すもんじゃないね』から始まり、寺の墓から出す
話題になると、新盆で6万円の寺の話になりましたが、改めて思い出し
てみると葬儀の布施は7文字戒名で80万円だと言ってたと思います。
これだもん、、、お寺を出たくなる人達が増えて当然です。
普通のサラリーマンや、年金生活をしている人にとっての80万円やら
葬儀で散々出費したあとの新盆で6万円という金額を貯めるのがどれ
ほど大変な事かを寺も考える必要がある、、、というか納得できなきゃ
寺を出れば良いと思う。 当然、そんなの寺も承知しているはずです。
但し皆さんは間違った理解をしないで欲しいと思います。
それは、こんな寺ばかりではないという事です。
葬儀社も同じで、一部にボッタクリ葬儀社があったり、安いと思わせて
請求書は馬鹿高い葬儀社もあったりしますが、良心的な葬儀社、寺は
いくらでもあるってこと、、、その寺や、葬儀社を探せば良いだけです。
原因のひとつに、お坊さんはみんな良い人、善人だと大きな勘違いを
していることです。 どんな職業でも嫌な奴はいるもんです。
もっと言えば、警官でも、教師でも、聖職者でも悪人はいるって事です。
一束で考えずに、一人の人としての相手を見抜くことが大切です。
ただし、寺でも、葬儀社でも世代が代われば別の寺、別の葬儀社だと
理解しておくことです。 世代が代わり納得できなくなったら縁を切って
自分達が納得できる人と付き合えば良いだけのことです。
時代の流れで常識は変化し続けているのは誰でも分かるでしょうが、
三種の神器と言われた日本的経営の神髄『終身雇用』も姿を消したと
言っても過言ではない時代なのです。
相手が自分達家族に無理な要求をしてくるなら、拒否をすれば良いし
それが出来ないなら縁切りをすれば良いんです。
原因は自分達の事を全く考慮しない相手にあるのですから・・・
寺なら檀家を抜ければ良いし、葬儀社なら2度と依頼しない、さらに
自分達家族がした後悔を、自分の周囲に伝えれば、少なくとも友人や
知人は同じ後悔をせずに済むし、いつか利用者にとって価値のある
寺や葬儀社だけが残る・・・かもしれません。
一般企業の要職や経営者であれば、当たり前の話だと言うはずです。
少し待つと親戚という人達が現れ、火葬が始まると待合椅子で話しが
始まります。 ようは故人が残した金はいくらあるのか? それが貰え
るなら墓に入れてやっても良い・・・という事のようです。
時々あるケースですが、生前は全く音信不通で一度も見舞いにも行く
ことが無かった人達が、遺産をくれ、、という事なのでしょう。
見ていて呆れて言葉もでませんが、保佐人が勢いに押されているので
一言だけ「仮に財産があったとしても皆さんは法定相続人ではないし、
法定相続人は別にいますので、その方々が相続される事になります。
だから皆さんの手にお金が入ることはありませんので、その点は初め
から理解しておかれたほうが良いですよ」と伝えて帰ってきました。
後見人が必要になる人は、自分を大切にしてくれた人や、寄付をする
など遺言書を作っておいたほうが納得できるんじゃないかな。
午後から寺の墓を退去される方から散骨をしたいと、石屋さんが墓を
開けて遺骨を出してくれる事になっているので前橋に戻ります。
前橋まで戻る途中、頼まれていた弓張り提灯の集金に寄った家から
新盆供養の布施について寺から手紙が送られてきて、新盆供養を
寺で行い5万円、さらに自宅に行って拝むので1万円だと言う。
新盆でお坊さんに6万円ってことです。 すごいですね、、高いですね。
家族はあまりに高いので、どこかに投書したいと言っていました。
帰りの車中『お金は残すもんじゃないね』から始まり、寺の墓から出す
話題になると、新盆で6万円の寺の話になりましたが、改めて思い出し
てみると葬儀の布施は7文字戒名で80万円だと言ってたと思います。
これだもん、、、お寺を出たくなる人達が増えて当然です。
普通のサラリーマンや、年金生活をしている人にとっての80万円やら
葬儀で散々出費したあとの新盆で6万円という金額を貯めるのがどれ
ほど大変な事かを寺も考える必要がある、、、というか納得できなきゃ
寺を出れば良いと思う。 当然、そんなの寺も承知しているはずです。
但し皆さんは間違った理解をしないで欲しいと思います。
それは、こんな寺ばかりではないという事です。
葬儀社も同じで、一部にボッタクリ葬儀社があったり、安いと思わせて
請求書は馬鹿高い葬儀社もあったりしますが、良心的な葬儀社、寺は
いくらでもあるってこと、、、その寺や、葬儀社を探せば良いだけです。
原因のひとつに、お坊さんはみんな良い人、善人だと大きな勘違いを
していることです。 どんな職業でも嫌な奴はいるもんです。
もっと言えば、警官でも、教師でも、聖職者でも悪人はいるって事です。
一束で考えずに、一人の人としての相手を見抜くことが大切です。
ただし、寺でも、葬儀社でも世代が代われば別の寺、別の葬儀社だと
理解しておくことです。 世代が代わり納得できなくなったら縁を切って
自分達が納得できる人と付き合えば良いだけのことです。
時代の流れで常識は変化し続けているのは誰でも分かるでしょうが、
三種の神器と言われた日本的経営の神髄『終身雇用』も姿を消したと
言っても過言ではない時代なのです。
相手が自分達家族に無理な要求をしてくるなら、拒否をすれば良いし
それが出来ないなら縁切りをすれば良いんです。
原因は自分達の事を全く考慮しない相手にあるのですから・・・
寺なら檀家を抜ければ良いし、葬儀社なら2度と依頼しない、さらに
自分達家族がした後悔を、自分の周囲に伝えれば、少なくとも友人や
知人は同じ後悔をせずに済むし、いつか利用者にとって価値のある
寺や葬儀社だけが残る・・・かもしれません。
一般企業の要職や経営者であれば、当たり前の話だと言うはずです。
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