全身がまだ台湾エネルギーに満ち満ちております(笑)。

 

 

台湾で、沁園というお茶屋さんに行きました。

 

ここの烏龍茶に惚れ込んだのだよ!!!!

すごく香りがいい!!

 

 

 

友人は14年前に台湾に来たとき

このお店でプーアル茶を買ったそうで

当時の写真を見せたら、お父さんお母さんがとても喜んでました。

 

 

ここの名品はこちら。

凍頂茶梅。美味ー♫

 

いつかカフェを再開したら

ここに仕入れに来ようと心に誓うぜきなのでした。

 

 

日本語通じます。台湾行ったらぜひ寄ってみてねー。

 

 

沁園

台北市永康街10-1号

MRT「東門」駅の出口5を出てすぐの永康街を右折。

徒歩5分。永康公園の目の前。

※写真お借りしました。

 

 

 

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帰国後、立て続けに人間関係でちょっとしたトラブルが続きました。

 

 

 

 

言葉で表現すると

 

 

起きた出来事に対する

私の観念が発動して

 

さらに、相手の言動に対する

私の観念も発動して

 

 

そこから自己解釈が展開されて

「この人は絶対こうだ」

「これは絶対にこうに違いない」

「あの人は◯◯だ」

「わたしをわかってくれていない」が

自動発動して

 

 

 

過去がどうだったとかああだったとか

いろんなものが肉付けされていった結果

 

 

 

壮大な空想の物語が作られてしまいましたとさ。

 

 

 

こんな感じ。

 

 

 

伝わるかしらー。

ひづめのおーとー♫by赤毛のアン(違います)

 

 

 

 

 

そしてね。

恐ろしいことに

この妄想が「真実」だと思い込んでしまうのであった。

 

 

人の作りってすごいなーと思うんですよ、毎回。

 

 

妄想全開。

全て脳内妄想。しかも無意識に自動展開されて

ファンタジーの世界が作られていく。

 

 

ロードオブザリングの世界です。(サムが好きです)

 

 

そうなったときは

出すもの出してから

脳内解析自己分析をしていきます。

 

 

 

「わたしが、どんな前提で生きているか」

「どんな観念を無意識に抱えているか」

 

 

これを確認するための絶好のチャンス

 

 

チャンス到来byバービーボーイズなわけですよ。(今回こんなネタばかりだな)

 

 

 

 

 

 

ああ、やっぱりかっこええ。

 

 

 

 

 

人とトラブル(と感じること)が起きた時。

 

 

全ての原因は「相手を見ていない」ことです。

 

 

もっと言えば

「目の前にいる、存在そのものの相手を見ていない」

 

 

 

では、私たちは一体何を見ているのでしょうか。

 

 

それは

「脳内で変換された相手を見ている」んです。

 

 

 

 

自分の頭の中で

勝手に展開されて

作り上げられた相手を見ているし

 

 

その存在と、なんとかしてコミュニケーションを図ろうとする。

 

 

 

先回り志向が強い人

察する能力が高い人は特に

この決めつけ展開をしていくスピードが

大変早いです。(かくいう私がそうである。)

 

 

 

相手がしたことや、言葉や、表情や

そういった、目に見えることで判断して

 

自分の中で勝手な憶測や予測が進み

脳内で作り上げた「想像上の相手」が

本当の相手だと思ってしまう。

 

 

そこから「不安」「疑い」「戸惑い」などが生まれてくると

 

 

もう、相手が自分を攻撃してくる人にしか見えなくなります。

 

 

 

自分を傷つけたくてこの人はこんなことをするんだ!!

 

 

 

 

 

 果ては

 

 

「私のこときらいなんだーーーー!!」

「全部私が悪いんだーーーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人は、自分にとって都合の良い相手しか、受け入れたくない生き物です。

 

 

本当に人って勝手だなと、愛おしさも含めて思いますが

 

自分がどんな前提を持っているかで

相手の解釈が変わるので

 

その状態で

相手とどんなに話しても

本質や本意は

受け取れなくなってしまうんです。

 

 

受け取る以前に

「この人はこう」というフィルターがかかっているから

どんなことを言われても

フィルターで変換されていくわけです。

 

 

 

常に私たちは

 

自分に合わせた解釈、判断しかせず

世界をこの自分の

小さい枠にはめ込もうとする。

 

 

 

そこを手放す勇気を持つこと。

そこに「真実」は何ひとつありません。

 

 

 

人はルービックキューブみたいな

多面性を持っています。

 

 

 

自分も相手も

知らない面をたくさん持っている。

自分でさえ、どんな面を持っているかわからない。

また、人生が変われば当然、見える面も変わっていくわけです。

 

 

 

その一面一面に

一喜一憂するのではなくて

 

 

 

その人に対して、自分がどう思ったとしても、何が起きても

 

その人はその人であるんだな

 

と、受け入れていくことです。

 

 

 

相手の言動だけで相手を測るのは

自分の中の前提に相手を当てはめようとしていることになります。

 

 

相手を理解しようとするのは

面をひとつひとつ受け入れていくことです。

これは果てしない旅です。

そしていずれ受け入れられなくなると崩壊します。

 

 

そうではなくて

相手そのものを、ただ存在として受け入れるとは

 

 

相手はルービックキューブなんだな、と認識し

いろんな面が見えることを承知し

自分の思い通りにならない相手の面が見えることもある、と自覚し

そうなった時どうしよう、という恐れや不安を手放し

 

 

 

 

ただ、あるがままを受け入れる。

 

 

 

 

妄想は妄想で、楽しいものです。

悲劇のヒロインになりたい人もたくさんいるので

それはそれ、として楽しむのは全然ありなんですよ。

 

 

 

ただ、ある程度楽しんだらもう、手放していい。

 

 

 

この、脳内妄想劇場は

実はいろんなことに活用できます。

 

 

来週の合宿でも、その辺をバッチリとやりますので

参加する方は楽しみにしていてね♫

 

 

今日もありがとうございました。

 

 

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