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※土曜の夜、コラムをお楽しみください※


母の料理は美味しい。

だがしかし、母には「お母さんから引き継いだ味」というものはない。

母方の祖母はとにかく「ウルトラスーパーミラクルお嬢様」で、老舗旅館に三代続いて子供が産まれなかった後に誕生した、大事な大事な姫君だったため(乳母が3人ついていた)当時は家事全般一切興味がなかったそうだ。

だから祖父と結婚した後も、最初はあまりその生活に変化がなかったらしい。

母が学校から帰ってきても、祖母は自分の実家へ行ってしまっているからいつもいない。
待っていても帰って来ないので、お腹が空いておひつを開けてみると、ごはんが腐っていたことも一度や二度ではなかったらしい。

フタを開けるとプーンと匂うご飯の虚しさ。
仕方なく食べられるものを探すときのあのなんとも言えない気持ち。

祖母のご飯放置プレイは、母にかなりのトラウマを残した。しかし、一緒に育った筈の叔父にはトラウマなんてものは何も残っていなくて、結局母の中の確固たる『母親像』というものはこの時の勝手にイメージで作られたものなんだろうなと後々思った次第。

思い込みって怖いわぁー。

そんなわけで幼少時代の苦き思い出から、子供には美味しいものを食べさせたいという一心で編み出された母の料理は、お世辞抜きで美味しいものばかりだった。

出汁をとったりするような丁寧さはないけれど、どうしたら美味しくなるかを本能的に知っていて、一発で味を決められる人だった。

母から確実に受け継いでいるものの、どう足掻いても絶対的に叶わないなぁと思うのは、料理の勘である。

レシピを聞いても詳しい答えは返ってこない。

常に「なんとなく」で済ませる母の料理。

いちばん驚いたのは、私のカフェにも出していた角煮の作り方だ。作り方を聞いてメモして持ち帰っても、次に実家へ来た時にはもうレシピが変わっていた。いや、レシピどころか手法が全て変わっている。(前回は下茹でが欠かせないと言っていたのに、次はフライパンで焼き付ける方法に変わっていた…)それなのに味は変わらないのだから驚いたものだ。

それは私の心のアイドル(?)であるJAGUARさんのJAGUARカレーに通じるものがある。

そんな中、ある時私はふと気づいた。

母は、食材を見ただけで恐らく適切な処理がわかるのだと思う。それは野生的な勘なので本人には説明がつかないが、まさに天命みたいなもののひとつなのではなかろうか。

料理業界の隅っこに籍を置く私でさえも、自分のルーツがあることが料理を仕事にするときの大きな指針になっている。
それがまるでない状態で、あそこまで美味しいものが作れることが信じられない。

とんでもない偏食だった父も、いつの間にかいろんなものが食べられるようになったし、自らの舌だけで美味しいを判断して味を作り上げていった母を心底尊敬している。

だが、そんな母にも大きな弱点がある。

まず第1に、冷蔵庫の中身を確認しないで買い物をしてくる。
だからいつもジャガイモ3袋とか、使いかけ人参数個とか、原形を留めない謎の食材がゴロゴロ出てくる。

しかも父と二人暮らしなのに、家族用サイズの冷蔵庫が2台ある。確かに、自宅と父の事務所を兼ねているから来客用にお茶やコーヒーを冷やす必要があるとはいえ、冷蔵庫2台はどう考えても容量多すぎだろう。

そんな冷蔵庫の中は常に魔窟である。
この間謎のゼリーが大量に入っていたので何かと思ったら、次兄が庭で拾ったクワガタを育てていて、そのエサだった…
ゼリーと一緒にお歳暮のスモークサーモンが眠る大関家の冷蔵庫…

第2に、これは本当に余計なお世話なのだが、片付けながら料理をすることが一切できない。
まな板もボウルもザルも、出した食材もすりおろしかけのしょうがも調味料も、全てそのままである。

毎回毎回、恐ろしいほど散らかしたまま、ダイニングへ料理を運んで食事が始まるので、その後の片付けが尋常でなく大変になる。見ていて驚くほど散らかす。それはまるで料理初心者のような散らかし方なので、大丈夫なのか心配になるレベルだ。

そういえば、母も祖母ほどではないがお嬢様だった。

結局、母もお金には苦労せずに育ち、外で働くこともほとんどないまま父の元へ嫁ぎ、自分の世界では理想通りの母親になったものの、根底にはもしかしたら一番嫌がっていた祖母のお嬢の血が脈々と流れているのかも知れない。

余談だが、私がゲテモノ好きになった一環は、幼少期に祖母の料理を食べたことによるものだと推察される。そのくらい独創性に満ちた祖母の料理を好んだのは私1人だった。祖母のタケノコご飯の話をすると、未だにみんな首をかしげるのであった(笑)。

ああ、祖母のタケノコご飯が食べたいな。

天国のばあさまへ。
いつかそっちに行ったら思いっきり食べさせてください。