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古き良きものが好きです。
 
世の中には「流行の品」と「伝説の品」があります。
流行の品は意図的に人為的に造られたもの。数ヶ月、数週間、早ければ数日で忘れ去られてしまうもの。
 
人々は流行っているものが好き。一度は試したくなる心境があるのは私も同じです。
けれど、流行が終わると次、また次、と新しいものを追い続ける。時代遅れになったものは見向きもしない。そうやって忘れ去られてなくなっていったモノやお店をたくさん見てきました。
 
果たして一体それは何のためにあるの?
そこに無駄なお金をじゃぶじゃぶつぎ込んで、ダメなら捨てて新しく次へ行くという姿勢は、私はあまり好きではありません。
 
逆に、 何かの見えない力が働いたかのような、心を揺さぶられる「伝説の品」も存在します。
 
もう語る必要のないくらい有名なものたち。リーバイス501、ル・クルーゼのココット鍋、バーバリーのトレンチコートはもちろんのことから、まだ見知らぬアーティストたちが生み出す数々の作品たち。
そういったものたちに出会った時の感激はひとしお。言葉に尽くせない何か、自分の偏愛モードスイッチがパチンと入ります。
そうなるともう、誰が何と言おうがそれ!になります。
 
10年以上前にカフェでアルバイトをしていた時、コーヒーのハンドドリップが面白くなって、もっと学びたいなと思いました。
それ以前に嬉しいご縁のあったGLAUBELLの狩野さんのコーヒー教室へ行くと決め、サイトを覗いたところ、そこには信じられないくらい可愛いフォルムのドリッパーがありました。
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写真お借りしております。
 
今でこそいろんなところで見かけるようになったこのドーナツドリッパーですが、当時は製作者の中林さんが、カフェやコーヒー焙煎のお店を一軒一軒回って手売りをしていました。
(その中林さんも、伝説となったカフェの元オーナーなのです。この辺の話はまたいずれどこかで)
 
コーヒー業界というのは思っているよりも閉鎖的で、その頃ドリッパーといえば定番のものしかなかった。そこに個人の作ったものが参入し、風穴を開けたのです。すごいことだなぁと思います。
 
初めてコーヒー講座に参加したその日に買い求めたドリッパーは、今ももちろん現役。
コンセプトも好きだし、とにかく可愛い。コーヒーが染みて変色してきた木枠でさえ、使い込まれた歴史を刻んでいるようで愛おしい。
 
そんな風に、持つ人に気に入ってもらえて、時を経てますます愛着が生まれ、まるで自分の一部になったように思える、そんな視点でモノを集めていくと、自然と自分の世界は創られていく、そう思います。
 
 
流行に乗るのは一瞬の快楽。それはそれで楽しい。でも、生涯付き合っていくつもりで選ぶものはどれもみんな魂が込められている。それを得るのは他人に見せるためでなく、自分自身のために。その魂を自分のものにする快楽のほうが、よほど人生を豊かにしてくれます。
 
パトリスさんが2010年に日本を離れる時、いくつかの魂の込められた品を受け継ぎました。
それはもう何ものにも代えられない宝のひとつ。
 
 
心の奥底から満足できるものだけと付き合う、そう決めることもまた、言葉を超えた快楽を連れてきてくれます。
 
そんなモノに出会う瞬間はいつ訪れるかわからない。だから常にアンテナをピカピカに磨いて、毎日をルーチンにしないで生きていきたい、そう思うのです。
 
 
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