離婚への一手。② | 越楽回帰な越南生活

越楽回帰な越南生活

メコンデルタで2度目のチャレンジ!

嫁との別居生活を道理的におこなうため、

子供たちの教育を口実にし、日本とベトナムとを行き来することを思いつきました。

 

以前から嫁と子供を日本で勉強させることについて話をしており、子供たちを日本に住ませることは提案していて、

子供たちも前から日本で生活をしたがっていましたので、

思い立ったら吉日という感じで、とんとん拍子で引っ越しの準備を進めていきました。

僕も嫁もベトナムで仕事をしていますが、それぞれスケジュールをやりくりして自分都合に合わせることができたため、

日本とベトナムを一か月おきに行き来して、交代して子供の面倒をみることが可能です。

日本とベトナムとの移動費用が掛かりますが、

僕の分は会社に負担してもらい、嫁の分は子供手当を充てれば飛行機代が捻出できるので、

極端な負担増にもならないと推し考えました。

 

親に何かあれば手伝えるように、

実家近くのアパートの一室を借り、地域の小中学校に赴いて転入の手続きをし、

引っ越しを敢行、

嫁と入れ替わって沖縄で子供を育てていけば、

毎月数日ほどは、日本で嫁と一緒になる日はあるものの、

今後は、大半の日々を嫁と離れて生きていくことができると考えました。

 

日本生活ではこれまで以上にお金が掛かるものの、

心理的安全性を得られ、

当面は離婚も回避することができる、

また、もしかしたら嫁も日本にずっと住むことで、

人それぞれ考え方や正論が違うことを理解し、

結果的には、これまでのような極端な価値観を押し付けてくることが減っていくのではないかという期待もできる、

そのようなメリットが訪れると満足してたので、後悔はまったくなかったです。

 

ところがそのような別居生活を続けて1年後、

あっさりと離婚への舵切りがなされることになりました。

しかも頭おかしいような展開から始まって。