いやいや、まいった。
夜明け前まで働き詰めのパソコン仕事で、ようやく夢の中へ…と布団に吸い込まれたはずなのに、なにやら外がにぎやか。にぎやか、というよりもドッコンドッコンと金管楽器が叫んでいる。
しかもマーチングバンドである。
朝の7時にマーチングされても、こちらの心は行進どころじゃない。
窓を開けてみると、このホーチミン市中心部の路地が、封鎖され、葬儀中。
葬式である。
しかもテンション高めのバージョン。
21世紀も四半世紀が経とうというこの時代に、都市ど真ん中でバンド付きの見送りとは。
さすがに驚く。いや、驚くのも申し訳ない気がするが、でも眠たい。
ベトナム人はどうやら騒音に寛容らしい。
夜中のカラオケ、ズレた音程であっても「あぁ、がんばって歌ってるな」くらいのあたたかさで受け止める。
スマホから流れるYouTubeの音がスピーカーで拡散されても、「おお、今日はこれを皆で聴く日か」と思うのだろうか。
異文化である。それは、カルチャーショックである。
このまま家にいると五月蠅くて仕方がない。
なので友達を誘ってカフェに行く。
別の騒音、ベトナムでは他人の会話にもどかどかと遠慮なく割り込んでくる。
カフェで友人と話していると、いきなり「宝くじいらんかぁ!」と投げ込まれる声。
お前は誰だ。不愛想なばあさんが、宝くじを左手に握り、正面で会話を邪魔してくる。
横では別のおばちゃんから「落花生買うかぁ!」が飛んでくる。コーラスか。
心臓がバクっと跳ねたのは、先日ウズラ卵を売るおじさんの「買えー!」という声。声量、プロレスラー級である。
これが午前。
そして午後である。
バイクでイオンに夕食の材料でも買いに、と走っていたら、道に冥銭が落ちている。
周りは冥銭だらけ。
しかもその先、霊きゅう車が道を走っており、上に乗った人々が、冥銭をバラバラバラ~と空にばら撒いている。
バランスよく。芸術的に。…って、渋滞ですよ、こっちは。
道は狭く、トラックも屋台も老人も密集。いわば、スローモーション渋滞。
そして、その瞬間は訪れた。霊きゅう車の上から投下された冥銭の一枚が、ビシッと私の顔に命中。顔にあたったのは軽い紙だけれど、怒りのボルテージは重い。やがて、テンションは見事に氷点下。
ちなみに去年はタイニン省で、なんと本物の紙幣をばら撒く霊きゅう車を目撃。
きっと地元の名士である。「これはラッキー」とポケットに入れたくなるが、すぐに状況に気づいて「返却」。
一人納税スタイルである。
――そんな一日である。
騒音、冥銭、霊きゅう車。
文化として尊重すべきだという思いはあるが、都市生活の中ではやや交通に支障が…。いずれ、三途の川の渡し賃もQRコード化して、冥府の口座へスマート送金、なんて日が来るのだろう。紙を撒く必要もなく、渋滞もなし。
マーチングバンドはSpotifyで。
そんな未来、来るかもしれないし、来ないかもしれない。
いつもの、こんなとりとめのない日常であった。
