心の事を学ぶようになって

 

ある時

どこかで目にした

 

子供を愛せなくて悩んでいるお母さん

 

の文字

 

 

 

あー

ママはそうやったんやー

 

と、悲しみとか怒りとかはなく

 

ただ

えが見つかった電球

 

って感じで

すんなりと受け入れた

 

 

 

母が

それで悩んでいたのかどうかは

もう知りようがないけど

もしかしたら悩んでたのかも知れないと

思うところもあったり・・・

 

 

 

あしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあと

 

 

 

 

物心がついた頃から

母の愛情・・・

みたいなものは

ほとんど感じた事がなかった

 

 

そんな風に言語化できたのは

もっともっとあとで

 

幼いころは

 

愛情とかって言葉も知らないから

それがあるとかないとかもない

 

 

 

 

 

思い返すと

 

しょっちゅう怒られてたし

 

怒られてる理由がわからない事も

たくさんあるし

 

あれは完全にいじわるやん

って事もある

 

 

だから

幼稚園生だった頃

はしかになって

 

母に

「何食べたい?」

って聞かれた事とか

嬉しくてめっちゃ覚えてる

 

 

 

 

 

やっぱりね

大きくなるにつれ

そんな母が悲しかったんだと思う

 

 

あれは中学生だったか高校生になってたか?

 

 

まだ私が赤ちゃんの頃

 

母が奈良公園のベンチに座って

半分居眠りしながら

私を抱っこして授乳している

父が撮った写真があって

(当時は外で授乳も当たり前だったとか)

 

 

それを見ながら

 

ちゃーんと抱っこして貰ってるな~

 

と思って泣いた事がある

 

 

 

 

ただ

私が物心のつく前の話しを聞くと

普通に母の愛を感じるエピソードが

いくつかあるんだよね・・・

 

 

ママ、ゴメン

そこんとこ、忘れてたアセアセ

 

 

 

私は

基本、子供が好きではない

 

でも

まだ自我が育つ前の時期

赤ちゃんは可愛いと思える

 

母もそんな感じだったのかな?

 

 

 

あしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあと

 

 

 

厳しい母

 

しつけに厳しい

 

どっちも何か違う感じで

ずっとしっくり来てなかった

 

 

 

それが近年になって

見つけた

 

子供に愛情が持てない

 

って言葉に

 

ビンゴびっくりマーク

 

となったのだ

 

そう言う事だったのか・・・と

 

 

 

 

 

母が亡くなって30年程経ってて

 

心の事を学ぶようにもなってたし

 

「ママ、あれはないわー!」と

空に向かって文句を言ったりしながらも

 

 

愛情って

自然に湧いて来るものだから

持とうと思って持てるもんじゃないし

 

 

母の育った環境にも

そうなった原因があるのかもな・・・

思い当たる事もある

 

 

 

あとは・・・

 

母の愛は

子供にではなく

父に向いていたんだな・・・

って事も

母が亡くなって随分経ってから

わかった

 

 

 

 

それに

私が子供の年齢じゃなくなるにつれ

 

母の愛情も

ちゃんと感じられるようになったしね

 

 

 

 

そしてそして

 

 

父の事があったから

いつからか

 

私は

母を守らないと

 

みたいになって行った

 

下矢印 下矢印 下矢印

 

妖怪かわいそう 爆誕気づき

 

 

 

この本で

いろ~んなからくりがわかったのでした下矢印

 

 

何で私がこんなにも生き辛かったのかショボーン

 

派手にやらかす父だけのせいじゃなかったタラー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すず しゅう 珍しい組み合わせラブラブ

 

 

anprima

本間朋子