おかんです! 行ってきました~~ | 「あんぽんたん とら 」と 烈ママ日記

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   とら・・・、2020年8月16日 虹の橋のたもとに羽ばたいて行きました。2歳と10か月でした。
今頃トリオと合流してるでしょうね・・。とらやんのメモリアルと母さんのプーケットでの出来事を書いていこうと思います

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おかんです!
最近 行くたびに雨の心配でゆっくりとできなかったプーケットタウンのオールドタウン。
昨日 お友達と一緒に行ってきましたぁ~~。
お友達の晴れ女のおかげで とってもいい天気です。
着いたときはまだお昼には早すぎる時間だったため、人通りも少なく ゆっくりと散策できました。

このオールドタウンとは・・・・・
19世紀の初めのビルマからの攻撃で プーケットの人口は激減していました。
そして 19世紀半ばからシャム(今のタイ)は プーケットの錫を採掘、交易のために ペナンから中国移民を受け入れました。
何故なら その当時のプーケットは シャムにとって イギリスからの干渉を未然に防ぐために 重要な島であったのです。
だから プーケットはシャムにとってイギリスとの最前線の地域であり、いかにこの地域の主権を保持するかが課題でした。
そして中国移民の秘密結社に 貴族の称号を与え、酒やアヘンの徴税権を与え、自治を任したのです。
海峡植民地のやり方をしたのでした。

19世紀を通じ、プーケットの開発はこの移民たちで発展してきたのです。
当時シャム人(今のタイ人)の人口は極端に少なく、栄えていた北部の町 タランも荒廃。 代わりにペナン向けの錫の交易で栄えたタウンが 政治経済の中心地となりました。
この中国移民とは ペナン出身の福建人です。
そして このオールドタウンとは そのペナン出身福建人のエリートたちが豊富な財源をもとに 町の開発を手掛けたのでした。
オールドタウンのあたりを ペナンをモデルにした中国・ポルトガル様式の建物が並ぶようになったのです。

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ソンテウでタウンに着いて・・・・、とりあえずオールドタウンのいりぐちにあるカフェで 一休み~~


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こじゃれた かわいいお店でした。
古い 真空管のラジオや 足踏みミシンや 扇風機・・・。
一つ一つは古いのに 揃うと なんと おしゃれな感じに


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テーブルが足ふみミシンでした


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アイスラテとアイスモカ・・・・。
一息入れて 散策です


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このオールドタウンは電線が地中に埋まってますよ


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ペナンみたいに ここプーケットも「ウォールアート」が 所々で書かれていました


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これが女性の「ババ衣装」です
では「ババ」とは なんでしょう?
この答えをプーケットでは
「ポーチン・メータイ・プートパーサープーンムアン」といいます
(父は中国人・母はタイ人・土地の言葉を話す)
プーケットでの「ババ」は 中国人を父に持ち、タイ人の母で現地の言葉を話す子孫たちのことです


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この建物は特に古いらしく、プロのカメラマンが撮っていました


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おとうちゃんから頼まれたタイの国旗を探しに入ったお店
なんやら 民族的なものがいっぱいありました。
キンジェーの衣装やら タイ舞踊の衣装やら・・・。
そして ここに国旗がありました。
これで家の前に 日の丸とタイ国旗を双方で掲げられます


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ランチの場所を探しに ぶらぶらしてると・・・・
ウエディングフォトを 外人さんたちがしてました。
欧米人の町中フォトを撮ってるのを見るのは 珍しい。
中国では流行らしく ワットチャロンとかビーチで撮ってます


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ぶらぶらとランチ場所を探し・・・・・。
結局 オールドタウンをはずれ、人気のある「ル・カフェ」
ここ古いんですよね~~~。
久々に 観光客仕様で ランチ~~~~。
歩いていても タクシーやら ツアーやらに声をかけられて
ひと時の観光客気分で 楽しみました~~~