希望の詩 〜過去よりはるかにマシな現在〜 | 波立つ海に沈みゆく月 ~旧統一教会さよならブログ~

波立つ海に沈みゆく月 ~旧統一教会さよならブログ~

統一教会は、だいぶ前から衰退している。二世の未来は全体として明るくない。
これに最後に責任を持つのは、本人と社会だと思ふ。(しばらくブログの本説明文をいじります)

とりあえず、適当だけど、朝の心境を丁寧にメモするなり。以下は、取り留めない、本日のわたしの気持ちなり。


・・・


このブログでは、わたしのプライベートのことを、そんなに詳しく書くつもりはないのだが、時々わたしは、わかるようでわからないモヤっとした、わたくしごと記事を書いている。


その記事たちによれば、おやおや、うすワサビは、いったいリアルでどんな大変な生活を送っているのかという、周りの観衆たちの声が聴こえてくるのだが、それに反して私の心はいつになく至って冷静である。


その心理描写は、嵐の前の静けさ、ならぬ、嵐の中の静けさという感じである。


この言葉には多少の強がりと誇張も入っているが、わたしが言いたいことをより的確な言葉で、とある元カルト信者が、次のように表現してくれていた。



「棄教した生活の中での最も大変な日も、

カルト生活での最も幸福な日よりはマシである。」



大変名言なので、わたしはこれに完全御意、である。あまりに言葉がど真ん中の超剛速ストレート直球すぎて、わたしはこの言葉の表現に感動しつつ、その表現力に負けを認めて拍手を送りながら、自然屈服せざるを得ない。


とは言ってみるものの、実際は、過去の統一教会の生活に楽しい幸せなことは山ほどあった。振り返ってみれば、それらは確かに楽しかった良い思い出なのだが、今思うと、同時にそれはマヤカシでもあったなと思う。


当時の生活は自分の気持ちの慰めにはなったのだが、わたしの人生に大したことを生み出してはくれなかった。わたしは何と生産性の悪い生き方をしてきたのだろうか、という想いが、現在のわたしの本音である。


そういうわけで、今のわたしの生活の日々に嵐が吹こうが、はたまた一転して雲ひとつない穏やかな晴天になろうが、今のわたしにとっての今日一日は、過去のあの時のカルト生活の素晴らしい一日よりもはるかにマシなのである。そうした手応えが今のわたしの中にある。


以上、朝の心境を取り留めなくメモしてみた。


最後に、話は変わるが、本ブログは、今後もう少し、質の高いものにしたいという願望を持っている。良い記事を書きたいとは常々思っているのだが、今後も肩の力を抜いて、ゆっくり、のらりくらりと運営していく予定である。


では、皆のもの、今日も幸ある良き一日を送るのだー。爆笑爆笑爆笑


以下も、一日一善ならぬ、一日ワンクリックするのだー。

 

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