今は亡き師匠ですが、ある日ふとこう言ったことがありました。
「安い寿司から高級寿司まで、どちらも食べられる人間になれ」
その言葉の意味を、私は考えていました![]()
高級寿司を知った人は、いつのまにか高級なものだけを選ぶようになる。
安い寿司に慣れた人は、その世界の中だけで満足するようになる。
人は、自分が慣れた“波”の中で生きようとする。
けれど——
両方を知り、両方を味わい、どちらにも偏らずにいられる人はどうだろう。
にぎやかな回転寿司のざわめき。家族連れの笑い声。流れゆく皿の軽やかさ。
少し急ぎ足で流れていく時間。
一方で、
高級寿司店の静寂。
張りつめた、澄んだ空気。一貫に込められた研ぎ澄まされた氣。
そのどちらも、同じように受け取り、同じように味わう。そこには、広がりがあります。
物事を一方向から見るのではなく、いろいろな角度から感じ取れるということ![]()
光の側からも。影の側からも。
静からも。動からも。
そのとき初めて、氣は立体になる。
どの波の中にいても、のみ込まれず、拒まず、ただ中心に立ちながら氣を読む。
