私たちは毎日、たくさんの人と出会います。

なぜか一緒にいると元気になる人。
反対に、何も起きていないのに、会った後どっと疲れることもある。

それは「気のせい」でしょうかはてなマーク
私たちがもともと持っている感覚なのかもしれません。

私は、気功を通して感じてきました。
人は、目に見えない“氣”を運んでくる存在なのだと。

言葉よりも先に、その人の感情や思考、体の状態は場に広がります。

不安を抱えている人が入ってくると、空気が少しざわつく。
安心している人がいると、場がふっとゆるむ。

ときには、重たい氣を感じることもあります。
だからこそ、人と関わることに疲れてしまう日もあるでしょう。

けれど同じように、あたたかい氣や、思いがけない良い運を運んでくるのも、また人なのだと私は感じています乙女のトキメキ

人は負担になる存在であると同時に、光を届ける存在でもある。

どちらか一方ではなく、そのときどきの状態を運びながら、私たちは出会っています。

セッションのときも同じです。

扉を開けた瞬間に、その日の氣の質を感じることがあります。

重たい、というよりも、流れが少し滞っているような感覚。

けれど、氣は固定されたものではありません。
氣を流し整い始めると、場の空気そのものがやわらいでいきます。

声のトーンが変わり、表情が変わり、呼吸が深くなり、空間が静かに明るくなる。
その変化を、私は何度も見てきました。

ここで大切なのは、氣は流れ、また巡ります。
とどまり続けるものではありません。

私たちは知らないうちに、誰かに何かを手渡しています。

それは言葉かもしれないし、まなざしかもしれないし、ただそこにいるという存在そのものかもしれません。

もし今、人と関わることに少し疲れているのならそれも自然なこと。

けれどー--
誰かのやさしい氣に救われる日も、きっとありますラブラブ

「良い」「悪い」と決めないで、その人がその人として、今そこにある状態をただ感じてみる。

 

あなたは今日、どんな氣を運んでいますか。

そして、どんな氣を受け取っていますか。

少しだけ意識してみると、日常はまた違って見えてくるかもしれません。

ほんの少しだけ、呼吸を深くして、感じてみて下さい。



今日も最高の一日を音譜