出会った頃みたいに、時間を気にせずいられたなら、もしかしたら終電なんか関係なく、気が済むまで君と一緒にいただろうな、なんてことを思った。




覚えてるかな、前に行った『月』の帰り。店を出た後に東口のベンチに座ってしばらく話をしたこと。

そう、僕がいいなと思う食べ物とか遊びとか場所とか店とか空間とか風景とか。

そういうものがあって、それを君に教えてあげて、出来ることなら一緒に楽しみたい。僕の思いはいつもシンプル。

首都高が目の前にある無機質な東口の風景は、僕にとっての原風景であり大切な場所でさ。その場所で君と無機質ではない空間を共有した。君にとっては他愛もないことだっただろうけど、僕にとってはとても大切な時間だった。




もし、今日という時間がもっとあるならば、もっと楽しむ時間があるとすれば。

君としたいことは。

セックスではない気がする。

僕が好きなものや好きなことを、僕が好きな人と楽しみたい。やっぱり今日も、いや、今日だからこそ余計にそう思った。もし、時間があるとすれば、ね。



帰り道、君はやっぱり走り出した。僕も一緒に走る。鬼ごっこだな。どっちが鬼なのか分からない鬼ごっこ。それが終わると靴を飛ばす。

君は酔って覚えてないかもしれない。だけど酔ってたからこそ、意識よりやや深いところの気持ちや行動って出るんじゃないかって気がする。つまり、君もシンプルに楽しみたかったんじゃないかな。

ここは、(昔みたいに)家の近所じゃないんだぜ、いい加減にしろよ、とか思いながら、楽しくて仕方がなかった。

ところ構わず靴飛ばしをやろうとする君の手を掴んだ。僕ももちろん酔っぱらっていたけど、酒が少し抜けていくようだった。君の手がひんやりと冷たい。指先の冷たさはなぜか僕の身体を暖めている。

そんなことはお構いなしに君は飛ばし続ける。僕は君の両腕を掴み、目の前に立った。言うこと聞かないヤツはお姫さま抱っこしかない。君も拒否しないだろう。

だけど、抱っこするには人通りが多すぎるな。いや、むしろ人通りが多くてよかったのかもしれない。こういうときのおてんば娘は可愛すぎる。大げさでもなんでもなく、このまま君をどこかへ連れ去りたくなるからさ。

(つづく)
時折うつむきながら、君は僕の方を見つめている。

ただ君は本当の意味で愛されたいんだと思う。独りよがりではない、優しさに溢れた愛情を注いであげなきゃ、綺麗な花だって枯れてしまう。


僕の愛情だって本物じゃないかもしれない。

だけどそれでも。

一時的にでも。

胸いっぱいの愛で君を満たせないだろうか、なんてことを考えたから、君を抱き寄せたくなったんだと思う。



だけど、ギリギリのところでその衝動は抑えられた。僕の愛情だって十分独りよがりだから。何よりも君は僕が愛を注ぐことなんて望んじゃいない。

嘘ではないけど、君を抱き寄せられなかった弁解の台詞だな。



『このあとどうする?』って僕は聞いてみた。『いかがわしいトコには行きませんよ』と君が切り返す。

2人とも一瞬だけど、このあと2人っきりになれる場所をイメージしたんだと思う。そして言葉で遊ぶ。久しぶりだな、この感覚は。

変わらず君は濡れた目をしてたから、『そんな目をしてんのは反則だよ』と思いながら、僕もまた時折君を見つめながら、そして視線を外して煙草に火をつけた。


ワインはなくなりかけてた。立ち上がった君は、酔っぱらってます、と言う。僕も立ち上がってみると案外酔っている感じ。店に入ったときより、君との距離が近づいていることに気づいた。入ったときが遠かったわけじゃないけど、近づいている。抱き寄せようと思えばいつでも抱き寄せられる距離にいて、触れようと思えば触れられるほど近くに君がいて、誰にもじゃまされることなく、少し弛緩した時間が流れている。永遠に続くわけではないことは痛いほど解っているけれど、この時間がいつまでも続けばいいのになと思った。

(つづく)
横浜で時間つぶしている間、お店選びはどぉしよー、ってずっと考えていた。ウソ。大半は具合悪くてうなだれてた。

君と行ったことない店はもうほとんどない。新規開拓もしてない。てか新規開拓は君としたいし。ってことで、いくつか考えていた店を回り、人通りの少ない方へ歩く。君のナンパの話を聞きながらね。ナンパされるくらいだから今すぐ焦って結婚しなくたって大丈夫だよ、というセリフが浮かんだけど、それを言うのは止めておいた。店到着。予約しないと入れないような店じゃないんだけどな、案外混んでる。通された席はどうだったかな。誰にもジャマされずに話ができるという意味で、ギリギリセーフかな、僕的には。

メニューを見る。なんとなく、なんとなくだけど、君が食べたいメニューって分かる。僕とかぶってるというか。豚角煮とから揚げ、ハムのマリネ。オシャレな名前とか見た目に惑わされないんだよな、二人とも(笑)


ビールからワインに変わるあたりで、仕事の話から君と彼との話をした気がする。ワイン飲みながら仕事の話はしたくないしな。

何度か話したこともまた話したかな。今の君の気持ちも聞いた。僕が君の彼氏なら、結婚は絶対やめさせるし、そもそもこんな状況にはなっていないと思う。だから今の君が置かれている状況は歯痒くて仕方ない。だけど残念ながら、僕は君の彼じゃないから、君の結婚をやめさせる権利はない。止めたほうがベターかもしれない、ってことはもう何度も言ったよね。だからもう今日はしつこく説得する気はさらさらなかった。


たださ、結婚が止められないのであれば、君には絶対に幸せになってもらいたい。僕にとっては昔も今も君は大切な女性だしさ。僕は、そんな今の気持ちをできるだけ丁寧に、できるだけ正確に伝えた。



君は何も言わず、笑わずに真っ直ぐに僕のほうを見つめている。ほんの少しだけ、君の目に光るものが見えた気がした。



下心とかではなく、本気で君を抱き寄せたい衝動に駆られた。

(つづく)
いつもの待ち合わせ場所に到着して、柱に背をもたれ改札の方に目をやる。心臓がドキっと強くて大きい音を立てる。まだ君は現れていない。君のことを意識すると実は未だにドキドキして、少しだけ緊張する。仕事だとリラックスしているけど、今日みたいなプライベートな時間に会うのは、かるいデートみたいな気分だから、慣れていないことはないけど、それでもやっぱり会うまでの緊張はなくならないな。君をはっきり一人の女性として意識してしまうんだろうな。服だって、君は仕事の時とはちがうコンセプトで、ある程度は時間かけて選んできているはずだしね。

心拍数が少し落ち着いたときに右を振り返ると君が立っていた。落ち着いた心拍数は逆戻り。でもそれも仕方ない。白でもピンクでもない、黒のダウンに黒のニット(に見えた)と、スカートは今年の流行の花柄。僕の好みだ。いや、僕の好みなんてどうでもいいけど、今まで何回も君と会ってるけど、今日はベストに近い。すごくかわいい。




君とはじめて会ったときのことを思い出した。




仕事服を数回、合宿のラフな普段着しか知らなかった僕は、待ち合わせをした駅の改札から僕の方へ歩いてくる、少し背の低い可愛らしい女性を見て、これから二人で一緒に歩いて、二人っきりでお酒を飲むことを誰かに自慢したい気分になった。そしてそれは、プライベートで君と会うときは、僕が昔からずっと変わらず持ち続けている気持ちでもある。可愛い君に負けないように、というか、不釣り合いにならないように、僕も僕なりに考えて服を選んでいたし、今も選んでいる。




でも、今日の君の可愛さと服選びには参ったな。不釣り合いだとは思わないけど、もう少し気合い入れて選べばよかったかな、って少し後悔した。

また君と服買いに行きたいな、とか。買い物帰りに美味しいスイーツ食べたりとか。まだやってないことがたくさんある、とか。でももう君とそうやって日常的に遊ぶことは二度とないだろう、という大げさな思いに駆られてた。




さっきまでの具合の悪さは、いつの間にかまったく感じなくなっていた。

(つづく)
今夜会おうってメールしたのは2日前だった。メールした時点でも僕が空けられるか、はっきりしてなかったんだ。この日に会えそうって話は前々からしてたけど、結局ほんとに会えるのかどうかは当日まで曖昧なまま。だから君がすでに予定入れてたりして、会えなくても仕方ないなぁって。現在腐り中の君が(笑)わざわざ出てくるかも怪しいし。だから、なんか最初から諦めていた感はあったな。いや、諦めていたというか、ふだんと違って案外冷静だったというか。今日ダメでも、まだ会える日はあるだろうという根拠のない確信。


お目当てのライヴを見終わって少し迷った。このまま別のライヴを見に行こうかどうか。君からはまだ連絡がないしな。一応電話してみる…のはルール違反だな。しょーがない。しばらく時間つぶしするか。せっかくここまで来たんだし、オシャレなカフェにてお茶。一人だと絵にならないな。


渋谷に着いたときに、やっぱり電話してしまった。ルール違反するぐらいだから、やっぱり今日君に会いたがっているんだな。よく分からない。とにかく君の状況を知りたかったことはたしか。


しばらくして君から返信が来た。『ごめんなさい!』的なメールだろうと、タカをくくる僕。




えっ!?




会うの!?
てか会えんの!?
てか1時間遅れんの!?



電車乗っちまったしー。
しかも特急だしー。
寒くて具合悪いしー。





ということで、横浜で再度カフェで時間つぶし。寒気がして身体がブルブル震えるので、ミルクティーで暖まろうとするけど、効き目ないな。テンションがまったく上がらない。君と会うのが楽しみじゃないのかなぁと、少し思った。いや、ちがう。君が一時間遅れでも会おうとしてくれてるのに、具合が悪くなっている僕のこの体たらくは何なんだ、体調管理もできないなんて社会人として失格だな、と思うとテンションが上がらないのだ。タイミング悪く具合悪くなるのは、うさぎさんだけで十分だ(笑)




待ち合わせの前にコンビニ寄って、風邪に効きそうなドリンク飲んでおく。少しでも快復するといいんだけどなぁ…。


具合の事を気にする必要はなかったことに、このときの僕は気づいてなかった。

(つづく)
会った日のことの話がなかなか書けないので、もう一つ別の話。君が離職届を出したときのこと。


社長の話の中で、僕の話になったらしく。



僕自身の周りからの評価や、君との関係、また今こうして一緒に働いている理由は、きっと誤解されていたんだろうな。まぁ誤解されても仕方ないような事もなくはなかったし。温水ほどではないにせよ(笑)


僕は、自分が上司から評価されたいと思って仕事を頑張るわけではないし、また、君との関係をどう思われようと、覚悟はしているつもりだった。もちろんね、僕と君の噂が君にとって不利になるような噂なら消しにかかるけど、少なくとも僕一人が何て言われようが、それはどうでもよかった。


少なくとも今年度の君との仕事は、私情は一切挟んでいないつもり。まぁ一緒に働いたのがオバサン同僚だったなら、退社時間は間違いなく早くなったぐらい、かな(笑)





話を戻そう。社長との話で、君は僕のことを正当に評価してくれたみたい。過小評価でも過大評価でもなく、正当に伝えてくれた。


他人から認められなくてもいい、と言ってても、認められれば当然嬉しいわけでさ。誰よりも君がそれを認めて、彼に言ってくれたことで、僕が今年一年やってきたことが報われたというか、ギリギリのところで保っていたプライドをまたキープすることができた。



本当にありがとう。
仕事最終日に飲みに行こうかって話はしていたけど、遅くなったし、最終日まで上司にテンションを下げられて(笑)結局飲みには行かなかったんだよね。


そのときに君が何気なく言っていた2つのことが今でも僕の記憶に残っている。

一つは、『○○(僕の名前)と飲む機会は貴重だから』という台詞。

たしかに今の僕は、気が向いたときにその場のノリで気軽に行けないからさ、そういう意味では貴重だ。君がそういう意味で貴重だと言ったのかどうかは分からないけどね。

僕と飲むのが貴重な時間だ、という意味で言ったんじゃないかなって僕は勝手に考えたんだけど(笑)前向きすぎる考えかな。


その日は、別の同僚からも飲みの誘いが入ったんだよね。覚えてるかな。結局、遠いって理由でそっちも断ったみたいだけど、同僚と飲みに行かれるぐらいならと、僕もしつこく誘い直していた(笑)。すべてはタイミングです、って君は僕に言ってあっさり断った。タイミングって言われれば引き下がるしかない。タイミングの重要さは分かってるつもりだから。



その後、君は言った。今日僕と飲むと泣いてしまいそうだって。泣けばいいじゃん。って思う。少なくとも僕は君のそういう感情もぜーんぶ受け止めてきたつもりだし、これからもそうありたいからさ。君は人前で泣くのはイヤかもしれないけど。


君が僕といると、今日は泣くかもしれない、というのは、僕にとっては嬉しいことだった。もちろん、泣く機会なんてないに越したことはないけどね。
今腐っている、と君は言う。それは、夕方近くまで寝たり、起きてても特にやることがないから、ということなんだろう。



これから先の君のこと。流れは決まっているんだけど、何一つ決まっていないとも言えるし、君の将来は(君自身ではなく)彼によって決められようとしている。彼が決める未来が、君にとってとてつもなく不安に感じる未来なんだろう。


そんな未来のことを考えて、不安な気持ちが君の心を支配してのかな、という気がする。



もし、そうだとすれば。
その未来を改善するしか不安を取り除く方法はないな。取り除くのは彼ではなく自分自身。



あるいは、不安よりも大きな希望を見い出すこと。希望って言っても、彼の年収がさらに上がるとか、彼の性格が君好みに変身するとか(笑)そういうことは希望ではない。


希望とは、君自身が充実した生活や時間を送ろうとした時にはじめて発生する。


難しい言い方かな(笑)


簡単に言えば、仕事をすることだと思う。



結婚が決まってからも、君がなんとかまともな精神状態でいられたのは、仕事をしていたからで。


充実した仕事は、時に不安を忘れさせてくれる。また、仕事はその人に希望を発生させる。



来年の仕事のことを考えているときの君は生き生きしていた。それは隠しようのない真実だろ?



もちろんさ、来年のこと考えても無駄だったから最終的には少し虚しさが残ったんだけどさ(笑)







今、君にはまさに腐るほど(笑)時間がある。自分の最優先事項を、もう一度自分の魂に聞いてみればいい。君は魂にウソはつけないはずだから。













説教臭くてごめんね。
彼が君に言った言葉。
僕はどうしても許せない。


その言葉は、君をずっと愛し続けて守っていくという彼の自信ではなく、君の今の状況や気持ちを無視した単なる傲慢さから出てきている。だから許せない。














結婚するってことは、そいつの良いところ悪いところ、つまり、結婚することで発生する、ありとあらゆるリスクとコストを引き受ける意志を持つってことだ。


残念ながら、彼が君にかけた言葉は、真逆の言葉にしか聞こえない。












僕だって、君に何かしてあげられるわけではないけどさ。もう少し優しい言葉をかけてあげられる。












早く会いたい。
にでもなった気分だ(笑)


つながらないだろうとは分かっちゃいても、やっぱり電話してしまうのが人情ってモン(笑)





でも、君と仕事する前の数ヶ月もこんな感じだったな。元に戻っただけか。












そんなのイヤだー(笑)