読んだ、私は読んだのだ。 | 人生をピンセットでつまむ

読んだ、私は読んだのだ。

京極夏彦の『姑獲鳥の夏』 を読んだ。
以前観たDVDに同作者原作の『魍魎の匣』の予告編が入っており、
興味が惹かれ、まずは原作をと探してみたらば、
どやらシリーズ物らしく、順に読む事が推奨されていたので、
その通りに従いまずは一作目を読んでみたのです。
しかし、本が届いて思ったのだが分厚い。
読書スピードが遅い私はちょっとドキリとした。
これ・・・いつ読み終わるのだろう・・・
などと思いながらも気合を入れて読み始めた。

あらすじは、関口巽が友人の中禅寺秋彦が営む古本屋『京極堂』を訪れる。
そんな京極堂(中禅寺はそうもっぱら屋号で呼ばれている)
は副業で『憑物落とし』も行っていた。
関口は最近耳にした久遠寺家の怪奇な出来事に興味を惹かれ、
この京極堂ならばその謎を解けるのではないかと話を持ち掛ける。
「二十箇月もの間子供を身籠っていることができると思うか?」
そう問うた関口に京極堂はあっさりと答える。
「この世には不思議なことなど何もないのだよ」
こうしてこの謎を解くべく関口は久遠寺家へと関わって行く。
果たしてこれは神か悪魔の仕業なのだろうか。

みたいな話だった。
この作品の登場人物(主に謎を解く側)は、
キャラクターが個性的で非常に魅力がある。
京極堂は古本屋の店主であり、神社の宮司であり、憑物落としの拝み屋。
関口巽は物書きであり、粘菌の研究を過去に行っていた。
また学生時代は鬱病を患っており、対人恐怖症で常に精神が不安定。
なのに何故か既婚者。
榎木津礼二郎は学問、武道、芸術は勿論、喧嘩色事に至るまで、
やること為すこと人並み外れて優秀で、家柄もよく、
学生時代は榎木津に適う者は誰もいなかった。
現在は探偵をしている。
木場修太郎は刑事で榎木津の幼馴染。
関口とは戦時中同じ部隊だった。
時に職業的規範から逸脱し暴走する事がある。
中禅寺敦子は京極堂の妹であり、雑誌記者。
京極堂とは正反対の活動的な娘であり、凛とした美人。
と、言った様な面々が時にぶつかり合い謎を解いて行く。
この話は読み進むのに前半かなり苦戦したが、
中盤辺りからのめり込む様に読み、
気づけば最後まで読んでいた。
また、難しい漢字が多様されている為、
読み方や、意味を調べるのにやや時間を費やした。
結果、労力を要したが、かなり楽しむ事が出来る作品だった。
これで京極夏彦にかなり興味が惹かれた。
ので、このシリーズをこれから読んで行きたいと思う。
続けてこの作品のDVDも観たが、
あれは原作を読んでいないと分かり辛いのではないだろうか?
などと思って観た。
いや~でもいつも思うがやっぱ読書って面白い。
今後もワシワシと読書をして行こうと思った。
摂氏0度の夜。