部屋 | 人生をピンセットでつまむ

部屋

男はいつもセックスをしていた。

今日もまたそうだ。


私はいつもの様に男のアパートを訪れ、

鍵が開きっぱなしのドアノブを回す。

カチャリと乾いた音を立てドアは開き、

その向こうで繰り広げられている行為を感じることが出来た。

匂い、湿度、きしみ、喘ぎ・・・

開かれたドアの向こうから外へと流れる空気に乗り、

それらが私の頬をかすめ外界へと漏れ消えた。

靴を脱ぎ真っ直ぐ伸びた廊下を歩き、

男の寝室の反対にあるキッチンに入る。

私は冷蔵庫を開け麦茶を取り出し、

グラスに注ぎ一杯飲み干した。

昨日の深酒のせいか喉を通る麦茶が細胞の隅々まで染み渡り、

お陰で脳にスイッチが入った気がする。


パチン ON。


空になったグラスにもう一杯注ぎ、

ベルベットパンツのポケットからタバコを取り出し火をつけた。

シュボっと音をたてオレンジ色の火が揺らめき、

それにくわえたタバコを近づけ火をつける。

キッチンの椅子に座り虚空に煙を吐き出した。

ぐるぐると回転した煙はやがてゆらゆらと空を漂った後、

どこかへと吸い込まれる様に消えて行った。

一口麦茶を飲む。

向かいの部屋から熱を帯びた性交を感じる。

そんな部屋の扉を椅子に座り眺めながら、

タバコをくゆらせる。

携帯が鳴った。

ポケットから取り出しやや神経質に耳と口に寄せる。

用件は数分で済む。

いつもそうだ。


私は立ち上がり残りの麦茶を飲み干し、

グラスをシンクの中に置き、男の部屋の前へと進んだ。

木製の扉を二つ叩き、扉に付いたすりガラス窓がガタガタと揺れる。

「おい、時間だ」

そう扉の向こうへ告げた。

男が裸で扉を開け分かったよと言った諦めの表情で出てくる。
その裸は均整のとれた姿態だ。

やがて男はボロボロのジーンズに、

よく着込まれたブルーのダブルのライダースに着替え現れた。

「じゃあ行くか」

男がそう言い、私が乗ってきた白のワンダーシビックに二人乗り込み、

目的の場所へと向かった。

その向かう車中言葉を交わさなかった。

これもいつもの事だ。

私達はお互いの事に興味は持たず聞く事もない。

沈黙の車中にはFM NACK5が流れ、

パーソナリティーが最近起こった面白エピソードらしき話を語り、

それから曲を流す。

レディオヘッドの『パックト・ライク・サーディンズ・イン・ア・クラッシュト・ティン・ボックス』とパーソナリティーが告げる。

金属を叩いた様な電子音が車内を包む。

そうして目的の場所へと辿り着く。

そこは8階建て程のマンションがそびえ立っていた。

音大が近いらしく数部屋が防音らしい。

私達は車から降り、そのマンションを眺めた。

そこで男はアパート以来初めて口を開く。

それもいつもの決まった行動だ。

私達はもう6年、いや7年こうして数々の仕事をこなして来た。

「今日はどんな奴をやるんだ?」

そう男がいつものセリフを言う。

だから私はいつものように答える。

「俺達の知った事じゃないよ」

「だな」

私達は事前に渡されていた鍵でエントランスの自動ドアを開け、

エレベーターに乗り込み4階のボタンを押した。

無機質な鉄の塊は静かに上へと向かう。

チ~ンと言う到着音の後、廊下を進み407号室を目指した。

細心の注意を払い鍵を差込み回す。

カチャリッと静かな音を立て鍵は開き、

私は扉を開ける。

暗闇の中に真っ直ぐな廊下が見える。

私達はその闇へと進み、部屋を順番に回る。

しかし、どの部屋もガランとして物が置いてある様子がない。

いや、人の住んでいる気配が無い。

そして最後に残された部屋へと進む。

そこも何も置かれていない借りられる前の様な部屋だった。

「何だよこれ?」

男は不信感をあらわにした声で私に向かって言った。

私はその時、胸元から銃を取り出し、

男に狙いを定めた。

男は「あぁ」と全てを理解した声を上げ私を暗闇から見つめた。


パン!パン! パン!


と、防音が利いた部屋にその銃声が吸い込まれて行き、

ドサリと男が倒れる音がその部屋に響いた。

私はポケットから携帯を取り出し、

先ほどの着信にリダイアルをした。

「終わりました」

「そうか」

それだけ告げ電話は切れた。

私はその場に座り込み、

まだ暖かいであろう男の死骸を暗闇を凝視し眺めた。

その暗さながら男の表情は微笑んでいる様にも思えた。

男のまだ消えぬ体温が空気を伝って私は感じる事が出来た。

男は時間をかけこの暗い部屋で冷えて行くだろう。

私の頬からは生暖かい雫が零れ床に落ちた。

ポタリ・・・ポタリ・・・

と、零れる音もまたその部屋の壁に吸い込まれた。

暗闇の中で泣いている私がいる。

そして、その私を助けてくれる者は誰もいない。

そうして私はまた孤独になった。


パチン OFF。


いつもと変わらない時が私の中にまた流れ出した。