鏡
部屋をのドアを開けると、
私の椅子に頭から皮袋を被った男が座っていた。
グレーのスーツ姿だがネクタイはしておらず、
第一ボタンは開け放たれていた。
天井から吊るされた裸電球がこうこうと部屋を照らし、
その皮袋の男をいっそう妖しく佇ませた。
私はテーブルから静かにタバコを手に取り、
火を点け紫煙をくゆらせた。
肺に沁み込ませるようにゆっくりじっくりそれを吸い、
味わった後、長いため息の様にそれを吐き出した。
まだ二人の間に会話はない。
皮袋の男は身じろぎひとつせず、
開いた二つの穴から虚空を眺めるばかりだ。
私はその様をじっくり眺め、
もう一口タバコを吸い込だ。
ちりちりとタバコが燃える音が静かにその部屋に響く。
「お前はいったい誰だ?」
そう問いかけてはみたが案の定返事はない。
男はその先にある世界をただ凝視している。
私はくわえタバコのまま洗面所へと向かった。
じゃばじゃばと洗面所の蛇口から水が流れ、
排水溝へと飲み込まれていた。
あの暗闇の穴に水は消え行く。
その様子から目を離し、私は洗面所の鏡を眺めた。
そこには人が映っている。
目、鼻、口、眉、耳、髪、髭、顎、首、鎖骨、肩、喉仏、汚れた歯。
粘つき糸を引いた歯が、口が、笑っている。
「お前は誰だ?」
笑った口がもごもご動いた。
それはこう言っていた。
「お前は俺だ」
じゃばじゃばと流れる水音が遠のいて行くのを感じ、
私は目を閉じた。
眩暈。
暗闇がするすると回転しその中で呟く。
「私は・・・誰だ」