過去物語 Ver 6 第1章 笑顔が消えた⑥ | 今の気持ちを綴ったブログVer 2.0

今の気持ちを綴ったブログVer 2.0

自分の心と向き合って言葉を詩に乗せて紡いでいきます

1991年8月末。
僕の転校の準備が進められていた。
思えば、5月31日以降全く学校に行っておらず、しかもこれが初めての転校だった為、期待と不安な気持ちが入り混じり、複雑な心境だった。

僕にとって学校は、母の影響もあり『勉強する為の場所』というのが根付いていたが、この施設で心の安らぎが全く無い為、安らぎを求めていた気がする。

…しかし。そんな期待を打ち砕かれるのに、時間は掛から無かった。

1991年9月。
小4の二学期が始まり、施設の近くにある小学校へ転入した僕はまず、授業の遅れっぷりに吃驚した。
僕が、5月まで居た家の近くの小学校でやった内容が終わって無いのである。

理由は、そのクラスが荒れていたから。
施設から通う者が多く、彼らは普段施設で上級生の命令やシスター、先生共の暴力でストレスを溜め込み、それをクラスで、不良グループを結成し、リーダーとして好き放題やる事で発散していたように思う。

僕も勿論お誘い頂いた。即答で断ったけれど、その後も同じ境遇って事なのか、何かと話し相手になろうとしてくれていた。
施設では同じ部屋では無かった。

彼の発散させる方法は間違っていると思えど、気持ちは良く分かる…。
気付けば、僕の周りには施設に居るメンバーしか居ないという状況になっていた。

…そう。それ以外のみんなからは、施設に居る故に、陰口で叩かれる事になっていたのだ。
中には、その流れに便乗して
椅子に画鋲を置いたり
休み時間にトイレに行ってる間にノートをゴミ箱に捨てたり
する者まで居た。

施設で、上級生や大人共の理不尽を嫌という程見てきた僕にとっては、その程度の事では何とも思わなくなったものの余りに続くので、担任の先生に相談しその彼の家に行き、彼の母親に言う事にした。

前の学校でもイジメはあったし、その時も母と先生に相談して、相手の親に言ってもらう。
それで解決してきたし、一番ベストな選択だと思ったから。

実際、この時もイジメ(今考えればまだ軽い物だが)はそれをキッカケに収まった。だけど、陰口は続くし、決して落ち着ける雰囲気では無かった。

―――――――――――――――
(以下、追記です)
この当時から、僕は常に相手を警戒したような眼差しで見るようになった、
とつい最近まで言われ続けました。

それにしても、今はどうか知りませんが、この頃はまだ、差別が日常的に起こっていた時代で、後で聞くと僕と同じ部屋に居た人は、中学生も高校生も学校では、無視されたり、差別されたりしていたと言います。

同じ子どもである筈なのに、
こんな差別が罷り通る、
この事が、やがて『東京大学』への拘りになるんですよね…。


拍手を送る
↑ 
記事に何かを感じて下さった方は応援のクリックをお願い致します。


↑ 
ブログランキングにも参加しています。
クリックして頂けると嬉しいです。
携帯の方は此方から

人気ブログランキングへ