過去物語 Ver 5 第1章 笑顔が消えた⑤ | 今の気持ちを綴ったブログVer 2.0

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自分の心と向き合って言葉を詩に乗せて紡いでいきます

1991年8月24日の昼。
僕は、車に乗せられ新たな施設へとたどり着いた。
その施設は、キリスト教関連の施設だった為、前に居た施設側の方も安心していたのだろう…。と今にしてみれば思う。

しかし、実体はそこに居る子ども達は、シスター共のストレス発散の道具に過ぎない。

到着すると雰囲気は良かった。
と言うより、本格的に母と離れたような気がして、細かい雰囲気まで気を配るような余裕は無かったのが本音です。

其処では、一室を6人で使用し勉強机が6台あり、それとは別に布団を敷く畳の間は6畳ほどの広さある。
四六時中同じ部屋の人とは顔を合わせる事となるが、高校生を筆頭に中学生、そして僕ら小学生、更に幼児と年齢がバラバラなので、
意見交換しながらの話し合いなんて成り立たず、高校生の命令に服従するしか無い環境だった。

到着したその日に、いきなりグラウンドの草刈りがあった。
精神的に落ち込んでいた時期だった事と、其処までが距離が離れていた事とで車酔い気味だった僕は、正直すぐにでも寝たい気分だったのに、それで一層疲れが増す。

そして、草を刈った量を先生やシスターが見渡す…。
勿の論で僕が一番少なく、
「手抜きするな!」と顔面を5発殴られた。

この時、
他人に殴られた事に対する怒りと、暴力でしか言葉が言えない此処の大人共に対する失望感とで頭が真っ白になった。

母に殴られた事はあり、それは僕が悪いし何より親に怒られるのは分かる。
しかし、何故他人に言われなければならないのだ?
…と。

そして僕は、この瞬間から笑顔を完全に封印して、ただひたすらに脱走する計画を練り始めたのでした。

僕の部屋を担当していたシスターは特に怖がられていて、部屋に居た他の子ども(って言っても3人は僕より年上なのですが)は、怒らせまいとひたすらゴマすっていた。

また、彼らはもう何年もそういう生活を続けている為、基本的な考え方が僕とは違っていて、仲良くなる事さえ出来無いような雰囲気が漂っていた。

そのせいか…
僕は、そのシスターのみならず、同じ部屋の人達にも睨まれる存在だった。

―――――――――――――――
(以下、追記です)
あの地へと辿り着いた僕を待っていたのは、甘えが許されない世界でした。

これから、もがき続ける日々は始まる訳ですが、心理的に苦しく、この当時はよく胃を壊していた物です(病院とかは勿論行ける訳も無い)。
因みに、これ以降の僕は胃が弱く、大学受験間近の時や公認会計士の論文試験前など極度に緊張した時にも胃を痛めるようになりました。


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