過去物語 Ver 4 第1章 笑顔が消えた④ | 今の気持ちを綴ったブログVer 2.0

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自分の心と向き合って言葉を詩に乗せて紡いでいきます

1991年7月22日
児童福祉施設に入って1ヶ月が過ぎた。

僕は、不安を抱えながら母を待つ。そんな生活が続き、仲間とは打ち解けているのだけど、入れ替わりが激しく、しかも次の施設(いわゆる児童施設)に行かされる者も次々と見ていて、心の中では
『何時自分がそうなるのか分からない不安』
で一杯になっていた。

丁度そんな時、僕より3つ年下で両親を事故で亡くした少女(って言っても小1なので幼子という方が良い?)が施設にやって来た。

彼女は、僕にとっては心の支えとなった。お互いに寂しい者同士なので、心の内を言い合い、互いに頷いて聞いてあげる。
だけど、僕も彼女もどうしてあげる事も出来ずに二人して泣いた日もあった…。
心に不安が無い時は、グラウンドで一緒に遊ぶ。

たったそれだけの関係なのに、未だに記憶に残る程印象が強くて
僕に最後の笑顔をくれたのも彼女だった。
今思えば…。これが僕の初恋だったのかも知れない…。

1991年8月になり、暑い日差しの中、僕は車で連れられて、施設廻りをし始めた。
いろんな施設をみた。

でも当時の僕は、母が迎えに来てくれるかも知れない、そしてかけがえの無い存在がある、あの地に居たいと強く願っていた為、どの施設も良いとは思えなかった。

だから僕は断り続けた。
あれから1ヶ月以上過ぎたけれど、母を信じていたから。

母は後に話してくれましたが、婦人相談所並びに婦人寮では半分監禁状態に置かれていて、この間だけでも3度脱出して僕の所に向かおうとしたが
金を全部預ける形になっている為、無一文で仮に僕の居た所まで行けても、親子二人で飢え死にする危険性が高く断念したとの事でした。

そして、僕の抵抗も空しく、1991年8月24日。
僕は、暴力的で鬼のようなシスターが待ち受けるキリスト教関連の施設へと行きました。
この日の朝、先の彼女との会話で浮かべた笑顔が、僕の心の底から笑った最後の笑顔だったのです。

―――――――――――――――
(以下、追記です)
こうして、あの最悪の地へと旅立つのですが、当時の心境としては、不安感で一杯でしたね…。

僕は都合3回どん底を味わいますが、この時の場合、何が一番辛かったかと言うと、
目の前に母が居ない
これに尽きます。


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