「僕は、『がんばれ』という言葉が嫌いです。」
という、ちょっと斬新な作文を読んだのは、小学生の時でした。
小学生の国語の教科書に載っていた、小学生による作文です。
こんな作文を、小学生が書いてるって
斬新を通り越して、ちょっと衝撃的な気がしますσ(^_^;)
当時小学生の私には、全然理解できませんでした。
なので、出だし以外の文章を覚えていませんσ(^_^;)
先生も、軽く読んで流して、詳しくは説明しなかったので、
全く理解せずに通り過ぎました。
でも、だんだん人生の経験を積んでいくと、分かってくるものですね・・・
頑張っても頑張っても、
うまくいかなくて落ち込んでいる人にとって、
『もっと頑張れ!』という言葉は、凶器です。
上記の作文を、はっきりと思い出したのは、高校の時でした。
私の父が、他の父親の悩みを聞いて励ましていました。
ちょうど、同じ車の中に私もいたので、内容を聞いてしまったのですが・・・
自分の息子が、悪い仲間とつるんで悩んでいる。
何度も話し合おうとしているが、なかなかうまくいかない。
という内容でした。
それに対して、私の父は、「もっと頑張れよ!」と言って励ましていました・・・
ただ私には、それが、
その人を追い詰めているようにしか聞こえませんでした。
頑張っている人に対して、「もっと頑張れ!」っていうのは、
その人の、これまでの頑張りを否定しているような気がします。
そして、何をどう頑張ったらいいのか、具体的なアドバイスもなく、
その人を前向きな気持ちにさせることができないのなら、
それはただ人を追い詰めるだけの言葉でしかありません。
私は、父の言葉を聞いていることができなくて、
「お父さん!」
と呼んでみましたが、その時の気持ちをどう表現していいか分からず、
その後の言葉が出てきませんでした。
案の定、「何?」と聞かれただけで終わりましたσ(^_^;)
その時、私が感じたことは正しかったのか、
いまだに良く分かりません。
本当は、その人は、父の言葉によって励まされたのに、
私が邪魔したのかもしれませんσ(^_^;)
リウマチの人にとっても、「がんばれ」という言葉は、
重荷になることが多いと思います。
自分は、本当はもっと動けるんじゃないか。
痛いと言っては休んでいるけど、もっと我慢すれば、もっと頑張れるのに。
「痛いからしょうがない!」とか、
自分にも他人にも、言い訳ばっかりしてるけど、
本当は、周りの人に負担をかけていることが、うしろめたくてしょうがない。
そういう人に、「がんばれ!」と声をかければ、
「やっぱり私は頑張れてないんだ」
「本当はもっと、動けるはずなんだ」
と思ってしまいます。
私はなるべく
「あなたは充分頑張ってるよ! そんなに頑張らなくても大丈夫だよ!」
という感じの言葉をかけるように心がけていますが・・・
それだって、励ましになっているかどうか、微妙なところ。
言葉って難しいですねσ(^_^;)
という、ちょっと斬新な作文を読んだのは、小学生の時でした。
小学生の国語の教科書に載っていた、小学生による作文です。
こんな作文を、小学生が書いてるって
斬新を通り越して、ちょっと衝撃的な気がしますσ(^_^;)
当時小学生の私には、全然理解できませんでした。
なので、出だし以外の文章を覚えていませんσ(^_^;)
先生も、軽く読んで流して、詳しくは説明しなかったので、
全く理解せずに通り過ぎました。
でも、だんだん人生の経験を積んでいくと、分かってくるものですね・・・
頑張っても頑張っても、
うまくいかなくて落ち込んでいる人にとって、
『もっと頑張れ!』という言葉は、凶器です。
上記の作文を、はっきりと思い出したのは、高校の時でした。
私の父が、他の父親の悩みを聞いて励ましていました。
ちょうど、同じ車の中に私もいたので、内容を聞いてしまったのですが・・・
自分の息子が、悪い仲間とつるんで悩んでいる。
何度も話し合おうとしているが、なかなかうまくいかない。
という内容でした。
それに対して、私の父は、「もっと頑張れよ!」と言って励ましていました・・・
ただ私には、それが、
その人を追い詰めているようにしか聞こえませんでした。
頑張っている人に対して、「もっと頑張れ!」っていうのは、
その人の、これまでの頑張りを否定しているような気がします。
そして、何をどう頑張ったらいいのか、具体的なアドバイスもなく、
その人を前向きな気持ちにさせることができないのなら、
それはただ人を追い詰めるだけの言葉でしかありません。
私は、父の言葉を聞いていることができなくて、
「お父さん!」
と呼んでみましたが、その時の気持ちをどう表現していいか分からず、
その後の言葉が出てきませんでした。
案の定、「何?」と聞かれただけで終わりましたσ(^_^;)
その時、私が感じたことは正しかったのか、
いまだに良く分かりません。
本当は、その人は、父の言葉によって励まされたのに、
私が邪魔したのかもしれませんσ(^_^;)
リウマチの人にとっても、「がんばれ」という言葉は、
重荷になることが多いと思います。
自分は、本当はもっと動けるんじゃないか。
痛いと言っては休んでいるけど、もっと我慢すれば、もっと頑張れるのに。
「痛いからしょうがない!」とか、
自分にも他人にも、言い訳ばっかりしてるけど、
本当は、周りの人に負担をかけていることが、うしろめたくてしょうがない。
そういう人に、「がんばれ!」と声をかければ、
「やっぱり私は頑張れてないんだ」
「本当はもっと、動けるはずなんだ」
と思ってしまいます。
私はなるべく
「あなたは充分頑張ってるよ! そんなに頑張らなくても大丈夫だよ!」
という感じの言葉をかけるように心がけていますが・・・
それだって、励ましになっているかどうか、微妙なところ。
言葉って難しいですねσ(^_^;)