リトルリーグとは
「小さなリーグ」の意味で年令12歳までの野球を愛する少年たちに野球を正しく指導し、個人の体位向上とチームワークを通じて団体生活の一員として協同生活の精神を養成し判断力を高め、勉学と共に野球をしながら少年同士の交歓の場を与え、指導育成するために組織された国際少年スポーツ団体です。
その組織は世界にまたがっており、現在28カ国か加盟しています。
小学生でありながら硬式ボールを使い行い、軟式と違いピッチャーの投球数やランナーに対するルールなど特徴的な点もありますが、アメリカでは専用球場があり人気の高いスポーツとなっています。
日本国内では関東連盟から始まり、徐々に国内に広がりをみせ世界第2位のリーグ数を誇っています。
しかし、都内では20年前くらいは各市町村につき1チームくらいありましたが、少子化やマンションの乱立などで練習場所を失い、専用グランドの有ったり環境を求めて市外のチームに属する子供も多く野球留学状態になりつつあります。
現在は環境の差が選手育成において大きな差を生んでしまっています。
スポーツクラブとして考えるのであれば、やはり地域に属し、地域に根づき、地域に愛されるチームを作るためにも環境の整備が急務なのではないでしょうか。
しかし、今回の北砂リトルリーグの快挙は誇るべきことであり、アメリカでまた日本の野球を深く理解し、興味をもってもらえたのではないでしょうか。
現在第3回ワールドベースボールクラシックへの参加をどうするのか議論されていますが、参加した場合にはぜひ3連覇を成し遂げてもらいたいと願うばかりです。
そんな中、本日また一人長い間プロ野球でプレーしてきた選手が引退を表明をしました。
広島東洋カープの石井琢朗選手#25です。
足利工業高校から横浜大洋ホエールズ(現DeNAベイスターズ)に入団し、その後広島東洋カープに移籍しました。
プロ入団後に投手から野手に転向し、投手として勝ち星を上げた選手による2000本安打達成はあの川上哲治さん以来2人目の快挙でした。
ベイスターズが優勝した時は1番ショートで活躍しチームを支えて来ましたがその後の低迷もあり、2008年戦力外になり広島へ移籍しました。
その後レギュラーとはなりませんでしたが、若手選手の見本となり今シーズンからはコーチ兼任となっていました。
石井琢朗選手の公式ブログに
「ただ、これからのことはわかりません。
まだ、何も決めてないので。
それこそ、僕の野球人生はこれからだと思っていますので
今までより視野を広げながら「ほんとうにやりたいこと」を
ゆっくり考えて行きたいと思います。」とありました。
今後指導者になることもあるでしょう。
それ以外の道に進むこともあるでしょう。
プロ24年の石井琢朗選手だけの経験は唯一無二のモノでありきっと素晴らしいセカンドキャリアが待っているのではないでしょうか。
どのような道を歩まれるのか、今後も石井琢朗選手には注目です。
しかしまだシーズン中。
ぜひ有終の美を飾っていただけるよう応援致します。