何気ない日常こそが幸せ。 -25ページ目

何気ない日常こそが幸せ。

日常にこそ、幸せがある。見方を変えて物事を捉えれば、ささいな事でも幸せを感じられる。
幸せを決めるのは自分の心。
いつでも前向きに、素直な心と感謝の気持ちを忘れずに生きるをモットーに、
日々想う事を綴っていこうと思います。

こんな言葉を聞いた事がある。


「人間だれしも何か役割を持って生まれて来ている」


意味の無い人生、役割の無い人間なんていない、と言う言葉なのかな・・・。



自分の人生においての自分の役割なんて・・・


「よくわからない」


というのが普通なんだと思う。



この年になって考えると答えはいくつか上がってくるけど、


その時の自分を含めたまわりの環境次第で


細かく変わって行く気がする。


・・・ただ、根本的な部分としては


「人に喜んでもらいたいが為に行動する」


親にせよ友人にせよ愛する家族にせよその他大勢にせよ・・・


↑の為に担う役割があるんじゃないかと思う。


私が尊敬する作家の「小林正観」さんの本の一説に


「人は他人に喜んでもらう為に生まれてくるのではないか」


というものがありました。



私個人的にも、「人の為」にする行動が好きですし、


何より人に喜んでもらう事が嬉しいと感じる事が多いです。



もちろん当たり前かも知れませんが、家族の為にしている行動も


たくさんあります。


子供に対しては・・・まぁ躾の部分もありますので、必ずしも喜んで


もらう為の行動とは違うかもしれませんが。叱る事もありますし。


・・・自分がそうであったように、大人になってから気づく事はたくさん


ありますし、親への感謝の念を抱くようになってからは特に・・・


人が喜ぶ行動を親がとっていたと・・・実感しますので、


自分の子供にも・・・大人になってから、親への感謝を持ってくれたら


いいな、と想いを馳せながら接しています。



先日、嫁さんがパートの仕事先で


「夕方から来る予定のバイトが突然休んじゃって、代わりが見つからない

 から23時まで残んなきゃいけなくなった」


とのことで、急きょ子供たちを保育園に迎えに行かないといけなくなり、


仕事を早めに切り上げて子供たちを迎えにいったのですが、


心配なのか、恐らく休憩のタイミングで数回電話があり、


「大丈夫?」などの状況確認をしてきたのですが、


自分は忙しさもあってイラつきながら電話で受け答えしてしまったのですが、


あとでメールで


「こっちはオレに任せて大丈夫だから、お前はお前のやるべきことに集中してくれ」


と言った内容を送りました。


そうしたらその返信で


「ありがとう。感謝します。」


という言葉が返ってきました。


ちょっとした背景を補足すると、嫁さんはその仕事を約10年以上続けている


ベテランで、お店の中心的人物です。


最近、会社の体制が変わり、アルバイトやパートの中から責任者を立てるように


なってきているらしく、嫁さんがそれに選出されている事もあって


責任感からの行動だったと思います。


代わりに出勤できる人を探したけれど見つからず・・・


止むを得ずだったんだろうなと想像しています。


私はその仕事の大変さを経験で知っているので、


嫁さんいなかったらお店が回らないんだろうなと思っていました。


普通に知らない人からしたら、「子供をほったらかして」みたいに


取られても仕方ないかも知れませんけどね。


私も無理だったら「無理」と断りますが、可能であれば出来る限り協力は


したいと考えてます。



・・・結果、その行動によってたくさんの人が助かっている訳です。


自分も嫁さんに感謝されるし、お店は働いている仲間はもちろん


来店するお客さんに迷惑をかけることなく営業できているので


会社も助かっている訳です。



「誰かの役に立つ」・・・事は喜ばしい事です。


自分の存在価値・・・意義を高めてくれます。



個人的な話ですが、今回の事でつくづく自分は


「リーダーとしてみんなを引っ張っていく」より


「みんなのサポート役として支える」役割の方が


嬉しく思うし、精神的に合っていると実感しました。


・・・なんと言うか、好きなんですよね・・・


困っている人を支えたいとか普通に考えてしまう。


悩んでいる人の相談に乗ってあげたい・・・とか。


・・・全然大した人間ではないんですけどね・・・。



自分の人生・・・あと何年生きられるかなんて誰にもわからない


そんなに長生きは出来ないんじゃないか、なんて自分では


勝手に思っています。


元々体も強くないので。


その人生を振り返る時・・・死に直面したその時に・・・


私という存在で・・・私の行動・言動で・・・


喜んで下さった方がたった一人でもいたならば・・・


私の人生はきっと・・・


「役割を果たせた」


ことになるのではないかと考えています・・・。


願わくばそう思って下さる人を一人でも多く


増やす事が出来たら・・・


とっても幸せなことだろうな・・・と


ぼんやりと想いを馳せています・・・。




こんばんは、アナザーです。


誕生日自体は過ぎてしまったのですが、


毎年綴っている自分自身の節目の時でありますので


何とか想いを綴りたいと思います。


お付き合いいただけたら幸です。



まずは、この記事を読んで頂いているすべての皆様に感謝を申し上げます。


ありがとうございます!


また、私に関わる全ての方々へ・・・感謝を申し上げます。


ありがとうございます・・・!



つくづく・・・思うのですが、


「一人では生きていけない」 「決して一人では生きていない」


そんな事を思い知らされる日々です。


誰かとつながりがある事は、人間が人間として生きていくのに


必要な事なんだろうなと思います。


「命」に対して、この一年間でまた深く考える時間を得られました。



・・・先日、うちの嫁さんのお父様のお墓参りに行った時の出来事です。


目的のお墓の近くの隅で猫が亡くなって横たわってました。


車で撥ねられてしまったのか・・・病気なのかはっきりと分かりませんでしたが・・・


目を見開いた状態で体を固くさせて横たわっておりました。


それを見て義理のお母様に、


「病気を持っているかもしれないから触らないでね」


と言われました。


・・・確かに小さい子供もいるし・・・万が一子供が触って病気が移ったら・・・


なんて考えたらその方がいいのかな、と一瞬は思いましたが・・・


どうしてもそのまま放置しておく事を・・・許せない自分がいました。


自分の心の奥からの声・・・でしょうか・・・。


何と言いますか・・・はっきりと言葉に表しにくいのですが・・・


命に対して・・・無視をしてしまう人間になりたく無い・・・


命に対して・・・向き合う自分でいたい・・・と


そんな感情が湧き上がりました。


・・・とは言え、別に大した事が出来た訳ではありません。


倒れていた場所から林にあった大きな木の下にそっと移動させただけです。


亡骸を抱き上げた時・・・硬直した身体と軽さに少し戸惑いました。


運んでいる最中に頭に浮かんだ想いは・・・



あそこにいたら違う車にひかれてしまっていたかもな・・・


亡骸を晒され続けられる事も・・・気持ち悪がられる事ももうないよ・・・


だから安心して眠ってね・・・



・・・きっと、この猫との出会いも・・・自分にとっては必然だったのかも知れない。


命に対する想いを深めてくれたこの名もなき猫に・・・感謝の想いを込めて・・・


ありがとう。


当然ではありますが・・・つながりがあるのは人間だけではない。


生きとし生けるものすべてとつながっている。


私が多分一生をかけて大切にする言葉「一期一会」


出逢いに・・・感謝☆




話は変わりますが、最近「政治・経済」などの話にもの凄く興味を


持ち出しました。


それに加えてよく問題視され、話題になる「歴史認識」


この辺りを勉強していると、


日本のメディア、特に新聞とTVはつくづく


「必ずしも、事実を事実として教えてくれる訳ではない」


と言う事が分かってきます。


明らかに作為的・誘導的な見出し・文章を流している様に思います。


自分の今まで抱いてきたイメージである


「公平・公正的な立場で情報を伝えてくれるもの」


を単なる幻想だという認識をせざるをえません。


「単なる一企業」とした見方が正しいと私は思います。


偏向的な報道が何故されるのか?


それによって得をする存在があるからです。


その企業然り・・・一部の政治家然り・・・一部の官僚然り・・・です。


情報は溢れています・・・。


その情報を、そのまま鵜呑みにする事無く選別する必要があります。


それには正しい知識が必要です。



・・・民主党が政権を取ったあの時・・・私もメディアの報道に流され


民主党に票を投じた一人として・・・


その行いが間違いであった事にハッキリと目が覚めました。


この部分に関しては・・・今後も勉強を続け、正しい知識を得ていこうと


強く誓っております。




・・・余談ですが・・・


迷信で「夜に爪を切ると親の死に目に会えなくなる」


と言うものがありますが・・・(私は親にそう教わりました)


・・・上記の言葉は「自分」が主体で・・・


「別に死に目に会えなくったって良い」と・・・


昔の自分は関係なく夜でも昼でも爪を切っていたものですが・・・


その「死に目」の親の立場からしたらどうなのか・・・


と言う考えが最近湧き上がってきまして・・・。



死の際に・・・


子供に会えないのは・・・とてもとても寂しいものだろうな・・・と


親と言う立場で生きている自分自身に照らし合わせて想いを馳せました。


死は・・・孤独なものの様に自分は想像しています。


その死の際に家族・・・親戚・・・友人が・・・いたならば・・・


その孤独の寂しさは・・・和らぐものではないのかと・・・


考え至ってます・・・。


死の際にあるものに安らぎを与える存在でありたいと・・・


そう願ってます。


この事を考えると・・・


以前アメブロにいらっしゃった「せ~ちん」さんのあるお話を思い出します。


命に対する考え方、姿勢をたくさん学ばせて頂きました・・・。


お元気でいらっしゃる事を願って・・・祈りを夜空に飛ばしておきますね☆


届くといいな♪


・・・プラスせ~ちんさんを知るきっかけとなった親友の宇宙人の方へも


お元気でいらっしゃる事を願って祈りを飛ばしておきますね~♪





・・・ここまでお読み頂きましてありがとうございます。


最後は私信みたいで申し訳ないです。


初めて私のブログを読んだ方がいらしたら、


「感情があっちこっち落ち着かないなぁ」


と感じられたかも知れません・・・。



正直・・・思いつくまま、感じるままを綴っているブログなので・・・


もちろん「言葉」には一応気を使ってはおります・・・。



言い訳はこれくらいにして、本日は終了したいと思います。


もし、読んで頂いたあなたの心に響く「何か」があったなら幸です☆



それではまた。







こんばんは、アナザーです。


今回は最近勉強中の政治・経済の話での自分が最近


気づいた考えを書いてみようと思います。


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基本的に何かの目的の為に行う事が手段である。


例えば「お金を得る事」が目的ならば


「仕事をして収入を得る」は手段である。



最近、政治や経済の事を勉強して行く中で、


メディア(TV、新聞等)のニュースの偏向報道について知った。


「必ずしも事実を全てありのまま伝えてくれるとは限らない」と言う事。


例えばTVは視聴率を高く取り、多くの企業とスポンサー契約を結び


資金を得る事が目的なのだと思う。


TV局も企業であるがゆえ、営利目的なのは間違いない。


その為の手段で番組がある。


より高い視聴率を目指して番組作りをする訳で、


様々なジャンルの番組がある。


より視聴者の目を引く、興味を持たせる内容が必要であって


視聴率の取れない番組なんて必要ない・・・。


企業であればごく当たり前の考え方である。


短期的にでも長期的にでも、利益の取れない手段なんて必要ないのだ。


なぜなら利益を得られないと会社が存続し、成長していく事ができないから。


成長の無い会社に未来は無い。現状維持だけでは退化していくだけ。



あくまで自分の推測に過ぎないかもしれないが、


TVのニュース番組は視聴率、


新聞であれば販売部数、


それを得る為の内容になっているのだと思う。


それには必ずしも事実を全て記す必要はない。


見出しの文章で


「ん?なんだなんだ」と興味を引かせる事が大前提。


例えば安倍総理が記者会見で話した内容一語一句全て伝えなくてはならない、


と言う義務はない。


話した内容をいくつかチョイスして見出しに使う。


わざとなのか、肝心な部分を出さずに伝えている事も少なくない。


同じ記者会見での記事をいくつかの新聞社で見比べた時、


内容が全然違う事もあった。


発言した内容で、掲載しているところ、掲載していないところとあったりもした。


自分自身の今までの認識では


「ニュースと言うものは真実を全て伝えてくれるもの」であった。


だからTVなどの報道全てを鵜呑みにしていた事は間違いない。


今も昔もTVでは、芸能人のスキャンダルがひっきりなしに報道されている。


政治家の発言、言い間違いなどを捕まえて、揚げ足取りばかりの報道により


「政治家(特に自民党)はダメな奴ばかり」と思い込ませ


(少なくとも自分はそういう刷り込みをされた)


「誰が首相になっても同じだから、民主党に政権が移っても大して変わらない」


そう考えてしまい、前回の衆議院選挙で民主党に票を入れてしまった・・・。


今ではそれが間違いであった事を思い知らされている。



政治家の目的は「経世済民(けいせいさいみん)」である事を最近知った。


政策などの手段によって、国民の生活を豊かにする事が目的なのだ。


「アベノミクス」はデフレから脱却し、物価を上げ所得を増やす事が


日本経済の成長に必要だから行っている手段である。


「脱原発」を声高に主張する政治家の方もいるが、


「原発」があるからダメだと何故言い切れるのか・・・?


東日本大震災の影響で、福島原発の事故があったから


問題提起されているわけで・・・それまではずっと稼働し続けていたし、


問題なのは東電の危機管理のずさんさが大きくあったと思う。


「原発」がなかったら国民の生活が豊かになるのか・・・?


「票」を集めて当選する事は「手段」に過ぎないはずが


それが「目的」になっているのではないかと疑問に思う事がある。



私がよく勉強させて頂いている三橋貴明先生のブログで、


「今度の参議院選挙で、自民党の全国比例候補の「赤池まさあき先生」を


支持します。」


との言葉が掲載されてました。


内容を読み、決して鵜呑みにする事無く自分自身でよく考え、


私も今度の参議院選挙の全国比例には「赤池まさあき」と書こうと考えています。


国を良くする為にはどうすればいいのかを理解されている政治家を


国会に送り込む事・・・日本と言う国を豊かにする為に自分が出来る事は


それしか無いし、それが必要だとも思いました。


自分は生まれて初めて、誰かにお願いされて投票したり、義理があって投票する


事も一切なく、「この人に投票したい」と思って投票します。


・・・むしろそれが普通の・・・本来あるべき姿なんじゃないかとも思います。



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ここまでお読み頂きありがとうございます。


長くてまとまってなくて・・・非常に読みにくい記事でごめんなさい。


本当に色々と考える事が多くなりました。


よ~くTVなどのニュースを見ると・・・ウソ・ホントが見えてきます。


鵜呑みにしてはいけない・・・と心底思ってます。



それではまた。