何気ない日常こそが幸せ。 -22ページ目

何気ない日常こそが幸せ。

日常にこそ、幸せがある。見方を変えて物事を捉えれば、ささいな事でも幸せを感じられる。
幸せを決めるのは自分の心。
いつでも前向きに、素直な心と感謝の気持ちを忘れずに生きるをモットーに、
日々想う事を綴っていこうと思います。

何で國府田マリ子さんが好きなんだろう?


改めて考えてみた。


歌が好き・・・とか


声が好き・・・とか


そんなんじゃないよね・・・根本的な部分としては。


マリ姉の人柄・・・伝わる想いが・・・私は好きなんだ。


惹かれるものがあったんだ。



先日・・・マリ姉の一年ぶりのライブが代官山の「晴れたら空に豆まいて」で行われた。


「晴れ豆」でのライブは何回も開催されていたけれど・・・家の事情で参加は出来なかった。


今回は色々と条件が揃った事もあって・・・参加が出来た☆


ゆうに二年ぶりのライブ参戦・・・わくわくしていた。


ライブ自体の内容については触れない事にする。


・・・でもとにかく・・・楽しかった!


1曲目の曲が流れた瞬間は・・・既視感のようなものが頭を駆け巡った・・・。


「僕の宝物」が発売された時のライブ・・・


1曲目が・・・おんなじだったから。


以前の記憶と重なり・・・今度は自分が「この場所に戻ってこれた」と言う想いが


溢れ・・・涙が滲んだ。


・・・とにかく嬉しかった・・・!



以前は時々会っていたふぁみりーの面々にも会えて・・・


暖かく迎えてくれて嬉しかった・・・。


逆の立場だったら自分だって同じようにすると今は思うけど・・・


マリ姉の応援活動をずっとしてこなかった負い目があったから、


正直不安はあった・・・。



・・・自分なりには・・・またここから活動を再スタートさせればいいじゃん!


と言う答えは出ているから・・・今は少し時間も作れるようになったから・・・


出来る時に番組等にお便りを出したいと思う。


・・・


今回のライブ後のファンクラブでアップされたマリ姉の「想い」を読んで・・・


何だか自分の心が初心に返った気持ちになった。


「ああ・・・自分は本当にこの人の事が好きだな・・・」


そんな純粋な想いが甦って来た。


マリ姉が綴る「想い」。


ラジオでもそうだったけど・・・自分はこの人の考え方や想い、


人柄に惚れたんだなって・・・素直に思う。


・・・もちろん、マリ姉の歌だって大好きだけどね♪


(・・・これを書いとかなきゃマリ姉に怒られてしまうかもしれないから(笑))



ライブ会場内でライブ後に、某S山さんが募金箱を手に募金を募っていて・・・


僅かながらのお金を投入し、楽屋に向かって


「年内にもう一回ライブお願いします!」


などと、今回のライブ開催の状況も読まず叫んでしまいましたが・・・


「歌い続けて欲しい」


と言う純粋な想いが炸裂してしまったと・・・思ってくれたらいいな・・・。



これからも少しずつの活動になるかもしれないけど・・・


それでも少しでもマリ姉の応援が出来たら、と思う。




最近仕事場の仲間がマリ姉の「雨のちスペシャル」を知っていて

嬉しかったアナザーでした。



それではまた。

人の行動には理由がある。


小さい子供は本能の赴くままに・・・好奇心に惹かれるままに行動する事もあるが、


ある程度大きくなって理性的に行動できる人には、理由のない行動はほぼありえない。



自分の為、肉親の為、友人の為、誰かの為、国の為、地球の為?


何かしら自分または他人に利益があるから、人は行動する。


お金とは限らないが、喜んでもらう為、助ける為、または助かる為。



・・・例えば仕事をして働く事は、自分と家族の利益の為に必要だから


やっている訳であって、勤める会社の為と言う思いでやっている訳ではない。


もちろん、会社が存続してくれないと困る訳なので、会社の利益になる事を


考えなくてはならないのは事実だが、それが目的ではない。


会社に貢献して評価を上げて、給料アップする事を考えるのは手段である。


目的は、自分と家族の生活向上の為である。



突然話が逸れるが、政治経済系のニュースや記事を読んでいて、


疑問に思っていた事がある。


こないだの東京都知事選の時に強く感じたのが、


「脱原発」を主張する人の目的の主張が「ありえない」事である。


共産党の支持者には申し訳ないが、町の至る所に貼られている


共産党のポスターの内容には強い疑いの目を持たざるを得ない。


「原発の無いやさしい未来へ」


原発が稼働され続けて何十年経過していたのだろうか?


その間に原発で発電された電気の恩恵を受けていたはずの人が、


突然東日本大震災による影響での津波が原因で福島の原発で


トラブルが起き、放射性物質が漏れ出してしまったから原発は危険だ!


と主張しだすのはあまりに性急過ぎる気がする。


本当に原発の存在が危険なのですか?


であれば海外に存在する原発にも、同じように抗議の声を上げ、


地球上から原発を無くす運動すればいいと思うんだけど、それは絶対にしない。


特に例を挙げれば、お隣の韓国での原発は、地震も無いのに事故やら故障やらが


相次いでいたりする。首都のソウルでは、東京よりもはるかに多い放射性物質が


検出されていたりするらしいけど・・・何で問題にしないのか?


原発に代わる代替エネルギーとして、再生可能エネルギーを使えば良いと言う。


特に中心なのは太陽光エネルギーみたいですが・・・


FITとかいう電力の固定買取価格制度の事を踏まえると・・・


・・・利権の匂いしかしません。


原発の安全基準を厳しくして、何かあった時放射性物質が外に漏れない様な


仕組みは出来ないのか?・・・と言う意見があってもおかしくないと思うのですが、


突然原発は危険だからゼロにしよう!再生可能エネルギーだ!


チネツだー、フウリョクだー、スイリョクだー、タイヨウコウだー・・・。



多少なりの勉強をしていて思う事は、原発をゼロにする事で利益を得る誰か、


という存在が必ずいると言う事。


「原発はみんなにとって危険だから全部無くそうよーキラキラ☆」


みたいなお花畑思考の人が、ボランティアで行動する人なんて存在しません!


関連する企業の利益だったり・・・


日本を貶めたいどこぞの国の為だったりするのかもしれません・・・。


再生可能エネルギーを拡大すれば、電気料金が下がる!なんて話があります。


そこは歴史に学べと言う事で、結構最近ではありますがドイツが先例をあげて


くれていますね。


同じように原発を無くし、太陽光発電を中心とした再生可能エネルギーを国を挙げて


推し進めて行った結果・・・


FITと言う制度のお蔭様で、電気料金は以前の倍くらいに跳ね上がってしまった


そうな・・・。話が違うやん!って事です。


共産党を含めた脱原発主張者は全て、そんな事例は一切の無視です。


めちゃめちゃ関係のある話なのにね。・・・都合の悪い話には一切触れません。


・・・ただ、そういった政党に属する全ての人がその考えに染まっているかは


分かりません。組織である以上は、上からの命令は絶対でしょう。


でもやはり、それでもその団体に所属する事で何かしらの利益が得られるからこそ


在籍しているのでしょうから、どんなに人柄が良くても自分は曇った目で


見てしまうだろうな・・・。



私は個人的に、原発再稼働賛成派です。でもだからと言って、再生可能エネルギーに


全て反対という訳でもありません。継続的に安定して利用できるのであればどんどん


使えば良いのです。・・・ただ、発電量が不安定過ぎる事。FIT制度がずさん過ぎる


内容である事。(事業に関わる企業の利益が優先され、国民に負担が強制的に


のしかかる内容な事)


発電量そのものが少な過ぎる事。それらが改善されない限りは反対です。


長くなってきたので、今回はこの辺でやめておきます。



人の行動原則を分析すると、その人が誰の為に行動しているのかが読みやすくなると


思います。各社の新聞の内容でも、その新聞社が誰の為の記事を書いているのかが


見えてきます。正直、大手で言えば朝日と毎日は、「日本人の為」の記事を書いて


いない事がハッキリと分かります。関連するTV朝日とTBSの報道番組もね・・・。


マスコミの報道を鵜呑みにせず、自分の頭で考えて整理する姿勢が、今の日本には


必要だな・・・としみじみ思います。自分の子供にも絶対に伝えます。


社会の教科書とか、絶対に確認するだろうな・・・自分。



それではまた。











これもご縁の導きなのか・・・


訳あって日清戦争、日露戦争、大東亜戦争の事をしっかりと学びたく、


ネットで検索したら・・・こちら の中部大学教授である武田邦彦さんの


HPに巡り合う事が出来ました。


ここで記載のある


「普通の歴史」シリーズ


こちらで内容を深く知る事が出来ました。


自分が好ましく思ったのは前置きで、


「歴史の事実に忠実に、中立的な立場で書いてみた」


という記載があったからだ。


実際の文面にもあるが、歴史と言うものは片方に寄って見れば、


どうとでも好きに良いように見る事が出来るものである。


日本が悪い、侵略戦争だったという結末ありきの見方をすれば、


いくらでも悪く言える。そのまた逆も然りだと思う。


日本が良い、悪いどちらにせよ正しい歴史が知りたいと考えたので、


なお良かった。



・・・正直、読み終えた感想としては


「衝撃的だった」の一言に尽きる。


自分が学校で学んだ歴史を思い返そうとしても、詳しい内容が


全く浮かんで来ない。


本当に・・・単に名前を知っているだけだったと言っても過言ではない。


思い返す事が出来るのは、とにかく名前と年号ばかりをひたすら


覚える事を頑張ったくらい・・・。


「社会」「歴史」を学校で勉強した時間が無に帰す瞬間だった。



前述の「普通の歴史」の内容で頻繁に出てくる「反日日本人」という言葉。


そういった人達で形成されているとしか思えない今の日教組という団体。


そしてそういった団体が、日本の教育界を支配している現実。


・・・恐ろしい!


心底感じた感覚だ。



いつだったかどこぞの外国人の人が何かの番組で


「何で生まれ育った国の歴史を知らないんだ?恥ずかしくないのか?」


そんな発言をしていた。



「何で自分は日本の歴史をちゃんと覚えていないんだろう?」


勉強をしていたはずなのに・・・。



自分は中学、高校時代、おぼろげながら学校の勉強が嫌いだった。


「試験の為の勉強」、「落とす為の試験」


そんな感覚があり、勉強がちっとも楽しくなかった。


今にして思えば、暗記能力だけが得点を左右する試験ばかりだったように思う。


少し違うかも知れないが、英語の授業があったけれど、


中・高の学校の英語の授業だけで英語をほぼ理解できている人、


話すことができる人なんてまずいなかった様に思う。



「学ぶ事は楽しいこと」


であるはずなんだ・・・本来は。


でなければ、子供が自ら進んで言葉を覚えようとするはずがない。


親と意志の疎通が出来るから。親が喜んでくれるから。褒めてくれるからだ。


「学ぶ」と言う行動には必ず「知りたい」と言う自分の意志が働く。


そこには強制なんて必要ない。


本来必要な教育と言うのは、興味を持たせて好奇心を刺激する事だ。


テストで高い点数を取る目的の為の教育では、面白い事なんてありゃしない。


もちろん、高い点数を取った結果として嬉しい事もあるかも知れない。


・・・だが、自分の身になるケースはごく僅かだと思う。



クイズ番組って、今はたくさんあったりする。


自分は番組での成績優秀者を見て


「すごいな」とは思っても「尊敬」は出来ない。



クイズ番組ばかりが増えているせいなのか・・・


国会の予算委員会で、総理大臣にクイズを出すような


間抜けな国会議員がいたりするのか。



・・・とは言え、その国会議員に投票したのは国民の有権者なのだ。


責任は自分を含めた大人たちにある。


少なくとも・・・次の世代の子供達に、自分と同じ轍を踏ませないように


自分で出来る事をやるしかない。


この記事をアップするのも、一人でもいいから今の「間違った」世の中の


部分に気づきを与えられたらいいな、と思うからこそ。


そしていつの日か、自分の子供がこのブログを読む事があったなら・・・


そんな日を夢見つつ、一歩一歩、前に進まないとね・・・。




それではまた。