何気ない日常こそが幸せ。 -2ページ目

何気ない日常こそが幸せ。

日常にこそ、幸せがある。見方を変えて物事を捉えれば、ささいな事でも幸せを感じられる。
幸せを決めるのは自分の心。
いつでも前向きに、素直な心と感謝の気持ちを忘れずに生きるをモットーに、
日々想う事を綴っていこうと思います。

こんばんは、アナザーです。

 

だいぶ間が空いてしまい、その間状況はだいぶ良くなっているのですが、前回の続きを書き込もうと思います。

 

言い訳をすると、年末年始の休みが多くあったのでそこで続きを書こうと思っていたのですが、大流行していたインフルエンザに

 

家族4人中3人が罹ってしまい、年末年始が地獄でした。特に、大晦日に私と嫁さんが発症してしまい、

 

病院もやってないしどうしようかと思っていたのですが、近くの休日専用の診療所が、なんとお正月も開業してくれていたお陰様

 

で、すぐに薬を処方してもらえたので、なんとか熱も下がって回復しました。・・・にしても、正月にもかかわらず患者さんが

 

たくさんいました・・・。みんなインフルエンザっぽかったです。今回は本当にやばかった・・・。

 

そんなこんなでバタバタしていて休日も終わり、仕事も始まりバタバタしていて今に至る・・・と。

 

ホント、色々ありますねぇ・・・さて、続きをどうぞ。

 

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後日、包括ケアの方から連絡を頂き、状況を確認し、直接お話を

する事に。

 

その間、やはりお風呂は入れないまま。訪問医療の先生の助言も

あって、濡らしたタオルでの清拭だけは姉に行ってもらいました。塗り薬を使用してましたが、やはり根本的にお風呂に入って

清潔にしないと傷も治りにくく、何とかしなければ、と言う思いも強くなっていきました。

 

そして、包括ケアの方と一緒にケアマネージャーさんも同席してもらい、詳しく話をする事が出来ました。

 

ケアマネージャーさんがいた事で、話が一気に具体的になり、

私としても不安な点、疑問点を色々聞く事が出来たので、

とても有意義な時間になりました。そして、やはりデイサービスを利用してお風呂に入ってもらう事が一番の解決になるのでは

ないか、との事で、また後日つてのあるデイサービスさんの人を

連れて来るので、改めて詳しいお話をしましょうと言う事に

なりました。

 

また、電動ベットや歩行器なども用意した方が良いとの事で、

ダスキンさんとも同時にお話しする事になりました。

 

後日、話し合いの上、とりあえず週一でデイサービスを利用してみようという事と、電動ベットと歩行器のレンタルを決めました。

 

そして、ベッドの設置も済み、訪問介護の方を利用しての散歩も週一で始め、デイサービスの利用も間もなく始まる所で、事件が起きます。

 

父親が何だかお腹が痛いと訴えていて、全然治らないらしい。

時々薬を届けてくれる薬局の方が、訪問医療の先生に緊急で連絡して来てもらい、診てもらうと「虫垂炎の可能性がある」との事で、私に連絡がありました。そして救急車を呼んで良いか、という判断を私に求めて来たのです。もちろんすぐにGOサインを出しましたが、姉に話してもハッキリした答えが得られなかったので、私に連絡が来た様です。

 

こんな状況でも、姉からの連絡は無し。ちょっとした絶望感を覚えました・・・。

 

そして、仕事を終えてすぐに病院に向かい、担当医に説明を受けました。検査の結果、やはり虫垂炎ですぐに入院して手術しないといけないとの事で、同意を求められました。とにかく早い方が良いとの事で、手術をお願いする事にしました。予定では翌日に行うはずでしたが、手術室が空いたらしく、緊急ですぐに手術する事になりました。

 

たくさんの同意書にサインし、手術前に父親に声をかけてから、姉に着替えなどを持ってきてもらうように指示し、ようやく帰宅しました。この病院は特に面会が厳しく、予約が必要、平日

のみ、14時~15時の限られた時間しか許されていないので、私の面会はほぼ不可能だと思い、手術後の経過だけ翌日に連絡を頂く様にしました。

 

父親の認知症もだいぶ進んでいる印象があり、まだまだ問題が山積みの中でしたが、とにかく今は手術の成功を祈るばかりでした。

 

続く

 

 

今日、お風呂上りにベランダに出て涼みながら空を見た。風がだいぶ強いらしく、大きな雲がすごいスピードで流れていた。

 

しばらくずっと眺めていたけど全く飽きない。

 

実際はそんな事無いハズだけど、遠くの方の空で一点に集中するかの様に集まっているように見えた。

 

・・・自然ってすごいなって・・・今更ながら感じる自分がいた。

 

こんな些細な事でちょっと感動。この感覚を忘れずに、失くさずにいたいな・・・。

こんばんは、私にしては早めのサイクルで次の記事をアップ

出来たアナザーです。

 

前回の続きとして、父親の事をお話したいと思います。

 

私が父親の異変に気が付いたのは8月位でしょうかね。

それまでもちらほら電気、ガス料金の支払いを忘れるなど、

何かやばいな~くらいの認識でしたが、その時は急激に老け込んだ様な元気の無さに驚いた記憶があります。

・・・そしてやたら体を掻いているな~と思って背中を見たら、シャツが血だらけでした。

 

「えっ!?どうしたのこれ?何でこんなに血だらけなの!?」

 

シャツをめくってみるとかさぶた交じりの傷がたくさんありました。

 

実家では父親と私の姉が二人で住んでいて、姉が基本的な炊事、

洗濯をしていますが、中学生くらいの頃から精神的な疾患があり、人との関りを極端に避ける、今で言うコミュニティー障害の様な

人間なので、社会経験がほとんどありません。

 

一般的な常識に欠けるところがあり、家族でさえも関りを避けてしまうので、父親のそんな異常事態を見ていながら、異常と気が付かないと言う普通であればあり得ない状態でした。

 

私が慌てて状況を聞くと、

 

・暑さで食欲が無くほとんど食べれていない。

・体力の低下が激しく、お風呂にも入れていない。

・布団が実は何年も敷きっぱなし、干してもいない。

・下着などは洗濯はしているが、そのまま洗濯しているので汚れが落ちていない。

 

この状況に私は正直ゾッとしました。生活ぶりを詳しく聞いた事が無く、ある程度には普通に暮らせているんだろうと甘く考えていました。そしてこんな状況にも関わらず危機感無く話す姉に怒りを覚えながらも、どうしようどうしようと頭をフル回転させ、とにかく一つ一つ対処するしかないと考えました。

 

とにかく体が痒いと訴えていたので、布団をどうにかしようと考えましたが、掛布団も敷き布団も干した程度ではどうしようもないくらいに汚れていたので(だいぶ臭かったです)、すぐにドンキホーテに飛びました。

家から割と近くにあるしセットで安い物もあるので、とにかく新品に変えようと思い、布団一式とシーツ、枕に枕カバー、シーツの洗濯が大変だと思い、ひんやりする敷パッドも購入しました。

 

すぐに戻って布団を取り換え、今まで使っていた布団は処分する事にしました。ただ、二人とも粗大ゴミの手配なんて分からないので、自分の住んでるマンションで処分しようと思い、粗大ゴミの手配をして、大きなゴミ袋に一旦詰めて、バイクで何往復もしながら持って帰りました。

 

一日で全て対処出来る訳は無く、この日は取り敢えず布団だけ替えて、何とかお風呂に入る、もしくは体の汗を流すだけでもしてもらう様にお願いし、姉にもお風呂の介助をお願いしました。

 

どうしても仕事が忙しく、ほぼ毎日私が夜ご飯を作っている状況なので、比較的自由に動けるのが土日だけと言う事もあり、何とか改善していてくれーと願いつつ、日々を過ごしてました。

 

翌週の土曜日、実家に行くと相変わらずバリバリと体を掻いていたのでせっかく新品の敷パッドに血が付いてしまっていました。姉にすぐ洗濯してもらう様に伝え、お風呂には入れているかを尋ねたら、未だに一度も入ってないとの事でした。本人に何故かと尋ねても、言葉を濁してしまう状態。一人で入るにはふらついて危ないらしいのですが、お風呂の介助自体も拒否してしまうらしいのです。プライドというか、恥ずかしさがある様で、お風呂に入りたがらないとの事でした。

 

正直ここでどうすれば良いか分からなくなりました。体が痒いのを改善する為に布団を替えたは良いが、体を綺麗にして薬を塗らないとどうにもならないのにどうすりゃいいんだ?お風呂の介助にデイサービスとか利用すると良いのか?そもそもちゃんと食べれていなくて体力の低下もヤバいのはどうすれば?

 

そんな感じでうんうん唸っていると、突然姉が

「そういえばこないだ介護がどうのって人が来るとか言ってた」

と言い出しました。

 

「え?何の話?」

 

詳しく話を聞いてみると、新聞の集金に来たおばさんが、いつもは父親が直接出てきて支払いするのに出てこないなと変に思って父親の様子を見たら、これは一大事だと思って地域の包括ケアの方に連絡をしてくれたらしいのです。

 

しかもこの平日の間に一度来てくれていて、訪問医療の手配や、ケアマネージャーさんの手配、介護保険申請の為のお話もしてくれていた様です。

 

「はぁ?何でそんな大事な話、オレに連絡しないの?」

そんな言葉を吐きつつ、社会経験があれば知ってて当然の

「報・連・相」なんて知らないからしょうがないのかな~なんて考えていました。

 

・・・あとはとにかくその包括ケアの方とお話がしたいと思い、

名刺の連絡先を控え、

 

「もしまたその方から連絡あったらオレの携帯電話の番号教えておいてくんない?」

 

そう伝えて、父親用の新品の下着を置いて行き、この日は帰りました。

 

ーー長いので続きはまた今度。

 

それではまた。