台風、来ましたね。

台風が過ぎると秋です。


時間の流れが遅く感じられた日々ですが、時は確実に過ぎていたのですね。




さて、本題の、台風について。


どこのニュースでも、予想進路や、天気について言っています。

しかし、ふと、疑問に思うことがあります。
それは、
「この時期の台風って、こんな進路だったっけ?」
という疑問。



この時期(8月)だったら、太平洋側へ行くのが普通じゃないのか?


いま、日本海側ルートを取ることは、おかしくないかい??


そしてメディアはなぜ、その疑問については何も言わないんでしょう???




わたしたちの世界はすでに、メディアによる情報操作、民意のコントロールがされているのかもしれない…??

知らないのは、わたしたちだけ。









怖っ!Σ( ̄□ ̄;)








まあ、しかし。
わたしの知識が浅いだけかもしれません。


けれど、間違いなく異常な通過経路だと思います。





なぜニュースでそのことが取り上げられないんだろう。





誰かが声を出して、「おかしい」と言わなければ、おかしいことに気付けない世界は嫌です。
ついさっき、浴槽に浸かろうと片足半分入れたら、見事に綺麗にツルッって滑って、左アバラ骨を浴槽の縁でしこたま打ち付けました(´;ω;`)



さいきんいいことないな~。






でも外出ると暑いしなあ。


お金減るし。





そして今日も明日も、元気に引きこもりしてます。
今日、ついさっき、本当に死にかけました。ネタではなく。


銭湯行って、サウナ入ったり露天風呂入ったりしました。

そして最後に水風呂へ。

サッパリするだろうと思って、汗を引かせるために入ったんです。





入り過ぎました。









意識が遠くなって、体が動かなくなりました。


それでも必死にもがく。

が、目が激しく回って、意識モウロウ状態。


バランス崩したら最後、二度と息出来なかったでしょう。




なんとか這い出て、浴槽の隣に倒れて、「死、ってこんなに、身近にあるんだ」と思いました。


と、同時に、普段「もう死にたい」とか言っているわりに死ねないのは、実は強い生存本能があるから、ではないかと思いました。



日常的に、死ぬチャンスや、死ぬ方法はたくさんあります。
しかし、「死ねない」のではなくて、「死なない」のは、生存本能が、強く守っていてくれているからではないでしょうか。






人は理性で生きています。
だからこそ迷い、苦しみ、辛い思いもします。

しかし本能は、基本的に、自分を守るためにあるものです。



本能的、というと、バカ丸出しみたいですが、理性に疲れてしまって、わけが分からなくなったら、本能に従うことも、大切なことだと思いました。







今もまだ気持ち悪いのですが、どうしても書きたかったので、がんばりました。
落ち込んでます。

なんで??




過去のことを悔やんでも、仕方ないことだけど。







あーーーーーーーーーーーーーーーもうっっ!!!!!!





落ち込んで落ち込んで、ものすごく落ち込んだとき、って、どうすればいいんですか…。
なーんにもする気が起きない。


なにもしたくない。
なにも出来ない。





なんだかすごい下すし。

ずっとお腹が痛い。




まだまだ、ダメだなあ。
悲しんでもいいかな?






ずっと好きだった元彼に、彼女が出来たんだって。


嬉しいこと。




のハズ。



なのになんで、わたしはこんなに悲しんでいるのかな?









好きだったよ。


ずっと好きだったよ。





ずっと好きだよ。






明日からは、笑うから、今日は、泣いても、いいかな?





こんなときに、二人の思い出ばっかり思い出すなんて。
調子があんまり良くないです。


気分がノらない。
やる気が出ない。
無性にイライラする。
被害妄想・貧困妄想が激しい。


だるー(´Д`)
このダルさは、暑さのせいではないですね。



今日は病院+大学時代の友達に会いに行きます。


病院には、病気について突っ込んで聞いてみること。
あとは回復への方法の相談。


友達とは久しぶりに会います。





楽しみ、なんですが…。





ぶっちゃけめんどくさい。

さいきん、といっても、ここ一週間ですが笑、ピアノ再開しました!!



ただテキトーに触ってるだけですが、それだけでも、わたしにとって、とても大きな進歩ヾ(@°▽°@)ノ

毎日スケールアルペジオ、ショパンエチュードやってます。


ただ、本~当に、ただ触ってるだけですが笑

曲はまだまだ弾けませんね。


けれど、少しずつでも、基礎だけでもやり続けていれば、なにか変わるかなあ、という思いです。



夏真っ盛りなのに空気も読まず、エチュードop25-11「木枯らし」を延々さらっております。


ショパンエチュード中、最も難しいといわれる曲ですが、疾走感に溢れてますし、mollだし、なによりカッコイイので、お気に入りの一曲です(*^▽^*)




はやくリストの曲が弾きたいなあ・・・。

バルデケンさんになった辺りから、そして気分が安定してきたころから、薄々そんな気はしていました。


わたしは「うつ」ではない・・・。






「躁うつ病(気分障害)」です。









躁うつってwhat?な方に、参考までに。



――――――――――――――――



 1型は躁が激しく、とんでもない取引をまとめてきたり、友人に長電話をしまくったり、大きな買い物をしたり性的逸脱行為が目立ったりします。
家族が困って入院させても、夜中に他の部屋へ行ったり、ささいなことで人とけんかしたり、朝から大声で歌いまくったり・・・。
とにかくエネルギーを発散しまくっているのです。
救急で来たり、暴れたりする時は、保護室(鍵のかかった個室)に入れられることもあります。


 2型は、躁に関しては1型よりも軽いものです。
社会生活も普通に営め、「普通より少し陽気な人」という印象があります。が、本人は、本来の性格で陽気にふるまってるわけではなく、病気で自動的にそうなっているので、非常に疲れています。
ただ、1型ほど派手な行動がないので、本人も家族も気づかず、気づいた時には、もう休養を取るしかなくなっています。


気分循環性障害は、躁もうつも軽いものですが、2年以上続き、不安定なことが多く、1型・2型に移行することもまれではありません。治療が必要です。

エネルギーがなくなると、ウツになります。布団から出て来られません。どちらも、躁の時期にしたことを非常に後悔し、ひどいうつになると、貧困妄想や罪業妄想が出たりします。
どちらの型も、エネルギーを躁の時期に使いつくしたため、休むしかなくなるのです。  


( 躁鬱病とこころの部屋  ←より引用)



――――――――――――――――








まっっ、そんな気はしてましたけどねえ~。



わたしの場合、中学生のころからズルズルと気分循環性障害を続け、大学で一気にⅡ型に移行したようです。


大学での異常な練習、バイトでの恐ろしいバイタリティ。

これらはやはり、普通のことではなかったんですね。



前に、医者に、「あんた病気だから」、と言われた意味を、じわじわ実感しています。




けれど、なんていうか・・・。自信、というか、自己を見失います。

じゃあこの先どうしろっていうだ、という。


エネルギーあるときは異常に張り切っちゃって、なくなったらガス欠ですかそうですか。



そんなんが社会的に通用するか!!!!


そんなポンコツ、誰でもいらんわ!!!!!!!!







知れば知るほど、死ぬしかない、って思えてくる。

バルデケンさんについて、衝撃的な事実を知ってしまいました・・・。




バルデケンさんって、ジェネリック(後発薬)なんですって!


それで、その先発薬はというと・・・





なんと、



デパケン



でした!をいをいをい!!!!!!!!!





おそらく、普通の人には、デパケンといっても、それが何か?って感じだと思うのですが、実はわたし、この薬とは、もう20年近いお付き合いをしていたんです笑



飲み始めは、記憶にないような頃から。

といっても、小さい頃の記憶はほぼないわたしのことです。


保育園に行く前から、すでに飲んでいたようです。



それもなぜかいうと、どうも、てんかん、持ちだったらしいのです。ウケる。


一度発作を起こしたら最後、もう完璧にてんかん患者になってしまう、ということで、20年近く、薬を毎日毎日飲み続け、出先でも必ず薬は忘れず飲まされ、一年に一度は必ず、国立の神経センターで血液検査と脳波検査、診察とやっていました。



そしてようやくデパケンの呪縛から開放された、と思っていたのに・・・。



まさかの、デパケン再び笑




しかも、バルデケンさんを飲んでいると、非常に落ち着いているんですね。

合っているんでしょうね。



しかし・・・。




サヨウナラしたと思った相手に、また巡り合ったような感じで、奇妙なかんじです笑



呪縛はまだ解けていないようです笑