二階の自室で深夜目が覚め、煙草を吸いたかったので暗闇の中で火を点けようとしたら大型のマッチ箱が落ちて板敷きの床にマッチ棒が散乱し、線香花火のように侘しく火花を散らしながら床の上を同じ方角に滑って行くのだ。このままでは火事になると思い明かりを点けると床は水浸しになっていて、雨戸を閉め切った窓枠の上方右隅から水が噴水のように噴き出している。火事どころか洪水なのだ。外は土砂降りの大雨であり雨水が家の中に入り込んでいる。天井からも雨水が滲み出して、水の重みでたるんだ天井板のあちこちから白い筋となって床に落ちてくる。
階下に下りると父、母、姉が起きていて、下では水道管に不具合があるらしく修理業者に電話で連絡しようかと話し合っている最中であった。二階の雨漏りのことを話しても、認知力が衰え極度に耳が遠くなった父では話にならず、心臓の弱い母に余計なストレスを与えるわけにも行かない。姉をそっと呼び出して状況を伝え、二人で二階に上がる。私の部屋は床板の上で水が漣を立てている始末で、大切にしていた本もCDもびしょぬれになっている。隣室はどうかとドアを開けると、こちらも天井から雨漏り。姉と二人で部屋に入り、甥の練習のために造った広々とした弓道場を横切って行くと、牛舎の向こうに夕日がまばゆい。草の生えた傾斜地を七福神のような衣装を着た男女が静かに下りてくる。各々鉦や太鼓を運び、しんがりが構えた旗竿の先端で白と赤の長い旗が風にひるがえり、その衣装や旗の彩りが黒澤明の映画のようだね。と私が言う。修理業者を呼ばなければならない。私の部屋からあふれ出した水が階段を伝って階下に殺到するさまを思い浮かべて私は焦った。雨水の重みで家がつぶれてしまう。
魔法使いの館は姪が店長として勤務している三角帽子の形をした屋根がある黒い洋館で、社長は介護付き高齢者住宅の施設長でもある。薄暗い館内では石壁に嵌め込まれた大型のディスプレイに国会中継が映し出されていて、首相が答弁しているのだが、首相も野党の政治家たちも両腕に針金みたいな操り棒がついたサンダーバードに出てくるような人形なのだ。首相は棒を刺した野菜のようにも見え、実際その鼻は胡瓜であった。注意してよく見ると、居並ぶ与野党の政治家たちも南瓜であったり茄子であったり最初のイメージと違う。サンダーバードだと思ったらひょっこりひょうたん島なのだ。首相の答弁によると今次の大雨はアイシテル国の降雨テロであり、国際テロ組織アカルイハダカも関わっているとみらるれ。それが証拠に上空に居座ってその輪郭線が鈍色の光を放つどす黒い雨雲は、折からの風でその腹が時折めくれあがり、内部で滑車や歯車がめまぐるしく回転しているのが垣間見える。雲に見せかけた空を飛ぶ巨大ロボットなのら。首相が両腕を振り回して「ニョッキーソ! ニョッキーソ!」とイタリア語のような発音で連呼し始めると議場は騒然となった。「何だそりゃ意味わからん」野党政治家たちが総立ちとなって口々に首相を指弾する。「勘ぐれ!」首相が目を剥いて声を張り上げる。その横でひんまがった口で笑っている奴がいる。
街全体に金の棘のような雨が降り注ぐ。お天気雨だ。バス停でバスを待つのだが、来るバスはすべて観光バスであり、鈴なりの観光客を乗せて通過して行くばかり。「どっといい感じ~」と、誰かがどこかでのんびりと歌う声が聞こえ、魔法使いの館ではディスプレイの中の政治家たちも腕を振り足を蹴り上げて唱和し始めた。アイシテル国の国歌らしい。「どっといい感じ~」議場の天井から大量の紙吹雪が舞い狂い、頭にヘタのついた政治家たちがわれを忘れて歌い踊る中、やはり頭にヘタのついた首相が丈の余った背広の袖で演壇をぴしゃりとたたき、再び「ニョッキーソ!」と絶叫するが最早耳を貸す者は誰もいなかった。