通り過ぎて行くバスの中にエフが乗っている。
私は歩道に立って大きく手を振るのだが、車窓の中のエフは怪訝そうな顔をしてこちらを見ている。
何年も会っていないせいか、私だと気づかないらしい。
なおも手を振り続けていると、エフもようやくわかったらしく、私の方に拳を突き出して、にやりと笑って見せた。
エフは高校時代からの私の友人であり、社会に出てからもつきあいがあったのだが、15年ほど前に何を思ったのか自己啓発セミナーにはまって、私のところにまで勧誘に来たことがある。
私は宗教だのスピリチュアルだの心理学だのが嫌いなので、ただちに断ったのだが、私と同じようにこういったものを嫌っていたはずの当のエフがその支持者となって、周囲の友人知人を熱心に勧誘していることに対して、私の側にひっかかりがあって、なんとなく疎遠になった。私のほうから遠ざかったのだ。
当時のエフは仕事や生活のことで何かの壁に突き当たっていたのかもしれない。セミナーに通うようになったのは、エフなりに考えた末の結論だったのだろうと思う。
10年以上も前のことにこだわっている自分が狭量な人間に思えてならない。
バスは遠ざかって行くのだが、私の視線は車体を下から見上げる角度のまま、カメラのようにバスと並行して移動している。
バスの屋根には白く塗装した20メートルほどの高さの鉄柱が立っていて、その天辺には細い鉄棒が突き立てられている。
鉄棒の先端は三叉に分かれて、噴水から吹き出る水のようになっていて、その先に観覧車のボックスのような籠状の展望台が吊るされている。
鉄柱に沿ってゴンドラで上り下りするようになっているのだが、鉄柱の天辺から先は、自力で鉄棒を伝って籠まで移動するようになっていて、命がけである。
籠の中には数人の向こう見ずな乗客が乗っていて、手を翳して周囲を見渡している。
エフもいつの間にか籠の中にいて、涼しげな白い麻のシャツを風になびかせながら遠くの景色を見やっている。
頭上に暮れて行く椀を伏せたような瑠璃色の空に、貝殻を並べたような雲がバラ色に映えてうつくしい。