10年ほど前は新宿へ用があって、よく通っていたものだ。あの街は人が多く集まるので、それに比例して変わった個体もよく見かける。
 本日は、とくに印象に残る人たちについて書いてみたい。いずれも女性だ。



 まずは「私の志集 三〇〇円」の人。夜の西口地上を歩いていると、かなりの確率で遭遇する。首からプラカードを提げ、柱にもたれかかるように立っているのだ。ほとんど無表情。そうやって志集=詩集を売ってるみたいなのだが、それを買う人の姿を目撃できるのは山川穂高が盗塁を敢行するのとおなじくらいな確率かと思われるほどレア。
 もっと以前は東口とか地下通路へ立ってたこともあるそうだ。もう何十年もほとんど変わらない容姿のまま立ち続けているそうだから、彼女の立ち姿込みの情景は夜の新宿では名物と言っていい。
 ミステリアス感満載な女性ではあるが、当然ながら彼女にまつわる記事はネットに出回ってるのでわざわざここへ書くのは控えることにする。
 それでも謎多き女性であることに変わりはなく、また“志集”なるものを見てみたい気もするのだが、なんだか怖ろしくて容易には近づけない。仮に買おうとすれば、たちまち大勢の歩行者から注目を浴びてしまうこと必至なので勇気もいる。それもあって、ずっと通り過ぎるだけなパターンを続けておったのです。

 

 

 3年前のことでした。いっこ前の記事で書きましたA松さんが、私の代わりに志集を買ってきてくれたことがあったのです。
 A松さんはそれまで長年新宿へ勤務しながら、志集のことをご存知なかった。このときは私が雑談で話したのがきっかけ。A松さんは単に本を読むのが好きだったから買っただけなのかもしれないけれど。

 


ナゾの人こんな動画がありました。

 

 謎は多いが、謎は謎のままにしといたほうがいい場合がある。たぶん、この方はそれでいいケース。そしてたぶん、いまも現役で志集を売っておられるのだろう。
 だから、彼女に関してはさほど心配はしていない。問題なのは以下のケース。

 やはり10年近く前に見た人だった。冬でも夏でも黒づくめの服をまとい、帽子を目深に被り、大きめの荷物を引きずりながら、ひと晩じゅう新宿駅界隈をぐるぐると歩き続けてる人。小柄なオバちゃんであった。
 私がよく見たのは西口地下の交番前のあたり。深夜だったから、そこらじゅうにホームレスが寝ている。この人もホームレスなのかとも思ったが、そこまでは汚くなさそうに見える。だが、いつもいつも行く当てもなさそうに徘徊する姿は異様である。
 いっぺん声をかけられたことがある。なんだったかは忘れたが、軽く質問をされた。道を訊かれたんだったか、駅がいつ開くのかだったか、その程度の質問だったと思う。まぁ、フツーといえばフツーな受け答えだったかと。強いて挙げれば小柄だから声は高く、ハットリくんみたいな声(堀絢子)だったように記憶している。
 ところがこのオバちゃん、やはりフツーじゃなかった。ある日のこと。歩く足を止めたかと思うと、なにやらブツブツとひとり言を唱え始めた。やがて怒り出した。ひとりでケンカしているのである。声も大きい。どうやら妄想中のようなのだ。
 そこへ通りがかりの暇そうなオッさんが話しかけようとしたら、妄想モードのまま「うるさいっ!」と怒鳴りつけたのである。オッさんは「なんじゃアレは?」という顔で通り過ぎて行ったが、オバちゃんはなおも妄想のなかの誰かと戦っていた。
 私は何を見せられたのかという想いとともに、この面白いのか面白くないのかよくわからないやりとりに夜の新宿の真実が凝縮してるような気が・・・・・・それはなかった。
にひひ
 ただ、あのオバちゃんがいま、どこでどうしてるのかと考えることはある。そもそも、なんで夜毎、大荷物で徘徊していたのだろうか?



 3人目。これが最大の謎人物。
 これも10年近く前だろうか。西武新宿駅の正面口階段付近に、髪は伸び放題で薄汚れた肌をしたオバちゃんが朝から晩まで常駐していた。
 文字どおり「常駐」。夕方の時間には確実にそこへいるし、朝の始発時間にもいる。たぶん終電くらいまでいるのだろう。駅の職員より勤務時間(?)が長い。
 冬場は多少の厚着はしているが、夏は昭和のオバちゃんが家の中か洗濯物を干す程度のときなら着るが外出時には着ないようなペラペラの服をまとい、毎日ものすごい数の乗降客が行き交う駅の構内でひとり佇んでいた。
 荷物持参。どう見てもホームレス。娼婦ではなさそう。ただ、ホームレス特有の嫌な臭いは漂わせてなかったように思う。
 ネットには目撃者から「老婆」と書かれていたけれど、近くで見たら肌の質はそれほど老けてる感じではなかったので、案外、若かったのかもしれない。
 しかし瘦せ細った体なうえ眼帯をしており、そのいかにも痛々しい佇まいに若々しさは皆無。何らかの事情で行く当てもなく、そこで過ごすしかなかったのであろうと解釈するしかなかった。
 また、これだけ大勢の人に見られてるのに、どこかの金持ちが何とかしてやることはできないものなのかとも思った。私にはどうすることもできないので通り過ぎるだけなのだが。
 当然ながら西武新宿駅の名物キャラ(?)だったようで、誰がつけたのか“西武新宿の妖精”と呼ばれていたらしい。妖精さんは何をするでもなく、ひたすらそこにいたのである。

 7~8年前くらいから、私が新宿へ行く回数が激減した。とはいえ年に数回程度は西武新宿駅を使うことも、あるにはあった。だが・・・。
 そういえば、あの妖精さんを見かけなくなってることに気づいた。気になって仕方なくなった私は、プラットホームですれ違った駅員の方に尋ねてみた。そしたらこんなふうに言われました。
「ボク、ここへ勤務するようになって1年なんで・・・」
 人選ミスだった。
あせる 駅員さんが若すぎた。関係者に尋ねたのは、それっきりなのだが・・・。

 ネットで調べてみるようになったのは最近になってからだ。アメブロユーザーのなかにもこれについて記事にされてる方がおられたので、どうぞご覧ください。
 ・・・と思ったんだけど、その方、まさかのリブログ拒否設定じゃった(笑)。なので簡単に説明します。その方も妖精さんが消えてしまったことを気にかけておられるもようで、記事には妖精さんのことを「座り込むことはなく、とにかく立っていた」と書いておられるくだりがありまして。
 でも私には、あの妖精さんが階段へ座っていたのを何度も見た記憶がある。知人に同駅を利用する人がいるのだが、やはり階段で座ってる姿を目撃したと言っている。ここからはしばらく私の想像を書いてみる。

 おそらく彼女の存在は駅職員からも、よくは思われてなかったのだと思う。あるいは一般客から「あんな汚いババア、どかせよ!」的な苦情が入ってたのかもしれない。でも、ずっとそこへはいるけれど何も悪さはしてない妖精さんに「どけ」とは言いづらいと。
 そこで妥協案として「いてもいいけど、座り込むのはダメよ」と通告したのではないか? だから立ちんぼだったのではなかろうか?



 ほかにもネット上の情報を漁っていると、こんな記事があった。妖精さんに話しかけてみたことがある人がおられたのだ。妖精さんに話しかけるのは「私の志集」の女性に話しかけるのとは異質の勇気がいるだろうに(笑)。
 いつもここで何をしてらっしゃるのかと問うてみたところ、妖精さんは「仕事です」と答えたそうなのだ。数人の調査員と政府の裏の仕事をしている、とのことで。
 そうか、お仕事か。なあんだ・・・・・・んなアホな!
 仕事ならお金もらえるでしょ。そしたら食事できるでしょ。だったらあの、見るからに栄養失調とわかる窶れ具合は何? 見るからにみすぼらしい服は何? そもそも政府が、駅職員の労働時間を軽く上回ってるであろう勤務時間を若くもない彼女に強いてるのか?

 私が見た最後のころの妖精さんは、腰がほぼ直角に折れ曲がった状態で、さらに細く細くなった両腕をダランと垂らした体勢で立っていた
 ただでさえ不気味な雰囲気だった彼女は、まるで“ピカ”にやられた被爆者を彷彿とさせ、より近寄りがたい姿になっていた。どう考えても健康体ではない。10年前、新宿でよくお世話になったオバちゃんが「カルシウムが極端に不足すると、そうなる(腰が曲がった状態)のよ」と教えてくれたものだが、まさにそれ。
 そんな体になってもなお、あそこへ立たせるしかなかったのか? さすがに政府はさせないと思うけどなぁ。それとも本人が座るのを拒否して? いや、誰かに立たされてたんだと思うぞ。

 


 

 リブログ先のブロガーさんは「野垂れ死んだんだろう」と予想していた。仰るように、妖精さんはもう他界されてるのだろうと私も思う。
 ネット記事のなかには彼女の消息を探し回り、区役所まで押し掛けた人もいたらしい。しかし区内ではホームレスが毎年100人は亡くなっており、さらに名前すらわからないようでは探しようがないとのことで諦めたもよう。
 これにて西武新宿の妖精さん探しの道は完全に潰えた。いや、当時を知る職員がどこかにいれば、あるいは・・・?

 それにしても。
 まさか平成の大都会・新宿で、ヒロシマのピカの幻影を見ることになるとは思わなかった。
 そして私もそうだが、誰も彼女を救えなかったのだ。