大正生まれのブログ

大正生まれのブログ

~104歳/全温度チアー/ゴースン・タイガー!共同 「目指せ偏差値マイナス20」推進blog~

 10年ほど前は新宿へ用があって、よく通っていたものだ。あの街は人が多く集まるので、それに比例して変わった個体もよく見かける。
 本日は、とくに印象に残る人たちについて書いてみたい。いずれも女性だ。



 まずは「私の志集 三〇〇円」の人。夜の西口地上を歩いていると、かなりの確率で遭遇する。首からプラカードを提げ、柱にもたれかかるように立っているのだ。ほとんど無表情。そうやって志集=詩集を売ってるみたいなのだが、それを買う人の姿を目撃できるのは山川穂高が盗塁を敢行するのとおなじくらいな確率かと思われるほどレア。
 もっと以前は東口とか地下通路へ立ってたこともあるそうだ。もう何十年もほとんど変わらない容姿のまま立ち続けているそうだから、彼女の立ち姿込みの情景は夜の新宿では名物と言っていい。
 ミステリアス感満載な女性ではあるが、当然ながら彼女にまつわる記事はネットに出回ってるのでわざわざここへ書くのは控えることにする。
 それでも謎多き女性であることに変わりはなく、また“志集”なるものを見てみたい気もするのだが、なんだか怖ろしくて容易には近づけない。仮に買おうとすれば、たちまち大勢の歩行者から注目を浴びてしまうこと必至なので勇気もいる。それもあって、ずっと通り過ぎるだけなパターンを続けておったのです。

 

 

 3年前のことでした。いっこ前の記事で書きましたA松さんが、私の代わりに志集を買ってきてくれたことがあったのです。
 A松さんはそれまで長年新宿へ勤務しながら、志集のことをご存知なかった。このときは私が雑談で話したのがきっかけ。A松さんは単に本を読むのが好きだったから買っただけなのかもしれないけれど。

 


ナゾの人こんな動画がありました。

 

 謎は多いが、謎は謎のままにしといたほうがいい場合がある。たぶん、この方はそれでいいケース。そしてたぶん、いまも現役で志集を売っておられるのだろう。
 だから、彼女に関してはさほど心配はしていない。問題なのは以下のケース。

 やはり10年近く前に見た人だった。冬でも夏でも黒づくめの服をまとい、帽子を目深に被り、大きめの荷物を引きずりながら、ひと晩じゅう新宿駅界隈をぐるぐると歩き続けてる人。小柄なオバちゃんであった。
 私がよく見たのは西口地下の交番前のあたり。深夜だったから、そこらじゅうにホームレスが寝ている。この人もホームレスなのかとも思ったが、そこまでは汚くなさそうに見える。だが、いつもいつも行く当てもなさそうに徘徊する姿は異様である。
 いっぺん声をかけられたことがある。なんだったかは忘れたが、軽く質問をされた。道を訊かれたんだったか、駅がいつ開くのかだったか、その程度の質問だったと思う。まぁ、フツーといえばフツーな受け答えだったかと。強いて挙げれば小柄だから声は高く、ハットリくんみたいな声(堀絢子)だったように記憶している。
 ところがこのオバちゃん、やはりフツーじゃなかった。ある日のこと。歩く足を止めたかと思うと、なにやらブツブツとひとり言を唱え始めた。やがて怒り出した。ひとりでケンカしているのである。声も大きい。どうやら妄想中のようなのだ。
 そこへ通りがかりの暇そうなオッさんが話しかけようとしたら、妄想モードのまま「うるさいっ!」と怒鳴りつけたのである。オッさんは「なんじゃアレは?」という顔で通り過ぎて行ったが、オバちゃんはなおも妄想のなかの誰かと戦っていた。
 私は何を見せられたのかという想いとともに、この面白いのか面白くないのかよくわからないやりとりに夜の新宿の真実が凝縮してるような気が・・・・・・それはなかった。
にひひ
 ただ、あのオバちゃんがいま、どこでどうしてるのかと考えることはある。そもそも、なんで夜毎、大荷物で徘徊していたのだろうか?



 3人目。これが最大の謎人物。
 これも10年近く前だろうか。西武新宿駅の正面口階段付近に、髪は伸び放題で薄汚れた肌をしたオバちゃんが朝から晩まで常駐していた。
 文字どおり「常駐」。夕方の時間には確実にそこへいるし、朝の始発時間にもいる。たぶん終電くらいまでいるのだろう。駅の職員より勤務時間(?)が長い。
 冬場は多少の厚着はしているが、夏は昭和のオバちゃんが家の中か洗濯物を干す程度のときなら着るが外出時には着ないようなペラペラの服をまとい、毎日ものすごい数の乗降客が行き交う駅の構内でひとり佇んでいた。
 荷物持参。どう見てもホームレス。娼婦ではなさそう。ただ、ホームレス特有の嫌な臭いは漂わせてなかったように思う。
 ネットには目撃者から「老婆」と書かれていたけれど、近くで見たら肌の質はそれほど老けてる感じではなかったので、案外、若かったのかもしれない。
 しかし瘦せ細った体なうえ眼帯をしており、そのいかにも痛々しい佇まいに若々しさは皆無。何らかの事情で行く当てもなく、そこで過ごすしかなかったのであろうと解釈するしかなかった。
 また、これだけ大勢の人に見られてるのに、どこかの金持ちが何とかしてやることはできないものなのかとも思った。私にはどうすることもできないので通り過ぎるだけなのだが。
 当然ながら西武新宿駅の名物キャラ(?)だったようで、誰がつけたのか“西武新宿の妖精”と呼ばれていたらしい。妖精さんは何をするでもなく、ひたすらそこにいたのである。

 7~8年前くらいから、私が新宿へ行く回数が激減した。とはいえ年に数回程度は西武新宿駅を使うことも、あるにはあった。だが・・・。
 そういえば、あの妖精さんを見かけなくなってることに気づいた。気になって仕方なくなった私は、プラットホームですれ違った駅員の方に尋ねてみた。そしたらこんなふうに言われました。
「ボク、ここへ勤務するようになって1年なんで・・・」
 人選ミスだった。
あせる 駅員さんが若すぎた。関係者に尋ねたのは、それっきりなのだが・・・。

 ネットで調べてみるようになったのは最近になってからだ。アメブロユーザーのなかにもこれについて記事にされてる方がおられたので、どうぞご覧ください。
 ・・・と思ったんだけど、その方、まさかのリブログ拒否設定じゃった(笑)。なので簡単に説明します。その方も妖精さんが消えてしまったことを気にかけておられるもようで、記事には妖精さんのことを「座り込むことはなく、とにかく立っていた」と書いておられるくだりがありまして。
 でも私には、あの妖精さんが階段へ座っていたのを何度も見た記憶がある。知人に同駅を利用する人がいるのだが、やはり階段で座ってる姿を目撃したと言っている。ここからはしばらく私の想像を書いてみる。

 おそらく彼女の存在は駅職員からも、よくは思われてなかったのだと思う。あるいは一般客から「あんな汚いババア、どかせよ!」的な苦情が入ってたのかもしれない。でも、ずっとそこへはいるけれど何も悪さはしてない妖精さんに「どけ」とは言いづらいと。
 そこで妥協案として「いてもいいけど、座り込むのはダメよ」と通告したのではないか? だから立ちんぼだったのではなかろうか?



 ほかにもネット上の情報を漁っていると、こんな記事があった。妖精さんに話しかけてみたことがある人がおられたのだ。妖精さんに話しかけるのは「私の志集」の女性に話しかけるのとは異質の勇気がいるだろうに(笑)。
 いつもここで何をしてらっしゃるのかと問うてみたところ、妖精さんは「仕事です」と答えたそうなのだ。数人の調査員と政府の裏の仕事をしている、とのことで。
 そうか、お仕事か。なあんだ・・・・・・んなアホな!
 仕事ならお金もらえるでしょ。そしたら食事できるでしょ。だったらあの、見るからに栄養失調とわかる窶れ具合は何? 見るからにみすぼらしい服は何? そもそも政府が、駅職員の労働時間を軽く上回ってるであろう勤務時間を若くもない彼女に強いてるのか?

 私が見た最後のころの妖精さんは、腰がほぼ直角に折れ曲がった状態で、さらに細く細くなった両腕をダランと垂らした体勢で立っていた
 ただでさえ不気味な雰囲気だった彼女は、まるで“ピカ”にやられた被爆者を彷彿とさせ、より近寄りがたい姿になっていた。どう考えても健康体ではない。10年前、新宿でよくお世話になったオバちゃんが「カルシウムが極端に不足すると、そうなる(腰が曲がった状態)のよ」と教えてくれたものだが、まさにそれ。
 そんな体になってもなお、あそこへ立たせるしかなかったのか? さすがに政府はさせないと思うけどなぁ。それとも本人が座るのを拒否して? いや、誰かに立たされてたんだと思うぞ。

 


 

 リブログ先のブロガーさんは「野垂れ死んだんだろう」と予想していた。仰るように、妖精さんはもう他界されてるのだろうと私も思う。
 ネット記事のなかには彼女の消息を探し回り、区役所まで押し掛けた人もいたらしい。しかし区内ではホームレスが毎年100人は亡くなっており、さらに名前すらわからないようでは探しようがないとのことで諦めたもよう。
 これにて西武新宿の妖精さん探しの道は完全に潰えた。いや、当時を知る職員がどこかにいれば、あるいは・・・?

 それにしても。
 まさか平成の大都会・新宿で、ヒロシマのピカの幻影を見ることになるとは思わなかった。
 そして私もそうだが、誰も彼女を救えなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 10年くらい前から顔見知りの、A松さんという女性がいます。以前はよく見かけることがあったのですが、ここ数年は顔を合わす機会が減少気味でして。
 当初は私が弁当を食べたあと手洗い場で歯ミガキしてるたびにA松さんがバッタリ現れるというパターンが続いてたので、A松さんにとって私は「常に歯を磨いてる人」と認識されていたのだろうと思われます。
 最近になって会う機会が少しだけ増えてきました。そこで時間があるときに雑談をしてみました。
 A松さんは推定65歳くらいなので「ディック・ミネって見たことありますか?」って内容で。「知ってます、知ってます。懐かしいですね」と、嬉しそうな顔をされました。
「じゃあ東海林太郎は?」
「東海林太郎さんは私にとっては、いかにも“歌手ー!”ってかんじの人なんですよ」
「すると渡辺はま子も・・・」
「うちの母が好きでした」
「お母さんが? A松さんは?」
「こらこら、そこまで古くないですよ。私の世代はグループサウンズで。タイガースとかテンプターズとか・・・」
 A松さんがこんな生き生きとした表情になるところは初めて見ました。
「ということはゴールデン・カップスとかカーナビーツとか」
「そうそう」
「では、フォー・セインツはご存知ですか?」
「はい!」
「代表曲は『小さな日記』」
「あああ、イイ曲ー!笑い泣き
 A松さん、なんか涙目になった(笑)。私がフォー・セインツの荒木しげるさんの告別式へ行ったときのエピソードを話したら、目を丸くして聞いていました。

 さて、本日のよいこのデンジャラスセレクションシリーズはテーマを【DANCE】に絞ってのお届けです。ダンスミュージック、というやつですかね。
 前に書いたことがあるんですが、私自身は踊ることに興味はありませんし、誰かが躍ってる姿を見てても楽しいと感じることはありません。だから観劇レビューをしようとしてても途中でミュージカル調になるくだりがあると、どうしても残念な書き口になってしまうことがある。
 踊りそのものの否定をするわけではなく、踊りの楽しさがわからないのです。また、わかろうとも思ってない。踊りといえば小学校の運動会で強制的に「やらされる」ものとして刷り込まれてるせいか、ややネガティブなイメージができているのかもしれないです。例外的に『死霊の盆踊り』で酷いクオリティのダンサーが出てきたときだけはゲラゲラ笑っていましたけども。
 しかし、ただダンスミュージックを聴くことならば問題はないのです。だから当ブログで『東村山音頭』を扱ったこともありましたからね。
 今回は小さなお子ちゃまから大きなお年寄りまでいっぺんにお相手します。私が選んだダンスミュージック、お楽しみあれ。



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音譜安田祥子 コロムビアひばり合唱団『ルリ子の歌<作詞:西條八十/作曲:米山正夫>



 浅丘ルリ子といえば私が存在を知ったときには面長で目の周りを真っ黒けにしているオバちゃんで「ネプチューンの名倉潤と区別しづらい人」という認識になってたので、近年になってから1959年公開の映画『ギターを持った渡り鳥』を観たときにはヒロインとしてクレジットされてるのにどれが浅丘ルリ子なのか最後までわからないという事態に陥ってしまったもんです。どうやら彼女、厚化粧をしなければ清純で、輪郭も丸顔のようなんですよ。
 本曲は、さらに遡って1955年。当時14歳の浅丘ルリ子のデビュー作となった日活映画『緑はるかに』で使われた劇中歌である。同映画はミュージカル調であり、本曲は物語の主人公=ルリ子(浅丘ルリ子はこの役名をそのまま芸名にしてしまったもよう)が歌うことになるのだが、思いきり口パク。実際に歌っていたのはルリ子よりひとつ歳下の安田祥子であった。
 安田祥子は小学生時代にひばり児童合唱団へ所属しており、この当時は童謡歌手として活動していた。
 その歌声は昭和のレコードから聞こえる児童の歌唱そのまんま、といったところだろうか。そう、あの画一的で「口角を上げながら歌っています」な絵がすぐに浮かんでくるような歌声なんですね。ちょっと北朝鮮の子どもっぽく感じなくもないです。でも当時としては、あれが基本に忠実で上手な歌い方だったのでしょう。
 これを作詞したのが「母さん、僕のあの帽子、どうしたんでせうね?」・・・などで有名な西條八十であることに軽く驚く。作曲は、美空ひばりや野口五郎らを門下生に持つ米山正夫であった。
 ちなみに映画を観た人のレビューには低評価なものが多く、「ワクワクしないグーニーズ」「死ぬほどハッピーエンド」・・・といった、辛らつだがセンスを感じさすコメントが並んでいた。逆にポジティブな意見としては「男の子3人組の名前がチビ・デブ・ノッポ。私はデブくんが好き」「子どもたちがコスプレした狂気としか思えない夢の世界は本当に狂っててよかった」「お遊戯会レベルのものをわざわざ映画に出すのは最高」・・・というものであった。


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音譜FRANCK POURCEL GRAND ORCHESTRA『IN A NOSTALGIA MOOD<作曲:Franck Pourcel>


 だいぶ前のことですが、ラジカセで音楽番組を聴いておりました。当時の私はイージーリスニング系の音楽にハマっておりまして、かかってきた、よく知らない音源を録音して繰り返し聴く、ということをやっておったのです。
 最近では「知的な人ほど歌のない器楽曲(インスト)を好む」という研究結果が出ているそうですが、私の場合はあんまり当てはまらないような気がしますけどね。
 その日は3曲ほど気に入った曲をゲットしました。そのうちのひとつが本曲。フランク・プゥルセル・グランド・オーケストラの『ノスタルジア・ムード』と紹介されてました。
 そこそこ古い曲なのかと思っておったのですけど、いま調べてみたら1983年にリリースされたアルバムに収録されてたものだそうで。なんだ、そんなに古くはなかったな。あらためて聴き直してみたら、これならたしかにその年代くらいのサウンドになるなーとは思ったけど。
 明確にダンスミュージックと書かれている記述などはありませんが、聴けばダンス向きな曲であることはわかるし、レコードジャケットにもダンスをしてるのだと思われる絵が描いてあったので本日のテーマには沿っていると判断。
 フランク・プゥルセルはパーシー・フェイス、マントヴァーニと並んでイージーリスニング界の3大リーダーのひとりと言われ、日本ではフランク・プゥルセル・グランド・オーケストラの演奏する『ミスター・ロンリー』がラジオ番組『JET STREAM』のテーマ曲として長年使用されたことで有名である。



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音譜美ち奴『シャンランぶし<作詞:村松秀一/作曲:台湾民謡>


 通称「ツーレロ節」、または「ツーツーレロレロ」と呼ばれる。私はツーツーレロレロのことを音信不通を示す俗称のようなものだと勝手に解釈し、戦地へ赴いた旦那と連絡がとれずヤキモキするご婦人の心情を表しているのだろうと想像していたのに、よく調べてみると真実はまったく予想外だったので目がテンになりました。
 さて本曲。いまの若い世代のあいだでは小林旭やザ・ドリフターズらによってカヴァーしたものが有名だと思うが、日本でもっとも早くこの歌を流行らせたのは1943年にリリースされた、芸者歌手の美ち奴が歌ったコレでした。
 しかし本曲はもともとが台湾民謡であるため、その美ち奴版ですらカヴァーみたいなものだった。これが流行歌となり、とくに南方派遣の兵隊さんに人気の曲だったそうです。
 その後もお座敷の余興で重宝された歌なんだそうで、たぶん芸者さんとお客さんが一緒になって楽しく本曲を歌い踊っていたのだと想像します。替え歌にして楽しむにも絶好の歌だったそうですし、娯楽の少ない戦中戦後の時代においては便利な歌だったのでしょうね。そこで思うことが。
 この曲最大の特徴は、変拍子なところだと思うんです。イントロで4拍子、だけどAメロが始まるや3拍子にチェンジし、そしてサビになるとまた4拍子に戻るのです。リズムが変わるたびに踊りにも変化をつけてたんでしょうか? ・・・そんなことを想像してしまいます。
 本曲は当初、インストゥルメンタル部分に戯れ歌の歌詞がついたかたちでレコーディングされていたらしい。それが「ルーズベルトのベルトが切れて♪」「チャーチル~チルチル~ 国が散る国が散る♪」というもので、軍歌枠(?)であったものと思われます。
 なお本曲は美ち奴が26歳くらいだったころの歌ですので、今回の当コーナーのアイドル枠扱いといたします。



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音譜ガンジー『スローダンサー<作詞:小暮勝/作曲:ガンジー>


 オリコンチャートでは初登場や売上げが伸びている作品を赤字、または赤丸をつけて表記しており、これを「赤丸急上昇」と呼んでいる。それに該当する曲はいつも多いのだが、週に1曲か2曲、あるいはまったくない週もあるくらいの割合で、さらに濃い文字で注目曲だとわかる表記をされているものがあった。現在もそうなのかは知らない。呼び方も「特丸急上昇期待曲」というのか、それとも「超赤丸急上昇期待曲」というのか、正しくは知らない。とにかくこれがつけられた曲は、今後の大ヒットが予想されるという意味だったのだと思う。
 ところがこの扱いを受けていながら、それほど大きな売上げには届くことなくスマッシュヒット止まりで終わってしまうものもわりとあった。まさにガンジーの『スローダンサー』がそれ。本曲は1982年の曲であるが、ほぼ同時期に特丸急上昇期待曲(?)と目されながらもスマッシュヒット止まりになった作品では三好鉄生の『涙をふいて』、明日香の『花ぬすびと』、佐藤隆の『マイ・クラシック -In your ACTION!-』・・・などが挙げられるかと。
 ただ三好鉄生、明日香、佐藤隆らがその後も活動を続けていたり、例えばその名がWikipediaに掲載されるなどの実績を残しているのに対し、ガンジーの場合、そのへんは不明な点が多い。完全な一発屋。個人のブログで個人的な思い出話が綴られているものこそポツポツ見かける程度のもので、これといった情報はかなり薄い。謎だらけ。スマッシュヒットとはいえ12万枚は売れた本曲がカラオケにもなってない様子、というのが現状で。
 でもね、カッチョいい曲なんですよ。埋もれさせとくにはモッタイナイ。だから記事にした。目覚まし代わりにラジオのタイマーセットが起動した際、たまたま流れていたのがこの曲で、レム睡眠中だった私の脳に刷り込まれた原体験が、本曲を聴くと体が反応するきっかけになった――という事情があるのかもしれないが。
 音楽的にはアダルト・オリエンテッド・ロック(AOR)と呼ばれるものに分類されるものらしく、そのサウンドはいい意味で「1981年でも1983年でもこうはならなかっただろうな」と思わせる。
 思えば1982年といえば(それ以前にも兆候があるにはあったが)アイドルがいよいよ跋扈し、日本じゅうが「音」よりも歌い手の「見て呉れ」にしか興味を示さなくなるのが明確になった年でもあった。1983年以降は、もっと酷くなった。
 そんななかでもこの年は、まだオアシスのように音で勝負しようとするミュージシャンをみつけることもできたわけで。ガンジーも、そのひとりだったのだと思う。テレビに出たときの動画をみつけたが、野坂昭如とクリスタルキングのムッシュ吉崎と高野俊二時代の高野拳磁を混ぜてレンジでチンしたらこうなりそうな風体でニヤリとさせられました。でもやっぱりミステリアス。
グラサン
 メロディ的にはわかりやすいが、歌詞も気になる。主人公は「生まれつき だまされやすい 女のタイプ」なんだそうだ。発達障害でも患ってるのだろうか? ときは流れてこのご時世、どこかで「3億円当選しましたー!」って類いの詐欺メールに引っかかってないかと心配です。
 今回はとくに本曲にまつわる情報を募集いたします。あ、ネット上にはないものですよ。



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音譜マイティ井上『乃木坂・ナイト<作詞:天野洽三郎/作曲:後藤英雄>


 1年前の当コーナー「よいこのデンジャラスセレクション⑰【行け・歩け・走れ】ゴーゴー・ハカイダー」の回で、ずいぶんと反響のあったマイティ井上の『エマの面影』。あのあとタブレット純が『エマ~』を弾き語りする動画をupしてたみたいなので、興味ある人は勝手に探してくださいね。
 今回は『エマ~』のB面曲ですよ。ということは、コレも自動的に1984年リリース曲ということになりますね。この年の2月、マイティはチャボ・ゲレロを破って
NWAインターナショナル・ジュニアヘビー級のベルトを奪取しています。しかも6回も防衛して長期政権を築く(同王座の最多連続防衛記録)など、飛ぶ鳥を落とす勢いにありました。その勢いに乗って出したレコードだったのかもしれません。
 じつはA面よりもこっちのほうが個人的には面白みを感じて好きなんです。いかにも何か企んでそうな、しかしいかにもムード歌謡なイントロに始まり、いかにも夜のお店に似合いそうなマイティの歌声が今夜もあなたのハートをキャッチする。しないわけがない。恋の矢
 本曲を動画サイトで聴いた人たちからは「どんどん酒がすすみそう」「全日本プロレス中継のエンディングで流れてた」「これならレコード買えばよかった」「乃木坂84」・・・といった絶賛コメントが寄せられていました。
 コレ、カラオケにあったらぜったい人気出ると思う。歌ってみたくなるでしょ。上の画像をクリックで大きくしたらジャケット裏の歌詞が見れますので、マイティと一緒に歌ってください。
 ということで、本日のトリはマイティ井上が務めたことで御開きといたします。



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 以上、5曲。あなたが踊りたくなったのはどれですか?
 今回はとくに、時代的なアッチ行ったりコッチ行ったりの幅が大きかったですかね。まぁ前にも書きましたが、当コーナーはファミリーでお楽しみいただくのを目的に展開していくのをモットーとしておりますからね。こうなるのは当然といえば当然ですね。
 それではみなさん、ごきげんよう。 (^_^)/~


かお

 

かお

 

かお

 

かお

 

かお


 ちょっと待った。
 やっぱり、なんか物足りない。いっこピースが欠けてる感がします。
 毒がないよ、毒が。もっとガツンとくるものが欲しい。ガツンをやりたくてコレやってるようなものなんですから、ガツンをやりましょうやっときましょう。
 ごめんねマイティ、せっかくのメインイベンターが事実上のセミに降格したみたいなかんじになって。


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音譜友川かずき『死にぞこないの唄<作詞:友川かずき/作曲:友川かずき>


 当コーナーでは過去、聴く者の心をズタズタにしてくれる音楽担当として三上寛を何度も掲載してきた。今回は三上寛ではないが、そのかわり三上寛に匹敵するであろうシンガーの歌を投下したいと思います。
 友川かずき。現在は「友川カズキ」表記へと改めているフォークシンガー。2018年3月に書きました「ちあきなおみ『氷の世界』 ~今年の寒さは記録的なもの」へ掲載した『夜へ急ぐ人』の作詞と作曲をした人、という紹介ならわかりやすいだろうか。
 あの曲をちあきなおみが『紅白』で歌ったとたん、それまで和やかだった会場の空気を一変させ、白組司会の山川静夫が「なんとも気持ちの悪い歌ですねえ」と台本にないコメントを発したことで知られる。あれを作った張本人なんである。
 1978年発売のLP『友川かずき撰集 生きてるって言ってみろ』収録。これ、たぶんダンスミュージックじゃないよ(笑)。
 最初はコミックソングかと見まがうような楽しい曲かと思ったら、狂気をおびた歌詞とヴォーカルが襲ってくる。噛みついてくる。ちょっと、痛いじゃないの!
えっ ・・・そんな歌。
 しかし動画サイトへ書き込まれたコメントには「ポジティブになれるよい歌詞です」「痛々しい死の描写を想像させることによって、逆に『意地でも生きてやろう』と生への活力を見出せる」「『明日はいい日になるから頑張ろう』的な普遍的で陳腐な歌詞より、あえて底を見せる歌詞のほうが勇気づけられる」・・・といったものがあるのをはじめ、生きることへ前向きになれるといった意見が複数件あった。うん、うん、わかってるねぇ。 ( ̄ー ̄)ニヤリ
 死にたくなったらこの歌を聴いてみるといいよ。応援歌の多くはその場しのぎなだけで本当に当事者を思いやるのではなく、それを発信する側が自分に酔うだけで終わるでしょ。あれよりは、ずっといいよ。


 

 

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 3年生のとき、運動会用に踊らされた演目として『あおぞら音頭』なるものがありました。指導を担当したのが違う学年の先生で太ったオバちゃんだったのですが、まるで北朝鮮の報道オバちゃんみたいな高圧的な物言いをする人だったので、生徒たちは軍隊に入れられたような気分になりながらドンヨリした空気のなかで従っていたものです。
 歌手などはいっさい不明ですが、歌い出しが「たいようはおとうさん あおぞらはおかあさん♪」だったのを憶えていたので、ためしに『あおぞら音頭』を検索にかけてみたところ、村田英雄先生の歌にヒット。タイトルはおなじでも内容はぜんぜん違うものでした。私が踊った曲は見当たりません。
 ところがです。私とおなじように「たいようはおとうさん♪」で始まる『あおぞら音頭』をネットで探してる方がいたようなのです。2009年に投稿されたものですので、もうずいぶん前のことになりますね。もしかすると私とおなじ場所で、おなじように北朝鮮の報道オバちゃん指導のもとでアレを踊ってた人なのかもしれません。
 しかし残念なことに、これにアンサーをした人が「村田英雄や三門順子の曲に同タイトルのものがありますが歌詞が一致しません。タイトルを間違えているのでは?」といった回答をしていたのです。
 たぶんアンサーを書いた人はネット検索で探したのだと思いますが、それだったら質問を投稿した人だってやってるでしょうに・・・。そしてなんといっても「たいようはおとうさん♪」で始まる『あおぞら音頭』が存在したことは私が証人としてここにいるのですよ。「あおぞら音頭でヨヨイのヨイ♪」だか「チョチョイのチョイ♪」だったか、そんな締めだったのも記憶にあるので間違いはないのです。
 この質問コーナーの受付けは終了してるので、新たに書き込みができるフォームはもうありません。私が「その人は勘違いしてるのではない」とフォローを入れたくても、もうできないのです。できたとしても、こんなに時間が経ってしまってるので誰も見てはくれないでしょう。あー、モヤモヤするなぁ。


学校当時の呉市立阿賀小学校校庭。わしらはここで『あおぞら音頭』を踊らされました。



 ところで。
 A松さんに『小さな日記』を1フレーズだけ歌ってもらったんですよ。
カラオケ「♪♪♪♪♪♪」
 それ『小さな日記』じゃない・・・。ショック!

 

 

 

 

 

 

 

 

 本日のイエス・ノー世論回想記事は2010年10月に作ったもので、当ブログでは過去に掲載したスーパーヒーロー6人タッグマッチ時代劇ヒーロー6人タッグマッチに続くタッグマッチシリーズ。自分で作っておきながら、すっかり忘れていたトピックです。


リングリングリングリングリングリングリングリングリングリングリングリング


【問題】
スーパーヒロイン6人タッグマッチ、どっちが勝つ? (ルールや展開はご自由に)


【チームYES】ビジンダー&ダルニア&クリスチーネ剛田

vs

【チームNO】ドロンジョ&タックル&けっこう仮面


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よめぇ選手紹介/特徴


悪ビジンダー選手

・師匠が千葉真一。

 

悪ダルニア選手

・顔デカい。


悪クリスチーネ剛田選手

・通称“ジャイ子”。もしかすると本名かもしれない。

・漫画家志望。


悪ドロンジョ様

・24歳お肌の曲がり角。


ヒーロータックル選手

・だいたい人質になる。


ヒーローけっこう仮面選手

・顔は誰だか知らないけれど、カラダはみんな知っている。

ドキドキレフェリー:阿部四郎

 

リングリングリングリングリングリングリングリングリングリングリングリング


 回答に参加したメンバーのコメントを見てると、多くの方々にとってキーとなったのはドロンジョ様。とくにチームNOの勝ちを予想するメンバーからは「お色気で阿部レフェリーを味方にすれば・・・」という意見が何件もありました。「ドロンジョ様のお肌が少し曲がり角に来てもまだ十分に魅了する力を発揮できる」とのことです。
 しかし、ドロンジョ様を深田恭子だと思ってる人も複数人いました。深田恭子のドロンジョは後年、実写版になったものですが、話題性こそあったものの私にはコスプレやらされてるだけにしか見えなかったので、それをドロンジョ的要素として考慮するのはおかしいだろと思いました。
 案の定「深田恭子のドロンジョ様が可愛かったので」というだけで選んでしまってる人もいたりで。可愛さ対決ならそんなのでいいのかもしれないのですが・・・いや、それだとビジンダー&ダルニア&剛田が束になってかかっても敵わないことになるのでおかしい。そもそもドロンジョに可愛さは不要であろうに。彼女の場合、色気はあっても嫁のもらい手がいないキャラなのだ。・・・なに、ビジンダーはともかく仲間のなかに平均値を下げてるやつがいるだと? それは失礼だろ。むかっ
 いやいや、この場合は可愛さを競ったところで面白くならないことのほうが問題でしょうし、ドロンジョしか見てないのだとすると「タッグマッチ」の要素がぜんぜん活かされてないことになる。もうちょっとトンチを利かせてほしかったものです。
 いっぽうでチームYESを支持したメンバーから「ドロンジョ様に勝利というのは、キャラ的にあり得んでしょ」という意見があった。なるほど、そういうことならドロンジョ様がいるだけで敗北決定という理由もうなずける。ドロンジョ様の性質を考慮した意見ですので説得力もあります。この意見を見たメンバーが直後に「ドロンジョ様が勝てるわけがない」と、同意を示すコメントを書いていました。
 ほかには「ダルニアが観客の中にザビタンを発見しリング外へ(じつはボヤッキーの変装)・・・」「剛田のペンで刺そうとするが剛田が激怒し・・・」といったコメントもありましたが、それくらいの想像力は働かせてほしいもの。ここのサイトは170文字までしか書けないので、すぐに足りなくなるんです。なのに、なんで短文1~2行程度を書いてオワリにするコメントが多くなるのかと不思議でありましたよ。

 酷いのには「わからん」「難しい」としか答えられない者もおりまして(そんなコメントなら書かなきゃいいのに)。ここのメンバーにとっては難題な部類に入るトピックだったもようです。

コメント全温度チアーさんのコメント⇒【YES】新体操の団体戦で競われることになるも、審査員席に内館牧子がいた。最も身体能力が高いと思われたビジンダーが、感情の起伏が激しく戦力にならないという波乱が起こりチームYESの劣勢。楽勝ムード漂うチームNOであるが、けっこう仮面が衣装の着用を頑なに拒否したため内館の逆鱗に触れ失格となる。そのころ式守伊之助は、新体操審判免許を受験中であった――。

 

 

 そういえば何年か前、コミケに降臨したクリスチーネ剛田のコスプレイヤーさんが話題になってましたね。こちらのほうは、かなりクオリティ高かったです。