当ブログでは過去、上野山功一さんとの楽しい思い出を何度もレポートしてきました。残念ながら上野山さんがお亡くなりになったことで、もうそれ系の記事は書けなくなりました。でも今回は、そのなかで書き残していたものを書いておこうと思います。とはいえ、今日は上野山さんのことではありませんけどね。
 上野山さんが福島から上京される際は新宿のヒルトンホテルで宿泊されていたんですが、そのたびに懇親会がおこなわれ、上野山さんの知人や私を含めたファンもお誘いくださっていたのです。なかには業界の方もおられます。こんな機会でもなければ、もう一生かかわることのなかったであろう方々ばかり。ものすごく貴重な体験でした。
 そんななか、この会では出席率が高く、用事でやむを得ず欠席した日にも焼酎を送ってくださるなどの配慮をされていたのが脚本家の石森史郎さんでした。上野山さんが出席者を一人ひとり紹介していた日があったのですが、そのとき上野山さんは石森さんの番になると
「数々の有名女優と浮名を流し~」と語って笑いをとる。「数々の~」というのは少し盛ってたのかもしれませんけど(笑)。で、石森さんは石森さんで、あっさりぶっちゃけてしまいます。
「(名前は明かさなかったが)その女優とスキー(?)旅行へ行ったとき、パパラッチがついて来た。ボクは困ってたんだけど、彼女は『見せびらかしてやりましょう』とか言ってきて。パパラッチがリフトで追ってくるのを確認すると、私も一緒に反対側へ乗せられて、すれ違いざまに彼女が『ハァ~イ!』って。女優は大胆なことをする」
 そんなかんじの詳細まで話してくださった。 ※細かいところは私の聞き違いが起きてる可能性もございます
 だけどそういう紹介がされないときは、誰が誰なんだかわからない。石森さんの場合、どちらかというと小柄で、黙っていれば目立たないふつうのおじさんに見える。だからご存知ない方からからすればどう話しかければいいのかわからないのか、ポツンと座っておられることも多かった。映画・テレビで数々の名作を輩出された大先生がここへいらっしゃるというのに、じつにモッタイナイことであります。
 でもいったん話しかけると、とても気さくに対応してくださるんです。口調は穏やか。温厚。そういうところに女優さんが惹かれるのかもしれません。で、今日はそのときのことを書こうと思います。

 

 

 ・・・本当はコレ、書くべきなのか迷ったのです。自分のなかだけにしまっておくべきなのか、書くとしてもアメンバー限定記事にしたほうがいいのだろうかと。だからレポートを書いた当時も、ひとまず見送ることにした記憶があります。

 しかし、いまにして思えば、石森さんはこの件を本当は強く訴えたかったんじゃないかと、そんな気もするんですよね。なので思い切って一般公開で書いてみますわ。

 

 石森さんが脚本を手がけた作品なら数えきれないほど見ているはずで、でもご本人を前にすると特定のものが思いつかず。スマホでも持っていればそれで担当したものを確認しながら話を進めていけばよかったものを、生憎と私はスマホなる超ハイテク機器を持ち合わせていなかったため、家を出る前に簡単な予習をしていくも、せいぜい『ザ・カゲスター』の話題しか出てこず。これは石森さんの担当回が多かったシリーズだったがゆえに挙げた作品だったのですけど、これをそばで聞いていた岡田勝さん(同番組で殺陣を担当)が「カゲスター、やってたの?」と、興味を示され・・・というのは2019年の記事へ書きました。あ、いま見返したら『愛と誠』のことも聞いてましたわ。あと、いまから書こうとすることも、このときは躊躇してやめたことも書いてある。件のエピソードを聞いたのも、この日だったもようです。劇場版『銀河鉄道999(The Galaxy Express 999)』の裏エピソードでした。石森さんが「松本零士は・・・」と言いかけたところで私は書くのを止めてます。今日はこの続きを書いてみることにします。



 この仕事の依頼が来たとき、どうやら石森さんはそれまでの『999』がどういう作品だったのかを確認したようなんです。それで出てきたのが次の言葉だったそうです。

石森さん「松本零士は哲学がないのか! 大学出てないだろ! メーテルは鉄郎のお母さんなんですよ!」
 え? え? なんかこれ、衝撃発言かも!
チアーさん「す、するとメーテルが鉄郎の母親へ似せた姿に・・・というのは松本さんじゃなくて石森さんが作った設定だったんですか!?」
石森さん「そうですよ。なのに(できた映画の)最後で<企画・原作・構成:松本零士>ってことにされている」
 石森さんは穏やかでどこかトボケた口調だったからそのときは笑いながら拝聴していたんだけれど、こうして文字に起こしてみると、なかなか辛らつなことを仰ってたのかなーと、いまになって気づきました(笑)。

 

 

 私は『999』、テレビ版は再放送枠でほとんど見ました。石森さんが脚本を担当した劇場版も見てます。だだ、それほど詳しいわけではないので、これは一般に知られているエピソードなのかがわからない。そこでネットで調べてみることに。そしたらやっぱり「メーテルには鉄郎の母が若いころの姿が与えられた、という設定を作ったのは原作者である松本零士である」という情報が出てきます。ということは、どうやら一般的には知られていないということか。あのとき石森さんとこの話をしたのは私だけで、ほかの人は聞いていない。各々で盛り上がってましたから。よそのどこかで石森さんがポロっと話すことがあったのかもしれないけど、少なくともそれが大々的に伝えられることはなかったということか。
 ちなみにですが、石森さんはテレビ版『999』のほうの脚本には参加された実績がありません。テレビ版ではメーテルと鉄郎の母が瓜二つであることは最大の謎として描かれてはいるものの、最後まで「なぜ似ているのか」の明確な答えはボカされたままだったようです。ただED曲『青い地球』(作詞:橋本淳)の2番以降の歌詞で「母さんに似てるよ」「母さんを見てるみたいだ」と、鉄郎がメーテルのなかへ亡き母の面影を見出しているフレーズが2度にわたって出てきます。私の勝手な推測ですが、石森さんはここに着目されたのではないでしょうか。せっかくいい素材が落ちてるのに、それが作品に活かされていないじゃないかと石森さんはお感じになられたのではなかろうか。
 そういえば長坂秀佳さんが『人造人間キカイダー』へシリーズ途中から参加するようになった際、キカイダーの左右非対称なデザインを見て「これは哀しい話なんだな」と直感。しかしそれがドラマに活かされていないと思い、自分が参加するようになってからは設定をフルに活かす方向へ力を注いだのだという話を聞いたことがある。たぶんですが、それとおなじようなことを石森さんもお考えになられたのではないでしょうか。
 メーテル自身が「母・プロメシュームから、宇宙一美しい体として鉄郎の母の若いころの体を与えられた」とハッキリ語ったのは、石森さんが担当した劇場版が初だったとのこと。う~ん、ボカしたまんまにするのもミステリアスでいいのかもしれないけれど、たしかにこの設定なら、よりドラマティックなものとして見る者の心をつかみますよねぇ!

 


 劇場版『銀河鉄道999』はテレビ版がまだ続いている最中に公開されました。当時、劇場版を観た人はメーテルの謎を先取りしたつもりでテレビを見ていたのかもしれません。でもテレビ版では謎のまんまだったということです。また劇場版は、テレビ版がまだまだ続いているのに最終話にあたるエピソードをやってしまったことで物議をかもしたそうです。だからか、テレビ版での最終回では劇場版の展開をさらに膨らませたような終わり方で、スタッフの努力がうかがえるサヨウナラとなりました。「劇場版を観たから、ぜんぶ知ってるぜ」を許さなかったのは、お見事だったと思います。

 ああいう終わり方はシリーズが長ければ長いほど効く。刺さる。その点、本作ではテレビシリーズが2年半もの長期にわたって展開されており、しかも一つひとつのエピソードが非常に濃い旅モノだった。そのうえであのラストである。そりゃ、あんなもの見せられた当時の少年たちが心を撃ち抜かれたのは想像に難くないというもの。さぞ大きなトラウマを負ったことでしょう。引きずったことでありましょう。

 

 

 メーテルの謎と、その設定。『銀河鉄道999』においてはこれ、かなり重要なポイントだと思うんです。そのアイデアを出したのは石森さんなのに、結果的には松本さんが総取りしたカタチになってしまっていると。もちろん松本さんが意図してそうしたのではなく、スタッフが配慮しなかったからそうなってしまったのかもしれない。まぁ企画や原作は松本さんでいいのだとは思いますけど・・・石森さんからすれば手柄を横取りされたみたいになってるので、そりゃ悔しかったでしょうね。
「ボールが止まって見えた」は“打撃の神様”川上哲治さんが残したとされる伝説の名言。しかし本当は小鶴誠さんの発言で、当時の新聞記者が「知名度のない小鶴では記事にならない」と考え、既に人気のあった川上さんの発言として掲載したという説が近年では有力であります。それとよく似てますね。

 


 あの日の帰り際、石森さんからは、おそれ多くもご自宅の住所が記載してある名刺をいただきました。
チアーさん「『ママちょっと来て』が見たいんですけどね」 ※『ママちょっと来て』は石森さんの脚本家デビュー作です。

石森さん「もうテープが保存されてないからねぇ」
 これが最後の会話でした。

 
 この6月9日で石森さんがお亡くなりになって1年が経つ。私が死去を知ったのは、亡くなられてから半年も過ぎてからだった。
 
 上野山さんや石森さんと最後にお会いした懇親会、その時点で上野山さんは80代の後半、石森さんはさらにその上でした。にもかかわらず、2年後には上野山さん出演、石森さん脚本の舞台をするんだと語られていた。ところが世はコロナ騒動へ突入し、上野山さんは体調を崩して逝ってしまわれた。
 その後、松本零士さんも2023年、さらに『青い地球』を作詞した橋本淳さんもつい最近、逝去されている。メーテルをめぐるエピソードを私が書かなかったのは、当時、まだ松本さんがご存命だったので遠慮したほうがいいのかなと思ったから、というのもあります。しかしこのエピソードがどうあれ、いまさら松本さんに傷がつくほどのことでもないだろう。それほどのレジェンドですのでね。だったら石森さんがこのように話されたと記録しておくほうが意義はあるのではないかと判断し、ここへ書いてみた次第です。


 
――キラキラいま、万感の想いをこめて汽笛が鳴るキラキラ――
 
 石森さんと松本さんは、銀河の果てで仲よくモメていてほしいです。

 GWにカラオケ会がありました。にも書きましたが、これは暮れにおこなって失敗に終わったときのリベンジ。リベンジというワードは「復讐」を意味しますのでそうそう安易には使いたくないんですけど、念のようなものがこもってるので復讐でもいいかなとも思いまして。なにしろ前回は11時間やるつもりが4時間ちょっとで追い出されてしまい、しかもそのうち3時間は雑談にあててしまったのです。これはきちんとやり直しをしなければ、一同、モヤモヤが収まりません。ここは反省を活かし、客の込みそうな流れを読みながら計画を立てることに。
 前回から参加してくれることになったアニソン歌手志望のOさんの情報で、店の系列はおなじだけど東村山駅前の支店は料金も安くてオススメとのこと。時間は20時からなら客も混まなくて朝の7時までいけるだろうというので、じゃあそこにしようとなりました。駅前の志村けん像の前へ全員集合!
 ところがです。もうひとりのメンバー=Aさんだけ、極端に遠いところからやってくる。Aさんは中野区の住民なんですが、このところはほとんどお母さんの住む小田原のほうで生活してることが多く、この日も小田原からの出発で何時間もかけてやってくるのだという。しかもサイフを忘れて取りに帰り、1時間の遅刻。Oさんだけ先に店へ行ってもらい、私が駅で待つことに。やっと到着したAさんへ「おまえはサザエさんか。きょうはフジテレビじゃないぞ、『全員集合』ぞ、TBSのほうぞ」と、ツッコミを浴びせながら現場へ移動。いっぽうOさんはこの店のひとりカラオケ常連客だけあり、マイクや演奏音のバランスをバッチリ調整してくれていて・・・でもやっぱり3時間ほどは雑談に走ってしまうのでした。
 結果を先に言うと、朝まで完走できたので大成功でした。調達してきた食料込みでも、ひとりあたり2千円台の前半という、GW中にもかかわらず超低価格で済ませることができましたのよ。
 カラオケ会にはいつも何らかの発見がある。どうせ素人のカラオケだから(Oさんは違うかもしれないけど)、歌は下手でもかまわない。むしろ下手なほうが楽しそうに感じられていいかもね。だから重視したいポイントは別なところにある。私の場合だと、誰がどんな選曲をするのか、どんなセンスなのかを見るのを楽しむことにしている。それぞれの感性は違うだろうし、どこでどんな曲を拾ってくるのかも違うはず。自分にはないものを出されたほうがいい。知ってる曲は楽しみ方がわかるので、脳を使わなくていいからラク。それはそれでいいんだけど、そればかりだったら世界が広がっていかない。だから私は自分の知らない曲を出してもらって「へぇ、こんなのがあるのか」と思わせてくれるほうが有難いんですよね。自分が選曲するときも、なるべくベタなものは避けるようにしている。
 しかしOさんがチョイスするものは、アニソンも含めて'90年代以降のヒット曲が多かった。べつにいけないわけではないんだけれど、この人はバッハとかベートーヴェンとかの勉強もされてると聞いてるので、そっち方向のもやってほしかったぞぃ。あと、昭和の曲も守備範囲内ではあるそうなんですが、それほどたくさん知ってるわけではないみたい。Aさんが歌った『雨にぬれても』すら知らないって言うからビックリする。だから私は、ふだんなら遠慮するようなベタな昭和歌謡も歌ってみることに。なかには戦前の流行歌と呼ばれるものも。それらをOさんは珍しいものに触れるみたいな顔をして聴いている。

Oさん「いまのは誰の歌ですか!?」
 曲に興味を持ってくれた。よっしゃ、伝わった。自己満足ながら、これで私は仕事をやったような気分になれるのだ。

チアーさん「イイ歌でしょう?」
Oさん「イイですね」
チアーさん「由紀さおり」
Oさん「由紀さおり・・・! (゚Д゚;)」
 このとき私が歌ったのは『手紙』です。1970年発売の、誰もが知る名曲のつもりだったのですが。でもOさんはご存知なかったもよう。たぶんOさんは由紀さおりさんを、もっぱら童謡だけの人だと思っていたのではなかろうか。違うよ、由紀さおりさんは志村けんさんとのバカ殿のコントで、アイドルに紛れて年増のくせに若ぶる腰元という三段オチの、大オチのポジションもこなした人でもあるんだよと・・・そこはガッツリ勉強してもらわなきゃ困りますね。

 

由紀さおり年齢詐称問答

 

 さて本日のそんなに陽のあたらない名曲は9ヵ月近くぶりとなる、よいこのデンジャラスセレクションシリーズ。テーマは【おばんです】。要するに「夜」にちなんだ音楽の特集ですよ。“夜のお菓子”うなぎパイでも食べながらお楽しみください。

 

 

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音譜村下孝蔵『午前零時<作詞:村下孝蔵/作曲:村下孝蔵>



 1981年リリースのセカンドアルバム『何処へ』 のA面1曲目に収録。村下さんほどのアーティストならばどの曲も知れ渡っているから当コーナーで扱うことはないだろうと思っていたのですが、こちらの感覚とは裏腹に『初恋』と『踊り子』くらいしか知らないという人が多いので、あえて出してみます。
 本曲は・・・まぁ、すべてがカッチョいいです。歌詞の美しさ、メロディラインの美しさ、歌声の美しさ。シンガーソングライターとしては申し分ありません。さらに村下さんで特筆すべきは、広島で活動中に親交のあった柏村武昭氏から「日本で5本の指に入ると思う」と絶賛されていたギターテクニックでありましょう。思えば生前に出演したテレビ番組にて、相当なギターオタクぶりを披露していたことがありました。
 そのギター演奏が、本曲ではたっぷり聴くことができます。なお村下さんの持つギターは「YAMAHA CWE-28」。彼が最後まで愛用した名機なんだそうです。
 私は村下さんの話題になると、いつも言う。私のなかで『初恋』『踊り子』は村下作品では下から数えたほうが早いんだぞ、と。いや、厳密にはこの2曲とてじゅうぶん傑作だとは思うんだが、それ以外がもっとイイのだと言いたいのです。そこ知ってほしいんですわ。


 

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音譜最上由紀子『初恋<作詞:川口文/作曲:やまだ寿夫>



 最上と書いて「さいじょう」と読む。視聴者参加型歌手オーディション番組『スター誕生!』出身者で、同時期にデビューした山口百恵や桜田淳子らと並び期待されたアイドル(?)だったそうです。ニックネームは“さくらんぼユッコ”。
 最大の特徴は、歌声に潜む強烈な民謡フィーリングであろうか。デビュー曲『初恋』でもその特性は活かされており、古きよき時代を思わす出だしに森昌子路線を予感させるものの、民謡色強めな「はあ~~~~~~♪」の投入で、それとも違う印象(後にデビューする金沢明子寄り?)に変えてしまう。そういえば近年、民謡のできるアイドルの姿をめっきり見なくなりました。
 本曲は1973年のものなんだが、世界観は若者も着物を着ていた明治時代あたりを彷彿させます。ロッテ・小梅ちゃんのCMソングとしても使えそうですね。
 なお作曲者の「やまだ寿夫」は、市川昭介さんの別名義であります。


https://www.bilibili.com/video/BV1KD42177yZ/

 

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音譜矢吹健『蒸発のブルース<作詞:藤本卓也/作曲:藤本卓也>

 

あなたなしじゃだめ~~!
あなたなしじゃだめ~~!

 強烈なインパクトを放つ歌いだし。ダメおやじの歌ではありません。女性の視点や女心を描いた、れっきとした「女唄」なのであります。

ほとほと生きて行くのが
いやになった いやになった

 依存症をこじらせてしまった人の心情ですね。あのね、依存先をひとつにしとくと失ったときのダメージがデカいんですよ。依存するものがいくつもあれば「コレがダメでもアレがある」と、切り替えることもできます。

このまますぐに 消えてしまいたい
望みない 夢もない この世から

 ホラホラこうなる。気体になってなくなってしまいたいんですね。だから蒸発のブルースなんですね。
 歌うは、1968年リリースのデビュー曲『あなたのブルース』が第1回日本有線大賞で『恋の季節』のピンキーとキラーズとともに新人賞、第10回日本レコード大賞のほうでも『くちづけが怖い』の久美かおりやピンキーとキラーズとともに新人賞を獲得していた矢吹健。“ミスティーボイス”と評される絶唱スタイルは全体的には森進一ぽく、でも2割ほど和田アキ子も入っているような歌声で。だけどジャケ写は森本レオに見えるんだよなぁ。
 本曲は矢吹さんのセカンドシングルにあたる。作詞と作曲は藤本卓也・・・? あ、このひと『まぼろしのブルース』作った作家さんだよ。“夜のワーグナー”って言われてるらしいよ。
 その後の矢吹さんの人生をたどっていくと、本当にこの歌のとおりになってしまってるようで、いたたまれなくなった。こりゃあ依存先がどうのという話で済ませてはいけないですね。だめなのは私のほうでした。 (;´д`)トホホ

 

 

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音譜水江アキ『悲しい時も笑えます<作詞:村山二永/作曲:野村旬平>


 水沢アキとは別人です。
 桃太郎侍が出てきそうなイントロです。
 一家崩壊しています。

 カネのためならなんでもします。
 心が死んでます。

 精神が崩壊してます。
 1番と2番でメロディが違います。

 

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音譜應蘭芳『渚の歓喜(エクスタシー)<作詞:佐伯孝夫/作曲:竹村次郎>



 1968年発売『火遊びのブルース』のB面曲。應蘭芳さんの歌を掲載するのはこれで何回目だろう。この方はハズレがありません。いつも期待以上のインパクトを残してくれます。
 本曲も得意のウィスパリングテクニックを駆使し、あらぬ方向へ、あらぬ方向へ・・・。本曲に限ったことではないが、蘭芳さんはどうしても楽譜無視で歌ってしまいたくなるタイプらしい。そこが面白いのであるし聞きどころのひとつには違いないんですけど、作曲者にとっては複雑な心境なんだろうなと推測いたします。
 これ、おかざきななに聴かせたら「あたしにカヴァーさせて~ん💛」って、ぜったい言うと思ふ。

 

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音譜増山江威子『ラヴ・スコール(FUJIKO's Version)<作詞:槇小奈帆/作曲:大野雄二>


 大野雄二さんの訃報が入った。ジャズテイストの音楽が得意な作家さんで、幅広いジャンルに数々の名曲を輩出した偉大な方でしたが、なかでも『ルパン三世』シリーズの音楽を担当したのが有名です。この人の作品なら当コーナーでも何度か掲載いたしましたが、どれを聴いても傑作ばかりだった印象があります。
 ただ個人的に、ルパンシリーズED曲のひとつでサンドラ・ホーンの歌う『ラヴ・スコール』だけはピンとこなかったんです。峰不二子のテーマなのに、私には不二子のイメージとは合わない声のように感じられましてね。それが、2015年に石川さゆりがカヴァーしたものを聴いてみたら「お。いいじゃん、この歌」と、好印象に変わったのです。サンディー(サンドラ・ホーンの別名義)版にはなかった色気や男(=ルパン?)を手玉に取ってやろうとする悪女の雰囲気が少し感じられたのと、サンディーが使わなかった鼻濁音が聴けた点で私にはポイント高しと映ったのであります。
 ほかにも本曲はさまざまな歌手にカヴァーされていますけど、このたび挙げますのは実際に2代目・峰不二子の声を担当した増山江威子さん本人が、1980年発売のファーストアルバム『江威子抄』にてカヴァーしたものをチョイスしました。カヴァーといっても不二子本人が歌うようなもので、しかも増山さんの歌はそこらへんの歌手顔負けの上手さですのでね。本曲も、本家に見劣りしない仕上がり具合かと。これなら最初から増山さんに歌ってもらっときゃよかったんじゃないのかとも思ってしまう。
 應蘭芳さんほどではないけど、なかなかなウィスパリング歌唱で・・・・・・あ、應蘭芳さんにも歌ってみてほしくなった。そしたら2番あたりはメロディを無視しまくった果て、きっと「雌の暴走」ってサブタイトルを入れられちゃうんだろうなぁ。

 

♪*:・’゚♭.:*・♪’゚。.*#:・’゚.:*

 

 以上、6曲。今夜はよく眠れそうですか?
 ついでに私が子守唄を歌うので、それ聴きながらおやすみください。

赤ちゃん 夜なきで こまったな~♪
かんむし 乳はき よわったな~♪

 

かお

 

かお

 

かお

 

かお

 

かお

 

 あ。ちょっと心残りがあるので追記。
 大野雄二さんの訃報があったので、Oさんへ好きな大野作品はルパン以外に何があるかと訊いたんです。
 

 


 そしたら「ルパンしか知らない」って返されました。
 Oさんは鹿児島出身なので、もしかしたら福岡のローカルCM「雪うさぎ」をご存知かもしれないと思ったんですけど・・・・・・会話が続きませんでした(笑)。
 悔しいのでもう一曲、大野作品を投入いたします。

 
♪*:・’゚♭.:*・♪’゚。.*#:・’゚.:*
 
音譜 MoJo『おれの名はマシンマン<作詞:八手三郎/作曲:大野雄二>


 大野氏といえばルパンシリーズや『犬神家の一族』の音楽を担当したのがとくに有名ですが、それと並び『星雲仮面マシンマン』の音楽を担当していたことでも知られています。そしてマシンマンといえば、かつて当ブログにて、主演の佐久田脩さんとお会いしたときのレポートを何度か書かせていただいたものでした。
『マシンマン』は金曜日の17:30からという中途半端な時間帯で放送された特撮番組。ヒーローは大学の卒業論文で他の惑星のレポートを書くために地球を訪れており、登場する犯罪組織は世界じゅうの軍隊を相手にしても引けを取らない軍事力・科学力を有していながら、肝心のボスは世界征服などという俗な目的には興味を示さず、大嫌いな子どもをいじめ、悲しませ、泣き声を上げさせることに全精力を注いでいる変わり者でありまして。マシンマンは組織から送り込まれるアンドロイド兵士たちと一戦を交えるいっぽうで組織に加担した生身の人間を相手にすることもあり、それらを「カタルシスウェーブ」という悪い心を善に変える作用のあるロボトミー手術のような光線で強引におとなしくさせたうえで、説教をして終わるパターンが多用され・・・と、かなり陽性な作風の番組でした。
 話の内容はユルさ満載ながら、その前後(劇中のBGMもだが)に構える音楽はとびきり極上のシティ・ポップなのだからたまらない。これだけで全体がビシッと締まった印象になってしまうのだ。
 ED曲『おれの名はマシンマン』は夜の、それも都会的なオトナの香りがプンプンしてくる音楽なんですよ。ドラマじたいは思いきり昼間しか似合わないような展開なのに。なんか、すごく贅沢な使い方してるなーと思わずにはいられない。
 Oさん、マシンマン見たことあるって言ってたなぁ。アニソンや特ソンはまあまあ聴いてるはずなんだけど、意外にメジャーなものでも知らなかったりするところがあるから・・・マシンマンがメジャーかどうかはともかく(爆)。


 
♪*:・’゚♭.:*・♪’゚。.*#:・’゚.:*
 
 ――そんなわけで。次にOさんとカラオケするときは軍歌を歌い、どんな顔をするのか観察したいと目論んでおります。
 あ。当ブログの読者さんへは私が子守唄を歌いますので、あらためておやすなさい。

赤ちゃん 夜なきで こまったな~♪
かんむし 乳はき よわったな~♪
子どもが 腹いた どうしましょ♪
下痢した カゼ熱 泣きたいわ♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コロナ政策に乗っかった人びとはけっこうな割合でこれに従わぬ者を「非科学だ」「陰謀論者だ」とバカにし排除しにかかったのだが、その多くは自身で何か調べたわけではなく、そうするように誘導した政治家・専門家・メディアらを信用してしまったから。実際には誘導した側が科学ではなく、根の深い「信仰」や「詐欺」だったことが次々と判明。「コロナは怖い」「ワクチンは安全」といった洗脳に対抗しようとする懐疑派こそは科学で説明にかかったものだが、推進派はこれを「国に従わないアタオカ(=陰謀論者)が何か言うてるよ」で切り捨て、まともに聞く耳を持たれることはなかった。政治家や専門家やメディアらが国民を騙した例なら過去に何度もあったのに、なんでまた彼らを信じて騙されてしまうのか? そして、なんでまた全体主義へ走り同調圧力を繰り返したのか? 学習しない日本人の奴隷根性がクッキリと浮彫りとなった騒動でありました。

 政治家、専門家、メディア。これらの言うことはぜんぶが嘘というわけではない。とくに問題のない情報を発信することももちろんあるのだが、そのなかへ絶妙な割合で毒を混入してくる。巧妙な罠を仕掛けようとしてくる。まるっきり嘘というわけではないんだとしても、けっこうな確率で受け手が誤解してくれるような・・・それも意図する方向へ解釈されるような表現を使って誘導する。もしあとで苦情が来ても、責任回避できるようなところまで計算されて――そんなやり方が横行していたのを、このコロナ騒動だけでもたくさん見かけたものだ。

【騙されないで!】メディアはこうやって印象操作します。はしか煽り報道をチェックしてみる


 大事なことなのでもういっぺん書きます。

 少数ながらワクチンの危険性を訴える政治家や専門家もいるが、これを科学的根拠のないデマであると断定し、アタオカ扱いする記事がしばしば見受けられる。しかしワクチンの危険性を訴えている人の多くは科学的な裏づけがあり、そのうえで主張しているのです。ではその人たちをアタオカ扱いする側の科学はというと、実際は信仰寄りのものが多い。「国がこう言ってる」だの「専門家がそう言ってる」だの「論文がある」だのと。よくよく見たら科学ではなく「こいつはアタマがおかしい」というレッテルを貼り、論点ズラしをしている。そういう手口を繰り返す悪質なライターが実際にいるのだ。彼らのいう国や専門家や論文こそがデマであったことは、時間の経過とともに明らかとなっていくのだが。
 この手の連中が振りかざす「科学的根拠のある論文」というものは、実際には結論ありきで作られ、現実的ではない小細工を加えた実験や、結論を正しく見せるためにデータの一部を切り取ったものを用いることが非常に多い。査読する側も結論ありきでジャッジする。つまり査読者が気に入らない結論のものはハナからポイされてしまう。なので論文を書いたという実績が欲しい研究者は、査読者のご機嫌をうかがうような論文を作ってしまう例がものすごく多いという。だから「査読もカネで買える」と言われるのだ。
 私のなかでは、こういうのは科学とは呼ばないのではないかと思うんだが。だけどこれが日常的におこなわれている、というのがコロナ禍で露呈してしまったのだ。なにが「科学を信じぬ愚か者」だ。連中は大衆が何もわからないのをいいことに捏造を垂れ流し、思うがままに世の中をコントロールしようとしたのでありますよ。そもそも「信じなさい」と言う時点で宗教でしょうが。

 

「テレビ様が言ってた」


 それでは本日の注目ポスト。いいですか、よーく見といてくださいよ。

※情報量が多いので、時間のない方は小分けにして閲覧を。また、ここへはポストの全文が見れないものもありますので、なるべく「さらに表示」をクリックされることをおすすめしときます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「スパイクタンパクは数週間で抜けるから」はワクチン推進派が安全だと言い切る大きな要だったのですが、じつは何年経っても体内に残っているのを認めたのがイェール大学の岩崎明子教授。岩崎教授はかつてワクチン推進派であったことで知られている。その岩崎教授が、科学と呼ばれる世界には政治的な圧によって捻じ曲げられる例が多分に存在すると発言、自身も物事を決めつけたいという誘惑に屈することがあるとカミングアウト。

 まだ岩崎教授を信用していい人物かは判断しかねるものの、このクラスでこう正直に話そうとしてくれる科学者はあまりなかった。権威あるポジションにいる研究者がこのような研究発表をし、業界の裏側に触れる寄稿を書いたことで、おそらくは攻撃されるであろうし、ヘタすりゃ免許剥奪されてしまう可能性も考えてしまう。それらを承知で動くのは、よほどの覚悟があったのだろう。今後に注目。

 


 ワクチンのネガティブな情報を流して不安を煽るなという声がある。うちなんかもその対象なのかもしれないけど。冗談じゃないぜ、コロナが殺人ウイルスだと煽ってたのはどっちですか。ではスモン病やサリドマイドや薬害エイズのネガティブな情報も黙っていればよかったと仰るのですかい? 過去の薬害事件はいつも一緒。国と製薬会社と専門家がグルになって国民を騙し、これをおかしいと指摘する人はアタオカ扱いにされる。そこから何年も何十年も経ってから真実を明かされるのは毎度のこと。
 コロナもおんなじパターンにしか見えないんですが。つい最近だってインフルエンザだ麻疹だハンタウイルスだと、そんなのを気にしててもしょうがないでしょってレベルのものを、露骨なトリック使ってオーバーに煽っている。連中はコロナでうまく騙せたので味をしめ、またおんなじパターンで騙そうとしているではないか。まだ騙されますか。何度も書きますけど、科学は信じるものじゃないんですよ。疑わなきゃね。

 

初期のころは未接種者に対し「打て打て」とワクハラして殺意すら抱いていた者が、今度は自身が「打て打て」言われて未接種者に殺意を抱いているらしい(笑)。

生憎ですがこういう人は同情されませんし、意思の尊重も認めてもらえません。

 

 そもそも「ワクチンの不安を煽るな」ってなんだよ? 現実から目を逸らせってことか? なかったことにしろってことか? 考えるなとでも? あんな不安要素しかないものを不安がるなだと? 性善説もたいがいにしといたほうがいいよ。あれだけ何度も何度も国民を騙してきた前科のある政府や、科学と偽り国民を欺いてきた実績のある医療業界を見てきて、よく信用できるもんだなぁ。不思議だわ。
 ワクチン遺族やワクチン後遺症の方々は実際に起こったことを知ってもらいたいんです。だからテレビの取材の話が来たときにはとても喜んで応じたんです。だけど実際には伝えたいことが封じられ、違うカタチに加工されて放送されるんです。利用されるんです。それがいいとでも思ってるんですか? 薬害を被った方々は自分たちが被害に遭った側にもかかわらず、世間からは「嘘つき」などと激しく叩かれるんです。存在じたいを「いないこと」にされちゃうんです。本当に嘘かどうかも検証されることもなく。だけど彼ら彼女らの声はぜったいに無視しちゃいけない。軽く聞き流してはいけない。それらも接種するべきか判断する要素のひとつにしなきゃいけない。そのうえで打ちたい人はどうぞご自由に、でしょ。「ワクチンのネガティブ面を煽るな」というのは彼ら彼女らの訴えを封じろということ。そして国民が知る機会を奪うことでもあるのですよ。もしワクチン被害が嘘だと思うならご遺族の前へ出ていき、ひとりずつ、あんたらのいう科学とやらで嘘を証明すればいいよ。そこまでやったら大したもんだよ。

 

百日咳、ジフテリア、麻疹、ポリオ・・・ついでに天然痘も。
ワクチン投入は、各感染症が下火になってから。いつもいつも。

こんなんでワクチンがやっつけたという設定にされている。

 

 ワクチンのリスクは、ろくに知らされぬまま国民の大半が接種してしまったんです。コロナが死のウイルスという前提のもと、mRNAが長期的にはどのように人体へ作用するかは不明のまま、まるでこれしかないと思わせたうえで見切り発車を敢行しよったわね。ところがmRNAの実態は2026年になっても未知の部分が残されており、新たな、しかも悪魔のような情報が毎日のように入ってくる。それを「不安を煽るな」と言うのはおかしいでしょ。知らなせきゃダメでしょ。みんなで考えなきゃダメでしょ。本来ならそのうえで接種を検討しなきゃいけなかったんじゃないのか。それがインフォームド・コンセントというものでしょ。

 接種してしまった人が現在は無症状だとしても、あれは遅効性なところがあるので今後どうなるかはわからない。もし将来、体調不良に見舞われた際、それがワクチン由来のものかどうかの見分けはつきにくいだろう。しかし可能性は考えねばならなくなる。治療法も違ってくるでしょう。医者の選び方も慎重になるでしょう。mRNAワクチンに深刻な副作用が出るはずないと決めつけてるタイプの医者に当たった場合、原因不明精神的なものといった判定を受け、精神病院へぶち込まれる事例も実際にある。ああなったら目も当てられない。ゆえに、こういう情報は発信しておきたい。知っておいてほしいのです。


アンソニー・ファウチ氏の側近がコロナ関連情報を隠蔽した疑いで刑事起訴された!


 ここへきてコロナワクチンをめぐる世界の見解は、数年前とは完全に逆転している。日本の厚労省と首相だけが「重大な懸念はありません」と言い張ることでなんとかワクチンは正しいという体裁を保っているのが現状であるが、科学的な議論をしようとしても逃げて逃げて逃げまくってるのがハッキリ見て取れる。またそれを決める審議会のメンバーにしろ、少なくともその半数以上は製薬会社からお金をもらってる面子で構成されてるのもわかっている。この人たちはもう引き返せないので嘘の上塗りをひたすら重ねて時間稼ぎしてるふうに見えます。ギャンブルの負けをギャンブルで取り返そうとするアレとよく似ているようにも見えます。でも、そろそろ後がないところまで追いつめられてはいるみたいだ。
 この期におよんで国や専門家やメディアを信じてる人もいるのだろう。いまだにワクチンの危険性を訴える被害者や議員氏らをアタオカだと思ってる者もいるようですが、どこまでそれを続けていけるのだろうか、高みの見物とさせていただきますよ。