ごめーん。連続になって申しわけないけど、今日もコロナ記事やらせてくれー。Xの重要なポストがぜんぜん貼れてないんだわ。このままだと残尿感を抱えたまま過ごすことになりますゆえ、早めに吐き出させてくだせえ。

 

 

 その前に。

 またアメトピで酷いのがあったんだけど、スクリーンショットへ撮るのに失敗してしまった。しかもそんなのに限って表示されたのが1回限りだった。でも記事の内容は憶えている。
 ママさんブロガーだった。まだ生後数ヵ月しか経ってない我が子へワクチン接種、それも4種類いっぺんに打たせたというのだ。「心配していた副作用が出なくて安心」などと書いていたが、とんでもないバカ親だと思ったよ。まず4種類を一度にぶち込む行為、これじたいがギャンブルでしょ。しかもブロガー自身が副作用の可能性もあると承知のうえ、イチかバチかで敢行したってことでしょ。
 いまの日本では子どもへ予防接種する必要はないんですよ。「打たなかったら大勢の子どもが死ぬ」などと脅す専門家はいますけど、衛生環境が整ってなかったがために多数の死者が出ていた時代のそれとは単純な比較はできん。しかもワクチンはどんどん改悪されていっている。すぐに副作用が出ないからといって安心なんて、とんでもない。数十年後、一気にカタチとなって現れるのがワクチンの怖ろしさ。これは医者ですら知らない人が多い。いっぽうでノーワクチンの子どもが異様なまでに元気であるという証言もある。
 そういった情報を、このママさんはなんにも調べてる様子がなかった。よくも自分の子どもを使ってギャンブルができるなと思う。そしてそんな記事を、アメトピ担当者はまた採用した。いいのか、それで?

 

アメトピの人よ。いいのか、それで? 

 

 前回に続き、病院や施設における無意味なマスク着用や無意味な面会制限を「ここにいるときくらいいいだろう」「仕方ないよね」で許容していてはいけないと思う事例を掲載しておきます。

リサイクル明日は我が身。みなさんも、よく考えてください。

 では今回の注目ポストです。例によってここへはポストの全文が見れないものもありますので、なるべく「さらに表示」をクリックされることをおすすめしときます。よーく見といてくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とんでもないことが起こった。

 このテスト、酷いね。なんてことをするんだと思ったよ。こんなものをよりによって共通テストの問題として、さも当然のように出題してくる神経を疑う。

 


 言うまでもなくこれはコロナワクチン2回接種後当時に厚労省から出されたデータが題材であり、その後、接種はしているが接種日不明のものは未接種としてカウントし、さもワクチンが効いてるかのように改ざんされたことが発覚した有名なやつ。当ブログでも複数回、この事案については掲載している。それを、データ改ざんなどしていないのを前提としたトーンで出題されている。

 厳密にはCDCが出した、ロサンゼルスを舞台としたデータではある。だとしても、なぜ日本のテストで日本のものではなく他国のものを使ったのかという疑問が出る。もちろんCDCとて信用していい組織とはとてもとても言えません。そのときはこうでも、将来的に日本とおなじようなトリックが発覚する可能性は大いにあります。そうなった際、テストの回収はどうするのかという疑問も残る。これを指摘した者こそが正解ということになるではないか。この時期にロサンゼルスでコロナのデータ解析をしていた方による、やはりデータ改ざんはずいぶんあったという証言も出ているんですよ。そんな話なら本件に限らず、いっぱいあったというのに。
 出題者がデータ改ざんを知らずに作ったのだとすればよほどの情弱だし、知ってて作ったのであれば挑発的かつ悪意を感じさせるものともいえる。ちなみに改ざん事件が発覚後の4回接種以降のデータは出されなくなった。おそらくワクチンが効いてないのがバレてしまうからだろうが、もう遅い。これで厚労省の信用は決定的に失くしてしまったのだから。4回接種以降のデータが見つからないことに出題者が疑問を持たなかったのかも、ツッコミどころである。

 

 

 本件の罪はかなり深い。また、この問いに躊躇なく“正解”であろう答えを書ける者ばかりが医療業界へ進めるのだとしたら絶望しかない。もちろんこの問いをスルーしてもほかで点を稼げば受かるのかもしれないが、到底、看過できる案件ではなかろう。
 この問いに「ノー」を突きつけれるホネのある受験生はいただろうか? いてほしい! いてほしいが、その者の心情を思うと泣けてくる。

 

 

 私が大好きなドラマ『若者たち』の映画版のひとつ『若者は行く -続 若者たち-』。このなかで大学生の佐藤三郎(演:山本圭)が就職活動の面接に臨むくだりがある。そこで面接官は「あなたは機動隊の実力行使をどう思いますか?」「あなたはいまの日本に満足していますか?」といった質問をしてきた。ほかの就活生が次々と模範解答のようなことばを口にしてゆくなか、いよいよ三郎の番が来た。
「ぼくは・・・」
 激しく動揺し、ことばに窮する三郎。ふだんの三郎はしっかりとした思想を持っており、自分の意見を堂々と言ってのける弁の立つ青年。その三郎が珍しく見せた、うろたえる姿。三郎は、まさに全共闘運動へ参加していた当事者なのだ。若者が本気で怒っていた時代。命がけの学生運動。闘いのさなかに負傷した仲間もいる。仲間たちの想いを背負いながら、これからも世の中をどうにかしたいと訴え続ける生き方なら当然、彼のなかにはあるはずだ。そんな三郎にとって、就職テストを受かりたいがためにこの面接官が求めているであろう回答を口にすることは、踏み絵を踏むのに直結する行為なのである。入社試験前に「二重人格くらいじゃ足りない。五重人格・十重人格でやってこい」とアドバイスした兄=太郎(演:田中邦衛)の世渡りテクニックも承知していたつもりの三郎であったが、それまで自分たちがやってきたことの否定となってしまうその行為は、どうしてもどうしても飲み込めない。
 この様子を見た面接官が気を利かせたのか、それとも気が変わったのかは定かでないが、違う話題に切り替えたため、三郎は明確な回答を示すことなくこの場をしのげた。
 結局、この就職活動は失敗に終わったらしい。でも三郎にとって重要なのは面接の合否ではなく、踏み絵を踏んでしまいそうになった自分への失望だったのだ。彼にとっては計り知れないほどの大いなる挫折――。
 このたびの共通テストの件に、山本圭演ずる三郎が見せた葛藤を思い浮かべてしまい、なんだか泣けてきたのよ。三郎のように、運よく(?)その場を濁せてもこれほどのダメージ。模範解答を示して合格すれば、もっと自分に失望するだろう。かといって自分を殺さずに通そうとすれば、大きく不利な方向へ作用する。
 コロナ騒動のさなかから現在にかけて大勢とは違う視点を持ち、そのために虐げられ、それでも世に訴えようと戦ってきた者が受験生のなかにいたのだとしたら、このテスト問題はまさに踏み絵よ。家族や仲間にワクチン被害者を持つ受験生がいたのだとしたら、このテスト問題はまさに踏み絵よ。どうして出題者はそれを考えなかったのだろうか? どうして周りの関係者は止めもせず、こんな出題を許したのだろうか?



 我が国は「自分を殺せ」を叩き込む教育だ。個性の時代だと言われるようになって久しいが、じつは個性なんかちっとも認められてはいなかったことがこのコロナ禍は炙り出してくれた。それを証拠に、公衆衛生の名目の前には国民総出で全体主義に走ったではないか。
 自分を殺すことに疑問を持たない者は、きっと自分を殺そうとしない他人を許せないだろう。そういうロボットみたいな若者が量産され社会の上位に立つシステムを作ろうとしている臭気が、このテスト問題からはプンプンと伝わってくる。悪魔のようなテストですよ。誰だ、こんな問題を作ったやつは!?

 なかには「これはあくまでも仮の世界観にすぎないのだから問題ではない」とする向きもあった。この理屈じたいは私がイエスノー世論で作っていたお題に通ずるものがある。架空のシチュエーションのなかへ入ってみて、そのうえで判断してみてください・遊んでみてくださいというやつと一緒だ。それすら嫌なら参加しなくてもいい。参加しなくてもデメリットはない。しかし共通テストで回答に参加しないのは明らかにデメリットがある。自分の進路を左右されかねないほど大きい。しかもこの問いは「架空のお話」という前置きをしておらず、当然のこととして出題しているのだから。
 では訊くが、ヒロシマ原爆やナガサキ原爆の被爆者やご遺族に対し「原爆の使用が戦争を止めたのだから、あれは正しかった」という世界観へ、仮にでもいいから入ってみてくれと言えるのかね? そんな残酷なことが言えるのかね?


不都合を知ってるからこそ、何年もデータを出さない(出せない)し調査もしない



 現代の教育システムではいちいち疑問を持つ、面倒くさいタイプの学生が成績の上位へ行くのは至難の業。教えられたことをスポンジのように、ホイホイと素直に吸収してしまうような子が上位へ入りやすくなっている。要するに、教える側からするとラクで都合のいい生徒に有利ということだそうで。
 そんな連中が、いずれ支配する側へ組み込まれていくのかと思うと寒気がする。コロナ禍になって現れた医クラ連中の大半がそうだったように、自分たちの学んだ“経典”に問題がなかったのかと疑うことすらしない者は、これ以上いらない。彼ら彼女らは救世主のような顔をしながら、とてもとても大きな弊害を人びとにもたらした。いらない、ああいうのは。

 

 

『若者は行く -続若者たち-』は1969年公開の映画だが、もう少し下の世代には『仮面ライダー』を見て育った子がたくさんいる。仮面ライダーは、それまでの単純な「正義の味方」から一歩先を行く“人間の自由のために戦う”孤高の戦士だった。そんなライダーに憧れた子は日本じゅうにいたはずだ。ところがそんな子たちも、いざ大人になってみれば自分がショッカー側の存在になっていたことに気づき愕然とする人たちがいっぱいいる。しかもショッカーの正体は日本の政府なのだ。さらに危険なのは、公衆衛生の大義名分の前には科学的根拠がなくても他人の自由を軽視してもいいとする側の一員である自覚がないことだ。
 量産されるショッカーの幹部、怪人、戦闘員・・・のピラミッド。この流れが加速されていく様が、このたびの共通テストからハッキリと読み取れるといえよう。

 

 

 

 

 


 まさか問題そのもののおかしさを指摘できるかが試されるテストじゃないでしょうね? だとしたら大したものですけどね。でも受験生は相当な覚悟がいりますね。



 



 テスト問題じたいは、この世界観へ素直に入ってしまえば簡単な問題といえる。だがこれを何の疑問もなく通過してしまう若者は、次の時代の加害者となるだろう。
 はたしてこの共通テストに「ノー」を突きつけた受験生はいただろうか? もしいたのなら、私はその人を心から応援したいと思う!

 

 

 またおんなじようなことになるけど、やっぱり書いておかないと。
 コロナワクチン。国と専門家とメディアが一体となり、リスクとベネフィットのうちベネフィットだけを強調し、リスクについては「あっても大したことないよ」といった空気に染め、とにかく打たせまくったわけですが。本当のことを知りたければ自分で動いて調べなければならない。しかしそこへたどり着くにはたくさんのハードルがある。政府に不都合な情報の多くはBANされる。簡単な検索では公的機関から発信される偏った情報にしかヒットしない。GoogleもYahoo!もYouTubeも、そうなるように操作されてるから。だから工夫しながらこれらをかいくぐり、なんとかして本当のことを示してくれる情報を探していくわけですが。
 その先に見えてくるものは、国と専門家とメディアの言うことは大ウソだらけなこと。知れば知るほど、打つベネフィットをみつけることのほうが難しくなっていきます。当初は国や専門家やメディアと違う見解を示せば「反ワク」「陰謀論者」といったレッテルが貼られアタオカ扱いされたものですが、やがて「反ワク」「陰謀論者」が主張していたとおりの展開になっていきました。いまではワクチン接種者は少数派となり、接種しない者をボロクソに叩く者もあまり見かけなくなってきてます。
 いや、接種しない者を叩いてた人は有料化しようが副作用がキツかろうが、最後まで打ち続けてその生きざまを見せてもらわないとね。いまやめちゃったら一生、ヘタレとして過ごさなければならないですよ。
 あと「スパイクタンパクは数週間で抜ける」という当初の設定が覆り、じつは何年も体内へとどまってることが判明した際、ある専門家は「どうしてかはわからない」とコメントしていたが、そういうのはあんたらが「反ワク」だの「陰謀論者」だのとバカにしていた人たちは早くから知ってたんですよ。そこは頭を下げて教えを請いに行きなさいよ。
 現時点でワクチンに関してはそんなところか。こうしてる間にも、日々、さらなるワクチンの危険証拠は挙がってきてます。


ミクロイドS「こころをわすれた かがくには~」



 おなじことはマスクについても言えるんですよ。マスクだって知れば知るほど、ベネフィットをみつけることのほうが難しいというのがわかってくるんだから。だけど知ろうとする人が驚くほど少ない。ワクチンの危険性を調べる習慣がついていれば、マスク問題にもぶち当たらないわけがないだろうに。
 アメブロ界隈にも多いんですよ。ただ闇雲に「マスクをしましょう」って呼びかけてる人が。まるで念仏を唱えるように。なのにそんなこと書いてる人が、マスクはどう有効なのかと示せてるのを見たことがないのです。せいぜい「コロナやインフルエンザになったら大変ですよ」的なことしか書かれておらず。要するに自分がマスクをすることが感染対策になると信じて疑わないマスク真理教の熱心な信者であることをアピールし、こう書くことで信者を増やそうとする活動をやってるふうにしか見えないの。
 他人に着用を呼びかけるのであれば、少なくともマスクをすることで得られる圧倒的なベネフィットくらい示したらどうかね? その点、うちはマスクがコロナにもインフルエンザにも通用しないばかりか、マスクをすることで被る圧倒的なリスク、その情報をこれまでいっぱい掲載してきました。これでもほんの一部だけですけどね。それらを上まわるだけのベネフィット、あるんなら示してくださいよ。

 

効果がないどころか、弊害ばかりのマスク。

 

 マスクが感染症に有効とする論文も、あるにはあるんですよ。だけどそういうのって、だいたいインチキなんですわ。みんながN95をつければ少しは効果があるとか、顎の動かぬマネキンにシールで密閉したマスクをつけて有効性を示してみせる実験とかね。結論ありきで、そこへ誘導するため無理やり工作した仮説止まり。しかもそれらをやったところで3%程度の差異しか出せない。インチキをしても3%の差異なら、ほかの弊害を被るリスクのほうがはるかに大きいというのに。

 そういう論文を大きく超えるだけのベネフィットを、「マスクをしましょう」の人は示してくださいと申しておるのです。そもそも街なかでN95をつけてる人をどれだけ見たことあるのか? マスクの周りをシールで密閉してる人、見たことある? ふつうにつけて差異が出なけりゃ意味ないんよ。2021~2022年ごろの日本人のほぼ100%がマスクつけてるときより、2023年春以降のマスク着用率が減ってからのほうがコロナの感染者数は低いのが現実なんよ。日本だけじゃなく他国を見ても、マスクなんかしてないところのほうが好成績なんですよ。ノーマスクがバタバタ倒れてるの、見たことあるんですか? いまだに「あのころはインフルエンザが激減したんだからマスク効果はあった」なんて書いてる人がいるけど、笑われるよ。それへの回答ならもう何度も書いてあるから過去記事を漁ってくれ。

マスクの着用はお願いでも違法・・・。



 なかに「感染症はコロナやインフルエンザだけじゃない」と言う人もいるんですけど、ではそれら以外にマスクで防げてる感染症は何なのかと、具体的に挙げてあるのも見たことがない。マスクで防げるウイルスがあるのだとすれば、それは飛沫だけで感染するタイプのものしかないんです。しかも実際に飛沫で感染させようとしたら、よほど近距離で顔面めがけてクシャミを連発するとかで、やっとするかしないかのレベル。かなりの努力を要します。そんな特殊なシチュエーション、なかなかないですよ。あるんですか、そんなウイルスが? 「マスクをしましょう」の人は、その例も示してください。もちろんコロナやインフルエンザならそれ以前に空気感染が成立してしまってるのだから、このシチュエーションも破綻です。

 

大半がフィルタ不通過。

吐き出す方向は内側が正圧となり、さらにその隙間が広がる。

JISの試験方法はエレメント周辺をしっかりシールした状態で実施。

こんな役立たずの製品を、どうして「効果がある」と言いたがるのか?

 

 マスクが無駄なのはわかってるんだけど、周りの目を気にしてまだ着用を続けているという人にも言いたい。
 もういい加減にやめませんか、そういう生き方は。
 要するに世間体ですよね。でも、そんなことであなたを責めてくるような人は、長期的に見ればあなたへ弊害をもたらす人ですので。そういう連中のご機嫌をとってまでしてつき合わないほうがいいでしょう。ズルズルと合わせているうちに、やがて自分の人生のなかに大きな損失が生じてしまうこととなるはずです。
 そろそろハッキリと自分の考えを主張しましょう。そんなんで離れていくような相手なら、その程度の関係だったってことです。距離をとったほうがいい。突き放したほうがいい。たとえ家族であっても。たとえ職場の人であっても。孤立したっていいじゃないですか。自分の人生を歩けないくらいなら、ひとりで生きてゆく人生を選んだほうがいいと思いますよ。

こんな生き方だけはしたくないと、強く強く思ったものだ。



 そういうのを社会不適合者って言うのかもしれないですけどね。ノーマスクを社会不適合者だって言う人がいます。それは誹謗中傷のつもりで言ってるんでしょうが、ワンランク上の社会不適合者は喜んでるんですよ。だって社会不適合者は社会的には落第生ってだけで、人としてはエリートですからね。社会に適合しないことで負い目を抱く必要はない。車寅次郎なんかが、いいお手本です。
 無理して社会に適合しようとしたって、ろくなことにはならない。考えてもみてほしい。日本では社会に適合しようとして、打ちたくもないワクチンを打っちゃった人が大勢いるんじゃないですか? 生き方として負け組ですよ、そんなのは。

 

ウイルスパニックの象徴であるマスク。

 

 あと「ちょっとでも感染する確率を減らしたいんだ」と言うのなら、なんでゴーグルをしないのか? 目からも感染するのに。本気で感染対策をやるんなら、最低でもマスクはN95以上の高性能なものを選び、ゴーグルで目も密閉しなきゃね。だから闇雲に「マスクしましょう」ではダメ。ウイルスをナメてるのか。マスクならなんでもいいわけがないのです。対象とする粒子の大きさに合わせたマスク選びをしないと意味がないので。
 後半に貼ってるポストのなかにMr.NonWovenという方のものがあります。この方はマスクの製造メーカーの方ですけど、無意味なマスク着用はしないようにと呼びかけておられます。かといって反マスクでもありません。雑貨マスクが役に立つのは埃や花粉など、比較的大きな粒子のものならいくらか減らせるかもしれないですと。でも効果が保証されるわけではない、その程度のものですと。しかしウイルスの場合は粒子が細かすぎるのと、雑貨マスクはきちんと着けれる構造にはなっていないのでほとんど濾材を通過することすらない。そんなマスクでは何重にしたところで無駄などころか健康被害につながるだけですよと、口を酸っぱくしながら訴えておられるわけです。病院だろうと満員電車であろうと、無駄なものは無駄。
 それでも「マスクをしましょう」の人は単にマスクの着用を呼びかけるのではなく、鼻マスクや顎マスク(こんなの、どっちサイドから見てもNGだ)を見たら烈火のごとく怒らなきゃいけないのはもちろん、高性能マスクを隙間なく着けれるような指導もしなくちゃいけないし、ゴーグルもしてないとダメですよと言わなけりゃ。当然、本人もそれやってなきゃ筋が通らないのよ。どうせなら筋の通らぬ中途半端なマスク警察ではなく、筋の通った、ワンランク上のスーパーマスク警察を目指してくださいよ。

「マスクをしましょう」の人は、こういうのを常用してないとダメです。

 

 では今回も、アメトピへのダメ出しコーナーです。嫌なんだけど、アメトピ担当の人がこれでもかとネタを提供してくるもんで、仕方なくやってます。もはや害虫が出たら駆除するときのような感覚になっております。

【だ●た マスクをかなり嫌がる息子】

 最近、あまりテレビでは見かけなくなった女芸人=だ●た氏。アメトピの常連。
 まだ幼い息子さんの画像が貼ってある。病院へ連れて行く用事があるらしいのだが、病院に入るときはマスクをつける予防習慣をつけさそうとしてみた。でも嫌がって顎まで降ろすので悲しい。「どうしたら着けてくれるようになるのか」とのこと。

➡だ●た氏、お話にならんよ。あなたが情弱なのが悪い。だ●た氏は病気がちで、それ系の記事がアメトピによく採用される。病気がちなのに大事な知識を持ってない。そりゃ医者にとっては格好のカモにされちゃうよ。治るものも治らなくなる。
 息子さんが嫌がるのは当たり前。酸欠になるから、それを本能が避けようとしてるんですよ。息子さんが正しい。病院にマスクルールがあるんだからしょうがないと思ってるのなら、そこで思考を停止させてしまってるのも悪い。そのルールに疑問を持てないのか? 黙って従うだけですか? あなたがしなきゃならないことは、ほかにある。
 マスクは情弱と服従の象徴。それがよくわかる典型例のような記事でした。

【ワクチンを打たなかった義母への後悔】

 50代の主婦。高齢の義理の母がインフルエンザで入院。かなりよくない状態となりワクチン接種を呼びかけなかったことを後悔している、とのこと。

➡これも情弱の典型例かと。インフルエンザワクチンの効率の悪さをご存知ないらしい。そんな50代主婦がようやく調べようとして見たものは厚労省のHP。日ごろからアンテナを張っていれば厚労省から発信されるものを真に受けてはいけないことくらい知ってるはずなんだけど、この調子では今後もそこまでたどり着くことはなさそうだ。後悔するんなら注射を打たせなかったことじゃなく、ご自身が何も調べてないところを後悔しなきゃなんだけど。
 義理のお母さまというのは、この春で87歳を迎える年齢なのだそうだ。87歳といえば日本人女性の平均寿命。もしこのままインフルエンザで亡くなったのだとしても、それはふつうの亡くなり方ともいえる。多くはそうやって亡くなっていくもので。インフルエンザを返せないほど弱ってるのだとしたら、インフルエンザ以外のものでも返せないだろうな。それらぜんぶを避けようとしてたらキリがないよ。
 だからワクチンを打たさなかったのは後悔するところじゃないと思うぞ。むしろ打たせて寿命が縮まったら、そっちのほうが後悔するんじゃないの? そういう事例はいっぱいあるよ。間に合うかどうかはわからないけど、あなたにやることがあるんだとしたら、それは注射を打たせることではなく、免疫を上げてあげることですよ。そっちのほうがよっぽど安全で、よっぽど効果的だと思いますよ。

 アメトピ見てて、いつも思う。ここで採用される有名人は、なんでいつもおんなじような面子なのか? アメブロのオフィシャルブロガーや公式ブロガー(オフィシャルブロガーと公式ブロガーは違うらしいですね)はいっぱいいるはずなのに。しかも、とくに面白い記事を書けているわけでもない。あの人選は担当者個人の推しで決められてるの?
 あと、公式ブロガーは「運営から認められた質の高い情報発信者であり、読者にとって信頼できる情報源」であることが条件とのことなんですけど・・・どう見ても質はだいぶ低いですし、信頼してはいけない情報源にしかなってないのばかりがアメトピには採用されてます。あれは手本にしてはいけない見本ですよ。そのうえアメトピ常連の、だ●た氏や●ち●み氏など病気がちなタレントさんは情弱と服従を兼ね備えたような記事を量産する人たちじゃないですか。・・・いや、服従は言いすぎだというのなら「従順」とでも言っておこうか、悪い意味での。人が好いというか、典型的な優等生キャラといいますかね。医者に言われるがまま、成すがままにされてるように見えてしかたがない。病院や製薬会社にとって都合のいい人なんですよね。周りにおしえてあげる人はいないのかと気の毒になる。本人がもともとそういう人ならしょうがないとしても(そんなふうに書け、と指示されてるのかもしれないが)、だけどなんでこんなに極端な採用パターンなのか?

 結局ね、アメブロのバックにはそっちの方向へ偏った思想の誰か(または企業・組織)がついてるってことなんだろうな。ユーザーのみなさんはこんなのに流されないようにしましょうね。

 

規則が決まるプロセス。

日本人は、みんなこの猿どもの一員でした。

 

 そうしたアメトピの採用パターンを軽視してはならない。病院や施設が強いるマスク着用や面会制限には科学的根拠があるとはいえないのだ。医者の多くはマスクの知識すらなく、面会制限は患者や家族のことを考えておこなわれているものではない。それを「ここにいるときくらいいいだろう」「仕方ないよね」と許容してしまう側にも大いに問題がある。
 その先に待っているものを考えてみてくれ。回避できるものは回避しましょう。

リサイクル78さんが示す具体例。家族を預けるところがどんな考えでどんな方針の場所なのか、あらかじめ調べておかないと大変なことになります。

 では今回も注目のポストを貼っていきます。例によって情報量が多いので時間のない方は小分けにして閲覧を。また、ここへはポストの全文が見れないものもありますので、なるべく「さらに表示」をクリックされることをおすすめしときます。

※今回も、掲載したいうちの半分も載せれてません。続きは次の機会で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワクチン接種が裏目に出たときの悲惨さは目も当てられない。でも、しっかりと見ておかなくてはならない。ワクチン被害やワクチン遺族の方々、彼ら彼女らの多くはもともと反ワクではないのです。なかにはワクハラを受けて接種せざるを得ぬ状況へ追い込まれた例もあるでしょう。また、もし彼ら彼女らの身に何ごとも起こってなければ、いまだに気づかぬままだったかもしれない。それで未接種者を罵る行為におよんでいたのだとすれば、さすがに同情はできないですけどね。そういえばあの時期は「打たずにコロナになったやつは病院へ来るな!」と言ってる人、いっぱいいました。私は当時から「じゃあおまえみたいなやつは、打って健康被害に遭っても病院行くなよ」って思ってましたがね。実際、病院へ行ってもまともに対応してくれる医者はそんなにいないですけど。だけどこれまで見たかぎりでは、ワクチン遺族の会へ参加されてる方にそんな人は見たことはなく、単純にワクチンの登場を喜び、当時は飛びつくように接種したんだという方のほうが多いようです。
 その結果、悪い目が出てしまった。死なないまでも深刻な健康被害に遭われた方はもとの身体に戻らなくて、医者に訴えても「ワクチンが原因なんてあり得ない!」と突っぱねられ、アタオカ認定されたはて精神病院へぶち込まれるケースも。家族が接種直後で亡くなっても、それを国に認めてもらうまでは膨大な労力を強いられることとなり、やっとわずかなお金を支払われるところまでたどり着けるものはごくわずか。この惨状を知ってもらおうとすれば「デマ」だの「ウソつき」だの「低学歴」だの「低収入」だのと、日本じゅうから大バッシングを受けるはめに。医者から見放され、国からは都合の悪い存在とされ、世間からも軽蔑を含んだ目つきで見られてしまう。これ大戦中に負傷した人や被爆者に対し、多数派が向けていたアレと何が違うの? 脚を失ったり火傷で顔が溶けて原型がわからなくなってしまったような方を見かけては、聞こえるような声で「ピカじゃ、ピカじゃ」と罵る者が横行していたあの時代と何が違う? 数の暴力じゃん。それをやってしまう人のほうが多数派で、多数派のすることなら許されてしまう空気が確実にあった。こんなだから日本人は歴史からなんにも学んでおらんと言ってるんですよ! コロナにしろインフルエンザにしろ、罹っても苦しくても、だいたい寝てれば治る病気。それを避けるために覚悟せねばならぬリスクがデカすぎるのです。しかもあの注射の予防効果はほとんど期待できないものだったと公に出るのは、だいぶ後になってから。重症化予防効果にしても、厚労省は決定的な証拠をいまだに出してこない。そもそもメーカーは重症化予防効果なんて謳っていない。
 先ほどのアメトピ50代主婦の例にもいえることですが、そういうのを知ったうえで「打たせなくて後悔」なんて書いてるのかな? リスクとベネフィット、本当にちゃんと考えてるのかな? だからアメトピ担当者には憤りを抱くのですよ。バックに専門家だかスポンサーだかがついてるからかは知らんけど、そういうもののご機嫌とりのためにこういう人らの記事を利用するのはやめてくれ。情弱なユーザーへ、これをマストだと思わせるように誘導するのはやめてくれ。あんたらがやってるのがどういうことなのか、頼むからもういっぺんよく考えてみてほしい。

 

コロナワクチンを推奨し続けてきた日本感染症学会は、理事会の4割を長崎大学出身者(テレビに多く出演した松本哲哉氏、舘田一博氏など)が占める。

彼らは製薬会社から多額の資金(他大学出身者の1.5倍、平均1500万円)を受け取っている。学会は国民の信頼を損なうおそれがある。

 

 気になってることがあります。数年前、接種するたび「打ってきましたー!」と、いちいち書き込んでた人がいっぱいいましたよね。すごい誇らしげに。あと、接種しない人を非国民か反社呼ばわりしてたじゃないですか。あの人たちはいま、どうしてるんですか? 相変わらず公的機関の情報を妄信し、反ワク派や慎重派を罵ってる人はいるんですよ。逆に「しまった!」と思い直し、いろいろと調べては政府に対する怒りを表明する人もいます。そうではなくてですね。数年前は「接種したぜベイビー」「やらないやつはバイ菌だぜ」だったのが、それっきりダンマリを決め込んでる人の多いこと多いこと。あの人たちはいま、どう思ってるのか? 昨今の状況を見て、まだ考えを変えてないのか? それとも負い目を抱いているのか? 早く風化してほしいと願ってるのか? 何か書いてくれないとわからないじゃないですか。
 生憎ですが、風化はさせませんよ。私みたいな者が執拗に蒸し返しますから(笑)。戦争とおなじように、後世へ語り継いでいかなくちゃね。というか、これまでにも書きましたように、日本人は戦争の反省すらまったくできてなかったのだから、なおのこと手を抜かずにやる必要がある。蒸し返さなきゃならない必然性ができてしまった。

 おっと、消すなよ。なかったことにはしないでくれ。あんたらが書いた過去の書き込みは格好のサンプルだからね。未来の人にも見てもらわなくちゃいけません。残したうえで、いまどう思うのかを付け足してほしいんだよ。


 

 ドキュメンタリー映画『ヒポクラテスの盲点』の大西隼監督も、かつては自身が軽率なワク推派だったことを認めている。それが、京都大学名誉教授・福島雅典氏の記者会見を見たことで感銘を受け、ようやくきちんと調べてみようと動いたのだそうだ。
 ワク推派だったところから向き合った結果がこの映画なのかと考えると、非常に意義深い。大西監督は石ノ森ヒーローにみられる、「悪から生まれし者が悪と戦える」の体現者なのかもしれない。

 

 


 この映画は日ごろからアンテナを張って情報を集めている者からすれば、だいだいは見たことのある、知っている情報の集まりなのであろう。登場人物も、芸能人ではないが毎日のように目にするスターさんのような方たちばかりだ。だけどこれを観るのが我々みたく、もとから興味のあった者だけになってしまうのではダメなのだ。コロナ騒動の実体について、まったく疑問を持っていない人たちがいる。ぜんぜん知らない、知ろうともしてない人たちがいる。そういう層にこそ届かなければ有意義とはいえないのではなかろうか。そういう層を、どうやって劇場へ動員させるかが課題なのであろうな。
 できれば映画ではなく、テレビで放送してほしかった。残念ながら現時点では、これが地上波で放送される可能性はとてつもなく低い。仮に放送されれば大反響間違いナシなのだが。

 度胸のある放送局、出てこいや!