浪人1年目はほとんど図書館で過ごした。
図書館にはいろいろな受験生が多いが、圧倒的に大学浪人生だった。
そのなかでも朝から通い続けているのは自分と他数名しかいなかった。
そのうち30代くらいのいつも同じ服を着たおじさんがいた。
30代でおじさんとは失礼かもしれないが、顔は30代の顔でも風貌があまりにみすぼらしく、おじさん臭く見えたのだ。
長髪に無精ひげを生やし、はげかけたグレーの長袖のシャツにジーパンというスタイルで1年中いた。
冬になると紺のウィンドブレーカーを羽織っていた。
彼は司法試験の勉強をしていた。
朝から六法を小脇に抱えていつも自習室の隅の同じ席を陣取る。
鉛筆を耳にかけてボロボロの六法を持っているあたり相当年季が入った受験生という感じだった。
自分は彼を見て、直感的に「ああ、この人は受からないな」と思った。
司法試験の勉強もしたことないのになぜそんなことがわかるのかと聞かれると答えられないが、彼の勉強スタイルや風貌、すべてが負のオーラを感じた。成功しない人のオーラを感じた。
結局自分が浪人していた4年間、彼も図書館にずっと来ていた。
当時、自分は彼を見て、この人はやっぱり何年やっても受からないんだな、と嘲っていた。
浪人中、彼が何年浪人しているか勝手に考えたことがある。
5年だろうか、10年だろうか。
自分の中で彼を報われない受験生に仕立て上げ、彼を侮辱することで、自分を慰めていた。
10年も受験勉強するなんて信じられない、どっかいかれてる、それももういい年じゃないかと。
自分は大学で彼女を作って、失われた青春を謳歌するんだ、俺が30代のときは、きっと会社の幹部で、奥さん子どもいて、一等地にマイホームをもっているんだ。
あんな薄気味悪いオッサンが話しかけても絶対に相手にしないだろう、と。
自分が司法試験の勉強をはじめた時、彼は図書館からいなくなっていた。
合格したのか、撤退したのかはわからない。
その後、自分は司法試験を20年続けてしまうこととなった。
司法試験だけに20年も費やしてしまったのである。
大学受験に現役・仮面を含め青春の貴重な貴重な5年余りを費やし、死ぬほど後悔したにもかかわらず、その貴重な時間のおよそ4倍を懲りずに司法試験に費やしてしまったのである。
司法試験については後述するが、これも自分の人生一発逆転的なある種「無謀な」発想からくる大きな失敗である。
図書館の彼はいまごろ何をしているだろうか。
名前は知らないが、合格していれば、自分の事務所を構えているだろうか。
もし、だめだったとしても、時代はバブルだったし、30代なら再起可能だろう。
自分は40代中盤である。
成功のオーラなぞ一度も感じたことがない。
ただただ喪失感だけである。