こんにちは
重ね煮女将です(^^♪
母を自宅で介護すると決めた
と聞くと
母子関係が良かったと思われがちですが
実は
めちゃくちゃ仲が悪かったのです
母に愛されていなかったって思っていたの
まず
「あんたの顔が嫌い」と
小さい頃に言われていました
なので顔はずっとコンプレックスだった
(これは2023年12月まで持ち続けていたわ)
なぜ顔が嫌いか?
それは
女将の顔が父親に似ているからだそうです
その背景はこんなでした
母は父と結婚したくなかった
お見合いをして
断ったのだけど
親同士が勝手に話を進めた
どうやらね
母の兄が結婚するのに
小姑がいるのはよろしくないと
家から出したかったらしい(母談)
そして父は
無口で亭主関白
外面すこぶる良しで
嫌だったらしい
んなもんだから
その父に顔の似ている女将の顔も
嫌いだったんだよね
おまけに
なんだかんだと
母の思い通りに事を運ぼうとするから
夫婦仲はよろしくなく
女将は
争いをしないように
親の顔色を見るのが身に付いて
手のかからない
おとなしい子供になった
なので
反抗期なども無く
のちに母は
「あんたは本当に手がかからなくて楽だったわ~」と・・・
(手がかからないってことは、子供はすごく頑張っていたのことに気が付かない親)
それがね
女将が離婚をするって決めた時から
めちゃくちゃ険悪になったの
自分の思い通りにならないからなのだろうね
あと世間体が悪いって
「親戚には離婚の事は言うな」って
おじさん達が亡くなった時も
知らせてくれなかった
実家に行くと30秒で喧嘩になったり
「なんで来た」
「娘は居なかったと思う事にする」
「親でもなければ子でもない」
「そんな子に育てた覚えはない」と
何度親子の縁を切られたことか・・・
だから
母を引き取り介護するなんて
考えてもいなかったし
何なら
母が死んでも泣かない自信があった
でも
あることがきっかけで
母のことを違う角度から見るようになり
母の人生を
母の話をじっくり聴くことにした
その時に
母も母(女将の祖母ね)に
愛されていなかったと思っていたと知った
母は祖母が亡くなる前に
そのことを
「文句言ってやったさ!」と鼻息荒くして話した
そのあと
「私の人生、ひとつも良いこと無かった」って話すから
「結婚して子供が生まれてうれしいとか
子供が可愛いと思ったこともないの?」って聞いたら
「無い」って即答だった
まあ
想定内だったけどね
あ~この人は
可愛いと思えない子供たちを育てたんだ
自分の子どもが可愛い
って
あの何とも言えない
幸せな気持ちを味わったことが無いまま
子育てしていたんだ
と思うと
可愛そうになってきたんだよね
それと同時に
可愛くないのに育てるって
凄いことだよなって思いが湧いてき
可愛がってはもらえなかったけど
虐待されたわけではないし
貧乏だったけど
ちゃんと食べさせてもらったし
着せてもらったし
学校も行かせてもらった
それは
可愛い可愛いと育てられたわけではなかったけど
女将の望んでいた親子の愛では無かったけど
ひとつの愛の形なのでは無いのかな?と
お正月は、着物を着て手作りのご馳走が並び
節分は、一緒に大声を出して豆まきし
ひな祭りは、厚紙と千代紙でお雛様を作ってくれ
手作りの桜餅と鶯餅を作ってくれて
こどもの日は、ヨモギを摘み何百枚と手作りのべこ餅を作り
七夕には、笹竹を採りに行き飾り
十五夜には、とうきみ・さつまいも・栗をお供えし月を眺め
年末には、新しい下着を新調し
これを
共働きで朝から晩まで働きながら
ずっとやってくれてたの
これはね
もう愛でしかない!!
そう思ったんだよね
そこから
少しずつ二人の関係が変わって行った
母から電話が来て
「いつでもおいでよ」って
初めて言われた時
涙が止まらなかった
そして
2023年12月
あの言葉を聞く
つづく