LP「若き獅子たち」考 〜西城秀樹 が表現するやさしさに根ざした情熱と狂気/前編〜
2019年8月14日、Twitterに初回UP。
後に、余計なツッコミを取り除いた加筆修正版を再UPしました。(今回ここに転載したものは加筆修正版です)
前・中・後編。長文です。
。。。。。。。。。。。
長い眠りから醒めて、
最初に呟くのはこれと決めていた。
秀樹さんが残した、あまり にも大き過ぎる宿題…
LP「若き獅子たち」考
作詞:阿久悠
作曲・編曲:三木たかし
1976(昭和51)年11月25日発売。
シングル「若き獅子たち」は9月5日発売。
参考:「君よ抱かれて熱くなれは」2月25日、「ジャガー」は6月5日)
〜はじめに〜
なぜ5月のあの日から、私は逃げていたのだろうか。
なぜ敬遠していたのか。
こうなるのが分かっていたからか。
自分を失うことを。
最初に聴いた時、何が起ったのかわからないまま、泣いた。
何度も何度も繰り返し聴いては、何度も何度も泣いた。
電車の中だろうが街中だろうが構わず泣いた。
1人深夜の暗闇の中で聴いては声を殺して泣いた。
そんな日々が1ヶ月続いた。もうヘトヘトだった。仕事もうわの空となった。
呟けなくなった。
ある日。壊れるかと思うくらい夜通し涙が止まらず、明け方になってしまったことがあった。
時計の針は朝5時をさしていた。
重たい瞼で窓の外をぼーっと見遣る。
朝焼けだ…
もしかして…輝いているのか?
ふと、何かが私を突き動かした。私の背中を大きく「ドン」と押す音がした。
その瞬間、すぐさま携帯を手に取り、一心不乱に感じたことを打ち込んでいく自分がいた。
この衝撃と熱情をとにかく何かの形に残さなければと思った。
今まで沢山の映画や舞台、ドラマ、音楽に触れてきたはずだが、こんなに一つの作品が心をぐちゃぐちゃにしたのは初めてだったのだ。
西城秀樹が好きだからこのアルバムも好きとか、そういうレベルじゃない。
私はこの一枚のLPに出会うために生まれてきたのだ。
「何年かたって、このLPを聴いたとき、一九七六年の秋は狂気であったと思うに違いない」
作曲の三木たかし氏がこのLPのレコーディングを終えた後にこう話したと、作詞の阿久悠氏が明かしている。
(「阿久悠 命の詩 ~『月間you』とその時代~」より)
さらに続いて、阿久氏は自らの見解をこう述べている。
「そして、それは聴き手にも同様の感想を抱かせると思う。
やさしさに根ざした情熱と狂気が、聴く者をゆさぶるのである。」
恐らく、その通りなのである。
狂気だけなら話はまだ単純だ。そこにやさしさが絡んでくるから、また厄介なのだ。
訳もわからず涙がボロボロこぼれてしまうのは、その厄介な部分が大いに作用しているのだと思う。
私はそんな複雑な「狂気」の入り口に、きっと足を突っ込んでしまったのだ。
やさしさ、情熱、狂気に誘われるままに、都度都度この46分間と正対すれば、精神も肉体も疲弊するのは当然の成り行きだ。
私は元々頭の良いほうではない。本嫌い勉強嫌い、考えること嫌い、これまで感覚だけを頼りに生きてきたような人間だ。
そんな単細胞人間の私が真っ向勝負を挑むには、このLPはあまりにも文学的かつ数学的過ぎた。
それでも、この作品をわかりたいと思った。読み解きたいと思った。
愛とはそういうことなのだろう。
とにかく、何もかもを知りたかった。
阿久氏の詞の何処と何処がリンクしているのか、
三木氏がどのように曲を組み立てていったか、何故こうしたメロディラインにしたか、
秀樹さんに歌唱上、どういう指示が逐一出されたのか、
ブレスの箇所、ビブラートの種類、フォルテピアノの詳細、息の使い方、その他譜面上の細かい指示、
レコーディングに何日要したのか、どの曲順で吹き込んでいったのか、
どんな色のスタジオで、どんな服を着て秀樹さんは録音したのか、
秀樹さん個人が、どういう思いを胸にレコーディングに臨んだのか、
どういう過程を踏んで、この狂気の集大成が出来上がっていったのか。
しかし…
知りたいと思って色々調べても、このLPに関しての言及はほぼ見つけられなかった。
阿久氏や三木氏が残した言葉も、ぽち、ぽち、しか見当たらない。
ならば…
私が独断と偏見に満ちた「若き獅子たち」考を記しても、傷は浅く済むと思い、感情のままに筆を走らせた次第だ。
これは何?
――ものすご〜〜く長い感想文です。
それが何になるの?
――何にもなりません。
誰のため?
――誰のためでもないです。
全ては自分のため。
西城秀樹の歌を文字に残したいという想いだけが突き動かした、メガトン級の自己満足。
もしほんの少しでも、のぞいてやってもいいかな、という奇特な方がいらっしゃれば、お付き合いいただければ、と思う。
最後に…
私にはこの作品が生まれた時代に関する知識がない。なぜならこの時代を生きていないからだ。
音楽の知識も浅い。歌のことと弦楽器以外は、バックバンドやアレンジに関してはさっぱりである。
語彙力も壊滅的に、ない。
今まで沢山のTwitterのヒデ友さんの皆様が西城秀樹さんに関して素晴らしい文章を残されてきたが、
それをイメージして読むと肩透かしを喰らうのでご注意を…
そして、最大の前提として、人間・西城秀樹に関する予備知識はゼロに等しい。
後追いファンの悲しい宿命、資料が乏しい中で想像をはたらかせながらやっとやっと記述しているので、
これから展開する考察に見当違い甚だしい部分があれば、本当にご遠慮なくご指摘頂ければ幸いです。
①概論
◆〜収録曲〜◆
A面
「序曲~デッドヒート」
~闘争の場*~
「抱擁 春・夏・秋・冬」
「裸体」
~以上、愛の場~
B面
「渚から」
「太陽の悲劇」
「ギターの墓標」
~以上、別離の場~
「青春のタイトロープ」
「若き獅子たち」
~以上、出発の場~
*各場面分けは、作詞の阿久悠氏による
クレジットより。阿久氏に「構成」、三木氏に「音楽監督」という肩書きが加わっている点、
なぜか歌と同じ扱いで、かなりの長きにわたるモノローグ(朗読)部分がある点、
そしてオペラやミュージカルと同じく、オケのみで演奏される「序曲」が収録されている点などからも、
このアルバムが他のアルバム同様の楽曲群ではなく、明らかにひとつの物語を意識したコンセプチュアルな
「トータル・アルバム」(阿久氏の言葉より)として製作されていることがわかる。
阿久氏は秀樹さんとの雑誌対談(出典元明記失念)でこのLPについて以下のように話している。
「いままでのLPは曲が12曲入っているだけだとすれば、これはちがうんだ。群舞をつければそのままロック・オペラになる。
つまりトータル・アルバムとしてLPを作ったのは、あれが日本で初めてだと思う。これがぼくのほこりなんだよ。」
実際、この作品は最初から最後まで通して聴いてこそ、それぞれの楽曲のLP内での存在意義が初めて見えてくるものであった。
それは大フィナーレに置かれたシングル「若き獅子たち」も例外ではない。
言うまでもなく秀樹さんのシングルの代表作のひとつだが、元々はLPのフィナーレを飾るナンバーとして作られたようなのだ
(「HIDEKIUNFORGETTABLE」の伊藤政則氏のライナーノーツによる)。
つまり「君よ抱かれて熱くなれ」「ジャガー」と同時期に(1975年の後半頃か?)阿久氏と三木氏が下田のホテルにて
「若き獅子たち」を書き上げたその頃に、もうLPのコンセプト的な部分は出来上がっていたのだろう。
どの曲が抜けてもこの狂気的なLPは誕生しなかった。それ程に一本のミュージカル作品として完成されており、
またミュージカル作品として捉えれば捉えるほど、阿久氏の言う通り、
群舞の入りそうな場面やアンサンブルの位置どり、などなど、想像すればする程イメージが膨らんでいくのだ。
また、秀樹さんの歌唱についても、このLPを通してめまぐるしく表情が変わっていく。
LPの主人公である「ぼく」の喜怒哀楽は四方八方に散らばっており、聴き手は秀樹さんの歌声に導かれ、
時には海辺へ、時には花園へ、雪の中へ、草原へ、さらには深い地の底や、天上へ…
極端な言い方をすれば、「ぼく」の感情があちこちを縦横無尽に駆け巡る度に、私達の感情もいたく翻弄されるのだ。
しかも、そこに「安定」の2文字は一切ない。最初から最後まで、だ。
真剣に向き合えば向き合うほど、心身ともに疲弊するのは無理もない。
そこまで聴き手を物語に入り込ませるのは、詞や曲の素晴らしさはもちろんのこと、
やはり秀樹さんの引率力に依るところが大きいと考える。
それは何もこの作品に限ったことではなく、どのアルバムを聴いていても気づいたら私たちは秀樹ワールドに引き込まれているのだが、
他のアルバムでは(※あくまでも個人的見解だが)
「西城秀樹」という1本のしっかりした軸に作り手側の意図や表現を(かなり分厚く)肉付けしていっている印象を抱くのだが、
このLPに限ってはなるべく「西城秀樹」の軸を折れ曲がる程細くして、あくまでも物語上の「ぼく」に徹しながら、
いち演者として感情を物語の上に走らせているように思われる。
私自身もこのLPを「ぼく」=「西城秀樹」として聴くことはなかった。
特に物語色の強いこのLPに至っては、秀樹さんが秀樹さんの気配を消してくれているおかげで、聴き手は抵抗なく、
「ぼく」を取り巻く愛と狂気のファンタジーへと足を踏み入れることができるのである。
さて。
LP発売の翌年、1977年7月…
阿久・三木・西城のトライアングルは、劇団四季ミュージカル「わが青春の北壁」でも顔を合わせることとなる。
実にLPが発売された僅か1ヶ月半後の1977年年明けには、「北壁」の記者会見が行われている。
この年はミュージカルに賭けるのだ、という、最強トライアングルの意気込みが窺える。
私が強調したいのは、この2作品、切っても切り離せない関係だということだ。
愛する人の死を乗り越え、自らも精神的死を迎えた中で「さらば青春の日」と繰り返されるフィナーレが印象的な「北壁」のテーマ性と、
同じく自らと愛する人の精神的死を迎えながら「青春とはもう別れたのだがら」と自らに言い聞かせ
「さらば あなた」と旅立ちを決意するこのアルバムのそれには、共通項が多数あると私は考えるからだ。
(「あやまち」と「禁断の愛」、「綱渡り」と「北壁」等、幾多のワードが互換可能に思える)
また甚だ抽象的ではあるが、全体を通した時に見える「色」がこの2作品は一緒に感じるのだが、
ともに「青春」という2文字のキーワードが色濃く支配しているように感じる。
阿久氏の中では、三木氏が編曲を担当した「ジーザス・クライスト=スーパースター」を1976年7月に
秀樹さんが観劇してヒデキ感激し、
ミュージカルへの出演を切望した時点から、「北壁」の構想を既に練り始めていたと思われる。
阿久・三木両氏がいつからLPの作詞・作曲に取りかかったかは明記されている資料が見つけられずはっきりとは判りかねるのだが、
阿久氏が秀樹さんとの雑誌対談で「若き獅子たちは作詞の3、4ヶ月も前からぼくの中であたためていた」と振り返っている。
これと、先の伊藤政則氏のライナーノーツに書かれてたことがともに事実であれば、
このLPは「北壁」が誕生するよりもだいぶ前に、構想が練られていたということである。
つまりその時点から阿久氏は「秀樹を使ってミュージカルを作ろう」と想定していた、ということになる。
(このことと、1975年初頭に雑誌で「今年はミュージカルをやる」と発言していたこととは、関係あるのか?)
年内にLP発売、翌年にミュージカル。この時系列を考えると、憶測ではあるが、
阿久・三木両氏はこのLPをある程度「プレ北壁」としての試験的な作品として捉えていたのではないだろうか。
「北壁」が劇団四季というある程度フォーマットが定まっている団体の作品だつたこともあり、制約も多かったはずなので、
どちらかと言うとこのLPの方に、阿久氏も三木氏もやりたいことをあれもこれも詰め込んでいるように思う。
三木氏もこの3年前にミュージカル・アニメーションの音楽を手掛けたり、
「ジーザス〜」の編曲も担当しているのでその方面には長けていると思うのだが、
視覚の手助けがあるステージで、ではなく、聴覚だけ勝負のレコードでミュージカルをやってしまう辺りかなり実験的だし、
それを当時アイドルと呼ばれていたヒデキにやらせちゃうし、
三木氏の作曲・編曲もかなりアグレッシブさを感じるし、
阿久氏の言う通りこんな企画は恐らく日本で初めてで、当時の音楽シーンからしても(現代でも?)
相当アヴァンギャルドかつ冒険的試みと言っていいだろう。
そしてそのやりたい放題が結果「狂気」に繋がっていることは否めない。
秀樹さん、普通にやってのけているが、要求に応えるの大変だったろうなと察する。
以上を踏まえ考えると、「愛と青春との別れ・旅立ち」という大きなテーマを掲げたこのLP「若き獅子たち」とは、
高く聳え立つ「わが青春の北壁」を登り切るために準備された、壮大なプロローグだったと言っても過言ではない。
いずれにせよ、1976年、1977年は秀樹さんご本人も仰っていたように
(1976年には上の阿久氏との雑誌対談で「秀樹元服の年」と語り合ったり、
1977年終わり頃のラジオでは小川哲哉氏と共に「西城秀樹自身の北壁を登り切った…」と振り返っていた)、
秀樹さんにとって大きな大きなターニングポイントの年であり、それは内面的のみならず、ただでさえ恐ろしく巧かった歌唱面の、
更なる飛躍的な上達として露になったと言えるだろう。
(具体的な歌唱面の変化については、また機会を改めて…)
「君よ抱かれて熱くなれ」「ジャガー」という「『若き獅子たち』の偉大な予告編」(「阿久悠 命の詩 ~『月間you』とその時代~」より)を経て、
秀樹サイドから阿久氏に託された「西城秀樹を少年から青年へ」プロジェクトは、こうして大成功を収めたのである。
(…と私は思っているが、月間youを読む限り、阿久氏はその後の秀樹さんへの選択に対しては、後悔もあるようだ)
そういう意味でもLP「若き獅子たち」とミュージカル「わが青春の北壁」は、
歌手・西城秀樹の長く深い歴史の中で絶対に軽視できない、非常に重要な作品だったと断言したい。
しかし惜しむらくは、この素晴らしいLPの出荷枚数自体が発売当時も少なかったようで、まさに「埋もれた名作」と化してしまっていることだ。
アヴァンギャルド過ぎて大衆に受け入れられないと判断したのだろうか。しかしいくら試験的な要素満載だったとは言え、
こんなに大事なターニングポイントを飾る一枚なのに本当に勿体ない。
完成度からしても衝撃度からしても、当時も今も、もっと多くの人に聴かれて然るべき作品であると私は強く思う。
故に私は今からでもこのLPの素晴らしさを広める為に、地道に活動を続ける所存である。
さて、今夜はどこにリクエストしようか。
◆〜登場人物〜◆
ぼく
君(あなた)
闘いの相手(人間かは不明)
墓標を立てていった男
何も考えずに聴いていたのだが、秀樹さんはこの4人を非常にさりげなく登場させ、聴き手に想像させ、物語として成立させている。
なので、聴いているうちは普通に人物が4人いる錯覚に陥っていたが、歌ってるのは秀樹さん一人…ということに今更気付いた。
非常に巧妙な一人芝居である。
秀樹さんはこのように「聴き手に想像させるお手伝い」がとても上手。
曲の作り手の意図を的確に解釈し、どう表現すればそれが聴き手に伝わるか、要は独り善がりにならない表現の術を知っているのだと思う。
客観性を持った、頭が良い方なのだろう、きっと。
ここで、このLPにおけるコーラスの役割についても触れておきたい。
このLPでは一般的なソングブック的アルバムに比べ、コーラスに沢山の役割が与えられている。
なのでコーラスよりも、本来の古代ギリシャ劇でいう「コロス」のほうが近いのかもしれない。
コロスとは。
以下、Wikipediaより抜粋。
〜コロスは観客に対して、観賞の助けとなる劇の背景や要約を伝え、劇のテーマについて注釈し、観客がどう劇に反応するのが理想的かを教える。
また、劇中の一般大衆の代弁をすることもある。多くの古代ギリシア劇の中で、コロスは登場人物が劇中語れなかったこと(恐怖、秘密など)を代弁する〜
そして、
〜アイスキュロスが複数の俳優を使いだす以前は、たった一人しかいなかった俳優に対する重要な相手役だった〜
LP「若き獅子たち」の中でコロスは、
時には「ぼく」の分身となって同じ言葉を叫んだり(ex.「ギターの墓標」のサビ等)、嘆いたり(同じく「ギターの墓標」の間奏)、
時には「ぼく」の心情の残像となってその場に残ったり(ex.「渚から」のアウトロ等)、
時には「ぼく」を俯瞰で眺めながらハーモニーを浴びせる(ex.「青春のタイトロープ」のイントロ・アウトロ等)。
このようにこのLP内でのコーラスは、物語の内容を補足したり、導いたり、「ぼく」の心情を代弁したり強調したりと様々な役割を担っており、
たった一人の演者・西城秀樹の重要な相手役となっている。
このコーラスの巧妙な仕組まれっぷりも、LPの完成度を高めている要因だろう。
しかし。アルバムでこのような古代演劇ばりの演出を仕掛けてしまうあたり、ますます先生達、やりたい放題である。
次回のテーマは「西城秀樹にみるアヴァンギャルド」にするか。
★★LP「若き獅子たち」考 中編につづく★★
