八月、田んぼの稲も伸びていっそう青々として風になびいている。見るものを安心させる揺らぎであり景色だ。九条を知らないように、これが米だと知らない若者も多いのじゃないか。ある意味、日本の歴史そのものだったと言っていい米、水田、青田である。地に足のつかぬもどかしさ、田に足の付くを忘れた日本人のこころは不安定なのかもしれない。
古来脈々と受け継がれ、日本人の精神の土台でもあった土地。元々誰のものでもなかったはずの土地は、いつの間にか価段をつけられ切り売り売り買いされる、金を生むための商品になってしまった。自らの体を犠牲に食いつなぐ話であり、売血のようでもある。ということは商品の上に住んで居るのか我々は!
何でも金、金、金の世の中に稲は育たない。田は政治の身勝手に翻弄され続け、犠牲になって荒れ続け、耕す人を奪われ、皮肉なことに植えぬ田に金は実ったが、日本人のこころも荒れてしまった。
食の国土はさらに危ういのである。輸入は結局商売、取引上の話、相手の都合であり常に不安もいっしょに食ねばならない。食はこころ…何と言ったって自給が基本なのに決まっている。ベストはより身近の家庭菜園なのだ。
満たしても満たされないもの、食べても腑に落ちぬものがある。腑に落ちぬものは体中に溜まり続けて、やがて心の栄養失調を引き起こすに違いない。食を軽んじる国家の将来は危うい。
