トラウマボンド:脳と身体で起きていること
別れた後も、終わらない






トラウマボンドはより広い概念で、誘拐や監禁という極限状況だけでなく、DVやモラルハラスメント、親子関係、職場のハラスメントなど、身近な関係でも起きることが知られています。


共依存と混同されることもありますが、少し違います。
共依存は「尽くすことをやめられない」「相手なしでは不安」という関係パターン全般を指す言葉で、必ずしも虐待や支配が伴うわけではありません。


トラウマボンドは、恐怖と支配がある関係の中で
形成される、より特定の状態です。


ただし実際には重なり合うことも多く、共依存的な関係がトラウマボンドに発展していることもあります。



トラウマボンド形成されるための条件として2つのものを挙げました。



ひとつは、力の不均衡です。支配する側と、させられる側。
決定権、経済力、感情的な主導権
——こうした力のバランスが著しく偏っている関係で起きやすい。






もうひとつは、断続的な強化です。
虐待や支配と、優しさや謝罪が、予測できないリズムで繰り返される。




この「断続的」という点が、執着を生む核心です。


行動心理学では「間欠強化」と呼ばれる現象で、
報酬が毎回ではなく不規則に与えられるときに、
行動がもっとも強く、もっとも消えにくくなることが知られています。


スロットマシンや、パチンコがやめられないのと
同じメカニズムです。




「次は優しくしてくれるかもしれない」
「あの頃の穏やかな相手が戻ってくるかもしれない」


この期待が、関係を断ち切ることを難しくします。
報酬が不規則なほど、期待は強くなる。
それは意志の問題ではなく、脳の仕組みです。


私は昔ドラマティック症候群だった。
平凡で平坦な物を好まなかった。
刺激的な感情を全開にする夫に感情を揺さぶられる事が好きだった。
振り回されてる感じが好きだった。
そのジェットコースターに自ら乗っていた。



それは報酬系の問題だった。
落とされた分、上げられた時の幸福感が凄まじかった。



不倫相手のハゲもこの感情を揺さぶられる感覚に
惹かれて執着しているんだと思う。
だから夫が優しく戻ってきたらあっという間に戻ると思ってる。


王子様やスパダリみたいに見えるんだと思う。
イケメンで、全力で愛を囁いて、お金もかけてくれて溺愛してくれる。


そのいっときのご褒美で良いんだもん。
不倫だから。

快楽優先主義だし、倫理観無いし、お互いに感情
ぶつけあってケンカして、怒りのボルテージ下がってほとぼり冷めたら
「今日〇〇があったよ〜今何してんの〜?」とか
言って仲直りする流れが心地良い。
それでドーパミンを獲るのが良い。

決してお互いに「ごめんなさい」と言わされない、根本原因を探さない、解決を目指さない、今後に
活かすとかはないその関係性が丁度良い。
それがお互い合ってるんだろうね。


需要と供給が爆裂に合ってる。


アタシはそこを求めるから窮屈なんだろうね。
ならアタシと居る意味って何?
アタシに何を求めてんの?それが知りたい。
私の存在価値を、意義を教えて欲しい。



昔と違って私はもうドラマティック症候群じゃない
振り回されたくないとなったんだよ。
穏やかに生きていきたいんだよ。


人の気持ちを考えて、自らの欲望だけで生きずに、
一瞬や表面だけ取り繕うんじゃなくて、

基本姿勢として我慢や妥協を覚えて感情を抑えられる様になって欲しいんだよ。
家族の為に、現実を見れる様になって欲しいんだよ。
成長して欲しいんだよ。


その時、その年代に見合った魅力ってあると思うんだよ。


40代50代にもなって、10代や赤ちゃんみたいな事
ばっか言ったりやったりしてる人に何の魅力も無いじゃん?
年相応って見た目だけじゃなくて、精神面も必要
じゃん?



それでも今離れない理由はトラウマボンドだから。




トラウマボンド:脳と身体で起きていること
「わかっているのに離れられない」という苦しさの背景には、神経科学的な理由があります。


暴言や暴力があったとき、脳はすぐさまコルチゾールやアドレナリンを分泌します。
身体は緊張し、脅威に備える状態になります。


そのあと、相手が謝り、優しくなる。


この「安堵」のフェーズに、今度はドーパミンが
分泌されます。
苦しみからの解放感が、強い報酬体験として刻まれる。
さらに内因性オピオイド——脳内麻薬とも呼ばれる物質——が放出され、深い安らぎをもたらすこともあります。








もともと愛着ホルモンとして知られるオキシトシンも、この過程に関与します。
オキシトシンはストレス反応を和らげ、他者への
結びつきを強める働きをします。
しかしその相手が、同時に脅威の源でもある場合、「恐怖」と「絆」が同じ人物に向けられるという
混乱が生まれます。


「この人のそばにいると怖い。でも、この人がいないと落ち着かない」。これは感情の矛盾ではなく、脅威と安堵を繰り返すことで神経系が作り上げた
パターンです。


自律神経の観点から見ると、慢性的な脅威にさらされた身体は、危険を感知する回路を常に張り巡らせた状態になります。


ポリヴェーガル理論が示すように、神経系は
「安全かどうか」を絶えず評価しており、
長期間不安定な環境に置かれると、その基準自体が歪んでしまうことがあります。


頭では「これはおかしい」とわかっている。
でも身体は、その関係を「なじんだもの」として
認識してしまっている。
認知と神経系がばらばらな方向を向いているから、「わかっているのに動けない」という状態が生まれます。


心と、身体と、頭は別々の認識をするし、反応をする。
いくら頭だけでもう終わった事だと理解しても
「愛してる」という言葉を受け取っても、心は追いつかない。

不倫は終わったからって哀しくない訳じゃない。

愛してると言われてもそのまま受け取れない。
言葉の抑揚やトーン、不自然さや違和感はないか?嘘は無いか?と端々を探そうとする。
その言葉を他の女にかけてきたんだと自分を攻撃し始める。

身体は勝手にフラバして涙を流す。過呼吸になる。ご飯を食べられない、眠れない。



身体こそが生存本能に関わる部分で、身体が安全だと理解しない限り変わらない。
言葉じゃない。経験。


【夫を責め続けた、でも夫は逃げなかった。】
これに限ると思う。
夫が窮地に立たされた時、自分の命を投げ捨てる
覚悟で私を守ってくれたという経験。


【私を置いて逃げる人なんだ】と身体が認識してるから、安全じゃない、危ない、生きる為にとフラバを起こしてくる。
きっと、身体からの“別れろ”というサインなのだと思う。


【この人は私を置いて逃げていかない人になった。もう安全だ】と思う為に、何度も何度も責めるんだと思う。

これはどうだ?これならどうだ?とより深い窮地に立たされた時の確認がしたい。
夫に対するテストなのだと思う。

でもそれってもう“石橋を叩いて割ってる”だよね?
【粉々にぶっ壊したいと思ってやってる】になっちゃってるよね?
だから、もうやめなきゃいけない。

夫も今防衛本能から生存本能に切り替わりつつある
【この人から逃げなければ】と思ってしまっているのだ。

そう思わせたのは私だ。



逃げる先がある人は良いよね。
別れる選択肢がある人は良いよね。
 

でも私達はそうじゃない。
僻んでも悲願でも仕方無い。
それが私達の現実だから。


別れた後に自分が窮地に立たされるのをわかってるから、そこで天秤にかける。



どっちのが楽な道か?生存率が高いか?と。


私は綺麗な場所に住みたい。


コレが第一位なんだと思った。
お金が無い、家賃が安いとこへ、だと築年数が古く汚いとこになる。
それは嫌なのだ。

自分にとって譲れない物は何か?を知ってるのは
心の優先順位をつけられる。
全てを手に入れるのは無理だから。
何かを得る為には努力が必要だから。



【綺麗な場所に住む為にお金を得る為には?】

●がむしゃらに働く、自動的にお金を得るシステムを作る。

↓問題点↓
性別、年齢の問題。将来性が無い。
時間、体力は有限で有り、希望的観測でなんとかなるもんじゃ無い。
また、雇用側との擦り合わせが必要で、コッチの
希望通りの時間、職種、内容を選べる立場に無い。

しかし、やりたい事、やりたく無い事がある。
それは綺麗な場所に住みたいと同等のこだわりで
ある。


お金を生み出すシステム作りが出来るならとうに
している。


今の社会を客観的に見た時、一般正社員になれども、自分が満足いく家には一人でなんて住めやしない。


●夫と仲良く暮らす

↓問題点↓
夫の感情が不安定である事
私の感情が不安定である事
によりケンカが勃発する事


ならば、お互いが不安定にならない様にする、
ケンカにならない様にする。

その為には?


原因追及、再発防止策を知る事
その為のシステム作りをする。


鍵を預かる、送迎をする。

この方が容易ではないか?


相手の気持ちを理解する、赦す事が出来るという
自分の得意分野を活かす。


しかし、“不倫”という問題が大きすぎる。



良い妻運動をすれば身体の生存率は高まる。
が、心は死ぬ。

心が死なず、身体が安全と思える様になる為には?


まず、自分の頭が理解する事、次に夫も頭で理解する事。


メカニズムをお互いに理解しきれていれば、後は
心を殺さず、労り合うる事が出来れば、
身体が安全を覚える。お互いに。


私の生存本能と夫の防御反応の戦い。
お互いがそれを見つめ合って、お互いを思いやる事が出来るか?


コッチのが確率が高いと思う。
でもコレは頭の話し。





別れた後も、終わらない



臨床の場でも、別れた後の数ヶ月が、当事者にとってもっとも揺れやすい時期になることがあります。
「戻りたい」という気持ちが湧くのは、回復の失敗ではなく、回復の途中にある身体の反応です。


トラウマボンドは弱さでも、おかしさでもない
トラウマボンドを経験している方に、周囲からよく向けられる言葉があります。
「なぜ逃げないのか」
「好きじゃないなら別れればいい」
「自分を大切にしないあなたにも問題がある」。


こうした言葉の残酷さは、トラウマボンドが「選択の問題」ではないことへの理解のなさから来ています。


離れられないのは、意志が弱いからではありません。

神経系が、生存のためにそう反応しているからです。
脅威と安堵を繰り返す環境で、脳と身体がその関係に適応しようとした結果として、ボンドは形成されます。


理解することと、離れることが別システムで動いている——

「なぜそうなるのかがわかった」という認知的な
理解は、神経系に刻まれたパターンをすぐに変えるわけではありません。

だから「わかっているのに変えられない」という
苦しさが生まれる。



「ストックホルム症候群」
緊張を与えた後に優しくするという行為が繰り返されることは、戦場で捕虜に対して拷問と解放を繰り返すことで洗脳していく行為と同じです。
緊張と優しさが交互にやってくると、人間はそこから離れられなくなります。
「この関係の中でなんとかうまくやっていかなくてはならない」「この関係から逃げられない」と感じるようになります。
とても特殊な心理状態です。


これは「ストックホルム症候群」と呼ばれる心理状態にも似ています。
銀行強盗と人質の間に不思議な連帯感が生まれ、
事件後に結婚したという、ストックホルムで実際にあった事件からそう呼ばれています。


加害者が自分の不安を消してくれる人になる
暴力を炎にたとえるとしたら、加害者は放火魔で
あると同時に消防士でもあると言えます。
暴力は☆さんに強烈なザワザワ感を与えますが、
加害者の優しさはそのザワザワ感を消してくれるからです。



このザワザワ感は、加害者から離れてもなかなか
消えません。
加害者から離れてからも、不安になると加害者を
頼りたくなり、加害者の元に戻りたくなります



「ボンディング」の「ボンド」は接着剤のボンドと同じです。

トラウマティック・ボンディングとは、

暴力を繰り返し経験することによって、

暴力をふるう相手から離れられなくなる特殊な心理状態のことです。


☆さんが加害者と別れたくないと思う理由は多く
ありますが、


この特殊な心理状態になっていることが原因の可能性もあります。


暴力と優しさ(本当の優しさではありませんが)が

交互に繰り返されるような状況に置かれれば、

誰にでも起こりうる心理状態です。



傷つけられているとわかっている。
相手が怖い。もう終わりにしたい。
それでも、体が向いてしまう。別れた後も、頭から離れない。もどりたい気持ちが消えない。




そういうものだと理解して、踏ん張っている。


いつか癒える、癒す事は出来る


理論を知り、プロセスを理解し、相手にだけ求めない、私が私の安全地帯を作り上げるシステム作りをする。


信じる事を頭と、心と、身体で行なっていく様に
頑張る。


死なない為に、心の為に。