憲法記念日に思うこと、ぶつぶつ・・・ | マリアンのブログ

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今日は、憲法記念日である。

憲法改正については、長年議論されてはいるものの、一向に見通しが立っていないのが現状である。


 改正の反対派は、憲法、特に9条(平和条項)が改正されれば、極端に言えば、戦争しなければならなくなると

考えているのだろうか。いや、そういう単純なものではない。

第2次大戦の戦禍をくぐってきた人々は、戦後つくられた新憲法を精神的な拠り所として、生きてきた。

憲法9条が自分たちの平和を守ってくれるという、9条神話を抱いてきた。

その9条が改正されるというのは、やはり、抵抗がある。


 しかし、そもそも現憲法は、アメリカから与えられたものを、翻訳したものである。おのずと、9条の文言の具体性について、限界がある。このあたりで、より具体的な方向に、手を加える必要があるのではないか。

現行憲法の9条よりも、もっと頼りがいのある平和条項を作るべきではないか。

先の大戦を経験した人々に、もっと素晴らしい条文をお見せして、安心していただかなければならない。


 ここで問題となるのは、その「もっと頼りがいのある条文」を果たして作ることができるのか、ということである。

9条の文言を、より具体的にして、平和を望む国民全体に安心していただくものにできるか、ということである。

単に言葉をいじるだけなら、改正は控えるべきであろう。


 我々を守ってくれる憲法は、法律のように容易に改正することができない。気に入らないといって何度でも改正していいものではない。

また、一度でも改正すれば、その硬性さが、もろくなるのではないか。

反対派の懸念するところである。


 結局のところ、憲法改正について、入り口で反対すべきではないと考える。

問題とされるべきは、改正自体の賛否ではなく、平和の実現のため、より理想的な内容のものに改正できるのか、ということであろう。

反対派が大きな声をあげるのは、内容をみた時点ではないのか。そのために、国民投票がある。


 しかし現実には、自衛隊をどう位置付けるのか、など改正するにあたって避けることはできない問題が、立ちはだかる。


 9条神話を崩して、さらに頼れる平和憲法が、誕生する日がくるのだろうか。