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夢は小説家ですと本気で宣ふブログ

文章の世界に魅入られた小娘が、妄想を書籍化しようと奮闘する日記。


 アイドルヲタクのHさんから夜半遅くにメールがあって、
「東京公演行ってきた! 音席だから音だけだけど」
 って言われて、
「音だけって何なんですか。さすが今一番売れているアイドル、人に出来ないことを平然とやってのける、そこに痺れる憧れるぅ。というか音席って何ですか」
「ステージの真裏」
 ってやりとりをしました。

 ステージの真裏て。もはや生で見る意味www

「近くて遠い、アイドルたちは壁の向こう側ってやつですね」
「うん」

 ふざけたメールを送り返すことにのみ注力し、思う存分楽しんだ後、まぁちょっとはフォローをと思って、

「まぁ、私の好きな人はみんなシャイなんで画面の向こう側からでてきてくれないですけどね☆」
 って言ったら、ガン無視されました。

 メールでシカトされるって、え? え?
 しかも二次元創作創造主協力者のHさんからシカトされるって、え? ワタシタチタイセツナオキャクサマダヨ?
 あ、でも、「お前みたいな奴が買ってんだな」って相棒さんに言われたことあるわ。私。

【追記】
 海外移籍ならまだ国内のほうがマシな気がする。年若い娘が強制海外ってドウナノ? アイドルよく分からない。


 鈍い頭を横たえて、フウと深く息を吐く。
 何故あんなにも強い酒ばかりを煽ったのかと頭の片隅で考えながら、動かす度に襲い来る鈍痛に言葉も出ない。

 飲み過ぎた要因はそれでもやはり「楽しかった」からなのだ。楽しいならば飲み過ぎてもいいものか。そんなはずはない。
 現に今、私は飲み過ぎたことを悔い、痛みに打ち負けている。薬に頼り、なんとか痛みは追いやったが、薬がきれるとまたじくじくと残暑のような痛みが身体を包むに決まっているのだ。

 ああ、今日は大人しくすることとしよう。



 居酒屋時代のお客様の飲み会に乱入してきます!(笑)

 そのお客様は、深夜4人ぐらいでいつも来てくれてたんですが、時々30人しか入れん店で15人くらい集まってくれて、席とかないから雨の日に傘差して外で飲んでました(笑)
 さすがに可哀想なので、そういうときは1リットルジョッキでお酒提供したりしてましたよ(ただのアルハラです)

 仕事辞めるって決めてから実質2週間でいなくなったので、「辞めます」って言えたのが辞める当日でした。辞めることを言いたかったのに、結局3組のお客様には伝えられずに辞めました(その後、1組は店から電話で「来てるよ」っ報告いただきましたが)

 今日は、そんな人たちと飲んできます!
 楽しみです。


 あ、れ?
 と思った訳ですよ。

 私はのうのうと書きたくて辞めた文章を書かずに生きている訳ですが(相変わらず文体が定まらないという理由で、です)、もしかして私が一番書きたくて仕方なかったキラキラとした楽しい営業や、ほろりと涙が流れるような感動シーンはもう再現できないんじゃないだろうかと焦り始めました。

 私はね、人よりそこそこ記憶力がある方だと思っているのですよ。特に心のバロメーターを振り切った出来事は良いことも悪いことも覚えています。人をなじった夜とか、言われて嬉しかったこととか、悔しかった事とか、思い出したくもないエピソードとか。幼稚園ぐらいのものからはっきりと記憶に残っています。糊食べて怒られたこととか、友達が台に乗っているのを動かして怒られたこととか、高い竹馬に乗って頑張れたこととか? タイルに絵を描いたのも覚えているし、自分の絵が好きだったのに評価されたのが違う子で悔しかったのも覚えている。当時6歳くらいなんで、17年前とかですが、思い出せます。

 でも、そんな思い出もやはり風化していくので当時と同じ気持ちにはなれない訳です。もしかして、文章も一緒かな。最初に思いついた風景は、もう描写できないかな。
 う、わ、わ、ドウシヨウ。今になってなんですぐに書き始めなかったのかとか焦ってきました。大丈夫かな、覚えてるかな私。とりあえず、書いてみようかな。ああ、たぶん、思い通りには書けないけれど書いてみよう。ああ、もう本当に、覚えているのだろうか。
 とりあえず、自分の記憶力信じていますが書いてみようと思います。心情重視の話なので、そこが再現できなかったら企画倒れだ。あああ、どうしよう。

「今日は会議だからカレー食べておいてね。ご飯炊いといて」とメールが入っていて、私米びつの場所知らないと思いながらキッチン探してたら、私が前の家で使っていた米びつでした。

 そういえば炊飯器も「お母さん、炊飯器捨てちゃったんだけど、彩乃持ってきた?」って感じで私の使っています。お母さん、私が持ってきてなかったらどうするつもりなんだろう。

 なんか、当時のブログに何も書いてなかったのでいろいろ書いていこうと思います。

 引っ越しが決まったのはいつだったかな? 詳細は覚えていないのですが、結構ギリギリでした。去年、更新料払ったばかりで「私の七万円……」って思いながら引っ越しの電話を管理会社にしたのを覚えています。むしろ引っ越し費用も「私の冬のボーナス……」って思いながら泣く泣くだったな(笑)
 電気、ガス、水道をとめる電話をして、インターネットの解約とかやっぱり引っ越しって大変で、その時も普通に毎日13時間労働、週6勤務だったので、引っ越し準備をするのもギリギリで、なんとか引っ越しの時に3連休つくって、1か月7回以内だったら休んでも怒られないよねって久しぶりに月にそんだけ休みをとりました。そんなときくらいレイバーコストあがっても怒られないような気もするんですが、そういう労働環境でした。
 せっかく一人暮らしをしていたのに、実家に戻るのは窮屈で、それでもそうしたほうが皆が幸せって思いました。
 いま自分が一人でのうのうと暮らしていて、好き勝手お金使って贅沢するよりも、まぁ独り身でまだ結婚する気もない23歳は親の役に立っておこうと考えた訳です。
 家庭環境っていろいろあるし、今の自分の立場には感謝しかないので、自分の親や環境に文句なんてないですが、やっぱり支え合って生きていかねばなと思いました。
 特に自分たちは東京に出てきた一代目なので、そのぶん苦労は多いのだろうととっくの昔に受け入れました。
 私は自分がお金を稼げるタイプの人間で本当によかったと思いました。少なくとも、自分でお金を稼げることでお母さんの役には立ってるかなと思います。
 いま、こうして仕事を辞められたのは普通に貯金があったからなのですが、そういう風な変化を作れるような準備ができていてよかったと思います。
 ちょっと銀行いけてなくて、まだ家賃振り込めていないのですが、今月来月分は貯金あるので大丈夫です。
 人間は見栄や建前のある生き物なので、おそらく子どもの私が自分の家庭のことを世話しているように書くのはとても無礼な行為だと思います。だから念を押しておきたいのは、私はまったく今の環境に不満はないです。感謝しています。
 ただ、親に世話してもらえるのは当たり前で、親の稼ぎを自分の稼ぎのように思っている人がまだいるのであれば「甘いよ」って伝えたいです。親もね、毎日辛い思いしながら働いている訳さ、今日食べているご飯を買うためにお金は支払われている訳さ、そういうことを少しずつ考えていけるようになろうねって教える。
 まぁ、子どもを育てるのは親の義務なので、食事を与えるのは当たり前ですが、そういうことじゃないし、私よりも辛い思いをしている子たくさん知っているので、あんまり私が出しゃばるのもおかしな話なんですが、まぁ、とにかく感謝して欲しいなって思います。

 そんなことを考えながら白米急速でご飯を炊きました。

【追記】
 あとどんだけ、こういう生き方するのかなぁって漠然と考えて「ああ、弟が大学を卒業するまでか」って思い当った。私はたぶん、弟が大学卒業したらまた一人暮らしを始めるけど、それっていいね。ブラコンの私にはとっておきの未来! 一人暮らし始められるように敷金・礼金貯めとかなきゃ。いいアルバイト先見つかったから、お金ちょっとずつ貯めていけるだろうし。
 あと2年かぁ。うん、ちょうどいいね。